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花の羅刹✿ 【第三部準備中】  作者: 再図参夏
第弍部 千歳町編
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第三話 灰神討伐─其ノ壱─

 花の羅刹──。


 その言葉を、ネズミはザクロに教わっていた。

 伊紙彩李いかみいろりが都度、口にしていたというその心根。

 心を痛めた者に一輪の花を差し出すような、そんな優しい心根を持った羅刹たれと。

 そう、ザクロは幼い時から言い聞かされてきた。


 故に、村長からの決死の懇願を断れるわけもなく。


「やっちまったな、ネズミ。面倒事を避けようとか言ってた瞬間にこれだよ」


 そう、うんざりするように言うザクロは、口調に反して、先ほどとは見違えるほど元気な足取りだ。腹一杯の米と温かい風呂にありつけたおかげで、心身共に少しは調子を取り戻しているようだ。


「しょうがないよ。人命に関わるんだし。お風呂もご飯も頂いたし」


 ネズミとザクロは共に早足でを進む。村長の話によれば、三鷹村から北西に壱刻ほど進んだ距離まで、件の灰神かいじんが迫っているらしい。


 約二週間前、灰神の接近を知った村長は、千歳町にいる羅神〈絡舞紀伊からぶきい〉に助けを求め、村民の一人を使者として派遣した。

 その数日の後、帰還した使者の報告では、すぐに助っ人をよこすという話であったが、待てど暮らせど助けは来なかった。いよいよ三鷹村の滅亡は避けられないかと絶望していたところ、ネズミとザクロが訪れたという。


 気がかりなのは絡舞紀伊の三鷹村への対応だ。


 ザクロ曰く、本来ならば近隣に出現した灰神の対処は、羅神が進んで行うのが筋だ。同門の羅刹の手助けを借りるなりして、いち早く灰神の存在を把握し、速やかに討滅して人里に安寧をもたらす。それこそ羅神が背負った義務であるとか。


 あの冷酷な香梨紅子でさえ暮梨村に危険が及ばないように、娘たちに灰神との闘争を課して厳正に対処していたのだ。例え、三日かかる距離であっても、細やかな配慮をしてやるのが羅神として正しい姿勢であるべきだと、ザクロは語る。


「放っておけるもんかね? 隣の村がやばいってのに、二週間も助っ人をよこさないなんて」


 ザクロはひどく腹を立てて、道に転がる枝葉を蹴り上げた。


「ましてや、三鷹村の羅神は空席だ。千歳町と統合するなり、自分の息子か娘を三鷹村の羅神にすればいいのにな」


「事情があるのかな? 他に構ってる場合じゃないくらい千歳町がまずいことになってるとか?」


「言い訳になるかよ。偉そうに羅神の席に尻を預けてるんだったら、同胞の不始末はテメエらが拭わなきゃいけないんだよ」


 同胞の不始末。それはネズミにとっても心が締め付けられる響きだ。

 灰神とはそもそも、羅刹が死した哀れな末路だ。喉奥に宿る鮮花を落とさないまま死亡すれば、羅刹はもれなく灰神と呼ばれる歩く死体と成り果てる。

 

 ネズミもザクロも、いつかは誰かに尻を拭ってもらうことになる。灰神になる前に首を落としてもらうか、灰神となってから誰かに首を落としてもらうか。


「じゃあ、絡舞紀伊の耳に届いてないとか? 千歳町は大きな町らしいし、報告が何処かで止まってるとか?」


「もしそうだとしても言い訳にならん。気がついたら羅神のいない隣の村が滅んでましたーなんて、神と呼ぶにはあまりにも間が抜けているし、相応しくないだろ」


「へえ、そうなんだ」


 そういうものかと、ネズミは半分の納得と半分の同情を心中に置く。

 神を名乗ってはいれど、羅神も羅刹も人の子だ。心一つ、肉体は一つ。できることには限界がある。多くを抱えられるほど万能な羅神というのは、それほど多くはないのやもしれない。

 つい、ネズミは自分だったらと考えてしまう。自分の目の届く以外にも、気を配ってやれるものだろうかと。


「ネズミ、なんか妙に絡舞紀伊を庇ってないか?」


 微妙な面持ちのネズミに気がつき、ザクロがじとりと指摘した。


「庇っちゃいないけども……」


 ネズミの歯切れの悪い生返事に、ザクロの眉根が上がる。

 

「なんか思うところあるのか? なんかあんなら言えよ」


「いや、俺たちも余裕ないじゃん? 今は自分たちのこと最優先だし。似たようなもんかなって」


「うッ……余裕……ないか……」


 痛いところを突かれたのか、ザクロの表情が見る見る渋いものになってゆく。

 それもそうだ。ネズミもザクロも食料を貰うだけ貰ってさっさと三鷹村から出て行こうとしていたのだから。

 神の座についていなくとも、周りを鑑みない身勝手な振る舞いだ。


「まあ、俺たちは絡舞紀伊と会ったこともないし、千歳町で何が起こってるとかわからないからさ。変な邪推で腹立てるよりは、夕飯に何を作ってもらおうかとか、そういうことウダウダ言ってる方がザクロらしいなって思ったな」


「確かに……」


 妙にしおらしく、ザクロはげんなり肩を落とす。

 そして次には、思い至ったかのように指を喉元に運んだ。


彩李いろりの鮮花を食らったからか、普段、自分じゃ考えないようなことまで考えるようになっちまったな」


「え……鮮花って食べると、そういう副作用とかあったりするの?」


「彩李からそう教わってる。正しく浄化されていない鮮花を食らうと、元の宿主の人格が影響しちまうらしい」


「大丈夫? 人格を乗っ取られたりとかそういうことはない?」 


「それは大丈夫だ。聞いた話によると、時が経てば経つほど影響は薄れていくらしい。むしろ、嫌いなもんが食えるようになったり、知らなかった知識をいつの間にか知ってたりとか、そういう良い影響もあるらしい」


 ネズミは安堵して、背中に走った緊張を緩める。

 そして脳裏に過るのは、二ヶ月ほど前のことだ。


「俺も随分前に紅子様から鮮花を貰って食べたんだけど。俺、知らないオッサンの影響を受けてたりするのかな?」


「大丈夫だろう。母上が管理してた鮮花なら、流石に浄化されてるんじゃね? 母上はやばい奴だけど、そういうとこはキッチリしてたし」


「浄化ってどうやるの?」


「酒に浸しておくとか、特殊な液体に浸すとか、なんかそんな感じだった気がする」


「そんな感じって……曖昧だなぁ」


「教わったの八歳とかそんな頃だったからな。しかも口頭で。詳しく覚えてねえよ」


「さいですか」


 ネズミはげんなりと耳を垂らす。

 どうやら知らない知識の影響は受けてくれていないらしい。


「リンゴ姉たちと合流したら教えてもらおうぜ。流石に知ってるだろ」


 アイツらも知らなかったらウケるな、とザクロはクツクツと肩を揺らして笑い出す。

 どうやらいつもの調子が出てきたみたいだ。


「私の様子が妙だったら都度教えてくれ。十五歳で彩李みたいな説教くさいこと言いたくねえし」


 わかった、とネズミは軽く相槌を打つ。

 されど、影響の元が伊紙彩李であるならばと、ネズミはむしろ安心感を覚えるのだ。


 彩李は香梨紅子を崇拝する狂信者であったが、他者を気にかける優しい心根を持つ人格者だった。ネズミも随分と助けられた大恩人だ。その面影がザクロに宿り、支えているのであらば、それはむしろ心強い気がした。


 そんな話をちらほらしながら進んでゆくと。

 突如、山道の下り坂を境に、周囲の気温が一気に上昇してゆく。

 

「いるな。ここから屈んで移動しよう。先手を打たれたらまずいからな」


 ザクロが腰を落として呼びかけると、ネズミは両手を地面について四つ脚でザクロの後ろを追従する。

 しばらく、なるだけ音を出さぬよう抜き足差し足で慎重に歩を進めると、幅のある河川に辿り着く。

 その向こう岸に広がる景色に、二人は絶句することとなった。

 

「くっそ、マジでキツめだな」


 ザクロが辟易と呟き、ネズミも生唾を飲み込んで顔を拭った。


 二人の眼前には、惨たらしい黒と灰の世界が拡がっていた。

 先ほどまで歩いていた山道は青々とした枝葉に彩られていたが、川の向こう岸は、焼け焦げて墨となった倒木がそこらに転がり、地面のいたるところに灰と燃え殻が降り積もっている。

 無惨な山火事の足跡、その犯人がこの先で彷徨いていると思うと、思わず引き返したい衝動に駆られてしまう。


 二人は苦々しく口元を引き結びながら、とぼとぼと川を渡り、焦土と化した白黒の世界に足を踏み入れる。

 そしてしばらく、手と膝を灰で汚しながら進んでいくと、


「「ゲンキ ニ シテイルカ フソク ハ ナイカ」」


 呟く死体がそこにいた。


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