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花の羅刹✿ 【第三部準備中】  作者: 再図参夏
第壱部 羅刹の世界
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第三八話 ネズミ 対 ザクロ

 ネズミがそこまで辿った記憶をザクロに打ち明けると、殊更大きく咽び泣いた。


「ううううぁああ……俺は、目玉を! 目玉をォオオ!」


 川のせせらぎを呑み込んで、辺り一面にネズミの慟哭どうこくが支配する。


「ほじくったのか……」


 傍で聞いていたザクロは息を呑む。あの仕事は香梨紅子が、特に信頼を置くカリンとモモに任せていた仕事だ。

 定期的に罪の自覚を促さないと、人間の生活は脆く崩れるという下らない憂慮から、時にカリンの能力〈人間の使役〉で信者を操り、罪をでっち上げて五戒の執行を行うのだ。


 それゆえ、暮梨村の運営において、最も重要な仕事であり秘事ひめごとのはずなのだが、まさか新参者であるネズミに五戒の執行を手伝わせるとは、ザクロも予期していなかった事態だ。


 ──こいつに、えらく興味があるらしい。


 ネズミの開かない鮮花に香梨紅子が興味を示す何かがある。これほど徹底的にネズミに試練を課すのだから余程のものだ。

 そんなことをザクロが考えていると、またネズミの身が更に縮こまった。


「俺はぁ……ダメなやつなんです……」


「しょうがないだろ? 目玉をほじるなんてことしちまったんだ。泣いて当然」


「ほじくれませんでしたァ!」


 その答えに、ザクロは瞠目した。


「ほじくれなかったって、どういうことだ? 母上が命じたんだろ?」


「できませんでしたァ! アァアアア……神に逆らって逃げてしまったァ。男を突き飛ばして、一目散に逃げてしまいました!」


 香梨紅子に逆らう。それはここで暮らしてきた者の誰もが出来なかったことだ。それはつまり、鮮花の支配に抗えたということだ。


「マジ!? 嘘だろ!?」


「ホントォオオ! ウアアア! おしまいだァアアア!」


 反論はかろうじて姉妹の中でも出来る者はいる。しかし、母が強く命じれば、自分の意思を手元から落としてしまう。柏手かしわでなんかを一つ打たれると、全身から反抗の意思が削がれてしまうのだ。

 それだけ、香梨紅子の鮮花には強大な支配力がある。支配の糸が全身に絡みつき、神の命令を実行する傀儡と成り果ててしまう。そのはずだった。


「逆らったとき、どんな感じだった? どんな風に頭で考えた?」


「うあう……目玉をほじんのヤダって……怖いって……その一心で……」


「母上の命令より、恐怖が勝った? ますます、やべえなお前。凄いことだぞ」


「どこがアアア! 神に逆らったのにィ!」


 わんわんとネズミは泣き喚き、頭を抱えて地面に小さく小さくうずくまる。

 ザクロはまた大丈夫だと背中を摩ってやる。


 ──落ち着いて話せる状況じゃねえな。しばらく泣いてもらって、それから聞いてもらうか。


 そう頭で巡らせていたザクロは、ネズミの微かな変化を見落としてしまっていた。

 背中の震えが突如として治っている。あれほど怯えていたというのに。


 それに気がついた刹那、ネズミの手が視界を横切る。

 ザクロの帯に差していた打刀、その柄に素早く伸びてくるのだ。


「────ッ!」


 ネズミから身を離し、刀を遠ざけようとした。

 しかし次の瞬間、強い衝撃がザクロを襲い、川の浅瀬に押し倒される。


「カハッ! 何してんだお前ッ」


 抗議の声に一切構わず、ザクロに馬乗りとなって、ネズミは刀の柄を掴んだ。


「お願いします。死なせてください」


 ザクロは瞬時に手を重ねて、刃を抜かせまいと必死に抑えにかかる。


「お前ェ! すげえ力、ガァ!!」


 ネズミの引く力に圧されて、刀身の四分の一が鞘から露出した。


「舐めんなお前ッ、私だって力じゃ負けねえぞ!」


 ザクロも負けじと刀身を鞘に収める。力はほぼ互角。

 抜いて死にたいネズミ。納めて死なせたくないザクロ。

 やがて腕力の比べ合いは拮抗し、焦れたネズミが懇願した。


「ザクロさんお願いします……どうしたら……死なせてくれるんですか?」


 ネズミの大きな眼から涙が溢れて、水面に濡れたザクロの顔に落ちる。

 落涙が口にも垂れて、しょっぱい味がザクロの口内に染み渡った。

 その味が、無性に苛立ちを覚えさせる。幼い頃、自分が流してきた涙と同じ味だ。


「……敬語とさん付けやめたら、言う事聞いてやるよ」


「ザクロ、死なせてくれ」


「やなこった、ブわぁくゎッ」


 ザクロが心底馬鹿にしたように笑うと。ネズミの相貌は苛立ちに染まった。

 その皺が寄った眉間を見て、殊更ザクロは挑発的な笑みを作る。


「なんだ? 死にたいくせに一丁前に怒ってんのか? なら刀なんか置いて殴り合うか?」 


「嘘ついていいんですか?」


「良いわけねえだろ。でも良いことにしてんだよ。冗談一つ言えないなんて面白くねえだろ」


不妄語戒ふもうごかいに触れますよ?」


「私を咎めるか? 罰したいか? ならお前が母上に私を突き出せ」


「できるわけ……」


「じゃあ、お前は不閑却戒ふかんきゃくかいに触れるよな? すべての罰則をその肉体受けることになる。私を告発すれば、命を繋げられるぞ」


「今死にたいって言ってんのにッ、そんなことするわけない!」


「じゃあ、お前が私の舌を縦に割れ。それで今日、くり抜けなかった目玉の分を、母上はチャラにしてくれるかもな」


「そんなことしたくない!」


「へえ、じゃあどうすんの?」


 ザクロの問いに、刀を引き抜こうとするネズミの力がわずかに弱まる。

 その隙をついて、ザクロは柄を握るネズミの手を引き剥がそうとするも。


「俺が死ねば良い!」


 させじと、弛緩した力をネズミは手繰り寄せる。


「がッ! クソ!」


 ザクロが狼狽すると、ネズミの力が調子づき、刀身が一気に三分の一も露出してしまった。


「俺が死ねば、あんたの罪は誰も知らないッ、だから死なせろ! っていうかさっきから死にたいつってんだろうが! 何回言わせんだ! どうすんの? じゃねえよ!」


「女を川に押し倒す野郎の話なんか聞かねえよッ、バカがよォ! マジで死にたい奴がこんな馬鹿力出せるかッ!」


「死にたいから必死なんだよ! さっきから見下しやがって!」


 憤怒に任せてネズミが更に刀を引くと、ついには刀身の半分が露出した。


「クソッ、このままじゃ──」


 抜かせてしまう。ザクロは焦燥に濡れた思考を必死に回す。

 殴って突き飛ばすか? 部が悪い。ネズミが手を離さない限り、刀も一緒に抜けてしまう。

 髭を引っ張るか? ダメだ。片手を離した瞬間に刀を奪い取られてしまう。

 じゃあ、こいつが止まる方法、それは恐らく。


「スゥウウウウッ」


 深い呼吸の後、ザクロは決意を固める。

 相手が本気でぶつかってきたとき、こちらも身を切る覚悟を見せなければならない。

 ザクロはネズミの手に重ねていた左手──唯一残った生身の手を、じりじりと移動させる。

 その目的地は、半身が露出した刀身。


「何して……?」


「見りゃ、わかんだろうが」


 ザクロの美しい指がしっかりと刀身を掴むと、指の間から紅が滴った。

 溢れる鮮血は刀身を伝って鞘の峰へとするりと落ち、鞘を下って水面を赤く汚す。

 それを見るや、ネズミの力が一気に弱まった。


「なんで、そんなことを」


「どうしても抜きたいなら、私の指を斬り飛ばして抜け」

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