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花の羅刹✿ 【第三部準備中】  作者: 再図参夏
第弍部 千歳町編
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第四四話 退散道

 燃えゆく五重塔──吹き晒しとなった最上階。

 一陣の夜風が、類焼する炎をゆらり揺らし、焦げた煙をネズミに浴びせた。

 ネズミは吸い込んでしまった灰を、激しく咳き込んで追い出し、


「ありがとう……タカオさん……」


 床に身を横たえ、深い眠りに落ちたタカオに感謝を告げた。


 ネズミが百足人形ムカデの首を断った後、彼女は見事にやってくれた。

 自身の〈夢誘むゆうの花〉を行使して、カリンを眠りに落としてくれたのだ。

 これで〈使役の花〉に洗脳されていた人間は解放されたはず。人質になったミチユキも助け出せるだろう。


「あっちも終わった……のか?」


 百足の首を見つめ、次には外の景色に視線をやる。

 ここから遊廓までの距離は、およそ二七〇間(約五〇〇m)。

 その距離から見ても、結果は明らかだった。

 

「やったんだ。ザクロとモモさんが」


 無数の人形が地面に倒れ伏し、背の高い神輿が無惨に地面にひっくり返っている。

 豆粒ほどにしか見えないが、倒れた神輿に赤い飛沫が盛大にぶちまけられている。

 悪趣味な模様でなければ、彼女たちが絡舞紀伊を打倒した証だろう。


 そして自分も──。

 ネズミはしっかりと覚えている。自分が何をしていたのか。

 過去の残滓と現実がごちゃ混ぜになった景色のなか、なんとか百足人形を打倒した。

 

 その勝利が、確かな実感として残っている。

 同時に、灰神となっていた己の状態も嫌というほどに自覚出来てしまっている。


「俺って、なんなんだ……」


 いつもと変わりない、ふわりとした灰色の体毛。

 その己の肉体を撫で付けて、先ほど生えていた花々の痕跡を探る。

 されど、まるで何事もなかったように、すべてが綺麗に修復されている。

 灰神のように肉体に無数の花を生やしたあの状態は、暮梨村の成人式で起こった現象と同じものだろうか。


「一度死んでるのか?……俺は……」


 過去の残滓が見せたあの光景──母の隣でゆっくりと灰神化してゆく記憶。

 人間だった己が死んでゆく悲壮感が、今でも脳裏に沈澱している。

 その後、母が何か、自分に能力を施したようだが。

 

「…………」


 ネズミは自身の胸に手を当てた。

 手に伝わる心臓の拍動は確かなもの。呼吸も深く吸い、吐き切ることができる。

 戦いの緊張が解けたからか、低く唸るような腹の虫が胃袋で踊っている。握り飯を一〇個は平らげてしまえそうだ。


 間違いなく生きている。

 母か、生編の花が、この世に繋ぎ止めてくれているのか。


「ネズミ!」


 そこで、階下からザクロの声が響く。どうやら迎えに来てくれたようだ。


「ザクロッ、こっち!」


 必死に呼びかけると、荒々しい足音が階段を駆け上ってくる。


「大丈夫か!?」


 ネズミの姿を捉えるなり、ザクロは側まで駆け寄る。

 互いにひどい血塗れの姿。自分の血と、人形から噴射されていた紫色の血液が混ざり合い、悪趣味な模様に全身を湿らせている。


「大丈夫。そっちはどうなった?」


「絡舞は倒した」


「よかった……で、モモさんは何処に?」


「約束通り、ミチユキを助けに行ってくれてる。飛燕楼で合流だ」


 言いながら、ザクロの視線はタカオとトオルに注がれ、次には室内を燃やす炎と、床に転がる紅雀に。

 そして、転がる百足人形の首を見て、驚愕で口をあんぐり開く。


「やったのか? お前さんが……勝ったのか?」


 その問いに、ネズミは深く首肯する。


「なんとかやれたよ。ザクロが翁火九乱おうびくらんの鮮花をくれたおかげだ」


 自分は今、どんな顔をしてるのか。感謝と喜びを表現したいのに、戦闘後の疲労からか、うまく顔の筋肉が動かせない。


「そうか……無事でよかった……」


 ザクロは噛み締めるように呟き、労うようにネズミの肩に手を置く。

 その温かな感触が、ネズミの胸に誇らしさを湧き立たせる。

 やれた。勝てたのだ。尋常ならざる異形の強敵を、己の手で打ち倒した。

 ようやく、羅刹としての一歩を踏み出せた気がする。


 されど、そんな余韻に浸る暇もなく──。


「──ッ!」


 バキバキと、木片と火の粉が弾け飛び、燃えゆく支柱が激しく床に打ちつけられる。

 それに伴って、大社の屋根が盛大に傾き、地上に屋根瓦を次から次へと落下させてゆく。

 刻限だ。さっさと退散して、飛燕楼まで走らなければ。


「行こう」

「あいよ」


 ネズミは灰神トオルを抱え、ザクロはタカオを背負って階段を駆け下りる。

 地上へ下れば下るほどに、人々の悲鳴と怒号が鼓膜を叩く。


「地上は人でごった返した。二回から飛び降りるぞ!」


「了解!」


 二人して二階まで駆け降りると、襖を蹴破って突き進み、窓の外へ足をつける。

 そして、その勢いそのままに、渾身の力で跳躍した。


「うわ……」


 外に飛び出してすぐに飛び込んできた光景に、ネズミは息を呑む。 

 ザクロの言った通り、大量の人間が社の敷地に集まっている。

 炎上している五重塔を鎮火するために駆けつけたのか。


「屋根を伝って移動しよう!」


「うん……」


 着地と共に送られたザクロの指示に、ネズミは覇気のない相槌を打つ。

 火事を起こしてしまった罪悪感が軋み、後ろめたい気持ちになってしまう。

 

「放火犯ってこんな気持ちなのかな……」


「気にすんな。幸い、燃え移るような家屋は近くにないからな。羅神不在の社が燃えるだけだ。それに──」


 言いさして、ザクロは背負ったタカオを顎で指し示す。


「救われた奴がいるだろ」


 ザクロの肩に頭を乗せて眠るタカオ。

 その愛くるしい寝顔を見ていると、ネズミの気分はわずかに軽くなる。


「そうだといいな」


 

      ✿


 そこらに立ち並ぶ屋根の上を、ネズミとザクロは右に左に渡り続け、なんとか飛燕楼まで辿り着く。

 すると、土蔵の門前──モモが怒号を飛ばして向い入れてくれた。


「遅いッ、いつまで待たせっとか!」


「ミチユキは!?」


「中で寝かしとう。はよ入れッ」


 中に入ると、土蔵の奥でミチユキが横たわっていた。


「ミチユキ!」

「ミチユキさん!」


 ザクロとネズミは駆け寄って、ミチユキの身体を検める。 

 怪我をしている様子もない、心臓の鼓動も正常。ただ気を失っていると判断して良い。


「よかった……無事だ……」


「だな……傷一つなく、嫁さんとこに送ってやれる……」


 最大の目的の達成をネズミとザクロは喜び合う。

 思えば長い道のりだった。ミチユキを救出するため、あらゆる事情に巻き込まれ続けた。

 最後に羅神を打ち倒すまで事態が転がるとは──。

 

「超疲れた……」

「マジで……こんなの勘弁だわ……」


 安堵が胸に広がり、二人の全身に疲労が纏わりつく。

 

「……ああ……そういや、ミチユキの側に刃物を持った女がいなかったか? そいつはどうなってた?」


 床に膝をつきながらザクロがそう尋ねると、モモが横に首を振る。


「旅籠屋の中には、こいつ以外の人間はおらんかったぞ」


 そのやり取りに、ネズミはふと思い出す。


「そうだッ、五重塔に侵入した時に、絡舞紀伊が紅子様に綴った手紙を見つけたんだった」


「やっぱり、繋がってたか」


「そこにさ、弥内千子みだいせんこって名前が書いてあって……その人も紅子様と通じてる羅神らしいんだけど──」


 知ってる? と、ネズミが尋ねると。


「知らんな……」

「知らんちゃ。不気味やな」


 ザクロとモモは怪訝に眉根を顰める。


「これ以上、面倒事は勘弁だ。カリンが目覚める前にさっさとこの町から離れよう」


 ザクロの音頭を合図に、一向は即座に行動する。

 土蔵の隠し扉を開け放ち、順番に階段を下ってゆく。

 先導するモモがタカオを背負い、ネズミはミチユキを丁重に担ぐ。

 最後に灰神トオルを背負ったザクロが隠し扉を閉めると、途端に視界は暗く覆われ、土の匂いが鼻を打つ。


「待ってろ」


 言いながら、モモが燐寸棒マッチぼうを擦って火花を起こす。カッカッと明滅させて提灯に火を灯すと、赤い和紙が輝き、湿った地下道の石壁に光が当たる。


「行く当てはあるとか?」


 提灯片手に先導するモモが、ザクロへ尋ねた。


「私らはミチユキを嫁さんとこに送り届ける。ネズミ、それでいいか?」


 ザクロの確認に、ネズミは静かに頷く。

 うろ覚えではあるが、ミチユキとの他愛ない雑談のなか、嫁が暮らしている場所を教えてもらっている。

 確か、千歳町から南西に五里(約二〇キロ)ほど進んだところに、その集落があると聞いている。


「お前はどうする? 一緒に来るか?」


 ザクロはタカオとトオルを視線で示し、モモにそんな問いを投げる。


「どちらにせよ、コイツらを担ぐ人手は必要だろ? それとも、絡舞を刈り終わったし、お前はもう別のとこ行くか?」


「……タカオに助けを求められたんは私ちゃ。最後までこいつを見守るつもりや。やから、一旦はキサンらに着いていく」


 その答えに思わずネズミが瞠目すると、モモの三白眼がじとりと細められた。

 

「あ? なんちゃかドブネズミ。文句あるとか?」


「いや……てっきり、血の気の多いモモさんのことだから、さっさと次の羅神に狙いを定めて、ここで別れるものかと思って……」


 恐る恐る疑問を口にしたネズミに、モモは言い返すも、


「最後まで見届けな……羅刹が廃るやろ……」


 なんとも歯切れが悪い。いつもの覇気は何処へやら。

 絡舞紀伊との戦闘後ゆえ、疲労しているだけだろうか。


「まあ、ネズミ。察しやれ」


 首を傾げるネズミに、ザクロがどこか笑い出しそうな顔で含んで言う。

 その表情になんとなく憶測が立ち、つい口から溢れてしまう。


「マジ? モモさんが? タカオさんを? おお……大事なんだ……」


「ぷはは、全部言うじゃんお前ッ。言ってやるなよぉ、素直になれないだからコイツ」


 揶揄うようなその会話に、モモの全身から突き刺すような殺気が滲む。


らすぞ……キサンら……」


「うわ、なんか良いね。モモさんがなぁ……誰かに寄り添うなんて、感慨深いなぁ……」

 

 散々とイビられた仕返しとばかりに、ネズミも舌を転がしてしまう。

 対して、モモはいつものように怒声を上げるわけでも、暴力を振るってくるわけでもなく、ただ静かに不貞腐れるばかり。寝ているタカオに気を遣い、声を憚っている様子。


「ケッ、ごちゃごちゃ言っとらんで、せかせか足動かせや」


 そして、照れ隠しか、二人と目を合わせることなく、暗い地下道に荒い足音を響かせズイズイ進んでゆく。


「何よりの収穫だろ? 可愛い妹だよほんと」


 ザクロの言葉に、ネズミも微笑んで同調する。

 モモには散々と凄惨な言葉を浴びせられてきたが、こんな微笑ましい様子を見せられてしまうと、憎めなくなってしまう。


「調子乗んなよ……阿呆ども……後でぶっ殺しちゃるからなぁ……」


 低くうわ言のような怨嗟を漏らしながら、前を歩くモモ。

 その様子さえ、ひどく可愛らしく見えてくる。


 ──そうか。


 モモにも、手を添えたい人が出来ていたのだ。

 素直でないがゆえに、口が裂けても言葉にはしないだろうが。

 本当に、何よりの収穫を千歳町で得たのだ。


 一向がしばらく足早に歩進めていると、澄んだ空気が前方から流れ込んでくる。

 そろそろ外へ抜けられると言ったところで、


「モモ、お姉ちゃんから助言をしてやろう」


 ザクロがしとりと、モモの背中に投げる。


「どんな気持ちを抱いていても、言葉にしないと質量がない。お前の体重を伝えられないぞ」


「何を急に──」


「テメエは蛇だ、脱皮してみせろ。タカオが目覚めたら、自分をさらけ出せ──」


 お前が何をしたいのかを。

 どうしてほしいのかを。


 その言葉が重く、地下道の壁に反響する。

 傍で聞くネズミも、ドキリと心臓を跳ねさせてしまう。


 かつてネズミも言われたことがある。

 暮梨村の川岸、命を断とうとしたネズミは、ザクロに何度も聞かれた。

 お前は何をしたい奴なのか、何を望んでいるのかと。

 その魂を問う姿勢は、実にザクロらしいと、ネズミは思う。


「…………」


 姉の言葉を重く受け止めたのか、モモはただ黙っていた。

 地下道にしっとりと下駄の音を響かせて、歩を早めるのだ。

 外へ抜け出ると、鈴虫の鳴き声に出迎えられる。

 まるで、何かを祝福するように、やかましく鳴り響いていた。


「わかっとるぞ……そんくらい……」


 悔し紛れか、モモが低声でぽつりと溢す。

 その様子に含んで笑い、ザクロは満足とばかりに鼻息を漏らし、


「モモ──」


 妹の名を、肌に触れるように呼ぶ。


「花の羅刹になれよ」


 そのどこまでも透明な響きが、輝く夜空に溶けていった。

 


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