30.勢揃いでおもてなし
総合ポイント260超えありがとうございます!!
ついに『屍記』に並んだぜ!
……おかしいな、「屍記」は三百話近く書いてこれくらいだったんだが。人が興味を持つ話かって大事ですね。
真偽判定の玉を持った審問官さんと、尋問タイム。
真実は一部を切り取っただけだと、全体を見渡すことはできない。
そして逆に、それを逆手に取ったユリエルの宣言は……。
しかし、その結果は……。
まだぶすぶすとくすぶっているゴキブリ落とし穴や火葬穴の脇を通って、討伐部隊は進み続けた。
踏み荒らされた戦の跡を通ってきた後続部隊は、まだ虫に襲われていない者も多い。
しかし外では早く手柄が欲しいとイキッていた連中も、進むにつれて静かになっていった。
「お、おい……何だよこの死体の数は!」
「ひっでぇ死に方だ。先に行かなくて良かったぜ」
道中の惨殺死体や焼死体が、ダンジョンをなめていた連中に現実を突きつける。
「ちょっと、大丈夫なのこれ!?
中はだいぶ安全になったって聞いて来たのに!」
後続部隊の中には、準備役のはずの冒険者も混じっている。
軍の損耗の大きさに青くなった将軍は、少しでも軍を守るために準備役の冒険者まで投入することに決めた。
先行部隊が道を拓いたから大丈夫だと言いくるめ、薬や食料を背負ってきたところを進撃部隊に組み込む。
中にはレベルの低い者や怪我が治りきっていない者もいるが、お構いなしだ。
「大丈夫だ、ダンジョンは三階層までしかないんだろ?
私たちは、兵隊さんの最終決戦を支えるんだ!」
「もう敵に戦力はあんま残ってないって話だ。
こりゃ、もしかすると僕らでも狙えるかもしれないぞ」
冒険者たちの中には、外で将軍に言われたことを鵜呑みにして頑張ろうとする者もいる。終わりが見えたと、思っているのだ。
確かに自分たちはここまで虫に襲われていないし、ずっと三階層までだったダンジョンの三階層まで来ている。
だからきっと、後は手駒を失った魔女を倒すだけだ。
彼らは、疲れた顔にも希望をにじませていた。
その希望が、すぐに叩き折られるとも知らずに。
「見えた、コアルームだ!」
ついに、先頭の衛兵が叫んだ。
見れば、通路の先に小さく見える純白の聖女のローブ。紛うことなき、裏切りと偽りの魔女ユリエルの姿。
そしてその隣に……。
「アラクネだ!良かった、生きていたのか!」
後続の指揮官が、安心して顔をほころばせる。
今回の目的は魔女ユリエルを倒すことが第一だが、アラクネを奪還することも負けず劣らず大事なことだ。
これができるかどうかで、今後も総本山に糸を上納できるかが決まる。
それに糸を蓄えたまま戻ってきてくれれば、大急ぎで糸を採取して今回の期限に間に合わせられる。
これが、インボウズたちの一番望む形だ。
むしろインボウズは、アラクネが生きていたら何が何でもそうしろとものすごい圧をかけてきている。
生死をかけた戦いの場でそんなことをすれば、現場にどんな被害が出るかも知らないで。
「厄介なことになった……」
審問官は、渋面で呟いて鑑定官に声をかけた。
「一応聞くが、アラクネはフリーか?」
「いや、ダンジョンの配下になっている。
こりゃ、ユリエルを倒すか命乞いと引き換えとかでないと戻ってこないぞ」
この時点で、審問官は絶望的な心地だった。
アラクネがダンジョン側で戦う以上、糸はどう考えても戦闘で使ってしまうだろう。総本山の納期に間に合わせるのは無理だ。
そのうえアラクネも、マスターのユリエルが解放するとは思えない。普通に考えて、自分よりまずアラクネを盾にするはず。
指揮官は取り戻そうと息巻いているが、それがどんなに難しいか現実的に考えられない時点で、能力の低さが窺える。
大きな戦のないここに勤めている家柄だけの奴には、よくいるタイプだ。
正直、審問官と鑑定官が指揮をした方がましなレベルである。だが人には立場というものがあるし、審問官にも家族がいるのだ。
「……ここまでの戦いで、奴らの戦力が底をついているのを祈るしかない」
鑑定官が、ため息混じりにぼやく。
はっきり言って、彼らにしてみればアラクネは死んでいた方が良かった。死んだと報告して、全力でユリエルを攻撃できるのだから。
(いっそ最初からアラクネは死んでいたことにして、心置きなく攻撃できればこれ以上被害出さんで済むかもしれんが……。
ダメだな、指揮官と将軍は絶対認めない)
嬉々として指揮官が伝令を出すのを、審問官は半目で見送った。
いよいよ元コアルームの入口が近づくと、指揮官は衛兵と冒険者たちに隊列を組ませた。
左右を元準備役の冒険者が固め、衛兵がまっすぐユリエルを狙って突撃するスタイルだ。これに、鑑定官はさすがに異を唱えた。
「馬鹿な、これでは冒険者が犠牲になる!
敵を見ろ!ユリエルとアラクネしか見える位置にいないのは、明らかに誘ってるだろ。
これは、死角になっている左右に突撃を止められるだけの兵を伏せているパターンだ。堅実な陣形を組んで進んでくれ!」
鑑定官の言うことはもっともだ。
鑑定官はこれまでにもギルドの調査員としてダンジョンに潜ったことがあり、その時の経験を踏まえて言っているのだ。
しかし、指揮官は聞く耳を持たない。
「ああん?喚いて手柄を横取りしようったって、そうはいかんぞ!
元凶が目の前にいるのだ、狙わんでどうする!?
戦のことを知らん事務屋は黙っとれや!」
自分はダンジョンをほとんど知らないのに、ひどい言いぐさである。これには、他の冒険者たちもムッとした。
最悪な雰囲気の中で、指揮官は鼻息荒く命令を下す。
「よーし、正義は急げだ!
冒険者共は衛兵を挟んで虫に備えよ。
衛兵はまっすぐに突き進み、ただユリエルの首を狙うべし!アラクネには手を出すなよ、速やかにユリエルを始末するのだ!」
指揮官の目には、もうおかしい状況も映っていなかった。
「さあ行け、突撃ーッ!!」
一部の者は、これで終わると思った。
大半の者も、ここさえ耐え抜けばと思っていた。
もう少し悲観的な者でも、襲ってくるのはせいぜい虫だと思っていた。ここは虫けらのダンジョンだし、ここまで虫と小妖精しか見ていないから。
それ以外の脅威など、誰も考えていなかった。
コアルームだった場所に、衛兵と冒険者たちがなだれ込んだ。
しかしそれを出迎えたのは、固い鱗に覆われたぶっとい腕から繰り出される爪と、凶悪な鋭い歯列。
あっという間に左右を固めていた冒険者の数人が宙を舞った。小石のように弾かれ、高く飛んで地面や仲間に叩きつけられる。
かろうじて初撃を防いだ者も、圧倒的な力に押し崩された。
元々自信がないから準備役になっていた冒険者たちは、踏み込んだ者から次々と血祭りに上げられる。
ある者は手足を折られ、またある骨を砕かれ、別の者は嚙み千切られた。
「ぎゃひいいぃ!!?」
「ど、どうなってんだ!?
こいつら……虫じゃねえー!!」
悲鳴にビビッた後続の冒険者が足を止めると、中で暴れるモノの姿が露わになった。
土色のゴツゴツした鱗を持つ、二足歩行する大きなワニ。たくましい腕の鉤爪と、人間の上半身がまるまる入りそうな口。
「ワークロコダイルだ!!」
その凶悪な魔物の姿に、冒険者たちばかりでなく衛兵も足を止めた。
すると、突入した部隊はたちまち敵中に孤立してしまう。ワークロコダイルの姿を見て立ちすくんだところに、圧倒的な物理攻撃が叩きこまれる。
「こんなの、き、聞いてな……ぐえっ!!」
新手の流入が止まると、ワークロコダイルたちは突撃してきた衛兵を袋叩きにし始めた。
ワークロコダイルは戦士が13人と、シャーマンが一人、しかも全員がレベル25を超える実力者である。
せいぜい虫と後衛退治のために数だけを揃えて送り込まれた雑魚兵士が、同じくらいの数で敵う相手ではない。
すさまじい悲鳴を上げて、どんどん叩き潰されていく。
どう考えても、作戦は失敗だ。
「……いや、まだだ!行け!!」
目を血走らせた指揮官の後ろから、ビュッと影が駆け抜ける。
衛兵の中にいた、暗殺者だ。衛兵に気を取られているワークロコダイルの間を抜け、毒を塗った刃でユリエルを狙う。
だがその隣で、アラクネが何かを引っ張る動作をした。
「えい!」
引き上げられた糸が、暗殺者の足を捉えた。
「おわああぁ!?」
足をとられた暗殺者は、ユリエルに向かって倒れ込みながら毒刃を振るう。当たりさえすれば、奴のレベルでは敵わないはずだと。
ユリエルは、呆気にとられたように止まっている。
所詮、後衛の聖女などこんなものだ。
……と思っている間に、ユリエルが動いた。毒刃を手でそらしながら、暗殺者の下がってくる首に慈悲の短剣を当てる。
「キィエエエェ!!!」
ユリエルが、半分悲鳴のような声とともに短剣を振り抜いた。
短くも頑丈な刃が暗殺者の首に食い込み、派手な血の噴水が上がる。骨ごと断ち切られた暗殺者の首が、ゴロンと地面に転がった。
「はああああぁー!!?」
これには、多くの者が目を丸くしてすっとんきょうな声を上げた。
ユリエルは癒すことしか能のない非力な元聖女、近づきさえすれば勝てるのではなかったのか。
それが、片手で人間の首を切り落とすなどと……どうなっているのか。
だが、ユリエルもまた毒刃を払った方の手から血がしたたっている。
指揮官は、勝利の笑みでぐっと拳を握った。
「フハハハ!勝負あったぞ!
あいつの刃には魔封じの毒が塗られている。傷も毒も癒せなくなった回復職など、死を待つだけ……」
「ヒール!……痛いじゃない」
高笑いする指揮官の前で、ユリエルは普通に傷を癒した。
何が起こったか分からない指揮官の後ろで、鑑定官が真っ青になって呟く。
「だめだ……今のユリエルに毒は効きません!
それに、あいつのベルトとアラクネのたすき……あああ!『チャンピオンの革ベルト』だ!それであんな力を……」
チャンピオンの革ベルト(元素材:タフクロコダイルガイ)
攻撃力上昇:大 防御力上昇:中 物理攻撃耐性:小
格闘を極めチャンピオンの称号を得た魔物の革から作られたベルト。装備者にチャンピオンの力と闘志を与える。
この情報を見た鑑定官の頭の中に、一つの仮説が浮かんだ。
「ギルドの調査員が報告していた……湿地のワークロコダイルの集落が、もぬけの空だったと。
まさか、ユリエルがタフクロコダイルガイを倒し、ワークロコダイルをここに引き込んだのか?」
「あら、ご名答!」
ユリエルは、あっけらかんと答えた。
鑑定官がチラリと横目で見ると、審問官は青ざめて汗を垂らしていた。その手には、審問官からしか見えないよう覆いをかけられた、真偽判定の玉が握られている。
「真だ……畜生!」
その言葉に、指揮官も目を見開いた。
「何だと!?
それでは、こんな戦力では……!」
既に、さっき突入した二十人ほどは全滅している。ワークロコダイルたちは力を誇るようにポーズをとると、さっとユリエルとアラクネの周りを固めた。
「急ぎ、将軍に伝令を出す!
地上の戦力をもっと投入せよと。
その間、審問官は尋問で時間を稼げ」
「ええ、そうさせてもらいますよ。
私の仕事はあんたと違って、戦果を持ち帰ることじゃない。真実を明かし少しでも事態が解明できれば、御の字だ」
こうして、審問官が玉を持って前に出る。
審問官にとって、とてつもなく嫌な予感がする尋問が始まった。
「魔女よ……元々貴様に、タフクロコダイルガイを倒すような力はなかったはずだ!なのに、どうやって倒した!?」
まずは、当たり障りのない質問から。
核心となる質問で素直に答えてくれるよう、まずは正直に答えても問題ないことから相手の口と心を緩ませる。
(……それに、ユリエルがまだ知らない戦力を隠している可能性はある。
これほどの力を手に入れているとなると、一人ではなく何かしら後ろ盾がいる可能性が高いし……まずはそこをはっきりさせねば)
あらゆる可能性を考え、審問官は気を引き締める。
だが、ユリエルの返答はシンプルなものだった。
「毒を盛りました。後は、一騎打ちでそれが効くまで耐えただけ」
(真か、卑怯だが現実的ではあるな)
審問官は、慎重に尋問を続ける。
「なるほど、それでおまえはワークロコダイルを従え、ダンジョンの配下にしたと。それは、レジスダンたちによる襲撃の前か?後か?」
「前よ。彼らの力がなければレジスダン一味には勝てなかった」
(真か……つまり先月こちらがダンジョンの無事を確認した時には、既にここは落ちていたと。
あ~……これはギルドと揉めるヤツだ!)
審問官は衛兵に囲まれているが、その外から冒険者が判定をのぞきこもうとしている。その様子に、審問官は胃がキリキリした。
教会軍はアラクネの言を鵜呑みにして冒険者に責任を求めてしまったが、ユリエルが賊より先にダンジョンを落としていたとなると話は変わる。
最悪、教会に責任問題が跳ね返って来かねない。
「おい、どういうことだ!
ダンジョン襲撃は、ゲースたちと賊のせいじゃなかったのか!?」
冒険者たちが、さっそく声を上げ始めている。
それをそらすべく、審問官は質問の語調を強める。
「すると貴様は、アラクネを使って我らを騙したのか!貴様のせいで、何人が無駄な仕事に走り回ったと思っている!?
貴様は自分一人のために教会もギルドも騙し、疲弊するよう仕向けた。そうだな」
すると、ユリエルはちょっと考える仕草をした。
「そうよ、私を守るためだわ。
……だって、ワークロコダイルとレジスダンたちは敵同士だったのに、それが示し合わせたように連続で攻めて来たのよ!
ワークロコダイルとは接触して少し怒らせてしまったから、仕方ないわ。
でもレジスダンたちの方は、見たこともないのに何で?って。……こんなの、前から知ってて狙ってたんじゃって思うわよね」
「だから、冒険者を遠ざけて周囲を掃討させたと?」
「ええ、だって怖いじゃない!同じようなのがまた来たらって!
で、ここの事情を知ってるのはって考えたら……教会と冒険者よね」
ユリエルの言葉に、冒険者たちが少し静かになる。
レジスダンの件については、ユリエルも分からなくて恐れたとなると、冒険者とのつながりを否定できるものではない。
審問官はホッとしつつも、不穏なものを感じた。
(真だが……何かうまくハメられた気がするな。
責任の所在をあいまいにしておくことは、争いの火種を残しておくことになる。こいつ、分かってしゃべってるな)
審問官の予想通りであった。
ユリエルは、責任の所在が分からぬよう、言葉を選んでしゃべっている。
ユリエルとて元教会の聖女であり、審問官が持つ真偽判定の玉のことは知っている。その能力の限界についても。
この真偽判定の玉は、本当に限られた部分の真偽を示すだけ。
たとえユリエルがレジスダンが攻めて来た理由を知っていても、違う理由を疑う余地がありユリエルがそうしたら、その理由を疑ったこと自体は真となる。
同じようなのがまた来たら、というのも、同じようなのの内容をユリエルが具体的に言っていないため、ユリエルが想定したのが芋ヅル式の侵攻でも恐れた事自体は真となる。
(これだから身内はやりにくいんだよ!
……だが、質問の仕方を変えればやりようはある。俺の腕を見せてやる!)
審問官は、一息ついてまた質問を投げかけた。
「ずいぶんと、うまく事が運んだものだな。本当に貴様の力だけか?初めから、何か他の力を借りていたんじゃないか?」
ユリエルの目がキッと鋭くなり、はっきりと首を横に振った。
「いいえ、私は一人でした!
破門されてからアラクネちゃんを味方につけるまで、たった一人で戦いました!」
(なるほど、後ろ盾はなしか。良かった、こいつさえ倒せば……)
欲しかった情報を手に入れ、安心した審問官に……ユリエルがいきなりまくしたてた。
「他の力を借りるとか、よくそんな事が言えるわね!!
私を破門して誰の力も借りられなくしたのは、インボウズの方じゃない!わざわざ孤立無援にしておいて、何を疑うの!?
邪淫だから、枕営業でもしたと思ってる!?
残念、私は純潔よ!邪淫の罪なんか犯してないし、破門はインボウズの一存よ!!」
決定的な言葉。
審問官は、覆いの下で玉を目にして驚愕していた。
(真だと……嘘だろ?こんな事があるのかよ!)
真偽判定の玉は、真の色のまま揺らぎもしない。これはユリエルが本当に純潔で、冤罪で陥れられたことを意味している。
知っているつもりだった。教会上層部は腐っていて、横暴がまかり通っていると。
だが、まさかここまでとは。
そして何より、自分が巻き込まれるとは。
思わず黙ってしまった審問官に、ユリエルは挑発するように言う。
「さあ、私は本当のことを話したわ。
もしこれが嘘なら、覆いを外して玉がどうなっているか見せてみなさいよ!あなたたちの正義に後ろめたいことなんか、何もないわよね?」
審問官の背に、冷たい汗が流れた。
覆いの外から、突き刺すような無数の視線を感じる。冒険者だけでなく一般の衛兵も、真実を渇望しているのだ。
正義の戦いだと信じて、こんなに死んだ。
偽りの魔女だと聞いたから、せめて世のため人のためと思ってこんな危険な戦いでも勇気を振り絞って踏みとどまっている。
その理由が、嘘であってたまるか。
早くその証を見せてくれ、と。
しかし、上の意向に敏い指揮官が声を上げる。
「下がれい、真偽の判定は汚されざるべきもの。おまえたちはただ審問官に従い、神の敵を討てばいいのだ!!」
指揮官の薄汚れた手が、審問官の肩を掴む。
「どうした、早く断罪せぬか!
教会の威信がかかっておるのだぞ!」
ささやく指揮官の声が、肩に触れる手が、審問官にはインボウズのもののように感じられた。
いや、実際にインボウズの差し金かもしれない。もしここで本当のことを漏らそうものなら、すぐ殺されて家族が同じ目に遭うのだ。
涙でにじむ真の色をした玉の向こうに、愛しい家族の顔が浮かんだ。
冤罪で陥れられた元聖女と、くだらない戦いで死にゆく多くの命を救うか。
自分の一番大切な家族を救うか。
幻の中で、貞淑な妻と可愛い娘が微笑んだ。
審問官は一度ぐっと奥歯を噛みしめ、高らかに言い放った。
「あの女の言うことは、偽りである!!
世を乱す魔女に、鉄槌を!!」
言った。言ってしまった。
周りから巻き起こる歓声と、ユリエルへの怒りの声。無実の汚れなき乙女を、聞くに堪えない言葉で罵る声。
覆いの下で、審問官の目からぶわっと涙が流れた。そして、この覆いはこれを見せないためでもあると理解した。
(仕方ない……仕方ないんだ!
おまえだって、自分の純潔のためにこんなに人を殺したじゃないか!だったら、俺が自分を家族を守っても文句言えないよなあ!!)
そう考えて無理矢理自分を納得させて、キッと前をにらみつけた瞬間……ユリエルと目が合った。
ユリエルは、これ以上ない怒りと悲しみに打ち震えていた。
怒りに見開かれた目からはぼろぼろと大粒の涙をこぼし、裏切られた悲しみに眉根を寄せ、世への憎しみに目も眉も鬼の如くつり上がっている。
歯をむいて歪んだ口からは、言葉にならない怨嗟が漏れ続けている。
まさしく、鬼。
しかし、人が鬼にしてしまった人。
そんなユリエルに同調するように、ワークロコダイルが吼えた。
「ウォオオオ!!人間、優シクナイ!ユリエル、カワイソウダ!」
「ユリエル、優シイ!間違エテ襲イカカッタ俺タチ助ケテ、子供タチモ助ケテクレタ!
ナノニ信ジナイ、オマエラ、勝手ダ!!」
ワークロコダイルたちの中心にいるシャーマンも、ぐわっと牙をむいて言い放った。
「……それが、あんたたちのやり方かい。
獣以下の外道め、反吐が出る!!
あたしの占いでは、ユリエルは間違いなく純潔だ。世の真実を曲げ同族を虐げる者よ、報いを受けるがいい!!」
そして、アラクネはユリエルを守るように抱きしめた。
「ひどい奴らだねえ……こんなのに従ってたのが、馬鹿みたいだよ!
あんたたちのやり方は分かった、もうたくさんだ!あたしは絶対に教会になんか戻らない!屈しない!!
この命尽きるまで、ユリエルを守るよ!!」
アラクネは絶対の敵意のこもった目で教会軍を見据え、凛とした所作でパルチザンを構えた。
「くそっ……アラクネが!
皆の者、惑わされし哀れなアラクネを救うのだ~!!」
指揮官は高らかにそう言い放ち、衛兵や冒険者たちも信じて気勢を上げている。
……が、審問官には真実が見えている。
(惑わされてる訳ないだろ!アラクネもワークロコダイルたちも、本当に心の底からユリエルに感謝して慕ってる!
あれは……どこまでいっても偽りなんかない、マジモンの真実の絆だ。
むしろ、あいつらの方が……ずっと、清らかなのに……!)
審問官には、ユリエルと仲間たちの絆が眩しく見えた。
そしてそれを偽りで壊そうとする自分たちが、吐き気を催す邪悪に見えた。いや、思う以前に実際そうなのだ。
(……何で、こんな事しなきゃならないんだ!
おお、神よ……)
耐えられなくなりそうで、つい神に祈ろうとして……気づいてしまった。
神は、インボウズの企みに応えてユリエルから理不尽に力を取り上げた、こちら側の存在だということに。
(……あれ、俺ら、そんなん信じてたのか)
急に、これまで信じていた祝福も加護も聖戦も、全てが上辺だけのペラッペラに思えてきた。
それでも、始まってしまった戦は止められない。
インボウズの嘘に踊らされた衛兵と冒険者たちは、聖戦と信じて、かけがえのない真の絆に守られた乙女に襲い掛かった。
「おまえにも家族がいるだろう」は、脅しの定型文句です。
平和に暮らしているそこまで悪くない人を、決定的な悪事に加担させるための。
ただし、加担してしまったら一生悪人に弱みを握られることになります。それでも加担しないとそこで終了という。
ユリエルは孤児院出身で見かけ上家族がいないので、大胆になれました。
逆にもし家族がいると知られていたら、物語は始まらなかったかもしれません。




