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128.ネオ・火水虫責め

 いかん、だんだん遅れてくる(汗)

 次の土曜日中に、リカバリーできるか危険なところだ……。


 今回は、食事中の方は閲覧をやめた方がいいです。

 ありとあらゆる手を使って、討伐軍の侵攻を遅らせるユリエルたち。虫だけでなく、地形を使った新戦術が次々飛び出すぜ!

 そして、虫で一番効率よく精神にダメージを与える方法と言えば……。

 翌朝になると、再び人間たちは怒涛の侵攻を開始した。

「おっはよ~♪今日もまた、聖なる一歩を私と一緒に~♪」

 周りが明るくなるとタカネノラが4階層と3階層でライブを行い、討伐軍の人々に加護を与える。

 そうすると、人々はまたものすごい勢いで奥へと進み始めた。

 しかし、4階層の滝を上ってショートカットする道を作るのは断念した。

 それができれば一番楽だったのだが、洞窟の川につながる滝は落差が20メートルを超え、そこの岩山だけはダンジョンの構造物となっており破壊できなかった。

 さすがにユリエルも、ここだけは登られないように備えていたのだ。

 それでもタカネノラは始め道を作ろうとしていたのだが、上り切る寸前で放たれた鉄砲水により退けられてしまった。

 しかも、大っぴらには言えないがまた犠牲者が出てしまったのだ。

 タカネノラは冒険者の中から難路の突破が得意な斥候を出させ、滝の上にロープをかけて登らせた。

 だが登り切る寸前で、洞窟から鉄砲水が噴き出した。

「頑張って~♪あなたならやれる!フレッフレー!」

 タカネノラの強化をもってすれば、レベルの低い冒険者でも鉄砲水を浴びながら岩肌にしがみついていられる。

 しかし、鉄砲水は聞いていたよりずっと長かった。

 時間にして、10分に届くくらい続いた。

 それが終わった時、岩肌とロープにぶら下がっていた斥候のうち半分は落ち、半分はまだぶら下がっていた。

 だが全員、動かなかった。

「……あら?水の勢いがすごすぎて気絶しちゃったかな」

 すぐに聖女や神官を呼んで癒させたが、全く動かない。それどころか、聖女の一人が青くなってタカネノラに耳打ちした。

 タカネノラは努めて平常を装い、動かなくなった人たちを片付けさせた。

「体力が回復しても、気絶はそう簡単に治らないし、ちょっと休ませてあげてねー」

 ……あくまで、死んだのではなく気絶して回復を待っている体で。

 もっとも、片付けさせられた修道女にはバレバレなのだが。修道女たちは内心舌打ちしながらも、粛々と従った。

(ぐっ……お、重いいいぃ!

 この力の抜け具合、絶対死んでるだろ)

 クラリッサも、まだわずかに温もりが残る死体を隠すのを手伝わされた。

 討伐軍には死んで間もなければ蘇生できる癒し手がいるのだが、この哀れな冒険者たちに手を差し伸べる者はいなかった。

 つまり、そういうことだ。

 それからタカネノラはもう一度同じことを試みたが、同じ結果に終わった。異様に長い鉄砲水は、30分と経たず再び放たれた。

「は?何これ、こんなんじゃ、ここを上れないじゃん!」

「お嬢と聖騎士だけなら上れるでしょうが、どうされます?

 少数精鋭で進みますか?」

 進めそうな少数で進むか回り道をするかとの選択を迫られたタカネノラは、迷いなく後者を選んだ。

「せっかくこんなにファンがいるのに、置いてくなんて何の冗談?

 私の偉業は、たくさんの人に見せてこそなのよ!

 それに、少数で進むってことは、荷物も絞るのよね?柔らかい寝床も美味しいご飯もなくなるなんて、絶対に嫌!!」

 タカネノラは、自分をいい気分にしてくれるファンとぜいたくな環境を手放せなかった。いつもチヤホヤされていないと、我慢ならなかった。

 それだけの理由で、ユリエルに時間を、仲間に要らぬ困難を与えてしまった。

 もしここで少数精鋭を選んでいれば、大人数ほど効く補給を狙った罠の影響を大幅に軽くできたというのに。

 実戦に出ても安全地帯であらゆるお世話をされて歌っていただけの彼女に、そんな発想はなかった。


 鉄砲水が過ぎて穏やかな流れに戻った洞窟の川に、二人の女が佇んでいた。

 いや、白いドレスの女は足が水についておらず、浮遊している。

「これで、下からの近道を諦めてくれるといいのですけど。

 それにしても、神の力を失ったというのに、すごい威力でした。力をお貸しいただき、誠に感謝しています」

 コーデリアの視線の先には、びしょ濡れで魔力回復薬を一気飲みするミエハリスの姿があった。

「……ングッングッ……ぷはぁ!

 お安い御用ですわ。わたくしたちの居場所とフビンダさんを守るためですもの。

 このまま押し切られてなるものですか!」

 ミエハリスは、息を切らしながら言った。

 さっきの異様に強い鉄砲水は、ミエハリスとコーデリアが強力な水魔法を加えて限界まで強化したものだ。

 ただ水の量を増やすだけでなく、コーデリアが水を操作して鉄砲水の間上って来た者がずっと水中にいるようにし、窒息死させた。

「ハァ……これでわたくしも、人殺しの片棒を担いでしまいましたわ。

 世を正すために人を殺さなきゃならないなんて、残酷ですわね!」

 ミエハリスは吐き捨てるように言って、胸の光を失った聖印章を握りしめた。

 ミエハリスはもう、聖女ではない。親がインボウズに金を払うのをやめたため、ミエハリスの聖女登録は取り消された。

 だが神の力を失ってもなお、ミエハリスは前線に出て来た。

 今はただ、ユリエルと自分たちの居場所を守るためにできることをしなければ。

 そして、哀れなフビンダを助けるための時間を少しでも稼がなくては。

 ミエハリスは今もって、自分が悪い事をしたなんて思っていない。しかし、自分がきっかけになってしまったなら助ける努力はしなきゃと思った。

 そうして、ミエハリスはユリエルの指揮の下で戦いに加わった。

「……ゲプッ!もう一回なら、何とかやり切ってみせますわ。

 ああ、思えばこれまでは楽をしてきたものね。わたくしは別の大事な仕事をしているつもりでしたけど、本気で戦うってこういうことですのね。

 ……ユノさんには、また会えたら謝らなくては」

 魔力回復薬を何本も飲んでたぷたぷになったお腹を抱えて、ミエハリスは思う。

 戦に行った時、自分は魔力が尽きるまで働いたからもういいと思って、若い将校に自分を売り込んでいたけれど、あれはいい加減な仕事だった。

 本気で戦うということを、分かっていなかった。

 魔力が尽きても薬を飲めるだけ飲んで回復し、げっぷと吐き気に口を押さえて泥だらけで働いていたユノの気持ちが、今ようやく分かった。

 そして、それでも守れない可能性を考えた時の身を押し潰すような恐怖も。

 だが幸い、ミエハリスが限界まで働くことはなかった。

 二回目の鉄砲水で、討伐軍は滝登りを断念した。

 これで稼いだ時間で何とかフビンダを助ける方法を考えなければと思いながら、ミエハリスは重いお腹を引きずるように引き揚げた。


 討伐軍は、アスレチック難路の攻略に入った。

 しかしここは、出入り口付近の細い道ほど簡単には工事できない。

 ここの崖や切り立った岩壁は、崩れては困るのでダンジョンの構造物となっている。そのため、地形を変えられない。

 虫たちは、地面に潜って攻撃する必要がない。天井や岩陰に隠れていて、人間がアスレッチックで無防備になったところを襲うのだから。

 だが、これは討伐軍にも有利に働く。

「ふーん、ここなら地面に引きずり込まれないのね。

 だったら話は簡単、見えてる虫だけ払いながら力ずくで渡っちゃえばいいのよ~!」

 タカネノラの強化が、火を噴く場面だ。

「ラ~~~ア~~~♪

 どんなに険しい道だって~みんなの力で越えられる~♪」

 タカネノラが歌って踊ることで、兵士だろうが冒険者だろうが一般人だろうが、疲れを知らぬタフガイと化す。

 強化された者は我先にと谷底へ下りていき、寄ってくる虫を踏み潰して、力強く崖を上り始めた。

 もちろん、虫たちは襲ってくる。アサルトビーがぶっとい針を向けてミサイルのように降ってくるし、蚊の化け物が不快な音とともに血を吸いにくる。

 しかし、強化された人間たちは止まらない。

 もちろん、離れたところにいる射手や魔法使いが虫を撃ち落としているのもある。

 だがそれ以上に、攻撃を受けても落ちずに上り続けられるのだ。アサルトビーに刺されても、痛みで手を放さずに進み続ける。

 蚊の化け物など、何匹刺されようが痒みなど感じない。

 イビルフェイスが風雨を浴びせても、掴む力が強すぎて滑落しない。

 まるであらゆる苦痛から解放されたゾンビのように、人間離れした力で綱渡りや桟道渡りをすることなく崖を平地のように進む。

 その先陣と露払いには修道女が動員されており、クラリッサは一早く対岸に渡って後続を受け入れた。

「おう嬢ちゃん、足に虫が食いついてうまく動かねーんだわ。

 取ってくれよ」

(うまく動かねえじゃねーよ!中で骨が折れてんだよ!

 回復しねえと後日ひでえ事になるぞコレ。

 つーか、こんなんまで気づかなくなって大丈夫かねえ。確かにそん時は強いけど、タカネノラ様の力……思った以上に危険だな)

 クラリッサはそう分析しながら、兵士の足を挟んでいた足切り虫を退治して、本人が気づかない骨折を治してやった。

 だが当然、動くのに支障がない者は放置されている。

 これで歌の効果が切れた時どうなるかと思うと、クラリッサは越えて来た谷の深さ以上の目まいがした。


 もちろんその光景を、ユリエルたちも見ていた。

「ほほう、まるでアンデッドの群れだ。しかも、理性のない低級な。

 ダラク様がよくあんな感じで、建物の上にいる人間を追い詰めていたな。懐かしさすら覚える」

 ミツメルが、しみじみと言う。

 その隣で、ユリエルたちはあんぐりと口を開けていた。

「……いや、早く越えるだろうとは思ってたけどさぁ……そもそもアスレチックを通ってねえぇ!

 あれが少数ずつしか通れないから、ここで敵が細く長くのびるかなって思ったのに……そう来る!?」

「良かったな、また一つ防衛の弱点が分かって」

「う……そう来る敵もいるかもとは思ったけどさ。

 普通の人間があんななるとは思わなかったの!」

 ユリエルの言い分は、もっともである。

 ユリエルがまず備えねばならないのは、インボウズの権限だけで動かせる程度の人間の軍勢だった。

 だから、まず普通の人間を消耗させる仕掛けを作った。

 そこから外れる敵への対策など、二の次三の次だ。

 今回は敵が人間なのに人間離れしたレベルまで強化されてしまったため、対応できなかった。

 ロドリコたちの時も、そうだった。

「……でも、奴らこっちの攻撃はむしろ進んで受けてくれる。

 熱病持ちの蚊にはいっぱい刺されてるし、アサルトビーに混ぜて投入したデッドビーにも刺されてる。

 その場の痛みや痒みはいいとして、熱病やアレルギーには耐えられるかしらね?」

 ユリエルは、苦い顔ながら負けじと言った。

 あそこで襲ってくる虫たちに刺されて怖いのは、その場の症状で谷底に叩きつけられることだけではない。

 時間が経ってから襲ってくる致命的な症状こそが、本命なのだ。

 オリヒメも、妖艶な含み笑いで呟く。

「フフフ……あんな無防備にハチに刺される人間は初めて見たでありんす。

 普通、ハチが襲ってきたら必死に逃げるか反撃するものでありんすが……あれなら、二回刺すのも容易いですえ」

 タカネノラの歌による精神高揚と苦痛鈍麻で、人間たちはむしろいつもより簡単に攻撃を受けるようになってしまっている。

 それを見て、ユリエルはハチの魔物を進化させて投入した。

 デッドビー……文字通り、死のハチだ。ただし一回目では死なず、一定時間置いて二回目に刺された時に致命的なアレルギーを起こす。

 一回刺すのに苦労する状況では投入しても効果は限られるが、敵が自分から防備を捨て去った長期戦が見込まれる場合は最大の効果を発揮する。

 ミツメルも、その作戦は上機嫌でほめてくれた。

「うむ、そこは素晴らしい作戦だ。

 タカネノラが今朝3階層と4階層でわざわざ歌ったということは、歌の効果はおそらく一日と持たない。

 歌が効いている間は発症するかも怪しいが、切れたら大惨事になるだろう」

「そうそう、人間はゾンビじゃないんだから!」

 ユリエルは、その場の苦痛だけ失って無敵気分の人間たちを鋭い目でにらみつけた。

「強化されたって苦しくなくなって、死なない訳じゃない。

 息ができなければ、むしろあれだけ力を出していれば、いつもより早く死ぬ。焼いたり凍らせたりは、普通に効く。

 食べ物を奪えば、消耗するのはずっと早いと思う。

 だったら、そこを突くだけよ!」

 最初は勢いに圧倒されたが、冷静に考えればどうということはない。

 タカネノラが深く潜ればどうしたって強化が全体に届かなくなるのだから、その時に発動するものを今はただ仕込むのみ。

「それに……人間なんだから、どうしたって感情はあるものよ。

 ミエハリスは私がわざわざ人に嫌われることをしてるって言うけど、今この状況なら存分にやってやろうじゃないの。

 死と恐怖を見せつけてやる!!」

 強化された敵にだって、打つ手がない訳ではない。

 ユリエルは、やはり体力の消耗が早いらしく広場で食事を始めた討伐軍に、次の手を振り下ろした。


 討伐軍は、ちょっとした広場で火を起こして食事を始めていた。

 いくら強化しても、それだけの力を出すのに相応の元手が必要なのは変わらない。あれだけの運動を強いれば、当然腹が減る。

 そうなった者をそのまま使い続ける訳にはいかず、前線はかけた橋を渡って来た後続と交代させ、休憩させている。

 その食事で消費される食糧の報告を受けながら、ワイロンは苦い顔をした。

「参ったな、もう補給の計算が狂ってきたぞ。

 4階層で滝を上ってすぐ5階層につながれば、ここまで食われることはなかったはずだが……。

 いや、まだ予備で対応できる。しかし補給を増やす要請はしておくか」

 討伐軍は、タカネノラの強化があれば4階層の滝を近道に変えられる前提で食糧や物資を計算していた。

 それがアスレチック難路を回る分、余計に使われているのだ。

(ううむ、敵もこの大軍を見て急いで対策したってことか。

 ……にしても、人間を動揺させるネタでしかないこんなとこに、魔王軍はよく支援を投入してやがるな。

 魔女が、魔王自身を誘惑して引っ張ってるとかか?)

 ワイロンもタカネノラも聖騎士たちも、ユリエルが自らの聖血で他から支援を受けているとは考えていない。

 上司が口を揃えて、それはデマだと言っているから。

 だから虫けらのダンジョンにはこの大軍に対抗する力などないと思い、美味しい仕事だと思って引き受けたのだが……。

 その大前提が間違っていることに、タカネノラたちは気づけない。

 特にタカネノラやワイロンは、自身の行いを省みれば気づいても良さそうなものだが……省みないからこうなるのだ。

 そうして首をかしげるワイロンの下に、伝令が息を切らして駆け込んできた。

「大変です、敵の火計で犠牲多数!

 早く、タカネノラ様を止めてください!!」

「今度は何だ!?」


 前線の谷からは、ごうごうと焦げ臭い煙が上がっていた。それでも兵士や冒険者たちは、タカネノラの歌に乗せられて谷に下りていく。

 その谷の底は、地獄絵図となっていた。

 谷から対岸に昇る岩肌は、粘液がまとわりついてぬめっている。そのせいで、討伐軍は崖を力で登ろうとしても登れない。

 谷底には、その原因であるスベリナメクジと、もっと恐ろしい虫がのたうっていた。

 谷底では下りてくる一方で登れない人間たちがすし詰めになり、そこをめらめらと燃えるものが飛び交っていた。

 よく見れば、それはゴキブリである。

 火のついたゴキブリが、ベチャベチャと粘りつく火の塊をまき散らしながら、飛び回っているのだ。

 燃えているのになかなか死なないこのゴキブリは新種、オイリーローチ。体からあふれるほどの粘ついた油を出し、しかも火耐性がある。

 こいつが仲間のビッグローチやその亡骸に引火させ、谷底を火炎地獄に変えて人間を炙っているのだ。

 魔法使いが水をかけても、油火災はそう簡単に消えない。

 だというのに、タカネノラは歌い続けて人を突っ込ませ続けている。

「どんな険しい道だって~みんなの力で越えられる~♪」

「やめてください、お嬢!突撃を中止してください!!」

 ワイロンが慌てて止めると、タカネノラはぷーっとふくれた。

「何よ、私は非モテのクソ魔女なんかに負けないもん!」

(そういう問題じゃねええぇ!!)

 あまり戦いに詳しくないワイロンが見ても分かる。谷底の様子は、燃えている以外にも明らかにヤバい。

 はっきり言って炎攻撃は、崖の上から回復し続ければ何とかなりそうだ。

 しかし、戦っている者たちの顔色と動きがどう見てもおかしい。

 谷にいる人間たちは、大多数が顔を青黒く変色させて倒れている。まだ動いている者も、唇が紫色になり肩で息をしている。

 新たに加勢しようと谷に下りた者も、みるみるそうなっていく。

 明らかに、炎以外で回復が追い付かない何かのダメージを受けている。

 それでもタカネノラは意地になって、歌いまくって強化した人間を投入するのをやめない。

「ほらぁ、火が消えかけてるし、虫だってあんまり動かなくなってる!このまま押せば勝てるって!

 無駄死に?そんな事ない、私が勝つためなんだから!」

 ワイロンだけでなく回復役の聖女や貴族軍の指揮官たちにまでやめろと懇願されても、タカネノラはますます負けん気になって攻めさせようとする。

「あ、きっとあの中に毒虫か何かいるのよ。

 だったら敵を排除すれば、進めるようになるってことね!

 ほら、さっさと魔法使いたちに命じて、谷に殺虫剤入りの水をまかせてよ。殺虫剤が油でも、一緒に水をかければ大丈夫よね」

 とにかくタカネノラをなだめてこの状況を何とかしたい一心で、魔法使いたちは従った。

 ……すると、とんでもないことが起こった。

 魔法使いたちがくすぶっている谷に可燃性の殺虫剤と水をぶちまけたところ、崖の対岸から軽甲虫が転がり落ちてきて……中から赤い塊をばらまいた。

 そこにウィルオーウィスプが突っ込み……次の瞬間、大爆発が起きた。

 そして数秒の爆炎の後、火は完全に消え、谷に動くものはいなかった。

「う、嘘……何よこれ!

 あ、でも今行けば……ラ~~~ア~~~♪」

 ここぞとばかりに歌い、人を突っ込ませるタカネノラ。

 しかし谷に下りた人間は、数十秒でコロコロと倒れていく。強化されているはずなのに、何もないはずのところで。

 それが、人が生き火が燃えるのに必要な空気がなくなったせいだと、タカネノラはどれだけ説明されても分からなかった。

 結果、討伐軍は谷の空気を風魔法で入れ替えるまで、またしばらく足止めを食らった。


 そうして休憩している間にも、騒動が起こった。

 食事中の陣地にゴキブリやコバエの大群が襲来し、食糧を煮ていた鍋や口を開けた食糧袋に突っ込んだのだ。

「ぎゃあああ!!きったねえーっ!!」

「こんなモン食えるか!!」

 目に見える異物混入に、たちまち陣地は阿鼻叫喚となる。

 だが、これだけの食糧をだめにしてしまったら、また補給を待たねばならない。さっきので苛立ち焦れているタカネノラが、我慢できる訳がなかった。

「ちょっと……どんだけここにいさせる気なのよ!

 解毒すりゃ、食べれるでしょ!あ、私のは新しく用意してよ」

 タカネノラは、あまりな決断を下した。

 一見して目につく異物と毒だけ除いて、その虫が突っ込んだ食物をそのまま食べさせることにしたのだ。

 自分のだけ新しく作らせながら、人々の前では作った人や運んだ人の事を考えてと目を潤ませて。

 そして歌で関心を自分に引き付けて人々の気分を良くして、普通なら捨てるようなものを食べさせた。

 その場では、タカネノラに不満は出なかった。

 しかし歌の効果は切れても、それは人々の記憶に残る。

 タカネノラは勝ちにこだわるあまり、討伐軍の中に精神的な爆弾をモリモリと積み上げていった。

 新登場の虫

 マッドビー:アサルトビーに似ているが、一回刺されてから時間を置いて二回目に刺されると重症のアレルギーを起こすハチの魔物。一回目に刺すダメージと見た目は、アサルトビーとあまり変わらない。実は毒針を生やして連射でき、長期戦や常連相手で性能が光る。

 オイリーローチ:ゴキブリ特有の油っぽさと火耐性を組み合わせた、飛び回る焼夷弾。ただし自分で着火はできない。油を燃やす尽くしても生き残ると、さらに火耐性が上がっていく。油だけでも足場を悪くする性能が上がっている。


 火責めは炎ダメージだけにあらず、空気を入れ替えづらい谷で酸素を奪うのも有効な戦術です。強化されて無駄に代謝が上がっていると、特に有効。

 そして虫の非常に嫌な事故といえば、食品への混入ですね。

 こんなトラウマ強要されて正気に戻ったら、もう……。

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― 新着の感想 ―
アナフィラキシーと油虫…。強化された虫の猛威がエグい。 いくら生命力が増強されても、人間が酸欠には抵抗できる訳もなく。 いやぁ、地獄ですねぇ。
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