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127.夜の歌姫事情

 三連休なので月曜日に投稿しようとしたらできなかった。

 風邪が尾を引いている……。


 今回は戦いではなく、夜に明かされる男女の事情のお話し。

 いや、ある意味女の戦いかもしれない。

 地位と人気にあぐらをかき、ダンジョンの中でもファンに見せられない行為に走ってユリエルを挑発するタカネノラ。

 そして、もう一つユリエル側をかき乱す男女関係が……。

 ユリエルたちは、人で埋め尽くされた4階層を息を飲んで見つめていた。

「すごい……こんなに早く、こんなになるなんて!」

 4階層は、もはや人間のキャンプ場となっている。ユリエルが以前討伐軍を迎え撃った岩山の上のちょっとした広場には、人間の希望が陣取っている。

 上等な天幕が張られ、教会の旗がたなびいている。

 その人間たちに襲い掛かる味方は、もういない。

 散発的に襲い掛かった虫や小妖精は、皆倒された。

 それを見てユリエルは、今のこの強化された敵にこれ以上の攻撃は無用と判断し、ここの魔物たちに潜伏か退避を命じた。

 悔しいが、意地で被害を拡大させる訳にはいかない。

「そうだ、いい判断だユリエル。

 戦いは始まったばかり、勢いづいている敵にまともにぶつかることはない。まだ先は長い、じっくり敵を見極めろ」

 ミツメルも、ユリエルのその判断を支持している。

 だが、オリヒメは心配そうに言った。

「でも、何もしない訳にはいきませんえ!

 見ておくんな、峡谷に新しく丈夫そうな橋をかけられてしまったでありんす。こんなに通りやすくされたら、明日からはもっと入って来ますえ。

 今のうちに、少しでも難路を直さないと……!」

 オリヒメの言う事は、もっともだ。

 人間たちは、ユリエル自慢の難路をことごとく潰しにかかってきている。数の暴力に任せて、ダンジョンを自分たちの道路に変えようとしている。

 このままでは深い階層にも一気に多数の人間が入ってきて、自分たちは苦戦を強いられるだろう。

 逆にそれを少しでも防ぐことが、勝利への鍵に思えた。

 しかし、ユリエルは今それをやる気はなかった。

「うーん、でもそれをやると、敵に殺虫剤に強い虫がいるって気づかれるのよね。

 幸い、まだ敵は殺虫剤が虫にすごく効くって思ってる。さっきの襲撃でも、殺虫剤が効かない虫がいるって発想はなかったみたい。

 それは、いざという時に敵を突き崩す大事な隙だよ。

 今、その隙を埋められちゃったらもっと困るかな」

 ついさっき、ユリエルは殺虫剤耐性がある虫を自分の魔法で強化して、敵拠点の物資と荷運びの一人を襲わせた。

 その奇襲はうまくいき、ユリエルは敵から少しの物資と一人の命を奪うことに成功した。

 それに対し敵は、再び殺虫剤をまいて地面を固めただけだった。警護を増やしたり強者を投入したりは、しなかった。

 これは、敵が相変わらず虫は殺虫剤があれば防げると思っている証拠だ。

 敵がこう思い込んでいる間、ユリエルはいつでも、そしてもっと大規模に同様の奇襲をかけることができる。

 問題は、それをいつ使うかだ。

 今それを難路を直すために使ってしまうと、敵に気づかれてそれから対策をされてしまう。もっと必要な局面で、通じなくなるかもしれない。

 もっと打撃を与えられるものが、与えられなくなるかもしれない。

 敵の反応を確認して、ユリエルはこの手をしばらく取っておこうと決めた。

「そうだな、それに殺虫剤を多めにまかせるのは人間にも有効だ。このままジワジワ中毒者が増えてくれりゃ、儲けもんだぜ。

 そうなった時や物資の負担を考えると、深入りする敵は多い方がいい面もある」

 レジスダンも、別の見方でユリエルに賛成だ。

 虫けらのダンジョン中層以降には、敵が多い程威力を発揮する仕掛けがいくつもある。ユリエルが元から、多数相手を想定して仕掛けたものだ。

 敵が生きるのに必要な水や食糧を奪うそれらは、敵が多い程絶大なダメージを与える。

 敵が皆訓練された規律正しい軍人ならある程度我慢するかもしれないが、今の討伐軍はタカネノラの歌の力で一般人をたくさん使っているのだ。

 侵入してくる数が多いといえど、こういう足手まとい予備軍はむしろいた方が助かる場合もある。

 だから、今慌てて難路を直すことはない。

 これが、ユリエルたちの作戦だ。


「それで、ミツメルは何か分かった?

 あのタカネノラって聖歌手の力」

 人間たちの動きが落ち着くと、ユリエルはさっそくミツメルに尋ねた。

 タカネノラが開けた空間である4階層に入ると、ミツメルは夜闇に紛れて目玉を飛ばし、タカネノラの情報を探ろうとしている。

 しかし、成果は芳しくない。

「歌の効果はだいたい分かった。歌に身体強化と精神高揚の魔力、舞いに苦痛鈍麻の魔力がある。

 ……だが、どうもおかしい。一人から放たれているにしては、魔力の質が違うような気がしてならん。

 しかし、タカネノラには強力な鑑定阻害がかかっていて正体を探れない!」

「えー……その正体が分かれば、突破口になりそうなのに!」

 ユリエルは、ついもどかしくて口を尖らせた。

 タカネノラがこちらの腹の中に入ってきさえすれば、ミツメルの鑑定で丸裸にしてやれると思ったのに。

 タカネノラは鑑定対策をバッチリしていて、ミツメルの能力でも弾かれてしまう。

「くっ……せめて顔の目玉で直接見ることができれば、何とかなるかもしれんが。間接や複製の目玉では無理だ。

 後は、ダンジョンを25階層以上にすれば高位の鑑定能力を得られるようになる。安くはないが、場合によっては検討しておけ。

 DPの余裕はあるな?」

「あるよ。それくらいなら深くできる。

 できるけどさ……ミツメルが仲間になった意味!!」

「仕方ないだろ、僕にだって限界はある。

 それに、僕は僕の視点でしか見ない。視点は、複数あるに越したことはない」

 タカネノラの力には、暴けたら大きな秘密がありそうだ。これだけ厳重な鑑定対策が、それを物語っている。

 しかし、それにたどり着くのは簡単ではない。

 ユリエルたちは、それを暴くコストと他の作戦を天秤にかけて頭を悩ませた。


 だがそんなユリエルたちが見ている前で、タカネノラは人に見せられない一面を自ら晒し始めた。

 下の陣地から見上げても見えない岩山の上で、タカネノラは聖騎士たちと酒盛りを始めたのだ。

「ウッフフフ、今日はお疲れ様!

 それで今日は、誰が私を癒してくれるの?選抜と順番ゲーム!!」

 タカネノラは周りに十人もの見目麗しい聖騎士を侍らせ、べたべたととっかえひっかえしなだれかかって甘え始めた。

 防音結界のせいでユリエルたちに声は聞こえないが、もう見るだけでファンに見せてはいけない行為と分かる。

「はーい、次は飲み物にチェリーが入ってた奴。

 チューして、10秒。どれだけ私を癒せるかしら?」

 透明な防御結界の中で、聖騎士と抱き合い大胆に唇を重ねる。そうかと思えば、次は酒やフルーツを口移し。

 そのうえ聖騎士を脱がし、挑発的にその体に指を滑らせる。

 どこからどう見ても、男遊びをこちらに見せつけて楽しんでいる。

「お、おう……こりゃ完全に姉御への当てつけだな」

 レジスダンが引きつった顔で呟く隣で、ユリエルは怒りで眉間にビシビシと筋を立ててわなわなと震えている。

 タカネノラは、ダンジョンの主が侵入者を見られるのを知っている。

 そのうえで、非モテで苦しんだ末に魔道に堕ちた(と思われている)ユリエルに、自分のモテっぷりを見せつけているのだ。

 邪淫の神敵だって、自分の愛され方に勝てやしない。

 悔しいか、羨ましいか、手を出せるなら出してみろと。

 もちろん、中途半端に手を出せば結界に阻まれて手も足も出ず、大駒を差し向けても聖騎士が返り討ちにできると計算ずくで。

「ひぇ……何と大胆な!ユリエル、乗せられたらダメでありんす!」

「わ、分かってるよ……ぐぎぎぎ!!」

 必死でこらえるユリエルの視界で、タカネノラは思いっきり見下した顔をした。

 そして、見ているユリエルの方にクイッと顎を動かすと、指を三本立てた。次に自分の体を妖艶になぞり、周りにいる聖騎士十人の下半身に手を触れるごとに指を一本立てていき、パーになった両手をひらひらと振ってみせた。

「あんたには、たった三人。

 でも私には、手の届くところに十人もいるのよ!」

 これ以上ないくらい分かりやすい煽りである。

 ヒュッと息をつめて言葉を失うユリエルに、タカネノラはさらにジェスチャー。

 またクイッと顎を動かしてユリエルを指し、手を祈りの形に組んで必死に訴えるフリをすると、周りの聖騎士たちが疑わしい顔や呆れたような顔で拒絶する。

 次にタカネノラが自分を指差し、可愛らしい笑顔を振りまくと、聖騎士たちは手を合わせて頭を下げてうなずく。

「あんたがどんなに訴えたって、誰も信じない。

 でも私は、ちょっと笑うだけで誰もが信じて拝むんだよ!」

 大げさな口パク(ユリエルに届かないだけで実際には口に出している)の後、盛大に舌を出してベロベロバー。

「キイイィエエェ!!」

 ユリエルの精神に、激辛トウガラシを擦りこんだ杭が刺さる。

 ユリエルはどんなに証拠を出して誠実に訴えても、処女であるというたった一つの事実すら人は認めてくれない。

 一方タカネノラは、見えないところでこれだけ乱行していながら、人々に汚れなき乙女だと信じられている。

 タカネノラは、こんなに差があるんだから負けを認めろと言ってきているのだ。

 その言葉なき暴挙にブルブルと拳を震わせるユリエルに、周りは全員青ざめて戦々恐々だ。

「あ、ああ……ユリエル、こらえるでありんす!

 ここで短気になったら、あの女の思うつぼですえ!」

「そ、そうだよ!主様は、あんなのよりずっといい女の人なんだから……」

 オリヒメとミーハがなだめようとするのを吹き飛ばすように、ユリエルは机をバーンと叩いた。

「分ぁかっとるわボケエエェ!!

 そもそも、私はそんな汚い魅力なんざ欲しくねえんだよ!不用品見せびらかしてイキッてんじゃねえぇ!!」

 その剣幕に恐れおののきながらも、オリヒメとミーハは少し安心した。

 あんなものを見せられても、ユリエルはブレない。ただ愛に嫉妬するのではなく、真実を求める心は変わらない。

 ユリエルはフーフーと火を吐くような吐息とともに、喚き散らした。

「だいたいな、比べる前提が間違ってんだよ!

 私はロドリコたちとそんな関係になってねえ!ここにいる男どももだ!

 彼氏が三人?違うね。ゼロだっつーの!!ふざけんな!!

 つまりてめーは私を三倍怒らせた。あっさり死ねると思うなよ。てめえが私にしようと思ってる三倍苦しめて辱めて、全てを奪ってやらああぁ!!」

 ユリエルは、いろいろなものがない交ぜになった怒りを嵐のように吐き出した。

 タカネノラが男にモテることを自慢してきたのはもちろんのこと、インボウズの嘘を信じて男を堕としたと思われたのがなお腹立たしい。

 あんなクズ女に同類と思われて比べられるなんて、耐えられない。

 ユリエルは業火のような怒りの中で、タカネノラと聖騎士たちを徹底的に地獄に叩き落すと決めた。

 そのおぞましい光景を、ケチンボーノとレジスダンは敵への哀れみすら抱いて見ていた。

「すっげえ……女って、甘やかされて調子に乗るとあんなになるんスね。

 俺、あんな命知らず初めて見ました!」

「ああ、ありゃどう足掻いても助かる気がしねえな。

 おうケチンボーノ、おまえはミーハがああならねえようにきちんと手綱を握っとけよ」

 ケチンボーノは愛された女が幸せに酔うのを知っているし、レジスダンは立場に胡坐をかいた女がどこまでも残酷になるのを知っている。

 しかし、いくらなんでもこれはひどすぎる。

 周りの聖騎士たちがどう思っているかは知らないが、世の男のためにもこの女は確実に潰すべきだと思った。

 そんな男女両方のドン引きの目で見られながら、タカネノラは上半身裸の聖騎士に姫抱っこされて天幕の中に消えていった。


 タカネノラの挑発に、ユリエルはどうにか即暴発をこらえた。

 しかし、これで平常心でいられる訳がない。

「あーもう、何でこんな奴の方が信じてもらえるの!?世の中おかしいだろ!!

 処女の私が邪淫の神敵で、ここまで穢れた女が汚れなき聖歌手だと!?世をおかしくしてんのは、信じる奴がいるからだ!!

 何でよ……何で、そっちを信じる!?

 全員その狂った頭カチ割ってやろうかああぁ!!?」

 真実に背を向け、嘘塗れの女を崇める民衆に、ユリエルは怒りと憎しみが止まらない。

 どう考えてもおかしい。世の中は真実を中心に回っていると、大人はみんな言うのに。そう言う奴が皆で逆のことをしている。

 自分は、他人の役に立ち現実に合う行動をすれば報われると思って生きてきたのに、全然違うじゃないか。

 これではもはや、世界そのものが敵に思えて。 

 ……だが、そんなユリエルに、なだめようと声をかける者がいた。

「待って、全てを他人のせいにするのは良くありませんわ!

 あなたがモテないのは、あなたのせいもありますのよ!」

 そのもう一つの面を突きつけたのは、ミエハリスだ。

 髪を振り乱して勢いよく振り向いたユリエルにも全く臆することなく、ミエハリスは胸を張ってとうとうと語る。

「いいこと?人が信じるかどうか決めるには、日ごろの行いが大きくてよ。

 タカネノラは隠れて後ろ暗いことをしていても、日ごろは人に望まれるよう振る舞い、人に恩恵を与えているのです。

 それに比べて、あなたはどう?

 気持ち悪い虫と戯れて、おまけにガサツで血生臭くて!それで人に信じてもらえるとか、本気で思ってますの?」

 その言葉に、ユリエルの目のキレ具合が一段と増す。

 しかしミエハリスは、全く気にすることなく続ける。

「怒鳴るなら怒鳴ってちょうだい、それで現実はなーんにも変わりませんもの。

 モテたいなら、まず己を省みることですわ。

 だいたい、あの荷運びの女の子の前で身に着けていた毛虫を強化した時、わたくし心底ぞっとしましたわ!

 あれが信じてもらいたい人のやること?逆にしか思えませんわね!

 そういう態度じゃ、信じてもらえなくても自己責任でしてよ!」

 全力で火に油を注いでいるが、ミエハリスの言う事は間違っていない。

 ユリエルは元からの趣味と、現実を重視しすぎた行動で、他人から気持ち悪いとか考えが分からないとか思われがちなのだ。

 そこがタカネノラとの差だと言われれば、確かにその面はある。

 カサンドラに真実を見せた時だって、相手が重度の虫嫌いだったらそれだけで拒絶されたかもしれないし、毛虫を可愛い妖精に変えるだけでイメージはガラリと変わっただろう。

 ユリエルは、そこを気にしなさすぎて損をしているのだ。

 そこだけは言い返せず拳が白むほど握りしめるユリエルに、ミエハリスはうんざりしたような顔で追い打ち。

「正直自分が嫌われるのは、あなたの勝手でしてよ。でもそのための無駄な困難に、わたくしたちまで巻き込まないで!

 すっごく迷惑してますのよ……わたくしたちは、何も悪いことしてませんのに。

 清く正しく生きてきたわたくしたちの努力まで、潰さないでちょうだい!」

「うっせえ処女ビッチ!!

 なーにが悪いことしてないだ、私を冤罪で攻めてきたくせに。

 それに、日頃の行いで報いを受けたのはあんたもじゃん。カッツ先生の時に誰も様子がおかしいって助けてくれなかったの、日頃から男にだらしないって思われてたせいじゃないの!?」

 ユリエルは、さすがにこれには言い返した。

 自分が趣味のせいで男を遠ざけているのは、Gショックインパクトを意図して使っていたように、気づいている。

 しかし、ミエハリスに一方的に言われる筋合いはない。

「貞操は守ってますって建前で、いろんな男に馴れ馴れしく声をかけてさ!

 確かに身体は汚れてないよ。でもね!あんたのせいでグラついた男に、泣かされた女の子はいるんじゃないの!?」

「はーん、わたくし、そんな苦情は聞いておりませんわぁ」

 ユリエルの指摘にも、ミエハリスはどこ吹く風だ。

 だってミエハリスは、本当にそれが悪いなんて微塵も思っていない。貴族として、家のため領のための誇りある働きだと思っているから。

 しかし、そこに証拠を持って突っ込む者がいた。

「フェッフェッフェ、知らぬとは恐ろしいね。

 あんたが泣かせた女が今、鎖をつけられてここに来ているのに」

 ゴネリルがミエハリスを嘲笑った後、ユリエルに一礼して報告した。

「お取込み中失礼するよ。

 敵軍について、付け込めそうな隙を見つけちまったんで報告を。うまく突けば、ワイロンの嘘を暴けるかもね」

「よっしゃ、でかした!

 さあミエハリス、一緒に見ようか」

 こうして言い争いは一時中断となり、ユリエルたちはゴネリルが見つけたネタの方に視線を切り替えた。


 映し出されたのは、3階層の元コアルームの広場だ。今は侵入してきた軍の拠点となり、主に貴族軍のテントが張られている。

 その中心で、驚くほど恥知らずな行為に興じている者がいた。

 ヒューヒューとはやし立てる兵士たちに、ボンテージ姿で鎖につながれた女を虐めて見せる若い男。

「オラオラもっといい声で鳴け!歌え!」

「ひっ……ひぐっ!きゃあっ!」

 男は容赦なく鞭を振るい、女の尻には痛々しいみみず腫れができている。

「ほらフビンダ、もっと嬉しそうな顔しろよ。俺は、おまえのためにこうしてやってんだぞ?もっと求めてみろよ!」

「ううぅ……もっと、お願いしますぅ……」

 女は明らかに苦痛に顔を歪めているが、男の言いなりになってさらにぶたれる。

 それを目にしたミエハリスはさすがにぎょっとしたが、すぐにすまして言った。

「まあ、モラハッラ家の後継ぎとその婚約者じゃありませんの。け、結婚するのだから、そういう行為があっても不義じゃありませんわ。

 ただ、もう少し恥じらいはもってほしいですわね。

 フビンダ嬢が、こんな趣味を持っていたなんて……」

 赤面するミエハリスの前で、男はフビンダの首輪の鎖を乱暴に引っ張って脅す。

「オラ、残された日数でどれだけ俺に気に入られてみせる?俺がお前だけを可愛がるのは、ミエハリスを助けるまでだぞ。

 そん時におまえとミエハリス、どっちが正妻になるんだろうな~?」

「えっ?」

 あっけにとられたミエハリスの肩を、ユリエルが掴む。

「……おい」

「ま、待って、わたくし寝取ろうとなんてしてませんわ!」

 慌てるミエハリスの前で、モラハッラの後継ぎはさらにフビンダに圧をかける。

「何度も言ってるがな、ミエハリスのがおまえより格が高いんだよ、実家の豊かさも、おまえとは比べ物にならん。

 そのミエハリスを、俺は命の恩人として手に入れる。

 いいか、これは親も認めてることなんだからな。ミエハリスの方から声かけてきたし、結婚で得られるものがずっとデカいんだよ!」

「あ、あ……?こんな、ことが……」

 信じられない顔をするミエハリスの襟を、ユリエルが掴み上げた。

「おい!!これでも悪くないんか!!」

「ち、ちがっ……こんなつもりじゃ、なかったんですの!!」

 ミエハリスは逃れようとするが、やってしまったことは変えられない。

 ミエハリスは人脈作りと称して、婚約者のいるモラハッラ家の後継ぎにも声をかけていた。婚約者がお互いいるから大丈夫と、高をくくって。

 しかしモラハッラ家はそれを機に、ミエハリスとの結婚を考えるようになってしまった。ミエハリスの方が位が高く、裕福だから。

 そしてミエハリスが虫けらのダンジョンに囚われ、聖歌手を伴う大討伐の話が出たことで、モラハッラ家はこう考えた。

 この機会にミエハリスを助け出し、その恩で有無を言わさず娶ってしまえと。

 当然元からの婚約者フビンダは捨てられる危機に陥り、しかし家のために捨てられることは許されず、モラハッラ家の後継ぎのいいように辱めを受けている。

 モラハッラ家の後継ぎが自慢げに語るところによると、そんな事情だ。

「わ、わだじ、ついて行きます……何でもします!

 だからお願い、関所を塞がないでぇ!!」

「言葉に気ぃつけろ!ミエハリスと違って、教育がなってねえ!」

「も、もーじわけが、ありませぇん……塞がないで、くだざいませぇ!!」

 いちいちミエハリスと比べられて侮辱され、貴族の娘だというのに奴隷同然に這いつくばらされている。

 しかし見かねて止めに入ろうとする他家の者を、ワイロンがさも真実のようにこう言って止めてしまう。

「手出しは無用です、フビンダ嬢は心から若君の愛をお求めなのです。

 愛の形は人それぞれ、これから結ばれ子をなす男女が深くつなぎ合うのに必要ならば、止める理由はありません。

 僕には分かります、これはすべて同意の上での二人のやり方なのです。

 むしろ配下の無聊を慰めるのに身を捧げつつ貞操を守るフビンダ嬢は、最高に家と夫思いの花嫁と言えましょう!」

「絶対嘘おおぉん!!」

 ここだけは、ユリエルとミエハリスの声が重なった。

 ワイロンがタカネノラの側にいないと思ったら、こんな所で凌辱ショーに浸りつつ賄賂を漁って嘘審問に励んでいたとは。

「このカス野郎……この嘘を、地獄の底まで後悔させてやる!

 で、元凶のミエハリスも……どうやって分からせてやろうかしら?」

 怒れるユリエルに捕まったまま、ミエハリスはまだ信じられないように呟いていた。

「ああ、どうしましょう……いえ、わたくしは何も悪いことなど……。

 お母様の時は、こんな事なかったって言ってましたのに……何でわたくしだけ!?」

 敵のビッチも味方の処女ビッチも、まだ罪への気づきから遥か遠いところにいた。

 ミエハリスは確かに、カッツ先生の時は被害者でした。

 しかし、戦場で見せたような馴れ馴れしさでいろんな男に声をかけて被害者が出ないと思ったか?

 そんなミエハリスへの裁きが、あれで終わりだと思ったか?

 いくら体が処女でも、その節操のなさで被害者が出たらモテ搾取認定は免れない。本人にどんなに自覚がなくても。


 そして、相変わらず不正まみれのワイロン。

 タカネノラから離れているのは、聖騎士とのあれこれを見せつけられてみじめになるのが嫌だからです。

 なのでフビンダの凌辱ショーで性欲を慰めつつ、モラハッラ家からフビンダの逃げ道を塞ぐ嘘で賄賂を漁っているのです。

 しかし、これがすぐ暴ける嘘かというと……?

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― 新着の感想 ―
フビンダ、不憫だ…。 しかし、こう言う余裕ない精神状態の時こそ、最悪の手段に出るのが人間の性。要注意と言うか混乱引き起こすダークホースになりそうだな…。
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