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124.嵐の前のつむじ風

 三連休なのでもう一話投稿。

 調査隊が帰還した後の、各陣営のお話。


 インボウズとギルドマスターは、今度こそ補給の問題は大丈夫なように手を打とうとしますが……自分らだけがハメる側だと思うなよ。


 そして、最近ざまぁが少なくてイライラしていませんか?

 ざまぁされてほしいクソがもりもり登場します。世間では大人気の聖歌手タカネノラも、実体は……?

 リストリア郊外には、着々と討伐のための物資が積まれていた。

 出陣を数日後に控え、大量の食糧や武具が討伐軍の各部隊に分配されていく。

 その荷造りは、夜になっても止まることがない。この寒い中玉の汗を浮かせた男たちが、昼も夜も代わる代わる作業している。

 必要な物資が想定より多い事が分かったが、出陣の日をずらさぬためだ。

「虫けらのダンジョンは現在、20階層となっております。

 我々は10階層まで攻略いたしましたが、その先がどうなっているかはいまだ不明です。さらに、攻略中にダンジョンが成長するリスクを考えますと……」

 学園の理事長室で、帰還した調査隊が調査結果を報告していた。

 インボウズは不機嫌そうにそれを聞き、愚痴を吐く。

「……何じゃ、結局前の聖騎士共より深くは行けんかったのか。

 ならせめて、ダンジョンが深くなったことをもっと早く報告せんかーい!」

 怒鳴られて、調査隊の面々は気まずそうに顔を見合わせた。

「そう言われましても……マスターからは、遺品の鑑定を最優先するよう言われて、その他の業務に割り振る時間も魔力もありませんでしたし」

「精鋭の聖騎士以上の成果を俺らに出せって言われても、無理な話ですぜ。

 枢機卿こそ、その聖騎士にさらに下の情報を聞いてなかったんですかい?」

 マリオンにそう問われて、インボウズは歯噛みした。

 ココスとアンサニーが戻って来た時は、あの二人がユリエルの処女に気づいたことから離れたくてすぐ追い出してしまった。

 あの二人も、既にユリエルの味方となることを決めていたため、インボウズに詳しい事を話す気がなかったのだろう。

 だがその時二人が持っていた情報こそ、今何よりほしい情報なのだ。

 インボウズは、あの時ユリエルの件は終わったと思って気を抜いてしまったことをひどく後悔した。

 しかし、調査隊が新しい情報を全く持ち帰らなかった訳ではない。

「先の階層は分かりませんが、新しい魔物は見ました。

 10階層の水場に、水を操る妖精、ダーム・ブランシュがいました。同時に、タフクロコダイルガイが二体出現しました。

 前いた湿地のボスよりはレベルが低いですが、強敵です」

「あー、ダーム・ブランシュが水を操ってこっちの動きを阻んだり水に引きずり込んだりして、そこにタフクロコダイルガイが来るんですよ。

 ありゃマジでやばかった。だから、俺らはそこで退散して来たんでさぁ」

「上半身が人間みてえになって知能が上がったムカデもいましたぜ。

 無駄死にした冒険者共の命を吸って、かえって成長しちまったんですかね。それとも、魔王軍がガンガン支援してやがるのか。

 こう強くなられると、困りもんですなぁ」

 この報告に、インボウズはギリギリと奥歯を鳴らした。

 分かり切っていたことだ。ユリエルは、自分の血で味方の魔物を強化できる。だから時間を与えれば与えるほど、ダンジョンが吸収した以上に魔物が強化される。

 しかしユリエルの処女を認める訳にいかないため、その情報は共有されず、どうしても知らない者の判断が甘くなってしまうのだ。

「むぐぐぐ……だが、まだその程度なら恐るるに足らん!

 この戦力の前には、全て蹴散らしてくれよう。

 それで、行軍中に補給できそうな場所はあるか!?」

「はい、7階層まで行けば、毒混じりの杏以外にも果物があります。10階層の桃は毒がなく安全でした」

「9階層にゃ、食えるキノコが結構ありましたぜ。

 あそこは魔物がそんなに強くねえし、急いでなきゃ休めたかもな」

 調査隊は、うまく情報を選んで出している。

 9階層が、食糧や水をさらけ出して長く休むとヤバい場所であることも、急いで通ったから分からない体で。

 インボウズとギルドマスターはそんな事つゆ知らず、もたらされた情報に従って物資などの手配を話し合っていた。


 郊外の陣地では、早くも出兵して来た貴族たちのさや当てが始まっていた。

「ぜひとも、この手で魔女を討ち、英雄と呼ばれたいものだ!」

「その暁には聖歌手の覚えもめでたく、うまくやれば聖歌手を我が妻に……!」

 この討伐に参加する貴族たちが欲するのは二つ。神敵を討った比類なき英雄の称号と、聖歌手タカネノラである。

 そしてもちろん、大部分は魔女の体を楽しむための免罪符を持っている。

「しかし、急いて突出してはならん。

 このダンジョンはこれまで、何度も討伐を退けておるからな」

「それよ、肉の盾など卑しい者共で十分。

 差し当たってセクハッラ家の者共がちょうど良かったが……あいつらめ、出陣前に馬鹿をやって引っ立てられるとは!」

 貴族の陣地の中には、一区画だけ何もなくなってしまった場所がある。

 この討伐に気合を入れてかなりの人数を派遣してきていた、色狂いで有名なセクハッラ子爵家の陣地跡だ。

「何でも、子息がクッサヌ家の子女に毒を飲ませて乱暴しようとしたとか。しかもダンジョン内でやったもんだから、二人とも魔物にやられて死んだそうな」

「そりゃクッサヌ家も怒るわな。

 で、その件の責任を取らせるために当主が捕まって王都送りと」

「部下も街で狼藉が過ぎて、修道女隊から苦情が出たらしい。

 おまけに聖歌手が街を散策している時に楽士の子に手を出そうとした奴がいて、聖歌手が激怒して討伐軍から外され強制送還だ」

 セクハッラ家は、リストリアの爛れた雰囲気にあてられて女絡みの不祥事を山ほど起こして外されてしまった。

 上から下まで色狂いで有名な家だけのことはある。

 もっとも、それだけに今回の討伐では女につられて後先考えずに突っ込むのは目に見えており、他の家からは肉壁として期待されていたのだが。

「全く、使い潰すにはあのような輩が都合が良かったものを」

「所詮奴らは、我らハッラ一党の中で最弱。

 繁殖して数を増やすしか能のない雑魚め」

「女を見れば見境がない、獲物の貴賤も分からんとみえる。

 だいたいクッサヌ家当主直系の独身の女騎士など、十人を超えておるだろう。処女だけでも五人はいたはずだ。

 そんなもの一人のために、聖歌手との千載一遇の機会を逃すなど……」

「まあ、クッサヌ家も増えては死ぬばかりだから、釣り合うとは言えるか」

 聖歌手すら手に入れる獲物と見て、共に戦うクッサヌ家をも侮辱するこの一団は、横暴で性格が悪いと有名なハッラ一党である。

 パワハッラ伯爵家を筆頭に、モラハッラ子爵家とセクハッラ子爵家が親戚として付き従う。

 もっともセクハッラ家は、今回の件で一党の中でのヒエラルキーをさらに下げるだろうが。

 しかし、これでも国王の命を受けて派遣されてきたのだ。

 なぜなら、国軍の中でグンジマン騎士団長の派閥は国防が何よりと主張して出兵したがらず、対抗する貴族派閥の長であったセッセイン家は牙を折られてしまった。

 教会を尊重し出兵する気がある、かつそれなりに戦力を有しているのが、このハッラ一党とクッサヌ家である。

 なのでこの大討伐は、事実上貴族派閥の新たな長を決める手柄争いとも言える。

「ここで魔女討伐と聖歌手の覚えを勝ち取り、我らが出世の道を駆け上がるのだ。

 そうすれば、グンバッツ卿も我らと手を結ぶだろう」

「おう、教会公認の栄光など、クッサヌの猪武者共にはもったいない!」

「そうなれば、富も権力も女も思いのままよ!」

 浅ましい欲望を隠そうともせず、ゲラゲラ笑うハッラ一党。周りのまともな貴族と兵士たちは、こんな奴らと一緒に戦って大丈夫かと今から頭を悩ませていた。


 そのハッラ一党の中に、特に奇異な目で見られている若者がいた。

 それもそのはず、その若者は聖なる戦で聖なる都市に来たというのに、刺激的なボンテージ姿の女に首輪をつけて連れ回しているからだ。

 しかしその若者の視線は、その女より虫けらのダンジョンに向いていた。

「ククク……魔女を倒せば、ミエハリス嬢を助けることができる。

 そしてその功で、ミエハリスは俺のものに……!」

 若者は、ボンテージの女につけた鎖をぐいっと引っ張った。

「その時におまえを正妻にしてやるかどうかは、ここでの頑張り次第だからな!

 確かに、おまえは俺の婚約者だ。しかーし、ミエハリスの方が家格が上なのだから、俺のものにしたら尊重しなければなぁ?

 そうなりたくなけりゃ、おまえがミエハリスより役に立つところを見せてみろ!」

「はい、が、頑張ります……!」

 怯えて引きつった顔でうなずく婚約者を、若者はいきなり頭を掴んで地面に押し付けた。

「死ぬ気で貴方様に尽くします、だろオラァ!

 ったく教育がなってねえ!ミエハリスとは大違いだな!

 だいたい、てめえん家の領が誰のおかげで生きられてるか分かってんのか?うちの、モラハッラ家の関所が通さなきゃ、てめえの家族も領民も干からびて死ぬんだよ。

 分かったら、ミエハリスを見習って領土と俺に全て捧げろオラァ!」

 公衆の面前で、見るに堪えないモラハラである。

 しかしハッラ一党は誰一人、それを止めようとしない。それどころか、見かねて止めに来た者に、これはこういうプレイだからと説明して追い払ってしまう。

 なぜなら、これはハッラ一党にとって都合のいいことだから。

 若者は、婚約者の頭を踏みつけて、ふんぞり返って言い放った。

「いいか、俺がミエハリスをものにすることは、親も認めてる。それに、俺に声をかけてきたのはミエハリスの方なんだからな。

 ミエハリスは、おまえなんぞと格が違うんだよ!」

 そこで若者は婚約者の首の鎖を引っ張って引きずり起こし、今度は優しそうで実に悪賢い顔になってささやいた。

「なあ……婚約者のいる俺に色目を使った、ミエハリスが憎いよな?

 おまえが頑張れば、ミエハリスを囲い者としていびってやれるんだぜ。今のおまえ以上の目に、遭わせてやれるんだぜ」

「う……う……!」

 婚約者の目に、メラメラと復讐の炎が燃え上がる。

「わ、分かりました……死ぬ気で、やります……!

 見て……なさいよ……よくも、ミエハリス……!」

 あっという間に思い通りになった婚約者に、若者は内心手を叩いて大笑いした。

 こいつがどれだけ頑張ろうがどちらが正妻になろうが、どうせ二人とも一生自分のモラハラに屈することになるだけだ。

 女の嫉妬とは実に便利なものだと思いながら、若者は節操なく自分に馴れ馴れしくしてこの状況を招いたミエハリスに感謝した。

 そして虫けらのダンジョンの方を見るたび、ミエハリスにはどんな格好をさせて辱めようかと考えを巡らせていた。


 そんなハッラ一党を、クッサヌ家は苦々しく眺めていた。

「くそっ……よりにもよって、あんなのと対等に手を取り合わねばならんとは!

 叔父上、奴らは必ずや汚い策略を巡らし、美味しい所だけかすめ盗りに来ますぞ。何か対策を……」

 悔しそうに訴えるガンコナーを、しかしイシアタマンは一喝した。

「黙れ!!我らまで保身に走って何とする!

 たとえ我らが死地を押し付けられても、我らが避ければ他の力なき者が死ぬのだ。力を磨いた我らの、何十倍も。

 あのような者がいるからこそ、我らは決して甘きに屈してはならぬ。

 そのために磨き上げた力と魂、今こそ見せる時ぞ!」

 一通りクッサヌ家の矜持を語ると、イシアタマンは祈りの所作とともに言った。

「グンバッツ卿は、セッセイン家の次に国軍立て直しを任せると、我らクッサヌ家に声をかけてくださったのだ。

 その期待に応えるためにも、無様な真似はできぬ」

「……さようでございますな。

 グンバッツ卿の後ろ盾を得て我らが国軍の頂点に立てば、その力でハッラ一党を押さえつけることもできましょう」

「うむ、国の秩序を立て直すにも、ここが正念場であるぞ!」

 クッサヌ家は、教会の軍事を司る枢機卿グンバッツ卿から協力を打診されていた。

 元々グンバッツ卿は国軍の貴族派閥と協力して、国軍立て直しという名目で国軍を教会勢力に取り込もうとしていた。

 しかしユリエルとの戦いで一男一女を失ったセッセイン家が消沈してしまったため、次の協力先としてクッサヌ家を選んだのだ。

 軍の勢力としてはハッラ一党もそれに迫るものはあったのだが、あそこは軍の風紀が悪すぎてグンバッツ卿の眼鏡に適わなかった。

 クッサヌ家はそれを、この上ない栄誉であり自分たちに与えられた使命だと喜んでいた。

「……そして、フェミニアの仇も必ず討ってくれる!」

「実行犯がセクハッラ家とはいえ、あのような魔女がのさばらなければフェミニアはあんな死に方をせずとも良かった!

 そのひん曲がった性根と嘘に塗れた魂、このフェイクブレイカーで裁いてくれる!」

 イシアタマンは、そう叫んで裁きの短剣を掲げた。

 よもやそれがユリエルの最大の希望だなどとは、夢にも思わなかった。


 学園で、ユノたちはマリオンからユリエルに起こったことを聞いていた。

「そんな、じゃあ、ユリエルはもう……!」

「ああ、勝っても人の世に戻っちゃ来れねえよ」

 力なく首を横に振るマリオンに、ユノたちは目の前が暗くなってたたらを踏んだ。信じてた希望は、ガラガラと脆くも崩れていった。

 ユノは力が抜けたように座りこみ、絞り出すように呟いた。

「そっか……私たち、何もしてあげられてなかったね。

 やってるつもりで、私たちに守れるものとか言い訳して、ずっと一人で生きようと足掻いてるユリエルのことなんか……!」

 己を責めるユノを、カリヨンがなだめる。

「いいえ、私たちはやれる範囲でやるべき事をしてきました!

 本当に何もしていなければ、この戦いでここまで備えることはできなかったでしょう。ユリエルも、それは分かってくれます。

 それに私たちが下手に動いて刈られてしまえば、もうあの悪の巣窟を何とかできる者がいなくなります。

 仕方がなかったのです!!言い訳ではありません!!」

 しかし、そう言うカリヨンの声も震えていた。

 分かっている、これは自分たちの敗北だ。これでもう、ユリエルをただ貶められた乙女として人間社会が受け入れることはできなくなった。

 ユリエルは己のために、本当に魔に堕ちてしまったのだから。

 この時点で、インボウズの目論見は八割方達成されたと言っていい。

 ミザトリアも、それに気づいて苦々しい顔で言った。

「でも本当にまずいわよコレ……これじゃたとえインボウズたちが失脚しても、ユリエルが魔王軍とつながってるだけで討伐対象になるわ。

 魔王軍が人間の敵なのは確かなんだし。

 かといってユリエルが魔王軍と手を切ろうとしたら、それはそれで命がないわね」

 ミザトリアの指摘に、全員が息を飲んだ。

 言われてみれば、当たり前のことだ。魔王軍はずっと昔から人間と戦い続けている敵なのだから、ユリエルがそこから切れなくなった時点で討伐は免れない。

 たとえ人間側に非があっても、それはそれこれはこれ、となってしまう。

 そしてユリエル本人も、魔王軍にたくさんの借りと恩と絆ができてしまった。人間側がそうすれば、今度こそ完全に魔の側につくのだろう。

 ユリエルにとって、人間は自分が人間でいられるうちに何もしてくれなかった。

 冤罪を晴らせる希望がはっきり見える今まで生かしてくれたのは、間違いなく魔族側の力なのだから。

 このどうしようもない状況に、クラリッサは呆然と呟いた。

「え……これもう、今回の戦いがどうなろうが詰んでね?

 これだけ助けたい人がいて、動かねえ真実があっても、枢機卿の陰謀ってこんなにどーしよーもねえのか」

「んー……まあ、おまえや仲間が嘘のために戦わされることはなくなるだろ。理由が、魔族討伐に変わるだけで。

 マジでここまで来ると、俺たちにできることってなくなってくるよな。

 それこそ、魔王軍の方から戦いをやめるとか言ってこなけりゃ……ある訳ねえか」

 マリオンも、現実に打ちのめされたように、放心状態でぼやいた。

 ユリエルは人間を辞め、魔族になった。そして、魔王軍に加わった。その魔王軍は、人と相容れない敵。

 これらの条件が動かせないと、もうどうしようもない。

 沈痛な空気の中、カリヨンは悲壮な顔で発破をかけた。

「それでも、ユリエルの濡れ衣だけは脱がせてあげましょう。ここまでやって放り出しては、それこそユリエルに完全に見限られるだけです。

 冤罪の件だけは、必ず正しい決着をつけて……後のことはその時に考えればよろしい!」

 ミザトリアも、怒りの炎をこれまでになく燃え立たせて言った。

「そうよ……ここまでやった理事長やティエンヌを許してはならないわ!

 必ずあいつらにもユリエル以上の苦しみを味わわせて、自分たちの犯した罪を受け取ってもらわなきゃ!

 あいつらだけが勝ち逃げなんて、絶対に許さない!!」

 取り返しがつかないと分かったからこそ、悪への怒りと憎しみはより高く燃え上がる。

 たとえ遠い未来にどうなろうとユリエルの謂れなき罪だけはどうにかすると、級友たちは改めて誓った。


 そんな級友たちの寮から少し離れた学園の迎賓館で、タカネノラはイケメンの聖騎士を何人も侍らせてくつろいでいた。

「はぁ~、あとちょっとでまた野蛮な戦場かぁ。

 しばらく、快適に楽しめなくなっちゃうわね。

 だから……今日は、三人くらい楽しもっかな~。今夜私の祝福を受け取りたい人、お手挙げ~」

 タカネノラが気だるげに言うと、周りにいた聖騎士たちはこぞってタカネノラに愛をささやく。

 そこにいるのは人々が信じる清純なアイドルなどではなく、むしろ神敵の魔女のような淫らな聖騎士ハーレムの女王だった。

 タカネノラは世間では清純なフリをしながら、若い聖騎士をとっかえひっかえして遊びまくっていたのだ。

 しかしどんなに遊んでも、世間に疑われなければどうということはない。

 その悪しき信用の元が、今日も財布を太らせて帰って来た。

「あーらワイロン、またあのオトシイレールの小娘に付き合ってきたの?

 いくらあんなの支援したって、今回勝つのは私に決まってるのに。そーんなに私に負けるのがいいのぉ?」

 タカネノラがいやらしく声をかけると、ワイロンはあっけらかんと答えた。

「別に、どちらが勝っても僕がもらった賄賂が消える訳じゃないですし。

 むしろ、お嬢の対抗勢力からむしってるんだから感謝してほしいですね」

「キャハッ!それはそうだわ!」

 タカネノラはラ・シュッセ陣営として、実家に戻ると約束したオニデスとワーサのためにミザトリアを陥れる算段をしている。

 ワイロンはティエンヌに金で雇われて、聖女シノアと自分の断罪を逃れた小娘を陥れるために嘘審問を繰り返している。

 対立する二人だが、二人はそれをゲームのように楽しんでいた。

 だってどちらに転んでも、自分たちが損をする訳ではないし。

 いつだって、自分たちは楽しんで勝つ側。転がされて苦しんでのたうち回るような、下々の者とは違うのだ。

 ワイロンがタカネノラの後ろ暗いことを嘘審問で否定し、タカネノラが圧倒的な人気でワイロンへの疑いを払う。

 こうして、二人は共犯でここまで上り詰めてきた。

「ああ~、今回魔女に勝ったら私、英雄よ!

 そうしたら、あんたにもたんまりおこぼれをあげるわ」

「末永くお側に置いてもらうことは、できませんかね?」

 そう言って膝に置かれようとしたワイロンの手を、タカネノラは打ち払った。

「ハア?私を誰だと思ってんの?

 確かにあんたにゃ感謝してる、でもあんたの代わりなんていくらでもいるんだから。図に乗ってんじゃないわよ!

 それに、私を欲しがる男なんかいくらでもいるんだから。

 あんたも現実を見て、どっちが自分の得か考えたら~?」

 タカネノラは、ワイロンごときと結ばれる気など毛頭ない。何ならここにいる若い聖騎士たちの中から選ぶ気も、ない。

 だって自分は花の頂点、こいつらなんかより遥か高みにいるんだから。

 だったら伴侶も、もっと高いところにいる男を選ばなければ。

 もっとも、まだしばらくは甘い蜜の香りだけ振りまいて遊ぶつもりだが。しかも遊べば遊ぶほど金品が集まるので、笑いが止まらない。

 それにどんなに遊んだって、ワイロンが自分を処女と言えばみーんな信じてくれる。

「キャハハハ!チョロい世の中ね!

 結局何もかも、私の思い通りにしかならないのよ~!」

 タカネノラは高笑いを残して、いい香りのベッドルームに消えた。

 残されたワイロンは、一人鬼の形相で拳を握りしめていた。

(ふざけんなよ、調子に乗りやがって……自分の力でもないくせに!それをてめえのモンだって信じさせたのは、誰だと思ってやがる!

 僕が玉の色を見せたら、てめえは終わるんだぞ!?

 だが、クソッ……それを表にできると思わせるにも、他派閥の力が必要だ。そうすりゃ、あの女も膝をついて僕に許しを乞うだろう)

 ワイロンは最近、タカネノラが自分を軽視するようになったと気づいていた。

 最初こそワイロンを欠かせぬパートナーだと感謝してくれたのに、今はそっちのけで上ばかり見ている。

 だからワイロンは、オトシイレール派閥ともつながりを作って、タカネノラに釘を刺しておこうと思ったのだが……。

(オトシイレールも落ち目か……どうもうまくいかないな。

 あー神様、何かタカネノラが一発痛い目を見てくれれば!)

 ワイロンはつい、そう願ってしまった。

 二人は知らない……互いに欠かせぬ仲間すら眼中に入れなくなった高慢に、もうすぐどのような災いが降り注ぐかを。

 一発どころではない痛い目を、こんな調子では防ぐべくもないことを。

 そしてタカネノラがそうなれば、必然的にその存在を支えていたワイロンも無事では済まないことを。


 爛れた部屋の隅では、厚いベールの奥から全てを見てきた楽士の子が、感情のない人形のように座り込んでいた。



 もう一度言おう、作者は不正にモテている奴を何より許さない。

 震えて眠れ、聖騎士ハーレムのアバズレよ!


 討伐軍陣営の整理

 インボウズ:ティエンヌ:ギルドマスター:ワイロン

 シノアを陥れて破門し、穏便に破門ノルマを終えたい。同時に、ギルドにとって都合が悪いカサンドラも陥れたい。


 オニデス:ワーサ:タカネノラ

 ミザトリアを陥れて破門し、ワーサに実績をつけさせたい。タカネノラはそれで、ラ・シュッセ家の勢力内でさらなる出世を目論む。


 クッサヌ家:グンバッツ卿

 国難を取り除いた功で国軍のトップに立ち、国軍と教会をさらに親密にして強化したい。

 国軍をハッラ一党に取られるのは本気で嫌。グンジマンも身の程を知れ。


 ハッラ一党

 とにかく魔女でも聖歌手でも狙われてる聖女でも、女を組み敷きたい。モラル?知らんな。


 クラリッサ:修道女隊:ナース卿

 そろそろ嘘のために無駄死にするのが我慢ならない。うちにだけ損を押し付けやがって!

 甘い汁を吸っている他の枢機卿もそろそろ痛い目を見ろ!


 絡み合う思惑……どうなる!?

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― 新着の感想 ―
ハッラ一党www ハラスメントを貫くクソの煮凝りですかww 嫌過ぎるwww 世が世なら、カスタマーハラスメント(カスハッラ)とかアカデミーハラスメント(アカハッラ)とかスメルハラスメント(スメハッラ)…
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