113.妖精の成長
微妙に土曜日中に間に合わなかった!
来週は時間もリカバリーできるかな。
今回はいろいろな場面を詰め込んだので、少し長めです。
新しく進化した妖精たちの思いと裏事情、そして調子に乗って進むボンボンの救いようのない結末は……。
食事しながら読まない方がいいです。
「うばあああぁい!!やられちまった!!」
美しい花と豊かな果樹園に囲まれた庭園に、醜い叫び声が響き渡った。
その声の主は、今しがた復活したばかりの老婆のような妖精。彼女はついさっき8階層で侵入者に敗北し、ユリエルに復活させてもらったのだ。
地面に拳を打ち付けて悔しがるそいつに、そっくりなもう一人が近づく。
「フェッフェッフェ、無様だったね姉さん。
先攻であれだけいきがってたのに、ずいぶんなザマじゃないか!」
「うるさい!自分が戦ってもいないくせに!
次はあんたがやるんだよ!!」
意地悪く煽り合う二人に、ユリエルは声をかけた。
「そうよ、ゴネリルの言う通り。リーガンも同じにならないっていうなら、さっさと行って戦ってみせてちょうだい。
これからは、お互いのやられ方をしっかり見て学んで」
すると、二人は底意地の悪い闘志をたたえた目でうなずいた。
「もちろんだとも、今度はもっとたくさん潰してやる!」
「姉さんにも人間にも負けないよ。今度はあたしの働きを見てな!」
戻って来たゴネリルと入れ替わりに、今度はリーガンが侵入者を迎え撃つために8階層に出撃した。
喧嘩しているようにみえるが、これが彼女たちなりの激励であり労わりなのだ。
醜い悪意の塊のような妖精、ハッグ。だが彼女たちの悪意と嗜虐心は、全てそれらをユリエルに向ける人間どもに向いている。
だから、口では罵り合っても、今度はもっとうまく人間に報いを与えられるようしっかり仲間と協力する。
目には目を、歯には歯を、身勝手な攻撃には同じものを。
それが、彼女たちの悪意の源だ。
ユリエルは、自分の中のどす黒い部分を引き受けてくれたようなこの二人に心の底から感謝していた。
(ありがとう……私がやりたくてたまらないことを、代わりにやってくれて。
あなたたちが私の黒い願いを叶えてくれるから、私は他のことを考えて前に進める。
私が復讐ばかりに囚われて、未来を諦めて堕ちてしまわずに済む)
あの二人は、そのためにあんな存在に進化したのだ。その時のことを思い出すと、ユリエルは胸の奥が熱くなった。
ユリエルが妖精になったことで、このダンジョンでは妖精系の維持DPが安くなった。
そのためユリエルは妖精になってすぐ、人手不足の解消も兼ねて、小妖精を何体か進化させることにした。
その時真っ先に立候補したのが、ハッグになった二人……その時はピクシーだった。
「ユリエル、ひどい目に遭ってるね!
辛いよね!苦しいよね!こんなの間違ってるよね!」
言葉が通じるようになった途端、二人はこう言ってユリエルの手にしがみついた。
二人はダンジョンの魔力に引かれてここに来て居ついたものの、ユリエルの戦いを長く間近で見て、その理不尽さに憤っていた。
「ユリエルはこんなに清らかなのに、汚れの根源みたいに言って寄ってたかって叩いて……どれだけありのままを踏みにじるの!
この辺の人間は、とっても悪い奴ばっかり!!」
「ユリエルはこんなに誠実でいいことをしてきたのに、何で人間は真っ逆さまの報いばっかり押し付けるの?
おかしいよ!懲らしめてやらなきゃ!!」
ピクシーたち自然の中で生きる妖精たちは、ありのままを大切にする。
花が咲き実がなるように、季節の変化に合わせて草花が変化するように、皆が生まれ持った性質の中でのびのび生きるのをよしとする。
だから、事実を愛して嘘を嫌う。
自然の中では、ありのままに反したことを押し通そうとするとろくな事にならないから。本質に逆らうことは、和を乱し命を縮める行為だ。
そして、皆が力の限り生きて調和する自然の法則を守るため、努力と誠実を愛し正しい報いを好む。
妖精がたまに人間と関わりを持った時、親切や誠実さに小さな幸せで報い、怠けや意地悪に罰を与えるのはそういうことだ。
そんな妖精たちから見て、ユリエルの今の状況は我慢ならなかった。
「かわいそうなユリエル、何て憎い他の人間たち!
あたし、あなたが報われるように力いっぱい頑張るわ!」
「ここまで歪んだ悪い事をしたらどうなるか、ユリエルの純潔を嘘だっていう全員に思い知らせてやりたい。
そのために、力が欲しいの!
ねえ、ユリエルの血とダンジョンの力で、あたしたちを強くしてちょうだい。そしたらあたしたち、最高に悪くなって、ユリエルのされてきたことを返すわ!」
二人は、ユリエルへの理不尽と戦うために、悪くなることを望んだ。
容赦ない懲罰妖精として、ありのままを拒む愚か者にとことん悪意で報いる存在になりたがった。
そんな二人を心配して、ユリエルは声をかけた。
「……いいの?
そんな事したら、あなたたちの手がどこまでも汚れていくことになるのよ。あなたたちが、絶対悪だって思われて憎まれてしまう」
だがその警告にも、二人は顔を見合わせてうなずいた。
「いいよ。だって……ユリエルが暗いことしか考えられなくなるより、ずっといい。
あたしたちだって、これまでの戦いでたくさんの人を惑わして死に誘ってきた。表にいた頃から、いたずらは好きだった。
だから、優しくて真面目なユリエルが、そうじゃなくなるよりいい」
「今まで見てて、分かったの。
相手は、何が何でもユリエルをひどい目に遭わせて殺す気でいる。
そんな奴らとやり合うのに、誰かがそうならなきゃ釣り合わない。赤い頭のお兄ちゃんだけじゃ、足りないよ!
あたしたち……ユリエルに、一方的にやられてほしくないの!」
他のピクシーやパックたちも、皆が目を潤ませてそう言った。
妖精たちは元から、ありのままに生きて勤勉で優しいユリエルを気に入っていた。そして、偽りでそれが壊されるのを何より嫌だと思った。
だからこの二人が、黒く染まる役目を引き受けようとしている。
それが分かると、ユリエルは納得して二人に血を与えた。
「分かった……じゃあ、とっても悪い名前をあげるね。その昔異世界から来た勇者が伝えた物語の、悪い姉妹の名前だよ。
その身と心を黒く染めて、悪意の輩に悪の報いを!
命名、ゴネリル!リーガン!」
二人は最高にうれしそうに笑って、ユリエルの血を飲み干した。
たちまち、二人の体に変化が起こった。
まず、30センチほどしかなかった体がぐいんと大きくなった。同時に、ピシッと伸びていた背中が曲がり、肌のみずみずしさが失せてしわが刻まれた。
二人は小さく愛らしい乙女から、小柄で醜い老婆となった。
背中の透き通った美しい羽は真っ黒になり、体に巻きついてローブとなった。
顔には、獲物をどうしてやろうかと悪だくみする、恐ろしく残虐な笑みが浮かんだ。気まぐれだが愛らしいピクシーの面影は、どこにもない。
己の変化が分かると、二人は興奮して笑いだした。
「フェーッフェッフェ!悪い子はどこだい?」
「たっぷり懲らしめて、魂までこき使ってやるよ!」
こうして、妖精の悪意を煮詰めたような鬼婆姉妹が爆誕した。
だが、逆に清らかさを貫こうとする妖精もいた。
一体のイビルフェイスがユリエルに寄り添い、ささやいた。
「悪意に悪意で報いるのは、当たり前のこと……だけどそれだけじゃ、ユリエルの戦いの清らかさが失せてしまうわ。
ユリエルはあくまで純粋な心で戦っているのに、それはダメ。
私はあくまで、世の中をキレイにするために、透き通らせるために戦いたいの。
汚れをこして世の中が透き通れば、きっと底にある真実が見えるはず」
こちらは水の妖精らしく、世の中の汚れを洗い落とすことを望んだ。そして、清水のようにありのままが見える世界にしたいと望んだ。
「ユリエルがとっても優しいこと、私、よく知ってる。
オババ様やワニさんたちが、それに心から感謝して報いていることも。それが正しい在り方でしょう?
でも人間たちは違う。身勝手にユリエルを汚そうとする!
そんな奴ら、私がこの世から洗い落としてあげる!」
このイビルフェイスは、元々ワークロコダイルのシャーマンに使役されていたミストスピリットだった。
ワークロコダイルたちと共にここに来て、戦いの中で進化して持った意識の中で、ユリエルの清らかさに見惚れていた。
だからこそ、誤解で欲を解き放ってユリエルを汚そうとする男が押し寄せるこの状況に、ひどく憤慨していた。
そして、その汚れの津波に立ち向かう力を求めた。
ユリエルはひんやり冷たい霧の体に血を捧げて言った。
「ありがとう。それじゃあなたには、とても清らかな名前をあげるわ。
さっきの悪い姉妹の妹で、とても清らかで誠実だった人の名前よ。
清く透き通る水の化身よ、霧のベールで黒き魂を阻み、汚濁に満ちたこの世界をきれいに洗ってちょうだい。
命名、コーデリア!」
ユリエルの名づけとともに、不定形だった体が人の形になった。
霧のようにたゆたう長いスカートの、白いドレスをまとった、透き通るように青白い肌の清楚な美女となった。
「ふふふ、お掃除お洗濯……。
そんなに汚れと欲を手放せないなら、あなたごとキレイにしましょうね」
こうして、水辺の命洗濯女が参戦した。
ユリエルがしみじみと思い出しながら指揮をしていると、負けて復活したコーデリアが泣きながら寄ってきた。
「うええーん!主様、オババ様……負けましたぁ~!」
「あー大丈夫、次に生かせばいいから。
私たちだって全員ロドリコたちに負けてるし、ね。ダンジョンが落ちなきゃ大丈夫」
ユリエルが励ますと、コーデリアはまだしゃくり上げながらうなずいた。
コーデリア自身、負けてもいいから全力でやってみろと言われていたし、対峙した時点で精鋭には歯が立たないと分かった。
しかし清純な彼女にとって、動きを封じられてスカートをめくられたのはショックだった。
「私は、いいんです……下には本当に何もないから。
でも、ユリエル様や他の子たちがああなったらと思うと……そんな汚いことをする奴らを、私は止められなかった。
うう、もっと下にいる子たちまで汚れに晒されてしまう……!」
コーデリアは、自分のことより他の心配をしていた。
だが、ユリエルは生温かい笑みで言う。
「大丈夫よ、もっと下にはあなたよりずっと強い奴を差し向けるから。あいつの強さは、知ってるでしょ?
それにレジスダンも、あいつ元から……ね。汚い血を被っても、元から汚れ切って血まみれだったら変わらないでしょ」
「うーん……兄様や姉様たちは、そうですけども……。
それはそれで、いいのかしら」
(心持が違うだけで、あんたもやってることあんまり変わらないよ。
まあ、その心持の違いが大切なのは確かだけどさ。……でも、正義とか浄化とかって本気で信じたほうが、やる事に容赦がなくなることもあるんだよなぁ)
どうもコーデリアは、ユリエルの中の貶められた清らかな乙女という被害者意識を体現しすぎている部分がある。
これはこれで、ユリエルが見ていて、こちらに溺れすぎないようにしようと思わせる。
ゴネリル、リーガンと合わせてユリエルのバランスを取ってくれるのだ。
こうして自分の心の分身のような妖精たちを側に置くことで、ユリエルは常に己を見つめ続けて感情に振り回されないようにしていた。
そうしているうちに、今話していた最終兵器赤いお兄さんが上層から引き揚げて来た。
「大丈夫か、コーデリア!ひでえ目に遭ったな!辛かったな!
可愛い妹を辱めた奴ぁ、この俺が八つ裂きにしてやらあぁ!!」
虫けらのダンジョンのボスにして、妖精たちの頼れる凶悪兄貴、レジスダンである。
新たに進化してはっきり自我を持った妖精たちを、レジスダンは妹として可愛がっている。そして、彼女らを傷つけた者に地獄の業火のような怒りを燃やしている。
「許さねえ……許さねえよ!
きれいに育ったばっかの妹をそんな目で見て、そんな事するなんざ……考えるだけで虫唾が走る。
生まれてきたことを後悔させてやらああぁ!!」
レジスダンの怒りの雄たけびが、庭園に響き渡る。
ユリエルは、それを楽しそうに眺めて声をかけた。
「おう、残虐を尽くしてブチ殺してこい!
もう二度と、大事なモンを失いたくないよな!?」
「おうよ、姉御!!」
もはや、ヤクザの姐さんと鉄砲玉のやりとりである。いや、レジスダンは使い捨てではないので若頭か。
二人とも、新しく進化させた妖精たちを家族のように大切にしているのだ。
もちろん、儚げで美しいコーデリアだけでなく、醜くて見た目は遥かに年上のゴネリルとリーガンのことも。
戦いを分かち合う仲間は、二人の心の拠り所だ。
レジスダンは出撃前に、ゴネリルにも声をかけた。
「やられっ放しが嫌なら、おまえも手ぇ貸せや。
古城で奴らを迎え撃つ時、罠の作動を頼みたい。
どうも俺の手下は、血の気が多くて気が短い奴が多くてよ。待っていいタイミングで動かすのが苦手なんだ。
一緒に目にもの見せてやろうぜ!」
その言葉に、ゴネリルの目がギラリと光った。
「それはそれは……ぜひご一緒しようじゃないか!
兄様が気持ちよく血を浴びられるよう、微力ながらお助けします。……そうしたら、あたしも悲鳴を楽しめるねえ!フェーッフェッフェ!」
悪意の権化となったゴネリルとリーガンは、レジスダンの残虐な戦いに知恵を貸す良き戦友となった。
これで、レジスダンの武力を活かす戦略の幅がさらに広がった。
ユリエルが武運を祈ってやると、二人はすぐさまレッドキャップ隊と聞くもおぞましい打ち合わせを始めた。
そっちの方向で置いてけぼりのコーデリアも、仲間がいない訳ではない。
「あら、暇にしてますの?
血みどろの戦いが嫌なら、気分転換にわたくしたちの農作業を手伝ってくださる?ついでに、水の上手な使い方をレクチャーして差し上げますわ」
農作業の要望を伝えにきたミエハリスが、コーデリアに申し出た。
「まったく、あなたときたら……水の精の能力にあぐらをかいてませんこと?」
「え……そ、そんなつもりでは……」
「能力も環境も合う所に配置してもらったのに、使いこなせていないのではなくて?
わたくしに言わせればね、無駄が多くてコントロールが悪いのよ。限られた力をより精密に使えるように、教えてあげますわ!」
「は、はい……どうかよろしくお願いします」
三姉妹が進化して最も便利な変化は、人間と話せるようになったことだ。
妖精は普通、成り立ちが大きく異なる人間と話すのが難しいが、三人は強くなったことで感覚を人間に合わせられるようになった。
なので、今はミエハリスや神官たち、他の魔物の仲間と話せるようになった。
今はこの三人のうち誰かの手が空いていれば、小妖精たちとの具体的な話し合いができて作業がはかどる。
「でも、魔法のコツなら私だけじゃなくて、姉様たちも一緒に教わった方がいいかも」
「あー……悪いけど、わたくし、あのお二方とはあまり関わりたくないんですの。
わたくしが負けたあの戦いで、あのお二方には煽られてひどい目に遭いましたし……あれだけ積極的なら、教えなくても自分で何か編み出すんじゃなくて?」
話せるようにはなったが、皆が仲良くできるかは別問題だ。
ミエハリスは、自分が干天の輝石で水魔法を破られた時に煽ってきたピクシーがゴネリルとリーガンだと知り、根に持っている。
感覚や言葉のチューニングができない小妖精にとって、人間の言葉で人間を惑わすのは難解な古代言語をしゃべるようなものだ。
だがゴネリルとリーガンは、世の理を曲げる人間にやり返したい一心で、ピクシーの時から一部それをやってみせた。
その執念を向けられたことが、ミエハリスには恐ろしいのだ。
「まあ、姉様たちならそうかもしれません。
でもその時は、ミエハリス様の目が曇っていたから姉様たちは怒ったのです。今は大丈夫だと思いますけども……」
「そうね、はっきり言ってあの時のわたくしは、今来ている下種共とあまり変わりませんでしたもの。
少しでも真実を心に留めて、助かる方が多いといいのですけれど……。
今来ている方々には、妖精と話すより難しそうですわね」
これから起こる惨劇を思って、ミエハリスとコーデリアは静かに祈りをささげた。
ダンジョンを下るいいとこのボンボン一行は、進むほどに消耗してボロボロになっていった。
湖沼の次の砂漠を、敵が少ない安全地帯だと思い込み、久しぶりに落ち着いて食事ができると炊事を始めたのが運の尽きだった。
「ん……鍋の水、こんなに少なかったっけか?」
乾燥食糧を戻す湯を沸かしたところ、水を注ぎ足しても注ぎ足してもどんどん少なくなっていくのだ。
おかしいと思いながらも、ボンボンに早くしろと怒鳴られては、下っ端は手を止めることができない。
食事が終わって人心地がついた時には、予定の10倍の水を失っていた。
しかも、マジックバッグから出して開けておいただけの樽の水まで使った以上に減っていたのだ。
「若様、この階層はおかしいです!
これは、干天の輝石……よく見たら、こんなにたくさん!?」
ここが水を奪うのに特化した場所だとようやく気付いたが、失った水はもう戻ってこない。
どうにか水を手に入れようと端にあった池に向かうも、それは水に見せかけた火の罠で、さらに砂漠の魔物の襲撃もあり兵士をほとんど失った。
11階層、12階層と分荼離迦にやられて、やっとのことで13階層の熱帯雨林にたどり着くと、今度は毒泉にやられた。
これで荷運びの人足もやられてしまい、一行はボンボンと精鋭だけのたった数人となった。
「くううぅ……何て使えん下賤共だ!
だが仕方ない、結局あいつらは俺たちとは違うからな。俺たち選ばれし者のみがボス討伐の栄誉を手にする、いつものことだ。
しかし、どうも口がベタベタするな。おい魔法使い、水を」
こんなになっても、一行は魔法使いに水を出させて進むことができる。
だがその分魔法使いは消耗し、それを補うために神官も消耗する。
14階層で待ちわびた普通の水と果物を見つけ、それを手に入れるためにワークロコダイルと戦った時、ついに魔法使いが戦えなくなった。
「どうした、早く撃たんか!!」
「め、目がかすんで……よく、見えませぬ……!」
いつの間にか魔法使いの目は真っ赤に腫れ、体にはたくさんの赤い発疹が出ていた。何かの病気にかかっていることは明白だ。
とにかくその場をしのぐために、神官の残り少ない魔力をその癒しに使ってしまった。
ボンボンもさすがにまずいと思い、休息をとって食事にしようと思ったが……。
「げえっカビ!!」
マジックバッグに入れていた食糧や水まで、カビまみれになって腐り果てていたのだ。
このボンボンの持っていたマジックバッグは中での時間経過までは防げないものだが、入れるものを選べばこれまで大丈夫だったのに。
ボンボンと精鋭たちも、これにはぞっとした。
しかし、逆にこうなってしまったからこそ、もう退くことができない。
「ぐっ……これ以上消耗する前に、さっさと下に下りてここを落とすぞ!
大丈夫だ、ここは所詮15階層、あと1階層で終わるんだ!!」
哀れにも、このボンボンたちはダンジョンが今何階層あるか知らなかった。冒険者ギルドの鑑定官が接収した遺品の鑑定にてんてこ舞いになり、最近ここに来られないせいだ。
かわいそうなボンボンたちは誤った希望にすがり、妙に力が入らない体を引きずるように15階層に下りていった。
結果、ボンボン一行がどうなったかは、ご想像の通りである。
ボンボン一行は一番力を振るって戦わなければならない時に、魔法使い以外も急激に体調が悪化していった。
「う、う……目がかすむ……腹が減った……力が、出ない……」
実は、一行は9階層で寄生菌に侵されていたのだ。
給水のため真っ先に消耗した魔法使いが最初にやられただけで、他のメンバーが大丈夫な訳ではない。
しかもここで待ち構えているのは、色気の欠片もないレッドキャップ共と、妹を汚されて怒れるレジスダンである。
こんな状態で勝てる訳がない。
それでもボンボンは逃げ惑ったが、古城の罠がまるで意志を持っているようにパーティーを分断し、機動力を削ぎ、弄ぶように追い詰めてくる。
「フェッフェッフェ、無駄だよ!
ほーら、あんたの目の前で……惨いねえ!」
仲間は、一人また一人とボンボンの目の前で仕留められていく。ボンボンがいくら泣き叫んでやめろと言っても、やめてなどくれない。
「どうした、それが妹を力でねじ伏せた野郎の姿か。
だったらこっちが力でねじ伏せても、甘んじて受けてみろ!!」
孤立したところに迫りくるレジスダンに、ボンボンはあっけなく捕まった。
精鋭の最後の一人は主の命など構わず抵抗したが、狂化したレジスダンには敵わずボンボンに二重の絶望を叩きつけた。
戦いが終わると、ボンボンは抵抗できないほど傷め付けられてから、古城のホールに運び込まれた。
そこでは、血にはやる凶悪妖精たちの中心に、大きな鉄板が焼かれていた。
「野郎ども、今日は生きたままの肉が食えるぞ!」
「ゲヒャヒャヒャ!!」
自分がどうなるか分かると、ボンボンは息が止まるほど絶望した。
しかし、その想像すら、まだ甘かったのだ。ボンボンの末路は、ただの焼肉では済まなかった。
ゴネリルがボンボンの荷物を探り、強壮剤を取り出した。
「へえ、いい栄養剤じゃないか。
お望み通り飲ませて、元気にしてやるよ!」
ボンボンが強壮剤を飲むと、周りにいたパックやピクシーたちがゴネリルと一緒に魔法をかけ始めた。
「それ、大きくなーれ!元気に育て!」
途端に、ボンボンの体中の赤い発疹からブワッと綿のようなものが生えた。
「ひいいっ!?」
驚愕するボンボンの体で、そいつは元気に大きく育っていく。たちまち、ボンボンの体はキノコまみれになった。
「おう、これで肉と野菜が一緒に食えるな。
てめえが寄生されねえように、よく焼いて食えよ!」
「フェフェフェッ、こりゃいいシチューになりそうだ!
体から生えたこういうのを、女に食べさせたかったんだろ?あたしたちが美味しく食べてあげるよ!」
こうして、ボンボンは肉とキノコが同時に採れる便利食材となった。
魔女を犯すために用意した元気になる薬を、全てキノコの栄養剤として吸い取られて、そのキノコと削られた自分の肉を目の前で調理されて食われる。
ボンボンは、身も心も希望も全てを削り尽くされて死んだ。
だが、この惨劇は最初の一例でしかない。
そして、これでもまだましだったと後に言われることになるのかもしれない。
こういう馬鹿が中途半端な力に任せて深入りするほど、ここの妖精たちの残酷な成長は止まらないのだから。
ゴネリル、リーガン、コーデリア:リア王の娘三姉妹。長女と次女は悪女、末娘は誠実な善人だった。
新しく進化した妖精たちは、ユリエルの心の一部を映すような存在でした。
ゴネリルとリーガンは容赦ない復讐心を、コーデリアは清らかな正義の戦いを映しています。元々、そこでユリエルに共鳴した小妖精だったので。
ボンボンの末路は……マタンゴ&その状態でバーベキュー。
肉からキノコが生えていれば、同時に食べられてあらお得。肉も寄生菌にいい感じに分解されかけて柔らかくて食べやすい。
寄生菌はまだ弱いので、発症が遅い、乾燥した環境では増殖しない、キノコは生えるが対象を支配して操る性能はない程度です。
でも、だからこそ容易に退けないタイミングで発症してとどめになるんだよなぁ。




