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機械少女にアイを込めて  作者: 都月 奏楽
Chapter01:School
11/16

11 江郷逢衣は監視されている。

 隆司とのデートの日時を決めた逢衣。クラスメイト達には内密にする計画であったが雄太の爆音により露呈してしまい、気が付けば麻里奈達が入れてくれたグループトークに多数の逢衣宛のトークが受信されていた。


『江郷さん! デートってどういう事!?』

『ウチと同じだね~』

『水臭いっしょ、するならするで私らが相談に乗るのに』


 逢衣は此れまでの情報を処理。隆司について教えるべきか。否、可能な限り秘匿にするべきだ。理由は未だに早舩達に警戒されているからだ。危険が及ぶ可能性がある。だがデートの助力は受けたい。此処で考える最善の選択肢を取った逢衣はスマートフォンをタップして文字を入力した。


『申し訳ありません。後で必ずお教えしますので勝手ながらデートについて教えてくれませんか?』

『謝らなくていいって! それよりも江郷さんのデート、最高のにしちゃおうよ!』

『さんせ~い!』

『私に任せておきなさい!』

『沙保里、日野と付き合ってた事を教えるのはナシっしょ』


 莉奈の余計な一言に沙保里は怒りを表現しているスタンプの連打が止まらなくなった。麻里奈と美也子に宥められ、彼女の憤怒は収まり本題に移るのであった。



「ただいま戻りました、マスター」

「……ああ、おかえり」


 家に帰るといつも通り大助と琢磨が業務に勤しんでいた。今日はいつも以上に多忙らしく、逢衣が帰ってきた事に気付いても大助はコーヒーを啜りながら振り返りもせず返事をし、パソコンのキーボードを叩くのを止めなかった。本来ならば直ぐに逢衣の機体のメンテナンスの準備に取り掛かる筈だが、その事も忘れてしまう程に仕事に追われている、と捉える事が出来る。


「……マスター。マスターに頼みたい事があります」

「何だ? 悪いんだが今手が離せないんだ。メンテナンスは後に――」

「デートに着る為の服を買うお金が欲しいです」


 丁度マグカップの残りを飲み干そうとしていた大助が逢衣の発言に驚いて()せていた。男は濡れた口元を拭って振り返り、目を丸くして少女を見ていた。


『じゃあまずオシャレしなきゃだね! め~っちゃ可愛い服着なきゃ話になんないから!』


 麻里奈は第一前提としてデートを行うにあたり相応しい服装を着衣しなければならないと教示した。彼女の言う()()()()()()()()()を買う為に逢衣は大助に金を無心したのであった。


「……どういうこった。説明してくれ」

「マスター、現在手が離せないのでは――」

「説明しろ。でなきゃやらん」


 作業に付きっ切りだった筈の大助がゆっくりと椅子から立ち上がり、普段よりも低い声で逢衣に問い掛けてくる。彼女の意図していない揚げ足取りの言葉を遮り、父は娘の両肩を掴むと、磨り硝子の様な双眸で彼女の澄んだレンズを覗き込む様に顔を至近距離まで近付けた。至る箇所の表情筋を微細に痙攣(けいれん)させている大助に臆する事無く、逢衣は事の経緯を説明した。


「……つまりお前はデータ採取の一環で、その、城戸隆司とか言うゴミ野郎……じゃなかった、男子生徒とデートに行く。それでその為の……友達から聞いため~っちゃ可愛い服っていうのを買う為に金が欲しいと」

「はい、マスター」


 回答し終えると、大助はボサボサの髪を弄り、落ち着かない様子で研究所内を唸りながら歩き回っている。暫くそれが続いたが、突然動きが止まった。そして逢衣の方へ振り向くと、分厚くなっている財布を取り出し、今度は五万円を彼女に渡したのであった


「これでお前の好きな服を……買え!」

「有難うございます、マスター。……もう一つマスターに頼みがあります」


 今度は何だ? と少しウンザリしている様な、気分が下がっている様な声で大助は返事をした。


「め~っちゃ可愛い服、と言うのが分からないのでマスターに選んで欲しいです」


 大助は絶句した。親の心子知らず。大事な愛娘が何処の馬の骨か知れない奴の為だけに着飾る服を選んで貰うという父にとってはこの上ない屈辱である事を、未だ逢衣には理解出来ない事だろう。

 辛酸を嘗めた大助の後方にはノートパソコンを脇に挟みながら忍び足で勘付かれない様にと逃げようとしている琢磨の姿が見えたが、まるで後ろにも目が付いているかの如く大助は怒声と共に友人を引き留めるのであった。


「お前も来い!! お前ロリコンだろ!! ロリコンのお前の意見も参考にするぞ!!」

「大ちゃん、君の親馬鹿に振り回される僕の身にもなってよね……」


 くらすけるぞ!! 汚い言葉を浴びせられて大きく溜息を吐いて呆れている琢磨をお供にし、大助は三人で買い物をしにエレベーターに乗って、黄昏時の地上へと上がっていくのであった。



「江郷さんゴメン! 待った?」

「いえ、そんなに待っていないです」


 五月四日、みどりの日。時刻は午前十時。場所は押上(スカイツリー前)駅の押上方面改札前。待ち合わせ時間の五分前に逢衣は到着し、時間丁度に改札を抜けた隆司と落ち合った。

 適当な英単語がプリントされている黒のパーカーと言う無難で面白味の欠片も無い恰好をしている男に反し、逢衣はダスティーブルーのチュールロングスカートにホワイトのトップスを合わせ、爽やかさとあどけなさを醸し出すコーディネートで今日のデートに臨んだのであった。


「あの●●●●野郎、アイの事五分も待たせやがって。てめぇの寿命を五十年くらい縮ませてやろうか?」


 不審者、もとい大助達は急遽仕事をほっぽり出して逢衣のデートを終日監視する事になった。彼女よりも早く一時間前に到着していた大助は隆司を見るなり早速激怒していた。


「やめなって大ちゃん。アイたん達の監視だなんて」

「じゃあお前は帰っていいぞ。ていうか帰れ」

「大ちゃんがデート相手殺し兼ねないから僕も来たんだよ」


 逢衣を監視する大助を琢磨は監視するという奇妙な状況の元、彼女達のデートは開始された。


『逢衣ちゃん水族館とかどう~? 結構面白いよ~お魚も美味しそうだし~』

『水族館と言えばサンシャインのもいいけどスカイツリー近くの所もいい感じっしょ』


 友人のメッセージにより逢衣は東京スカイツリー近くの水族館に行く事を決めた。彼女がそれを見せてきたので容易く先回り出来たというわけである。


「何が悲しくてむさ苦しい男二人で水族館に行かなきゃならないんだよ……」

「おいアイが移動するぞ! 早く来い! 置いてくぞ!」


 明後日の方向を向きながら琢磨がぼやく。友人の苦悩など露知らず。大助には逢衣以外見えていなかった。不審者二人は高校生二人の追跡を開始したのであった。


「わぁ! 江郷さん、すっごいクラゲの数だよ!」


 受付を済ませ、エントランスを通り抜けた逢衣達を出迎えたのは大小様々な水槽の中で優雅に漂うクラゲの群であった。このコーナーに設置されている照明から放たれた色取り取りの光と白く透き通っている傘が幻想的な空間を表現していた。まさに科学と自然が調和して創られた芸術と言っても過言では無かった。

 かつて琢磨が逢衣に芸術について教えた。その時は全然理解されなかったが、今の光景に逢衣は見惚れている様に見えた。


「とても綺麗な世界、だと思います」


 芸術なんて非効率的で無駄だと一蹴していた昔のアンドロイドの姿はもう其処には居ない。着実なる成長が垣間見えている逢衣に感嘆する大助と琢磨であった。


 水族館の粋な心意気による美麗な演出が水生生物の尊さを彩っていく。食物連鎖の頂点に居る鮫とその底辺に居る小魚とが共存している水槽、二階の吹き抜けから見れるペンギンの群、下からオットセイの泳ぐ姿を間近で見る事が出来るトンネル。見て回っていく逢衣達は心を奪われていた。一人を除いて。


「もういいでしょ大ちゃん。本来僕達はアイたんのやる事に介入しちゃいけないんだよ?」

「許さんぞ、俺は許さん、許さんぞ」


 水族館をしかと堪能した高校生二人。時刻は十一時四十二分。逢衣達は休憩がてら東京スカイツリー付近のオープンカフェで昼食と休憩を取る事に。健全な男友達と遊んでいるだけなのだが、未だに遠距離から双眼鏡で監視していた大助はどうしても認められずにいた。


「もう付き合ってられないよ。僕はもう帰るからね」

「……ん? アイツらなんだ?」


 辟易している琢磨は傍迷惑な友人を放って帰ろうと駅の改札へと向かおうとしていたが、大助が放った一言に思わず足が止まった。双眼鏡を借りて覗き込むと琢磨は驚愕したのであった。

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