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バカップルの二人

 櫻子はトボトボと歩き、家に帰ってきた。薄暗い街並みは、まるで櫻子の心を映し出しているようだった。

「……ううっ、お姉ぇちゃんの馬鹿ー」

 結局何も教えてくれないままに理奈と華波は帰ってしまった。真相は闇の中。いや、理奈は解っているのだが、聞いても教えてくれなかった。

 だが、それが正解なのか解らない。

 理奈が独り検討違いに合点しただけでは、と不安が積み重なる。

「きゃっ」

 角を曲がったところで、人とぶつかった。小柄な女の子である。そして、良く見慣れた制服、よく聞きなれた声。

 何を見間違えよう。ショッピングモールで見た櫻子の彼女、鈴木深香奈である。

「か、かな!? 何してんの!? もう暗いのに! 家の人には!?」

 時刻は二十時。季節はまだ冬で、もう暗い。過保護な櫻子からしたら、出歩くなんて論外な行動だ。そうでなくても、一般家庭よりも遥かに裕福なお嬢様なのだ。こんなところに独りでいたら、誘拐されてしまうかもしれない、と櫻子は先程とは違う不安に駆られる。周囲を見渡しても、SP的な人はいないようだった。

「そ、その……櫻子さんに、どうしても、会いたくて……」

 気まずそうに、恥ずかしそうに、上目使いでそんな事を言われる。

「……」

 ノックアウト。このまま連れて帰りたい。連れて帰って、一緒に熱い夜でも過ごしたい。いや、ならホテ。

「じゃぁなぁくぅてぇ! 危ないでしょ!? 独りで出歩くなんて!?」

「……櫻子さんだって、出歩いてたじゃないですか」

「あたしは、強いから」

 痴漢程度なら駆除出来る自信もあれば、走れば逃げ切る自信もある。

「……その、せっかくのお誘い、断ってしまったので。……謝りに……」

「……良、良いのに。習い事、だったんでしょ?」

 聞きたい。あの子とは、どんな関係なのかと、尋ねたい。その衝動をかみ殺して、取り繕う。

「……嘘、なんです」

「うん?」

首を傾げる。嘘、とは?

「……習い事というのは嘘で、今日は……その、お出かけをしてました」

「……そ、そうなんだ? 何……してたの、かな?」

「……妹と、買い物にいって」

妹? ……そっかー! 妹かー! そりゃ親密だわ! 櫻子は脳内で叫ぶ。浮気説は一瞬にして消滅した。

「あ! 妹って、その、血の繋がった家族でなく、学校の一つ下の後輩で……」

そっちー!? 浮気説再浮上。それどころか、女子校の姉妹関係って……。

浮気を通り越して、別れ話の危惧。

ストンッ、と心の中に何かが堕ちてきた。いつもと同じだ。浮気をされて、フラレる。

あー、何がいけないのかなー。櫻子はもう慣れた寂しさを胸に、自らの何が悪かったのかを考える。いつも心の底から愛しているのに、何が悪いんだろう。

「それで、これを櫻子さんに」

小さな紙袋を渡される。これは今までにないパターンだった。まさか、これが俗に言う……、

「手切れ金!?」

「ち、違います! プレゼントです! 手切れ金ってなんですか!?」

「……プ、プレゼント~?」

櫻子は紙袋を受けとる。軽い。何やら小さなもののようだった。

「開けて、良いの?」

「はい、是非」

ニコッといつも通りの笑顔。花が咲いたような笑顔をいとおしく思いながら封を切り、中を覗く。

小さな箱だ。……ビックリ箱だったらどうしようと妙な不安を覚えながら深香奈を見ると、笑って開けるのを催促された。

恐る恐る箱を開く。

キラッと、夜の闇にのまれながらも、何かが煌めく。

「……あ」

一対の指輪だった。深香奈の方を見ると恥ずかしそうに視線を泳がせている。

「……えっと……いつも色々頂いたりしてもらったりしていて、私も何か返したいと思って……」

「……」

 すみません。浮気とか疑って本当にすみません。もう死にたい。櫻子は自己嫌悪に陥る。こんな良い子だと解っていたはずなのに、どうして浮気だなんて疑ったのだろうか。疑ってしまったのだろうか。

 はたして、この指輪を受け取る資格が自分にはあるのかと、自信がなくなってしまう。

「……あの、お気にめしませんでしたか?」

 深香奈が少し不安そうな顔をしている。それが、ザクッと胸に刺さる。

「そ、そんな事ないよ。……ただ、こういうの、初めてだから……」

「だったら私が!」

 勢いよく櫻子の左手をとると、その薬指に指輪をいれる。ジャストサイズ。指輪の号数なんて量った事もないのに、よくここまで一致したものだと驚く。

 キラキラと月の光を反射する指輪。名前も解らない透明な石が自分の黒い感情を吸いとり、心が浄化されるような気分になる。それでも石の煌めきは変わらず、透き通っていた。

「……綺麗」

 正直な感想が口をつく。深香奈が顔をほころばせる。が、その顔は、少し何かを期待しているようにも見えた。

 櫻子は、直感的に深香奈の手を取って、もう一つの指輪をはめてやる。キラキラとした指輪の光。櫻子はすっかりそれに魅せられてしまう。以前華波達とジュエリーショップで見た石は、輝いていたが、冷たくも感じられた。

 なのに、どうしてだろう。

 この指輪の光は、とても温かく感じられた。

「ありがとう。大事にするね」

「……私の事も、大事にして下さいね」

 ギュッと深香奈が抱きついて来る。櫻子はそっと、その背に腕をまわした。

 幸せを逃さないように。

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