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狂乱大魔王

一応前話の続きですね

 先日、理奈と華波といたショッピングモールにて、櫻子は頭を抱えていた。愛しの彼女が他の女子とかなり親密そうにしていたところを偶然にも目撃してしまったのだ。本来ならば今日は櫻子はアルバイトだ。だが、人件費削減でシフトを切られ暇をもてあましていたので彼女をデートに誘ったのだ。親に言われた数々の習い事をこなす彼女が多忙なのは知っていた。今日はフリーのハズだったのだが、習い事があると拒否られてショッピングモールをブラブラしていたら偶然見つけた。いや、見つけてしまった。

 どういう事だろうと考えると、嫌な想像ばかりが頭を過る。心が不安に潰されそうになりながらも、一つの答に行き着く。

 まさか、浮気?

「んがぁぁーっ!?」

 最悪を想像して、その場で頭を壁に何度も打ち付ける。まさか、まさか、まさか!あの子に限ってそんな事はない!純粋無垢で純心で、まさに天使のようなあの子に限って!ない!ないない!あり得ない!

 ここの間のデートの時だって楽しそうにしていた!好きだと言ってくれた!なのに、なのになんで!?

 違う、人違いだ。見間違えただけ……。

 違う。見間違う訳が、ない。さっきのは、間違いなく愛しのあの子で。

 きっと、何かの間違いなんだ。間違い、なんだ。けど、間違いじゃないかもしれない?

 世の中不測の事態が起きる事はある。特に人の心なんてどう動くものか、解ったものじゃない。それは歴代の彼氏達で学習した。誰もが好きだと言ってくれたのに、気付いたら彼らの心は自分から離れていた。盲目的な愛に邁進した結果だと自らを律していたのに。……なにが悪かったのか、もう、解らない。

 ひとしきり壁に頭を打ち付けた櫻子の肩を、ポンッと背後から叩かれる。額から血を流しながら振り返ると、青い制服を着た従業員風の男性。櫻子が今まさにいるショッピングモールの警備員だ。

「君、大丈夫かな?」

「……全然大丈夫じゃないッス……」

 床に座り込みおもむろに叫び頭を壁に打ち付ける絵面を客観的に振り返ると、相当異常な光景だった。正直客観的に見ても恐怖しか覚えない。

 警備員はやや困った表情を浮かべながら櫻子に手を差しのべる。

「とりあえず、ちょっと裏にでも」

「……」

 イケメン、だなー……。櫻子の頭は二つのショックで完全に吹っ飛んでいた。さっきから頬を伝うものが血なのか涙なのかも解らなくなってきた。いや、あるいは冷や汗か。

 呆っと警備員の顔をしばらく眺めてから、その手を取ろうと、腕を伸ばす。

 パシッ、とか細い手が櫻子の手を掴む。男性にしては細過ぎる。手の先を追う。手首、腕、肩、顔。

 見慣れた、誰よりも頼りになる友達の顔。怒って赤くなるか微笑むくらいしか表情を変えないその顔は驚きで真っ青だった。

「どうしたのよっ、櫻子!? 凄い血じゃない! 見せなさい!」

「のわぁー!? ちょ、櫻子、マジ、それ洒落になってないって!」

「華波、少し黙ってて!」

 理奈と華波だ。二人とも血相を変えている。理奈はさっと髪を避けて、櫻子の傷を見る。

「……出血の割に傷は大した事ないみたい。……包帯は……ないわね」

 理奈はバッグの中から小さな枝毛を切るのに使うようなハサミを取り出すと、ブラウスの袖を無理矢理切り裂く。傷口に軽くアルコールスプレーを吹きかけ消毒してからハンカチを当ててブラウスの袖を包帯の変わりに櫻子の頭に巻く。

 応急処置を済ませると、警備員に頭を下げる。

「申し訳ありません、友人が迷惑かけたみたいで……」

 警備員は引き取り手を確認するとあっさり消えて行った。理奈はホッと胸を撫で下ろして、そして、櫻子に向き直った。あの取り乱し方は尋常ではなかった。もともとオーバー気味ではあったが、流血なんて理奈も初めての事態だ。

 だが、櫻子はまだどこか呆然としている。まずは落ちつけようと理奈は近くのベンチに櫻子を連れて行く。シン、と不気味なくらいに静かな櫻子を、華波も心配そうに見つめる。

 その瞳からボロボロと涙が零れる。

「……ううっ、お姉ぇちゃん~」

 涙を流しながら櫻子は理奈に抱きつく。しゃくりをあげて泣く櫻子の頭を、理奈は何も言わずによしよしと撫でてやる。華波もそっと櫻子の背を撫でる。

 理奈には何があったかは解らないが、きっと嫌な何かがあったのだろうと推測した。こんなにも泣きじゃくる櫻子を見たのは初めてだった。

 しばらく泣き続けると、櫻子はピタッと泣き止む。そして、あげた顔は酷く据わった目付きをしていた。

「……お姉ぇちゃん、あたしと淫らな事しよう」

「正気に戻りなさい」

「それじゃ、犯罪計画作ろう」

「櫻子、あなた一度落ち着きなさい」

「……落ち着いてるよ」

「ないわ」

 理奈はかばんの中から珈琲の入った魔法瓶を取り出す。中身は大した量は入っていないが、これだけあれば充分だろう。そのままかばんの中から粉末の入った小瓶を取り出す。いくつかの粉末を珈琲の中に突っ込みブレンドする。それを櫻子に渡す。

「飲みなさい」

「……ん」

 櫻子はそれを受け取り、チビチビと飲み始める。理奈と華波は櫻子を挟むようにベンチに座る。華波が漂ってくる珈琲の香をかぐ。

「ん~? メンソールとローズ系?」

「そう。リフレッシュ効果と精神安定にね。勉強に集中出来ない時にはよく飲むの」

「んあ~、今度あたしにも作って?」

「良いわよ」

「……良いよね、二人は。いつも一緒で」

 櫻子がボソッと言う。心の中に黒いものが広がっていく。

 あ、ヤバイ。落ち着け。理性が警鐘を鳴らす。

 こんな事言っても、嫌われるだけだ。

「いつも、一緒で、仲良しでさ」

 黙れ、黙れ!

「あら、いまさら? そんなの、前からじゃない」

 だが、理奈はサラッと事も無げに肯定する。

「けど、特別視しているというのなら、あなたの事も特別視しているわ」

「……え?」

 相も変わらずに、サラッと理奈が言う。その顔は、いつも通り、何を考えているのか解らないような無表情。けれど、深く付き合ってきたから解るその目の色を、見間違えない。真剣で、慈しむような目。

「あなたも、私の大切な友達だもの。私にとっては、かけがえのない人の、一人よ」

「……ごめん」

 罪の意識は元からあった。櫻子は肩を落として自らの愚行を恥じる。何も悪くない理奈に当たり散らすなんて、最低だ、と胸が痛む。

「駅前のクレープ」

「ううっ、それが特別視してる友達に対する仕打ちか~!」

 美味しく女子の間で有名なクレープ屋を理奈が要求してくる。理奈達の通う学校の所在はホームタウンだ。もっと繁華街に作ればよいのに、という声は多数上がっている。放課後も土日もひっきりなしに女子が訪れるそこには女子をナンパしようと企む男子も存在し、華波や櫻子が昔はナンパ待ちをしていた事もあるほどだ。故に、味こそ一級品と思いつつも理奈はやや嫌煙していたのだ。

「その方が後腐れしないでしょ?」

「櫻子~、あたしの分もだからね~?」

 華波が笑いながら言う。先程までの陰鬱とした気分がどこかへと消え去っている事に櫻子は気付く。思い出すと、再び黒いものがはびこるが、それでも先程のように取り乱したりはしない。

「お姉ぇちゃん」

 頼もしい友達が、自分の事を特別だと、大切だと言ってくれたからだろうか。

「話し、したいんだけど」

 だから、自分ももう少し強くなって、いつか頼られたら良いな、と櫻子は願った。


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