第四十三限ーお決まりの三人組
久々の投稿でございます!
お待たせいたしました!!
喧喧騒騒。祝日の昼から理奈は左右から引っ張られながら騒音をその一身に浴びる。まるで新手の拷問のようだ。
右手に華波。
左手に櫻子。
両方の腕にしがみつきながら楽しそうに笑う二人。意見が別れると、何も意見していない理奈が引き裂きの刑にあうという、極めて理不尽な図だ。
それでも二人が楽しそうに喋る様を見るとどうも無下には出来なくなってしまう。例え背の高い二人に腕を絡められてはたから見ると張りつけの刑に処されているように見えても、気にしない。
甘いのかな、と自問していると、頭上でけたたましい、引き裂き刑が始まるサイレンが鳴り響く。本日何度めだろうと考える間もなく、刑は執行される。
「お姉ぇちゃん!! 櫻子が人生の半分損してるよ!!」
「そんな事ないわよ! ねぇ、お姉ぇちゃん! 玉子焼きにソースかけるってそんな変!?」
「……あなた達、知り合ってもうすぐ二年になるって言うのになんて今更な会話しているのよ……」
そうして、今回に限らず、引き裂きの刑にあうときは決まってどうでも良い内容によるものなのだ。
「私はプレーン派」
「だよね!? だよねっ!? お姉ぇちゃん!! 玉子焼きには何もかけないよね!?」
「なーにを言ってんのよ!! 玉子焼きにソースをかける事で深みがますんでしょうが!?」
「十人十色よ、二人とも」
理奈がまとめるように言っても、二人は喧喧騒騒と自らの熱意を言葉にして対立する。
今日は三人でショッピングモールに来ている。本来ならば和乃も一緒のハズだったのだが、バイト先の社員とばったり遭遇。急なバイトの欠勤が出たから一緒に来てくれと、連行されていった。有無を言わさぬ社員の行動に、三人とも愕然としてしまった。
けーはけーで、今日はメンバー20人程と遠距離ツーリングだ。金曜の夜にH市を発ち、大阪まで行くとの事だった。帰ってくるのは月曜の朝方というスケジュールに、理奈は眉を思わずしかめてしまった。きっと授業はさぼるか寝るかの二択だろう。もうついているかな、と先程メールをしようとしたら、その前に大阪駅前での集合写真が送られてきた。全員無事についたようだった。後は、向こうで騒ぎを起こさなければ良いのだが。
というわけでの三人体制だ。一年前はこのメンバーだったな、と理奈は懐かしく思う。あまり友好的ではない理奈からすれば、和乃との出会いも、けーとの再会も、かなりのイレギュラーだった。
「あ! ねぇねぇ、あそこ、お店変わってるよ! 入ってみよーよ!」
キラキラと光を反射するジュエリーショップだった。華波は光物には滅法弱い。今日の服装はモード系にして、赤や黄色の石が入ったアクセで色を入れている。
「華波は光物好きね。そのペンダントの大きな石は、何かしら? ダイヤ?」
「ううん、これはホワイトトパーズって言うんだよ~。ダイヤより安いけど、綺麗でしょ~? 大きい石でも比較的安いよ?」
そのまま華波が石のうんちくを垂れ始める。理奈には良く解らない世界だったが、華波は楽しそうだった。腕に何巻もされている石のブレスレットが目に入る。
「それの白いのも、ホワイトトパーズかしら?」
「これは~、……確かスワロフスキー。さすがにこの量のトパーズ使ったら、安くないよ~」
いくらするのかは検討がつかないとのこと。華波はショーケースを覗き込む。櫻子も覗き込むが、ジュエリーはさすがに値が張る。苦い顔をして顔をそむけてしまう。
「華波、よくこんなの買えるわね」
「う~ん? って言っても、昔の彼氏に買ってもらったものばっかりだよ~?」
華波は酷くモテる。櫻子は恋多き乙女だったのに対して、華波は向こうから寄ってくる。
「後は誕生日にパパに買ってもらったり?」
「……」
「あ、いや、その……出よっか」
櫻子の家は母子家庭。おまけに借金を押しつけて出て行った父親だけあって、櫻子にとってあまり気持ちの良い話題にはならない。華波も自らの失言に気付き、慌てて店を出る。
「……お腹がすいたわ」
理奈がボソッと呟いた。二人に引き回されてあまりゆったり出来ていない理奈は少し疲労気味であった。まだ昼前だというのに大丈夫かと、不安になる。
理奈の提案に従って、三人はファミレスに入る。腰を下ろした理奈は、肩をトントンと叩く。それを見て、華波が笑う。
「アハハ、お姉ぇちゃん、お爺ちゃんみたい」
「それ言うなら、おばあちゃんじゃない?」
「……最近、学年末が近いから勉強の質問が酷いのよ」
二年生の学年末といえば、大学進学に大きく関わる。良い点をとっておきたいのは皆同じだった。華波はドリンクバーから持ってきたコーラを吸う。
「最近大忙しだったもんね~、お姉ぇちゃん」
「そうよ。あなた達も、しっかり勉強しなさいよ」
「大丈夫~」
「あたしも一応してるから、多分大丈夫よ~」
理奈が白い目で二人を見る。華波はまだ全教科平均点に達していないし、櫻子も赤点ギリギリの科目があったりしたのが二学期末のテストだ。櫻子はともかく、進学希望の華波にはまだまだ厳しい。
「華波は、このままじゃ私と同じ大学は無理かしらね~」
「ヤだー! お姉ぇちゃんと同じ大学に意地でも入る!! 裏口使ってでも入るー!」
「そういう人って、続かないわよ?」
理奈が厳しい現実を連続で突きつけても華波は折れない。5教科平均95点は欲しいと理奈は思っている。
特に、大学の試験ともなれば、自分も人の面倒をみている余裕はなくなる気がした。精神的に追い込まれたら、おしまいなのだ。
こういう時、けーの芯の強さが羨ましく思える。けーは自分の考えを曲げようとしない。目標に向かって邁進出来る集中力がある。
おそらく、けー程の集中力があれば、きっと華波と自分の志望校に入るという目標すらも達成出来るのだろう。
「今度、夏樹さんにも教わろうかしら。あの人、もったいないくらい頭良いし」
「そうなの?」
「あの人、T大進学も夢じゃない人よ? けーがいうには、なんかちょっとした事件のせいで大学にはいけなかったらしいけれど」
「ええ、もったいな~」
何かしらアクシデントがあった、というのはけーから聞きはしたが、けーはそれに触れたがらないから、深くは理奈も尋ねなかった。よっぽどの事があったのだろうと結論つけて、理奈は夏樹の過去について考える事を止めた。
それは、夏樹に確実に傷を残した事件で、わざわざ傷口を触るのは無粋だろう。
「あ、ちょっと二人とも良い?」
櫻子が二人にスマートフォンを向けながら言う。
「彼女がさ、二人を見てみたい、っていうから、写真とって送って良い?」
「良いわよ」
「あたしとお姉ぇちゃんの熱いパトスを受け取れっ!!」
華波が理奈に抱き付き、理奈が頬笑みながらピースをする。かしゃっとシャッター音がすると、華波が離れる。と思いきや、理奈の膝の上に横になった。膝枕だ。
「こら、はしたない」
理奈が華波を引き起こす。華波は笑って頭をかく。
「お姉ぇちゃんのフトモモが柔らかそ~だったからさ~」
華波が名残惜しそうに理奈の太ももに触る。理奈はその手を払う。
「セクハラよ、華波」
「ぶ~」
不貞腐れた華波がコーラを一気に飲み干す。飲み干すとケロリとした顔を櫻子に向ける。
「彼女ちゃんとのデート写真はないの?」
「あるよ。見る?」
「見たいわね」
二人が身を乗り出すと、櫻子がスマートフォンの画面を向ける。そこに映っていたのは、肩丸出しでベッドに入る二人。顔が赤らんでいたもう一人の少女の顔から、櫻子が何をしたのかを察する。
「こら」
理奈が顔を真っ赤にして櫻子を叱る。櫻子は悪戯が成功した子供のような顔をしている。
「処女だったよ?」
「聞いてないわ」
「美味しかった?」
「美味しかった」
「こらっ」
理奈の語気が強まるのを感じて櫻子が笑う。
「アハハ、ごめんごめん。これが普通の写真よ」
プリクラにも関わらず、行儀よく両手を前で合わせている。育ちの良さが伺える写真だった。二つ結びがよく似合っていた。
「……可愛らしい子ね。大事にしなさいよ?」
「してるしてる。もうめっちゃくちゃ大事にしてる。……食べちゃったけど」
理奈の白い視線を受けて、櫻子はもうこのネタを引き摺るのは止めようと決めた。すると、華波が理奈の事をつつく。
「お姉ぇちゃん、お姉ぇちゃん」
「何かしら?」
「あたしたちもしよっか?」
「……」
華波の馬鹿な発言に、理奈がけーもビックリのガンをつける。睨みに怯んだ華波が下がって両手を振る。
「いや、違くて! お泊り、お泊り!」
「この間したじゃない」
「この間って、三か月前、お姉ぇちゃん家でだよね!?」
「したじゃない」
「この間って言わないし! 後、外! どっかに泊りにいこーよ! けーみたいに!」
「本音は?」
「……それだけだよ?」
「不純ね」
華波の本音を見抜き理奈が切り捨てる。櫻子に影響されたか、ネタを続ける気だろう。
「えー、良いんじゃない? お姉ぇちゃん、別にエッチな事するのが不純って訳でもないんじゃない? そしたら、世の中の夫婦は皆不純よ?」
「学生の身でする事が不純なのよ」
「けど」
「はい! この話はお仕舞い! いい加減にしなさい、昼間から、往来で」
頬を朱色に染めながら理奈が手を叩く。
「そうだ、私豆が買いたいのよ。このショッピングモールに入っているから後で付き合ってくれないかしら?」
このお店の豆が美味しいのよ。理奈はホームページを見せながら嬉々として話す。二人は興味津々だ。
そうやって三人は日が暮れるまで喋り尽くしその日を終える。主な会話の内容は櫻子のノロケ。華波が少し羨ましそうに櫻子の話を聞き入っているように、理奈には見えた。




