休み時間ー遊園地とけーと
けーは四人と離れたところで四人を眺める。平和だなーと、思わず漏らす。抗争の絶えないH市に身を置いているためか、行き交う全員が楽し気に笑っている様をみるのは少しもの珍しさを感じてしまう。
中心部では警官が巡回している為にそこまで治安も悪くはないが、それも表通りくらいなもので、裏通りやゲームセンターなんかは、大体緊張の糸を感じられる。今でこそ、けーが不良達のトップとして君臨しているが、そのけーも今でも狙われる。手早くトップに立つためには、トップを潰せばいい。そう考える連中から、常に敵意の目で見られているからだ。
その為か、観察眼は鋭くなっていった。不審者を見つけるのが、得意になりつつあった。だから、か。
ふと、いくつかいるナンパグループに、不審感を抱く。
「……」
ただ女に声をかけているだけとは違う、妙な緊迫感。けーはスマホで理奈達に、少し離れる事を告げて、そんな怪し気な一団を監視する。
一見、喫煙所でタバコを吸っている風にしか見えない。ナンパグループは、女性の2人組にしつこく声をかけているように見える。少し、言ってやるか、とけーは親切心、おせっかいを焼こうと声をかけに彼らに近づく。
「おう、ナンパヤロー共? コイツ等嫌がってんだろーが?」
「あぁ? 誰だよ、テメー」
茶髪のナンパ男が、面倒くさそうにけーの方をみて舌打ちする。舌打ちがけーの堪に触る。
「あ? 何よ、テメェ? 舌打ちってよォ? 上等かよ、オイ?」
「上等って、いつのセンスしてんだよ。邪魔だからあっちいけよ」
「テメェ等が、そこのエモノから手ェ引くならな?」
左手をポケットに突っ込み、右拳を強く握り込んで、睨む。水を差されたナンパ男は、忌々しそうにけーを睨むが、他のメンバーが、茶髪男の肩に手を置く。
「おい、不味いって、タカシ」
「んだよ、お前までビビってんのか? 女一人に」
「そーじゃねーけど、騒ぎになんのは不味いだろ?」
「……チッ、今日のとこは見逃してやる」
「あー? いつでもかかって来いよ、タァコッ」
ビッと中指を立てて、けーが睨む。けーは彼らが立ち去ったのを見ると、女性グループに目を向ける。
「大丈夫かよ?」
「あ、ありがとうございます。しつこくて、困ってたんです」
「ならデケ―声出せよ? 警備員がすっ飛んで来んぜ、ここァよォ?」
先刻華波に手刀を入れたときの事を思い出す。本当に、素早い行動力だった。あの素早さには、さすがのけーも脱帽だった。
「荷物ァ、平気かよ?」
「荷物?」
「何か、取られたりしてねェか?」
「え」
そこで女性二人はバッとカバンの中を確認する。すると、一人が息を飲む。
「……お財布が、ない?」
カバンの中を慌てた様子であさるが、いっこうに彼女の財布は見つからなかった。けーはやっぱりか、と男達が消えていった方を見る。
「おい、財布のねェオマエ、ついさっきまでは財布はあったのかよ?」
「さっき、お昼食べた時にはあったんですけど……」
「ついてこい!」
けーは彼女の手を掴んで、歩を進める。男達をキョロキョロと捜すが、人波が激しくて、中々見つからない。
「チィッ!」
突っ立っていた警備員を見つけると、一目散に駆け寄る。
「なァ、そこのアンタ! オメェだ、オメェ、警備員! 今日財布がなくなったって奴ァいたかよ!?」
「ああ、二、三人いたかな? 遊園地に来ると、気が緩んで皆」
「茶髪のナンパ男見なかったか!? 背ァこんくれェで」
けーは特徴を伝えるが、警備員はパッとしない様子だ。今日はチームメンバーは誰一人いないし、今から招集をかけた所で間に合いはしないだろう。
「茶髪の、女に声書けてる3人組が居たら、職質しとけ! 他ん奴等にも伝えとけよ!」
けーは駆け足でその場を後にする。手を引かれてる女性は、少し困惑した顔をしている。けーは事情を説明しないとな、と思い、足を止めずに説明する。
「オメェはスリにあったんだよ。茶髪男のグループにな。アイツが声かけて、オメェ等の背後から仲間近寄って声かけずに財布だけ抜いたんだよ。俺ァ見てねェけど、間違いねェ」
彼らの雰囲気は、この遊園地という空間では少し浮いていた。けーは忌々しそうに舌打ちをする。せめて、現行犯で押さえられれば、と無力を噛み締める。
「あの、どうしてそこまで?」
「ああん? そーいうの見慣れてんだよ」
「いえ、どうしてここまでしてくれるのかと」
だって、他人ですよ? と女は言いた気だ。けーはハン、と鼻で笑う。
「オメェが困ってるからだ。そして、アイツ等がスッたからだ。俺は、それが気にいらねェ」
他人を食い物にして、生きている連中には反吐が出る。けーは人から見れば充分に不良だ。だが、誰かを貶めるような事は絶対にしない。万引きも、カツアゲもスリも。
「……ゆいって言います」
「あん?」
「私の、名前です」
「ゆいな。覚えたぜ」
けーはニカッと笑ってみせる。それで、少しでも彼女の不安が取り除ければと思う。
「オメェァ、俺ん友達だ。後で話そうぜ。俺ァ、けーって言うからよ」
笑いながらけーは言うが、その目は忙しなく辺りを、特に物陰を見渡す。おそらく、物陰、あるいはトイレで戦利品を見ているだろう。物陰ならば良いが、トイレだと手の出しようがない。覗く度胸は、さすがのけーもない。
だが、運はけーに味方したと言えるだろう。
先程の茶髪男が、数人の男とトイレに入ろうとしているのを、目撃する。
「オラァッ、テメェ等ァッ! そこのスリ野郎!!」
大声でけーが怒鳴ると、ギョッと彼らが振り返る。けーはゆいの手を放すと、走り、トイレと男達の間に割って入る。
「よォ、コイツの財布、取り返しに来たぜ?」
「何言ってんだよ、何を証拠に」
「俺の勘だよ、勘」
「言いがかりもいい加減にしろよ!?」
「ならテメェ等、所持品見せてみろよ? ……まぁ、俺にじゃ、ねェけどな?」
すでに先程の怒号で警備員達が駆け寄って来ている。男達の顔が、青ざめる。
「ホォラ、やっぱりなァ?」
けーが得意げに笑う。そして、駆け寄った警備員達が、けーの両脇を押さえる。
「ん?」
「また貴様かァッ!」
「何度も世話かけさせんなよ!?」
「ああ!? 待てよ!? 俺じゃねェっつーの!? おう、コラァッ、テメェ等! 逃げようとしてんじゃねェよ!?」
先程、華波に手刀を入れたときの警備員に押さえつけられたけーが誤解を特には、いささか時間を必要とした。
結果的に彼らは財布を盗んでいて、ゆいは無事財布を取り戻した。その他にも二つ、財布が見つかったりと、余罪はありそうだ。
「……チクショウ、なんで俺が……」
こっぴどく説教を食らったけーは、小さくなっていじける。遊園地での怒号、冤罪の可能性を疑わなかったのかと、耳にタコができる思いだった。
けーはゆいを友達の所にまで連れて行くと、気をつけろよ、と言い残して理奈達を捜しに戻る。
遊園地はやはり平和で、スリも撲滅して、けーはなんだかんだ言って良い気分で理奈達と合流した。
「なにしてたのかしら、けー?」
「ああ、ちょっと腹痛くなってよ?」
「ふぅん」
理奈が白々しい視線を向ける。
「さっきの『そこのスリ野郎!』っていうのは、けーじゃなかったんだ?」
「……し、知らねェな?」
「まさか、喧嘩してないわよね?」
「してねェよ?」
説教第二ラウンドが今まさに始まるのかと思うと、辟易する。ややぐったりするけーを見て、理奈はふふ、と可笑しそうに笑う。そして、けーの腕に抱きつくように腕を回す。
「見直しちゃったわよ。なんでも暴力で解決すると思ってたから……。成長したわね、けー」
「お、おう」
理奈に抱きつかれてけーはしどろもどろになりながらも、素っ気なくそう返答する。不意に、夏樹に言われた事が、脳裏をよぎる。
素直になれって、言われたっけなァ……。
「理奈、だったら頑張った俺に何かご褒美でもくれよ? 良いだろ、そんくれェよォ?」
「ご褒美? ……うーん、何が欲しいのかしら?」
「そォーだなァ……、オマエが欲しい」
「馬鹿言わないの」
やれやれ、と理奈が肩をすくめる。流されてどこかホッとしたけーは、今度は自ら理奈に抱きつく。理奈もやっていた。決して不審ではないはずだ。ちょっとした、スキンシップ。自らを正当化しつつ、そっと理奈の顔色を伺う。
理奈は少し驚いた様な、照れた顔をしていた。
「びっくりした、まさか、けーが抱きついて来るなんて」
「そのまま絞め技でもかけられるんじゃないかってか?」
「まさか。絞め技なんてかけようものなら、十倍返しだわ」
柔道有段者である理奈が言うと、ゾッとする。けーももみ合いのような状態に陥った事はあまりない。対処法を知らない。
「今度、柔道でも教えてくれよ、護身用によ?」
「必要あるの?」
理奈が拳を握ってみせる。その握り方を見て、けーはおかしくなる。
「ばっか、んな握り方じゃダメだ。小指から、ギュッと握ンだよ。親指を畳んでな」
手をとって拳の握り方を教えてやる。使う事はないと思うけれど、とクスクスと理奈が笑う。確かに、理奈が叩く時は平手だけだったな、とけーは頷く。
「お姉ぇちゃーん! けー! あれ乗ろーよー!」
華波がジェットコースターを指差して、大声で飛び跳ねながら叫ぶ。
「良いわね、楽しそう」
「あーゆーの、苦手じゃなかったか?」
「皆が楽しいなら、私も楽しいわよ」
理奈の物言いに、けーは成る程と頷く。確かに、あれだけ楽しそうに跳ねてる華波を見たら、嫌だとは言えない。
「おーう! 華波ィ、テメェ、直前でビビって乗らねェとか言い出すんじゃねェぞ?」
「言わないよー! けーだってバイクと違うーって言って逃げるんじゃないのー?」
「ああっ!? ジェットコースター上等よ! いくらでもかかって来いやァ!」
腕をパンッ、と叩きながら笑う。その様を見て櫻子と和乃が笑う。
「はいはい、行きましょう。だからそんなに大きな声ださないの」
理奈が、呆れたように笑って、五人はジェットコースターの列へと並んだ。




