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第三十九限ーけーと悩み事

 けーは喫茶店で呆けながらタバコを吸っていた。すでに灰皿には山の様な吸い殻。

「……おい、どーしたんだよ、けーさんよ?」

「……さぁ? 最近ずっとあんなだよな」

 近くの席に座っているメンバー達の言葉も、さして耳に入って来ない。ただただ、呆けている。何十本目かのタバコに火をつけようと、手を伸ばすと、タバコの箱がスッと遠のく。独りでに箱が遠のく訳がない。誰かがけーとは反対側に遠ざけたのだ。舐めた真似すんじゃねェかよ? 苛立ち顔を上げて睨む。

「……あ?」

 けーが睨むと、そこには長身の優男。少し困ったような笑顔を浮かべている。隣にはスポーティーな印象の、けーと同い年の少女。頬を乾いた笑いを浮かべながら掻いている。

「吸い過ぎですよ、けーさん」

「けー、この量は……」

 夏樹と、和乃だ。けーは睨んだ目をそのまま灰皿に向けて、目を丸くする。自分の吸った煙草の量に、今気付いたようだ。

「うげっ!? マスター、ちゃんと代えたのかよ、この灰皿?」

「お前がバカスカ吸うからだろ、けー。お前、手元見てみろ。空箱何個あるんだよ」

「二箱」

「サラッと答えんな。四人分くらい吸ってるぞ、お前」

 うげーと顔をしかめながら、けーはライターをポケットにしまう。そのまま夏樹達に席を勧める。

「座れよ? 他ん席行くか?」

「いつもなら他の席にでもいくんですがね」

「今日はけーが心配だねー」

「心配ぃー?」

 けーが両手をヒラヒラさせてみる。馬鹿な事言ってんじゃねェよ、といわんばかりだ。

「オメー等に心配される程ヤワじゃねェよ?」

「そうやって強がってばっかりいるから、こうやってボサッとしてタバコをやけに吸ってしまうんじゃないですか?」

「……」

「けー、友達の心配するのって、ダメ?」

「はいはい、今の俺ァ腑抜けですよ」

 けーが諦めたように言うと、二人は笑って座る。二人が座って、他愛のない会話が始まる。和乃の学校での生活だとか、二人の惚気なんかだ。

「……」

 けーが、再びタバコに火をつける。二人が座って間もなく、三本目だ。

「……けー?」

「……けーさん、本当に大丈夫ですか?」

「え?」

 言われて初めて自分がタバコに火をつけてる事に気付いたようで、慌ててけーは火を消す。

「いや、いや! 何でもねェし! 別に普通フツー! こんくれェさァ! んで? それでどーしたって?」

「これは、わたしたちが話すよりも」

「けーさんが何を思ってるかを聞くべきですかねー」

「……え、今日の俺って、そんなに変かよ?」

「変っていうか……」

「落ち着きが無いっていうか」

「上の空っつーか」

「なんか悩んでるっていうかよー」

「……テメェ等?」

 それまで黙ってたメンバー達も、群がってきた。けーはそれほどまでに自分は呆けているのかと、ワナワナと手を振るわす。

「夏樹ィ! タイマンだ! 少し喧嘩しよーぜ!?」

「呆けてる理由が平和ボケなんて事はないでしょう。聞きましたよ。一昨日だって、初めてここに来た三人組しばいたって」

 どうだっけ? とけーが首を傾げると、夏樹も周りもさらに呆れ顔だ。喧嘩が日常茶飯事すぎて、いつ誰となんて覚えていない。呼吸をするように喧嘩をするのがけーの今のスタイル、もはや生活の一環だ。思い当たる節がないけーは、周りの反応に少し冷めたものを感じて慌てて弁解しようとする。

「いやいや、別に呆けてる理由に心辺りなんかねーもんよ!? 最近理奈と会ってねェなーと別に」

「「「乙女かっ!!」」」

「……へ?」

「けーさん、寂しいから呆けてたんですか!?」

「俺らがいるじゃないですかぁ!」

「いや、きっと俺らじゃダメなんだ」

「姉御じゃねぇと……」

「え、姉御とけーさんって、特別な仲なの?」

「……秘密の花園?」

「ダァァァァアァァアァアァァッッ!! ウルッセェェエェェッッ!!」

 けーは顔を真っ赤にして怒鳴る。真っ先に否定したそこに食いつかれるとは思いもしなかった。だが、果たしてそれが本当に理由でないのかと言われると、少し怪しいところがある。たしかにもう半月くらいは会っていない。いや、僅か半月しか会っていない。

「違ェよッ!? んな理由じゃ!」

「まっさきに出てきた理由って事は、相当悩んでたんじゃないの、けー?」

 和乃がアイスウィンナーを飲みながら言う。生クリームが乗ったコーヒーを美味しそうに飲む。だが、理奈の近況を思い出してそれはすぐに苦い笑顔に変わる。

「けど、今理奈、以前よりも華波に構ってるよ?」

「だから!」

「付き合ってるんじゃないかってくらい」

「え、そうなのか?」

「やっぱ寂しいんじゃない。理奈が華波にばっかり構ってるから」

「ち、違ェっつってんだろーが!?」

「じゃぁ、なんでそんなに悩んでるのよ」

 和乃が往生際の悪い犯人を見るような目でけーを見る。

「だから、俺は」

 諦めきれていない。そんな事十二分に承知している。だが、それで、会えないから寂しいなんて思ってないし、この先どうこうなろうなんて思っていない。自分が考えていることが解らなくなってきて、けーは黙り込む。

「……」

 まとまらない考えを胸に、けーは席を立つと伝票を掴む。

「マスター、会計だ」

「けー?」

 和乃の呼びかけに、けーは何も返さないで、早々に出口に向かう。

「別に、女の子同士でも私は良いと思うよ。あの二人もそんな感じだし、櫻子だって、女の子と今付き合ってるし。けど、友達として言わせてもらえば、理奈はそんなんでひく様な子じゃないし、会いたいなら会いたいって言ったら?」

「だから、違ェっつってんだろーが?」

 ドアを乱暴に閉めて、けーは店を出る。バイクにまたがると、そのまま急発進していく。

「……素直じゃないなー、けー」

「けーさんはずっと強くあろうとしてましたからね。自分の信じる正しさの為に。その強くあろうという気持ちが、素直になる事を妨げているんじゃないですかね」

「ふーん」

 喫茶店の中には、なんとも言えない空気だけが流れていた。


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