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第三十七限ー華波の不可解な話

 理奈は華波の言葉の意味をしばらく黙って考えた。死人が甦る。その言葉の意味をようやく理解してから、首を傾げて、次にその心意を探ろうと考える。すると、先程華波が、死人にでもあったような顔をしたのを思い出した。

「……えっと、なに? 華波は、さっき死人にでも会ったっていうの?」

「……」

 さすがにいつものボケではすまされない。元々おかしな子ではあったが、本気で華波がおかしくなったのではないかと不安に思う。華波は華波で、視線を逸らしたままうーん、と唸る。

「死人に会ったっていうかー……、うん、死んだはずの人に会ったっていうかー……」

「同じ事でしょ。大丈夫? 頭打った?」

「酷い言われよう!? 正気だよ!?」

「疑うに決まってるでしょ。いきなり死人に会っただなんて」

「本当なんだよぅ! 中学校の頃の櫻子の彼氏だった服部クン! 事故で死んじゃったはずなのに、彼と会ったの!」

 服部くん。理奈もその名前に覚えはあった。華波の言う通り、中学時代の櫻子の彼氏の一人だが、櫻子の友達である華波や理奈も含めて遊んだりもした覚えがある。それ以外の櫻子の彼氏とは、そういう一緒に出かける事はなかった。

 気さくで、誰にでも好かれる好青年であった。そんな彼は、事故で亡くなった。事故というよりも、車に轢かれそうになった子供を助けて死んでしまったのだ。華波や理奈も、葬式に参加した。

「お姉ぇちゃんだって、解るでしょ!? あたしが人の顔、忘れない事!」

 華波の記憶力は郡を抜いている。特に対人関係においてそれは異常なまでの性能を発揮する。忘れないというよりも、完璧に記憶するのだ。小学校卒業以来あっておらず、別人のようなイメチェンを遂げた人物であっても、整形でもしていない限り、顔のパーツから完璧に識別出来る程だ。むしろ、その整形にすらも気付く事もある。

「あれ、間違いなく服部クンだよ」

「じゃぁ、なんで逃げたのよ」

「……お姉ぇちゃん、死人に会っても逃げないの?」

「むしろ、別人であるという事を立証したくなるわね」

 世界には同じ顔をした人が三人いるというくらいだ。町中で、瓜二つの人と会ったってなんら不思議な事ではない。だから、死人と会ったという方が荒唐無稽だと、理奈は考える。ただし、今回は少しケースが異なる。

「お姉ぇちゃん、あたしの記憶力、疑ってる?」

「疑ってないわ」

 そう、華波の記憶力だ。華波の記憶力の恐ろしさはよく知っている。理奈と同じ高校に入れたのも、直前一ヶ月で教科書や過去問の数々を全て暗記したからこそなのだ。その華波が一番得意とする対人記憶が、唯一不可解だ。それさえなければ、ただの見間違い、他人の空似と一笑出来るのだが……。

「元々細かったけど、なんか、もっと病的だった。筋肉が衰えた感じ。肌も白かったし。なんていうの? 死んだ人が生き返ったら、本当あんなイメージ」

「……」

「間違いないよ。あれ、服部くんだよ」

 理奈は、服部の事を思い返す。気さくで、優しい、正義感に溢れた好青年といったイメージ。困っている人がいたら、自分の事も省みずに誰かの手助けをしていて、体育祭等の行事は率先してサポートに回り、いつもカメラで写真を撮っていた。そして、毎週土曜はボランティアに行っていると言っていた。

「……カメラは?」

「え?」

「服部くんなら、カメラ持ってたんじゃない? 彼、いつも写真撮ってたでしょ?」

「お姉ぇちゃん、今のデジカメって、すっごく小さいんだよ? それに、スマホでも綺麗に撮れるし」

 写真部に入っていたわけでもないのに、いつも服部は写真を撮っていた。ほんの些細な日常風景から何まで。何かのコンテストに応募していた訳でもなかった。だからこそ、趣味だったのだろう。趣味が変わるなんて事は、よくある事だ。華波はそう思っていた。

「けど、私は服部くんの写真を撮るという行為が、とてもではないけど、趣味だとは思えないわ。だって、だったらあんなにいつもカメラを持ち歩いて、写真を撮るかしら? なにか、使命っていったら大袈裟だけど、それに近いものがあったんじゃない?」

「その使命がなくなったんじゃない?」

「どうして?」

「……必要が、なくなった、とか?」

「もしそうなら、その必要性を考えないと。全ては可能性の話でしかないけれど、服部くんだと言うなら、そこを解決しないといけないわ」

「あたしわかんなーいー」

 華波が頭を抱える。確かに、華波は考える事が好きではない。だが、どうしても理奈は別人だと思えた。何故なら、理奈は見ていたからだ。服部が子供を助けて車に轢かれる瞬間を。ボールのように、投げ捨てられた人形のように跳ねる様を。

 だが、結局は堂々巡りだ。答えなど知る由もない。華波が見たその服部が本物かどうか、死人が生き返ったかどうかなんて、確認出来るのは、もう一度、その服部と会うしか方法はないのだ。

 理奈と華波は、もやもやと、晴れない気持ちのままにファーストフード店を後にする。謎は謎のまま、霧の向こう側であった。

「すみません」

 ファーストフード店を出てすぐに、背後から声をかけられた。華波の顔が再び青ざめる。理奈は華波の手を掴んで逃げないようにホールドしてから振り返る。

 そこには、死んだはずの服部が確かにいた。中学生の頃よりも、背が少し高くなっているが、顔立ちも声も、確かに服部のそれであった。


謎かけ編です

今回はばっちり考える要点がここに収束していますので、解きやすいかもしれません

次の謎解き編も、鋭意執筆中です

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