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第三十六限ー華波とデート

華波は朝、かなり早くには目が覚めていた。お昼前に駅前のカフェという約束だったが、華波は10時になる前からそこに居た。

しっかりと着飾って、髪も少しだけ、毛先の方にウェーブをかけてみた。それにメイクもバッチリだ。この時期にはまだ早めだと思いながらも、いつものピンクとは違う、サクラ色のリップにしてみた。いつもは春になってからするリップなのだが、今回は一足先に春先取りだ。

アイスのハニーカフェラテを飲むと、甘さが口の中に広がる。フワッとした甘さが、心を更に浮かせる。

店の入り口が見える席で、華波はまだかまだか、と理奈が来るのを心待ちにする。といっても、理奈が来るまでに、後二時間もあるのだが。

「二時間かー……」

華波がぼやくと、店のドアが開く。華波が来てから三人目だ。華波は見向きもしないでスマートフォンを操作する。

「あれ、華波?」

「ほえ?」

間抜けな声を出すと、そこには理奈がいた。しばらく瞬きしてから我に返ったようで、華波のいるテーブルに着く。

少しまだ驚きから立ち直れないのか、理奈は咳払いを一つする。

「華波、早いのね」

「お姉ぇちゃんこそ」

華波は華波で、目をパチパチさせたままだ。

「どうして、こんなに早いのかしら。まだ大分時間あるのだけれど」

「待ち遠しくて、つい」

華波はテヘヘ、と頭をかく。その言葉に、理奈は顔を少し赤くする。

「お姉ぇちゃんは、どーして?」

「……」

理奈は少し視線を反らす。そのまま黙り込んでしまう。

「……お姉ぇちゃん?」

どーしたんだろ?華波が首を傾げる。変な事は言ってないハズなんたけど。

「……じ」

「え?何?」

「……同じ、って……言ったの」

「同じ?」

華波は首を傾げて考える。だが、普通に考えると、理奈が早く来たのは自分と同じ理由、早く来たのは、待ち遠しかったから、となる。

そんな訳ないな、と華波は判断すると、再び尋ねた。

「何が同じなの?」

「……」

ジロッ、と凄い目で睨まれた。再び失言だったか、と考えるが、何もおかしくない。

「……華波と、同じ理由で早く来たって言ったの」

「ほえ?……どゆ事?」

「……待てなかったの!お昼まで!」

乱暴に言うと、理奈は来たコーヒーに砂糖を入れ始める。いつもより多い。それをグイッとヤケ酒のように、一口で飲みきってしまう。

「一緒に出掛けるの、久々だったから、落ち着かなくて……」

ゴニョゴニョ、とうって変わって小さな声。チラッと理奈が華波を見ると、少し面食らった顔だ。

そのまま、しばらくすると、ニヘラー、と蕩けた笑顔。もはやだらしない表情だ。

「華波、顔がだらしない」

とりあえず攻勢に出るものの、華波の今の防御力は鉄壁のようだった。顔色一つ変えずにいる。

「エヘヘ、エヘヘヘー」

「変態みたいよ、華波」

「エヘ、エヘヘ」

まるで聞いてない。理奈は自分の劣勢を感じる。こうなったらもう言う事なんて、何も耳に入って来ないのだから。

「お姉ぇちゃん~」

華波がニヤニヤしながら、理奈の隣に移動すると、ベタベタとくっつはじめる。理奈はそれを引き剥がそうとするが、どこかいつもの必死感がない。

「グヘヘ、お姉ぇちゃんも、骨抜きですなー」

「うるさい。……華波、なんか、今日いつもと違うわね」

理奈が話題を変更して脱出を試みる。華波はさらに顔を輝かせる。

「気付いた!?気付いたの!?さー、言って!あたしのどこが普段と違うのかを!」

これ見よがしに、髪をパッと一度広げる。

「……髪切った?」

「切ってないよ!?一体昨日の今日でいつ切るタイミングがあったの!?」

「それもそうね。あ、解った」

「どんと来い、正解!」

「背が伸びたのね」

「ミリ単位なんてあたしすら把握出来ないよ!?残念、外れ!」

「なら解らないわ」

「結構露骨にやったのに!お姉ぇちゃんには解らなかったの~!?」

露骨を自分で認めて言うのか、と理奈は呆れる。だがそんなところがまた愛らしい。

頬を膨らませながらカフェラテを飲んでいる様が、また愛らしい。いじらしい。

理奈は手を伸ばして華波の頭を撫でてやる。頬を脹らませてはいるものの完全に機嫌は直ったようだ。

「華波、今日何したい?」

「お姉ぇちゃんとデート!」

即答であったが、それは理奈の求めている答えではない。理奈は苦笑してしまう。

「そういう意味でなくて、どこに行きたいのかなって」

「お姉ぇちゃんの行きたいとこがいい」

「良いの?」

理奈は確認するように尋ねる。華波はうんと頷く。

華波にとって、理奈と居られる事が幸せなのであり、場所なんてものには、大した興味がない。それこそ、今日一日このカフェにいるのだって苦ではない。

華波はニコニコと笑っている。理奈はうーん、と唸る。そして、華波の様子を伺うように、尋ねる。

「書店でも、良い?」

「良いよー、あたし本読んでるお姉ぇちゃん見るの好きだよー」

唇に、指持ってくクセがセクシィだよねー、と華波が笑う。

「……何言ってるのよ」

呆れたように言う理奈たか、まんざらでもないようだ。少し歯切れが悪く、顔も照れたように赤い。

サラッと理奈がお会計を済ませて、二人は喫茶店を後にする。そのまま、いくつかの書店に足を運ぶ。理奈は百貨店の地下にある書店で、ハードカバーの到底高校生が読むようなものてまはない本から文庫本といったコーナーを次々に見て回る。

「華波、これ、面白いのよ?」

「そーなの?なんだか難しそうだね」

理奈の示したハードカバーの本を華波は難しそうな顔をして言う。理奈は内容はそんなに難しくないよ、と言って本を手渡す。

華波は、それを少し眺めて、少しだけ速読すると、本棚に戻す。

「お姉ぇちゃん、あたしにはやっぱり難しいと思う」

「そうかしら」

「普通に読んだら一ページいく前に多分寝ちゃう」

「難しいって、そっちなの!?」

話の論点がズレていた気がする。なら、と理奈はソフトカバーの、いわゆるライトノベルをさす。

「こっちは?話のテンポも良いし、挿し絵付きで読みやすいんじゃないかしら?」

パラパラと捲る。擬音語や擬態語が目につき、会話文も大分。確かに、小難しいものより読みやすそうだ。

「むー、これくらいなら……。お姉ぇちゃんもこーゆーの読むんだねー」

「タイトルとか、レビューとか見るけどね。本に、貴賤はないわ」

「なら、こーゆーので女の子同士でチュッチュッする本ある?」

「チュッチュッ?」

「えっと~、イチャイチャしてるの」

少し通じにくかったみたいだ。華波のリクエストに理奈はうーん、と唸る。

「なんてタイトルだったかな……。あ、確かこの、ストロベリー・パラダイスっていうのがそうだった気がするわ」

理奈が再び本を手渡す。制服をきた可愛らしい女の子が、同じ制服をきた綺麗な女性に後ろから抱き締められたイラストが、淡いタッチで描かれている。

「うわっ、セリフ以外もセリフみたい」

「一人称小説ね。……どう?」

「これなら読めそう。お姉ぇちゃん的には面白かった?」

「凄く少女漫画。フワフワしてるのが楽しめる人なら楽しめるわ」

「ふーん、あたしマンガも読まないからよくわかんないや。けど!せっかくだから読んでみる」

華波は本を持ってレジに向かうと、早々に会計を済ませてしまう。少し興味を持ってくれたようで何よりだ。

「あ、お姉ぇちゃん、上の階見てってもいい?」

理奈が会計をしていると、華波がそう尋ねて来た。何か、興味をひくものがあったのだろうか。理奈はフロアマップを見る。

婦人服や紳士服、雑貨、家具等のフロアがある。華波はそのうちの、家具のフロアに行く。

「これこれ~!これが壊れちゃってさ~!」

言って華波が手にしたのはナイトキャップ。それをかぶって見せる。

「どう?どう?」

「少し遅いクリスマス」

「ぶ~」

気に入らない感想だったのか、華波が不貞腐れる。近くにあったぬいぐるみを抱きしめて、ブツブツと言っている。

「可愛いわよ。華波らしいっていうのかしら。ナイトギャップというのがまた、ね?」

「それ誉めてなーい!?」

「最初に誉めたじょない。可愛いって」

「うぐぐ、なんか釈然としないー」

華波が悔しそうにぬいぐるみを抱き締める。あまりにも抱き締めるものだから、ぬいぐるみが歪んで苦しそうだ。

「はいはい、すねないの」

理奈が頭を撫でると、華波の機嫌は少し回復したようだ。ぬいぐるみをいくつか見比べ始める。抱き心地が重要なようで、いくつものぬいぐるみを抱き締める。

「これにしよー!」

大きなライオンのぬいぐるみだ。うん、ネコらしい華波にはピッタリなのではないだろうか。寝てばっかりなところとか、肉食動物的な襲撃とか、ライオンにはそっくりだ、と理奈は頷く。

華波はぬいぐるみ、ナイトキャップを購入して、大分上機嫌なようだ。そのまま百貨店を後にすると、楽しげに歩く。土曜の繁華街で、それこそ踊るように歩いているのだから、危なっかしいことこの上ない。

そして、理奈が注意しようと思った矢先、華波は通行人とぶつかる。

「あ、ごめんなさ……」

そこまで言って、華波の形相が変わる。楽しげな、花のような笑顔が凍てつき、無表情へと変わる。そして、サーッ、と死人にでも遭ったような顔になる。

そのまま振り返って理奈の手を掴む。

「あ」

相手がそう声を発した時には、華波は理奈を引き摺るような形で全力疾走していた。死に物狂いとは、まさにこういう事をさすのだろう、と理奈は注意する事すらも忘れながら思った。

どれくらい、走っただろうか。

まさに猪突猛進。真っ直ぐ走り続けてもはや繁華街から住宅街に入っていた。

「か、華波……す、ストップ、止まって」

理奈が息も絶え絶えになりながら制止をかけて、ようやく華波は止まった。

「ご、ごめんね、お姉ぇちゃん、急に、走り、たく、なって」

華波の息も絶え絶えだ。そして、あまりにも白々しい嘘をつく。理奈はもう、と少しだけ睨む。

「何よ、その理由。嘘にも程があるでしょ」

嘘と決めつけられた。嘘なのは確かなのだが、少しくらい騙されてくれても良いんじゃないか、と華波は息を整えながら思った。

「それで、なんで急に走ったのよ」

「……」

理奈の追及に、華波は目を反らす。反らして答えない。

「ね、お姉ぇちゃん。ご飯にしよ?少し遅いけどさ、お腹空いてない?お昼にしよ? 」

華波は答えないまま、話題を変更し、理奈の腕を引いて歩き出す。時刻はもう二時。確かに買い物で昼時を完全に逃してしまっているのに加えて、答えたくないなら別に良いか、と理奈は華波の要望に従う事にする。

大手チェーンのハンバーガーショップに入る。ハンバーガーとポテト、ドリンクでコーヒーを頼む。華波はハンバーガーを二つ食べるようで、3つのハンバーガーが並んでいる。

「どうしてそんな油分の凄いものを二つも食べても肌がそんなに綺麗なのか、太らないのかが凄く不可解だわ。不思議で仕方ないわ」

「恋で女の子はいくらでもキレイになるのだー」

グッと親指を立てながら満面の笑顔で華波が言う。もうかぶりついてる様なんか隣の席に座っている小さな、幼稚園児くらいの女の子とそう変わらない絵面になる。

「あー、もう。口にそんなにケチャップつけて。バカな事言ってないでもう少しくらい落ち着いて食べなさい」

華波の口元を紙ナプキンで拭ってやる。華波にしては少食だな、と思いながらハンバーガーを口にする。

「お待たせしましたー。照り焼きバーガーとチーズバーガーでーす」

ドンッ、と華波の前にさらに二つのハンバーガーが追加される。

「……」

明らかに食べ過ぎである。だが、理奈は突っ込むまいとグッと堪える。

「追加のナゲット二つでーす」

「どれだけ食べるのよ!?」

「ファーストフードって、妙な美味しさあるよねー」

言いながら、二つ目のハンバーガーもすでに半分食べている。ナゲットを理奈にもすすめながら、華波はハンバーガー計4つを食べきってしまう。

「んふふー」

満腹になった華波は大分ご満悦なようで、口元についたケチャップを舌で舐め、指についた塩を舐める始末。理奈は呆れながらコーヒーを飲む。

「ところで、さ」

華波が少し視線を反らし、頬をかきながら口を開く。いつも何気なくなんでも話す華波が、珍しくバツが悪そうだ。

「お姉ぇちゃんって、死んだ人が……生き返ると、思う?」

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