第三十三限ー理奈と華波の休日
のんびり。
ポカポカ。
ゴロゴロ。
「ん~あ~」
華波はベッドの上でゴロゴロしている。時々、今のように奇妙な声を発する。
「この、ポカポカの陽気を浴びながらゴロゴロするのが堪らないよ~。はふ~~」
と、華波は語る。日曜日の午後三時。とてもではないが、花の女子高生だとは思えない。もっと、ショッピングだとか、色々する事はある気はする。だが、華波はその類いを全て月一回で済ませて後はゴロゴロするという大雑把なやり方で済ませるのだ。
必要なものがあっても、急ぎでなければ耐える。それよりも、こうして部屋でゴロゴロしている方が好きなのだ。
「ん~~~あ~~~~」
「華波、うるさい」
ピシャリと理奈が言い放つ。
今、華波は理奈の部屋でゴロゴロしているのだ。いきなりパジャマの上にロングコートを着て来たかと思えば、お姉ぇちゃんのベッドでゴロゴロするーなどと言い出してそのままおよそ2時間ずっとベッドの上でゴロゴロしているのだ。理奈はといえばその間ずっと読書をしていた。こうやってうるさいと感じた時に、注意をするのみだ。
「お姉ぇちゃん、何読んでるのー?」
「これ」
難しそうな純文学の表紙を見せるとコーヒーを飲む。適度な苦味に、少し強めの酸味を堪能しようと思ったら、酸化が大分進行していた。強烈な酸味に顔をしかめる。華波は本の表紙を見て顔をしかめていた。
華波には難しいな、と思うと、理解は本にしおりを挟む。ブラックのまま飲んでいたコーヒーに、砂糖とミルクを大量にいれて味を誤魔化して飲みきる。
「お姉ぇ~ちゃ~ん~」
華波がジーッと理奈を見ながら呼ぶ。ハイハイ、と椅子から立ち上がる。
「何が欲しい、のッ!?」
尋ねる途中で強烈な巻き込み。腕をつかまれた理奈はそのまま華波に、ベッドに倒れる。
「うわー、お姉ぇちゃんあったか~い」
「んむっ!んぐっ!」
強烈なハグ。口を胸元に押し付けられて、理奈は呼吸が出来ないでいた。逃げ出そうとするものの、見事過ぎるホールド。
相変わらずのホールド力。 確実に腕を更に上げている。
「K1とか見て勉強したんだよー」
「ぷはっ!しなくて良いからッ!!」
理奈はなんとか逃れようと空いている手を動かすが、残りの手足をガッチリホールドされていて逃げ出す事が出来ない。
格闘し続けた理奈だが、今日は華波に軍配があがった。諦めて華波に抱き締められたまま一緒に横になる事にする。隙あらば逃げ出そうと、虎視眈々としているが。
「お姉ぇちゃんもさー、たまにはゆっくりしよーよ」
「ゆっくり読書してたのを邪魔しているのは誰かしら?」
「んふふー、あ、た、し♪」
「うわー、自覚あるんだ。自覚あるのに放してくれないんだ」
「いいじゃん、いいじゃん」
こうなったら飽きるまで聞かない。ぬくぬくとし続ける。
どれだけ時間がたっただろう。華波のホールドがおもむろに解ける。
「……?」
見れば、華波は幸せそうに、スヤスヤと寝ている。理奈はため息一つつくと、ベッドの上から抜け出して、そっと華波に掛け布団をかけてやる。
「まったく……」
理奈は静かに椅子に座って、大分傾いた日の光で本を読む。少し薄暗いが、読めない程ではない。
そして、完全に日が暮れた頃、理奈は部屋のオレンジライトをつける。優しい光が室内を照らす。
そのまま、少しした頃、
「んっ?」
「おはよう」
華波が目を覚ます。これで夜もぐっすり眠れるというのがすごい。華波がうーん、と伸びをするのを見ながら、理奈はベッドに腰かける。
「本当によく寝るわね」
「睡眠は最高だよー。大好きなお姉ぇちゃんと一緒なら、もう言う事なしだよっ!!」
満面の笑みを携え両の人差し指をつきだす。寝起きにも関わらずテンションが高い。
「そう」
理奈は適当な返事を返すと、背中の方、華波の腿の上に倒れる。
「んんんっ?」
普段見ない光景に、華波が困惑を示す。理奈はそのまま何もしないで、呆けている。
「……お、お姉ぇちゃんー?……どー……したのー?」
自分は、知らぬ間に理奈の逆鱗にでも触れてしまったのではないかと、不安になり、華波が恐る恐る小声で尋ねる。すると、理奈はそこでハッとした顔になる。
「そう。私、あなたのお姉ぇちゃんなのよね」「おおおお姉ぇちゃん!?大丈夫!?どこか具合でも悪いの!?」
「失礼な事言わないでよ。それとももう華波の世話しない方が良い?」
「それは嫌」
華波が断言する。理奈はいつものようにあきれた表情を浮かべる事もなく、身を起こしてそっと華波を抱き締める。華波はギョッとしたが、何もリアクションする事なく、なされるがままだった。
「姉妹なんだから、勝手にどっか行ったら許さないんだから」
「……うん」
華波も理奈の背に腕を回す。
言わなくてはいけないであろう事を、胸の中にしまったまま。
理奈が離れようとした後に、華波は一度ギュッと理奈を抱き締める。そのまま何事もなかったように身を離す。
「お姉ぇちゃん、今何時ー?」
ケロッと華波が尋ねる。理奈は華波の中を見透かすような視線を少し外して時計を確認する。
「六時だよ」
「ありがとう。ならパパの夕飯の支度してあげないと。気付いたらカップ麺食べてるんだよー」
ケラケラと笑いながら、華波はベッドから降りる。コートを羽織って、元気よく手をあげる。
「お姉ぇちゃん、また明日ねー!」
「ええ、また明日」
華波は元気よくステップを踏みながら帰宅していく。理奈はその後ろ姿を眺めながら、胸の中に未だ残った不安を圧し殺す。
「……私は、お姉ぇちゃんなんだから。支えてあげないと。信じてあげないと」
普段の華波なら、あんな一瞬だけ抱き締め返すなんてしないだろう。舞い上がって、こっちの背骨が折れるんじゃないかという勢いで抱き締める。そして、そのままクルクル回って、怒っても止めないだろう。お姉ぇちゃん、お姉ぇちゃんと大きな声で自分の事を呼びながら、喜びを表現するだろう。いそいそと帰ったり、しないだろう。
それらのいつもと違う華波の行動が、理奈の不安を助長させる。圧し殺しても、圧し殺しても、次から次へとやってくる。
あのステップも、ただの空元気。理奈には、華波が何かを言いたそうにしながらも、言えないままに、泣きながら帰っているようにしか、見えなかった。
見上げた月は、そんな理奈を嘲笑うかのように、綺麗に輝いていた。




