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第三十一限ー理奈と早川、ニ部

寝坊した。と言っても、時間としては充分ある。ただ、家庭科室でコーヒーを淹れるだけの時間がない、というだけだ。

理奈はケトルで高速でお湯を沸かし、電動ミルに豆を入れる。そして、準備をしている内にそれらはすでに出来上がっている。ケトルのお湯をコーヒー用の口の細いポットに入れ替え、火にかけてもう一度沸騰させる。ポットにいれかえて、温度が下がるからだ。コーヒーは高温で淹れた方が美味しい。理奈の信条の一つだ。

もう一つのコンロで牛乳を温めながら、コーヒーを抽出していく。コーヒーマシンは使わない。ミルを電動にして豆を挽くのは良い。だが、どうしてもコーヒーマシンは嫌なのだ。なんというか、手間隙惜しんでこそのコーヒーだと、理奈は信じている。

保温タンブラーにコーヒーとミルクを半々で注ぎ、砂糖を大さじ二杯、山盛りで投入する。蓋をして軽く振って漏れがない事を確認する。こんなものがバッグの中で溢れてた日には、最悪以外のなんでもない。

「行って来ます」

「行ってらっしゃい」

母、紗耶香に見送られて理奈は家を出る孝之はようやく起きたようで上の彼の部屋からガタガタと音がしている。

「あ、お姉ぇちゃんだー!おっはよー!!」

駅で改札を通る最中に後ろから華波に抱きつかれる。背後からの襲撃にはなれてしまい、倒れる事はなく耐える。

「華波、いきなり飛び付くのはやめてよ」

「うっふっふ。これはあたしとお姉ぇちゃんとの愛の証なのだー!」

「……愛って、誇示しない方が深そうじゃないかしら?ベタベタしているカップルって、すぐ別れるイメージがあるわ」

「そんな事ないよ」

上手い事言いくるめるのは失敗したようだ。 ギュー、とさらに強く抱き付かれる。

「あたしはいつまでもお姉ぇちゃんの事大大だーい好きだもん」

「はいはい。とりあえず放してね」

理奈は上手い事ホールドを外す。華波の強烈なホールドに対して、理奈は護身術の本を購入する羽目になったのだが、それが功をなしたようだった。

「うぐぐっ、また上手い切り抜け方を……」

「華波のせいで今はどんな不審者も怖くないわよ」

やれやれ、と首をふる。電車内でも手を握ったりなんやらと、落ち着きがない。

「……?」

あまりのしつこさに、違和感を覚えざるをえない。それこそ、いつかの不幸な事件の時のような。

「華波、何か抱えてるなら、言って良いからね」

華波はきょとんとしていたが、やがて天真爛漫な笑顔を浮かべた。

「うん、ありがとう!けど、なんでもないから大丈夫だよ!」

「なら、良いけど」

理奈は深く言及する事もせず、視線を入り口に向ける。ちょうど、学校の最寄り駅に到着して、ホームに降りる。

理奈からそっと手を握ってやると、華波は少し驚いた顔をしてから、頬をだらしなく緩ます。

「お姉ぇちゃん!!やっぱりあたし達相思相愛のラブラブカップルだねッッッ!!」

「きゃっ!?」

グキッ、と嫌な音がした。

「ふえ?」

足元は段差だった。急に抱き付かれ踏み外した理奈は、足を挫いた。理奈は騒ぐ事もせず、しゃがんで怪我の状態を確認する。

「え、あ、お姉ぇちゃん……。大丈夫?」

華波は顔を真っ青にして理奈を覗き込む。理奈は静かに顔をあげる。無表情の理奈を見て、華波は身をすくめる。痛みへの耐性はあまりないものの、表情に出ない事が幸いした。結構しっかり挫いているようだが、痛みで声を出す事はなかった。その反面、無表情を華波に怒っていると取られているのは問題だな、と理解は思ったが、正直笑う余裕もない。

「大丈夫よ。痛いけど、そんな大した事ないから」

「ご、ごめんね?大丈夫?」

華波は泣きそうな顔をしながら言う。理奈はこれはかなり焦ってるな、と苦い顔をする。それを華波は怒っているととってさらに泣きそうな顔になる。

どうしようか、としばらく考えるが、黙っている事に、華波はまたさらに泣きそうになる。

「あ、華波。おぶって保健室か適当な病院連れてって。それで良いよ」

「う、うん。ごめんね?大丈夫?」

「大丈夫だから。大した事ないとは思うから」

「……うん」

理奈は華波におぶられて学校に向かう。やれやれ、今日は厄日に違いない。と心の中でため息をつく。

「ありがとうね。おぶってくれて」

「ううん。あたしが、悪いから……」

「良いのよ。今日朝寝坊した時から今日はついてないなーとかって思ってたから、きっと華波が居なくても足挫いたと思うわ。だから、華波が居てくれて助かるわ」

「……」

罪悪感と感謝への喜びの板挟み。理奈はそう判断すると、たたみかけることにした。

「だから、ありがとう。おぶってくれて、本当に感謝してるよ。華波と会えて良かった」

「……なんか、今日のお姉ぇちゃん積極的……」

「私だって、華波の事好きなんだから」

とりあえず誉める、好きと囁く。何かしでかしてしまった時の華波は罪悪感に塗れて塞ぎ込んでしまうから、これくらい言った方が良い。

幼少期からの付き合いだから、華波の事なんて手に取るように解るものだ。華波も、滅多にない理奈の不調には感付く。ただ、注意しなくてはならない事は、心にもない事は言わない事。適度にあしらう事。そして言い過ぎる事だ。それらを守らなかった場合、後で過激なスキンシップの嵐を見舞われてしまう。

「はわー、どーしたんですかー?」

花壇の手入れと水やりをしてどろどろに汚れた花梨と早川が二人を見て驚いている。確かに、朝から背負われながらの登校というのは、異常な光景だろう。

「少し挫いちゃってね。大丈夫。大した事無さそうだから」

「はふー、そーですかー」

「またね、花梨」

「はいー、お大事にですー」

「俺が、運ぶか?いくらあんたが軽くても、女じゃ辛くねーか?」

昨日の事を気にしてるのか、歯切れ悪そうにしながら早川が言う。けーに言われた事を気にしているのかもしれない。元気がないように感じられる。

「大丈夫よ、早川くん。……昨日はごめんなさいね。言い過ぎたわ」

「……いや、あんたとけーさんは、間違った事、言ってねーよ。どっかで、俺は間違えちまってたんだよ」

反省しているようだ。花梨より大分マシだが、制服の至るところに泥がついている。

「お疲れ様。花壇、綺麗よ、二人とも。ね、華波?」

「うん。凄く綺麗だね!」

すでにいつも通りの華波の出来上がりだった。そして保健室に着いて保健医に早々に手当てを始めてもらう。看てると言い喚く華波にノート取っておいて、と頼んで無理矢理教室に送りだして、理奈は二十代くらいの保健医の手当てを受ける。

「愛されてるわねー」

保健医がからかうように言う。理奈は肩を竦める。手当ても後少しの頃に、始業のチャイムがなる。ノートを頼んでおいて良かった。

「あの子、一人っ子なんです。それで、私には弟がいるんです。だから、まとめて私が面倒を見る事になって、だから本当に、私はあの子にとって『お姉ぇちゃん』なんですよ」

「そうかしらね?私には、普通の姉妹や友達以上に感じられたわ」

「友達以上恋人未満です」

「どちらかと言うと、本当に溺愛している彼氏みたいだったわよ、あの子」

「否定はしませんよ。どちらかと言うと、ストーカークラスですからね」

「……愛は盲目って言うけれど、見えてない愛もあるのかしらね。はい、終わったわ」

「ありがとうございます。けれど、失礼ですね、先生。私は、いえ、私もまた、あの子の事は大好きですから」

「あらあら。熟年カップルみたいね」

「連れ添った時間なら、本当の熟年カップル以上に濃密ですよ。多感な幼少期から、思春期まで、一緒に過ごしているんですから」

「ドライに見えて、結構ラブラブなのね、あなた達」

「ええ。相思相愛ですから」

言って、保健室の扉『が』開く。

「お姉ぇーーちゃんーーー!!」

「……んなっ」

ガバッ!フロントからの強烈なタックル。抱き付きなどそんな生優しいものではない。これは完全にただのタックルだ。ラガーマン顔負けの強烈なタックルを受けて、理奈の身体が吹っ飛ぶ。あらあら、お熱いのね。保健医は興味も無さそうに言う。だが、全く今朝を学習していない華波のタックルで後頭部を机に激突させた理奈はそれどころではない。足と頭に走る激痛を堪えるのに精一杯だ。

「……華波、授業はもう始まっている時間だけど、ノートは?」

「なんか先生が遅延に捕まったから自習なんだって。あ、お見舞いに甘いジュース買って来たよ」

「……ありがとう」

「ふふふ」

華波は理奈の胸に顔を埋めなから笑う。さっきのリアクション、確実に会話を聞かれたのだろう。扉を壊さん勢いで開けて飛び付いてきたくらいだ。間違いないだろう。

「もう一度言って?もう一度言って?私とお姉ぇちゃんが何何?相思相愛?ふふふ」

罪悪感のざの字もありはしない。完全に有頂天だ。今理奈が頭を打った事にも気付いていないだろう。

それだけ、華波は舞い上がっている。舞い上がり、周りなんて普段以上に見えていない。

「ねぇ、ねぇ!もう一回!アンコール!アンコール!ワンモアタイム!」

「……い、いいから、いい加減に……」

「しないよー。あたしは過去最大に幸せなのだー。今あたしの幸せを阻害出来る人は何人たりともいないのだー」

「とりあえず、えーと、小井土さん。不純同性交遊は禁止よ」

「えー、せんせー。不純なんかじゃないよー。あたしとお姉ぇちゃんはピュアピュアだもんー」

「森下さんはともかく、小井土さん。今まで何人彼氏がいたかしら?」

「……」

華波の視線が泳ぐ。保健医はニッコリと笑う。華波は悔しそうに唸ると、ダッと廊下の方に走り去る。そして、廊下から保健室に向かって叫ぶ。

「せんせーなんて、四十路手前まで結婚なんか出来ないんだから!!」

「あ、こら!華波!」

そのまま教室の方へと走り去って行く。理奈は頭を下げる。

「私の友達が大変な失礼を」

「良いのよ。私も少し意地悪言ったんだしね」

「後、大変言いにくいのですが……」

理奈は少し躊躇った後、

「華波のあの手の発言、本物の呪いのように的中するんです……」

「あら」

保健医はどうでも良さそうに言う。実際、華波のあの発言はなんでか知らないが的中する。幼い頃に、友達と喧嘩した華波は、今のように捨てセリフを残して行った。お尻が赤く腫れるくせに、と。

そして、その子が帰宅すると、顔を真っ赤にした母親に、こっぴどく尻を叩かれて、翌日本当に尻を赤くして登校して来た。なんでも、イタズラが発覚したらしい。

本当によく当たり過ぎて理奈も時折驚かされるが、直感に優れた華波の発言が役に立った事は何度かある。

だから、きっと今回も当たるんだろうな、と理奈は無根拠と笑われても不思議ではないが、申し訳なく思えてしまう。

「あの子の言ってる事、間違ってないわ」

言って保健医が左手を見せる。その薬指には、婚約指輪。理奈は少し安堵してため息をつく。

「……」

間違って、いない?どういう事だろうか。

「私、三十八歳にして、この間ようやく結婚したのよ。四十路手前でね」

「……三十八?」

理奈はおうむ返しに尋ねる。この保健医、どう見たって二十代だ。きっと、聞き間違いだろう。

「ええ、三十八歳」

「……」

聞き間違いでは、なかったようだ。理奈は改めて保健医をマジマジと見つめるが、肌のはりやらなんやら、どう見たって二十代そのものだ。 母、紗耶香も大分若いが、この保健医はもう若いというよりも、二十代そのもの以外のなんでもない。

「嘘でしょう、先生。どう見たって二十代ですよね?」

「周りからは若いって良く言われるわ。はい、これ運転免許」

言って見せて来た免許には、本当に三十八歳である事を示す生年月日が書かれていた。理奈は目眩を覚えながらも、一つ、気になる事があった。

「疑ってすみませんでした。しかし、一つ聴きたい事があるのです」

「どうぞ?」

「若さの秘訣はなんですか?」

「それ、二十も若いあなたが聞く?」

「後学のために」

紗耶香と血は繋がっているが、自分は父親似だ。そして、父はかなりの老け顔だ。四十も半ばだが、すでに六十なのでは、と思える程だ。

「そうね。真面目に答えるならケアと規則正しい生活と運動かしらね?身体を衰えさせないためにも」

「……真面目、という事は不真面目な回答も?」

「あるわよ。聞きたい?」

理奈がぜひ、と頷くと、保健医は怪しげに笑う。

「男の人の養分を吸い取ってるから、かしら?」

「…………失礼します」

理奈は顔を赤くして保健室から出て行く。そのさまを、保健医が笑っている声が聞こえた。

教室に戻ると、静かに自習している中で、眠っている華波がいた。ベシッと頭に一撃見舞って起こすと、理奈は席につく。華波はモゾモゾしたかと思うと、結局また眠り始めた。

「お姉ぇちゃん大丈夫?」

少し席の離れた櫻子がそう尋ねてきた。理奈は静かに頷く。

「走ったりは出来ないけど、普通に歩く事は出来るわ。少し痛いけれど」

「そう?大事にならなくて、よかった」

体育を休み、昼休みも教室で過ごし、理奈はゆったりと一日を過ごす。ゆったりとした昼休みを過ごしたせいか、五限の授業で睡魔に襲われる。バッグのポーチの中のタブレットを取り出す。

「……」

ない。タブレットのケースこそあれど、中身は空だった。

一体なんなんだ、と思いながら、予備のタブレットを探すが、それもない。仕方なく華波にタブレットを持ってないかを尋ねる。

「タブレット?持ってないなー、ごめんね?」

撃沈。不幸か幸いか、疲労感こそあれど、今のタブレット探しで目は覚めた。

今日一日、どうしようもないくらい、ついてないのだろう。

そして放課後、華波と共に下校をする。校門の前の花壇に、早川が水をやっていた。

「もう歩けるのか?」

「ええ、お陰様で」

「俺は何もしてない」

「気を使ってくれたわ」

理奈はそこで花梨の姿がない事に気付いた。花壇に水をやっているのは、早川独りだった。

「花梨は?」

「鮎川は用事があるとかって言ってたから帰したよ」

優しいのね、とは言わない。彼がけーに取り入りたい訳ではないのは解っている。だが、ここでそれを言うのは控えるべきだろう。

言うべきは、私ではないだろう。理奈は一言お疲れ様。とだけ言い残して行った。

「あの二人、いい感じにならないかなー」

「どうかしら、ね」

「お姉ぇちゃん的にはどうでもいい感じー?」

「そうね。あまり、興味ないわね」

理奈は会話を打ち切ってコーヒーショップを指差す。学校から近い、多くの西条校生の行き交う店だ。

「今日は疲れたわ。少し休んでいきましょう」

タンブラーの中のコーヒーは既に空だ。コーヒーを切らせた理奈が手短な店に入ってコーヒーを摂取するさまは、さながらアルコール中毒か、ニコチン中毒者のようである。

「……お姉ぇちゃん、コーヒー中毒悪化してるね」

「中毒じゃないわ。飲みたいだけよ」

「それを人は中毒って言うんだよ?」

「そんな事ないわ。ブレンド2つ」

店に入るなり、メニューも見ないでそれだけ言う。はい、ブレンド、と答える店員にお金を渡して、ミルクと砂糖を数えてとる。

「四、五、六、七」

七個ずつとると、理奈は華波に振り返る。

「華波はいくつ使うの?」

「……なくていーよ、お姉ぇちゃん……」

「どうしたの?」

「いや……」

最近麻痺して何も思わなくなって来たが理奈な砂糖とミルクの消費量はかなり常識外れだ。

始めて理奈がカフェのドリップコーヒーを飲んだのは中学三年の冬。華波が人伝に美味しいと聞いた店に入った時だ。

一杯で五百円するコーヒーは中学生には大きな出費ではあったが、理奈はそこで衝撃を覚えてしまったようだ。

以来、コーヒーを嗜好するようになり、その年月に比例して砂糖とミルクの量が増えて行き、次第にその量にも驚かなくなったのだが、華波は、見ていた。

手元、そして華波の方を見ていた理奈は気付かなかったようだが、七個ずつとった理奈を、店員がかなり驚いた表情で見ていたのを。

なんでそんな入れんの?と言わんばかりの顔だった。しかも一人分かよ、と突っ込みが聞こえそうな程の顔だった。その顔を見た後に、自分も取る気は起きない。ブラックも好きだからいっか、と自分に言い聞かせて華波はコーヒーを店員から受けとる。店員は信じられないものを見る目で理奈をずっと見ていた。

「……ふー」

厄日だけど、コーヒーを飲むと落ち着く。心が静まる。理奈は今日一日の疲れを、一杯のコーヒーでリフレッシュさせる。

周りには西条高校の生徒が何人かいる。学校前ならではだろう。恋人の話や部活の話、勉強の話、更には不穏な話と、様々な会話が飛び交っている。店内は、かなりの大賑わいだった。これでよく学校に苦情が入らないものだと、理奈は店の状態に呆れる。四六時中、学生が占拠していれば一般市民くらいからなら来てもおかしくはないだろう。

理奈はその中でも、少し興味をひく話に耳が止まった。

「早川の奴、美化委員の仕事で鮎川さんに取り入りやがって」

花梨と早川の話題のようだ。語気が少し穏やかではない。彼等の仲に、興味がないというのは嘘だ。自分がそれを議題にするのは無粋だと思ったからだ。人の会話がたまたま聞こえてしまったのは仕方ない、と自分に言い訳をして、耳を傾ける。

「つーか、花の手入れ、美化委員の仕事じゃないらしいぞ?」

「マジでか?つーか、じゃぁなんで鮎川さんはやってるんだ?」

「花の妖精だからじゃね?」

「ハハッ!かもな!」

話はやがて平穏なものにシフトしていく。それ以外には花梨も早川も出てこなかった。

「……うーん」

理奈は首を傾げる。周りの認識としては彼等の仲は親密として扱われているようだ。彼等がそれに流されてしまえばやがて付き合う事もあるだろうが、どうもそういう感じはあの二人とは違うように覚えた。

「……二人は、あのままで良いわね」

うん、と理奈が頷くと、華波がニヤリと笑う。

「お姉ぇちゃんも興味あるんじゃん、二人の事」

「……」

華波に見透かされて理奈は少しバツが悪そうに一瞬目が泳ぐが、冷静を装いコーヒーを口に運ぶ。華波はニヤニヤを強める。

「なになに?お姉ぇちゃんの見解を聞かせてよ?ねー、ねー」

「何の事かしら?」

理奈はすっとぼけるが、華波は子供のようにねー、ねー、と繰り返す。理奈は黙り、そっぽを向いて聞き流す。

「……二人はあのままで良いと思った。最終的には二人次第。私達は黙って見てる。それだけ」

根負けした。そうかなー、と華波はニヤニヤしながら言う。話のネタを見付けてご満悦のご様子だ。

「あたしはねー、付き合うと思うなー。……それも、うん。近い内に」

「根拠は?」

自分とは違う見解に興味を覚え、反射的に尋ねる。自分の考えを述べたのだ。もうすでに無粋なんだ。毒食らわば皿までだ。

「んふふっ、それはねー……オンナのカン!」

ビシッと人差し指を突き付けながらそう言い切られる。指の先にグルグルとした指紋が見えた気がした。

「指をささないの、はしたない」

ペシッ、と指を叩く。

華波は特に気した様子もなく、手をヒラヒラさせてカップの脇に手を置く。そしておもむろにカップを手にとると、理奈のカップにコツンと、乾杯するように自分のカップを当てる。

「ずっとそばにいてくれ」

男言葉で楽しそうに言う。理奈はクスッと笑うと、華波に倣って自らのカップを華波のカップに当てる。

「はい、よろこんで」

クスクスと二人は笑いながら、彼等の事で盛り上がる。

平和に時は過ぎ、やがて夜が来る。暗くなる前に二人は帰路につく。華波が始終理奈の捻挫した足の方に立ち、フォローをする。そして、家の前まで送ってくれた。

「ありがとう。上がってく?」

「ううん。パパ、今日は早いから、もう帰るね。また、明日」

華波は楽しげな足取りで自宅の方角へと向かっていく。理奈は先程の乾杯を思い出して苦笑する。とんだ茶番だ、と笑ってしまう。

だが翌朝、とてもではないが、笑えない事態が起きるとは、この時、理奈は予想だにしなかった。

光差すところには、影が差すものだ。光が強ければ、殊更影は強く暗いものになってしまう。

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