休み時間ーけーとメガネ君後編
けーはメガネに呼び出されて、休日の昼間からベンチで大の字になっていた。平日の時よりも人の姿は多い。けーは缶コーヒー片手に、煙を吐く。
「ちぃとばかし、早過ぎた……」
朝早くに目が覚めてしまい、二度寝するのも気がのらず、そのまま出て来てしまった。理由は解っている。喧しい直管の音が止まなかったのだ。朝からどこかの族がパレードでもしているのかと思ったが、けーが出る時、町には特に違和感はないいつも通りだった。きっと夏樹のグループだろうとけーは推測した。あそこは喧嘩よりも走る事を楽しんでいる。夏樹のバイクの音がしなかったから、集団で溜まり場に向かっていたのかもしれないが、どうも附に落ちない違和感があった。
適当にバイクで流してから来たというのに、まだ約束の時間より大分早かった。メガネから呼ばれるなんて、夢にも思わなかったけーは、適当に、この間メガネがカツアゲされていた時に座ってたのと同じベンチに腰掛けた。
夏樹と銀座で夕飯を食べた後で、相談したい事がある、とメールで言われて呼び出された。何故かは解らないが、学校ではダメらしい。けーは何本目かのタバコに火をつけてメガネを待つ。
そうして待っていると、約束の時間よりも大分早くにメガネがやってきた。けーがいる事に驚き、一瞬足が止まる。常時遅刻と茶化される程、けーの遅刻癖は酷いのだ。まだ華波の方がマシだと、正直けーですら思う。
「早いんだね、けー。きっと一時間遅れると思ったからこの時間にしたんだけど」
メガネが笑いながら言う。けーは頭をかきながら時計を見る。
「っつっても約束した時間の30分前だぜ?」
「こうやって、万が一けーが先に来てたら悪いじゃん。やったね、けー。常時遅刻伝説、打ち破ったね」
「余計なお世話だ、バカヤロウ?」
メガネの頭を小突く。けーは少し横に寄り、メガネに座れよ、と促す。
「んで?なんだよ、相談ってよ?」
「うん、大した事じゃないんだけど……」
「おーおー、高沢くんじゃないですかぁ?この間の女も一緒ときたかー」
つい先日ボコボコにした、メガネと同じ中学という輩だった。先日とは違って、かなりの人数を連れている。そこで、けーはピンと来た。もしかしたら、これかもしれないと。
「なァ、オメェ等?ひょっとして今日直管のバイクで来たかよ?」
けーの問は、あまりにも場に合わない問だった。まるで小さな子供が母親にするように、他意のない質問。メガネですらも、首を傾げている。彼等は問の真意を仲間に尋ねようとするが、誰も解っていなかったようで、皆首を振る。
「来たけど、それがなんだってんだよ?」
「なら、俺の出番はねェって話」
何を、と言おうとしたところで、彼は背後から肩を叩かれる。振り返ると、彼の直ぐ後ろには、特攻服を着て、笑顔を携えた夏樹がいた。
「よォ、テメェ等?誰の町で偉そーに直管のバイクなんぞに乗ってやがる?ちと来いや」
連行。その後どうなったかは言うなかれ。
「呆気ねェなァ」
「……そう、だね」
朝の謎が解けた。けーはスッキリした気分になる。夏樹がいないにしては、音が少しまとまり過ぎていた。
「んで?相談ってなんだよ?」
「ちょっと、来て欲しいんだ」
メガネは言いながら、先日も向かっていった公園の奥に向かう。公園の奥、最早森と呼べる程よ鬱蒼と生い茂った木々の中で、メガネは鈴を鳴らす。そして、ポケットから袋を取り出して、それを近くの皿に盛る。
「……皿?何してんだ、オメ、ェ……」
そして、けーは絶句する。絶句したまま、思わずそれに指さす。
「な、な、な、なん!?」
「けー、静かに」
メガネに口を押さえられ、けーは辛うじて大声を出さずにすんだ。
猫。猫。猫。猫。猫。猫。猫。猫。猫。猫。猫。猫。ネコ。
大量のネコが、メガネが皿の上においたキャットフードに食らいつく。けーはその状況に、呆然とする。
「町で栄養失調になってたネコとかに、ここでエサを上げてたんだけど……」
「……な、なァ?触って、良い、か?」
けーは顔を真っ赤にしながらそう聞いた。メガネの質問なんて、まるで聞いてない風だった。
「……え?」
メガネは、何を聞かれたのか解らず、問返す。
「何だって?けー、何て言ったの?」
「触って、平気か、って、聞いた、んだ、よ!」
声が震えている。メガネは首を傾げて、どうぞ、というと、けーは恐る恐る、手を差しのべる。
「うわっ、何この光景。珍しい、見た事ないよ」
メガネはけーのその様に驚くが、けーはそんな事聞こえていない。
「……にゃー、にゃー」
「ブッ!?」
鳴き真似まで始めたけーに、メガネは吹き出す。何この面白過ぎる絵面。メガネはなんとも言えないその絵を、こっそりスマホのカメラに納める。
一方のけーは必死だった。泥が付くのも気にもしないで、膝をついて、手を伸ばす。
「にゃー、にゃー」
ペロッ、その内の一匹が、けーの指先を舐める。
「ッッッ!」
けーは歓喜に震えながら、その猫に更に手を伸ばして撫でてみると、ゴロゴロ、と喉が鳴る。
「~ッ!」
「うわ、すっごいキラキラした顔」
「おいで、おいで」
けーはその一匹を抱えて撫でる。猫は暴れる事もなく、けーにされるがままだった。やがてけーの周りには猫が集まり、猫でいっぱいになった。
「……感無量……」
「……天に召されそうな顔してるね、けー」
それから長い事、けーは猫と戯れ続けた。やがて、見かねたメガネがけーの肩に手をおく。
「……けー、それくらいに」
「……あァん?」
今まで見た事ない恐ろしい顔で睨まれた。本日二回目の見た事ない顔だった。そして、こっちは見たくない系の。
邪魔されて、思わず殺気が出たらしい。猫が飛び退く。
「あ、ああ!待て!待ってくれよ?」
「フシャァァァァ!」
威嚇されて、けーはトボトボとメガネの横に戻って来る。
「なんだよ、人の事籠絡しといてよ……」
「籠絡って、人聞き悪いなー」
「……」
無言で睨まれた。けーがしばらく睨んでいると、やがて視線を落とす。足元に一匹の猫がいた。けーはその猫を抱き上げ抱える。頬ずりをして、至福の笑顔だ。さっきまでの不機嫌はどこに言ったのやら。
「凄いね、けー。その子まだぼくにはなつかないのに」
「そうなのかよ?こんなになつっこいのによ?」
「これ、その子に付けられた傷」
といって顔と手の傷を見せる。成る程、切り傷は猫によるものだったのか。けーが納得すると、メガネは咳払いする。
「この猫達は、捨て猫なんだ。無責任な飼い主に、捨てられた子達なんだ」
「……だから人に無警戒なんか」
うん、メガネは静かに頷く。メガネの足元にも、数匹の猫が寄って来る。
「一ヶ月くらい、この子達の世話をここでしてるんだけど、この子達が病気になった時とかも不安だし、何より、これからもっと冷える。ここで寒い思いをさせるのは、可哀想で……。
最初は世話しようと思ってたんだけど、ウチはペット禁止だし、ここでの世話も限界があるでしょ?
だから、親をしてくれる人を探しに色々なところ行ってるんだ。この間とかもさ」
「ああ、あん時か」
ブッフェに行った時の事を思い出す。確かにあれだけの人が集まる町なら、飼ってくれる人もいそうだ。
「けど、どうしてもダメでさ。色んなところで声かけてるんだけど……」
「成る程、んで、俺の人脈か」
「うん、クラスの人には少しは聞いたんだけど……」
「少し待ってろ?」
言ってけーは片手でスマホを操作する。SNSに「猫飼える猫好き募集中。飼える奴は俺宛てに返信くれ」と書き込む。
そのまま一分もしないうちに電話が来た。さすが俺のチームだ、とけーは笑う。
「おう、飼えるんか?」
『うーす、御苦労様ッス。俺飼えるけど、何匹かいるんすか?』
「おー、30匹はいんじゃねェかな?」
『マジッスか!?ちょっと見に行きますわー。ばぁちゃんが飼ってた猫死んじゃって、最近凹んでんすよー。俺ばぁちゃんっ子だから』
「オーケー。なら学校近くの自然公園、県越えるあそこだけど、解るかよ?」
『どーせ公園の入り口にけーさんバイク止めてあんでしょー?それ目印にしますわー。……んじゃ』
その後何人も連絡が続いた。続いて半分くらいは飼い主が見つかったが、まだ半分はこの公園の奥にいる状態だった。
「凄いね、けー。どんどん新しい飼い主見つかっていくよ」
「ああ。アイツ等、弱い奴には優しくするようになってるからな。俺の活動の賜物だな、ハハハ」
「けど、まだ半分いるんだよね。……ぼくは飼えないのに、皆にお世話になっちゃって……」
「いいんだよ、テメェは連れてってくれてる奴等にありがとうって言ってんだろ?一ヶ月独りでコイツら養ってたってのとそれだけでオメェは充分よ」
「……ありがとう」
メガネが笑うが、まだ半分もネコ達はいる。どうやって飼い主を見つけるのかと、メガネは疑問に思う。
「よし、仕上げだ」
けーはスマホを操作して、自ら電話をかける。
「おう、夏樹。ちと手伝ってくれや」
そして、けーはニヤリと笑う。すでに、ノルマは達している。この手段を用いるために、SNSを使ったと言っても過言ではない。
「フフフ、フハハ」
数時間後、けーは少し前に理奈達が遊びに来た時に入った喫茶店のソファーに腰かけて笑う。向かいに座っている夏樹とメガネを含む、周りにいる全員がビクッとその不敵な笑い声に反応する。
「ど、どーしたんだよ、けーさん」
「解んねーけど、今日来てからずっとあんな感じなんだよ」
ボソボソと、話しているチームメンバー達の事なんて、全くけーは意に介さない。
何せ、その周りには猫。連れて行って貰えなかった、猫達。全員病院に連れていき、衛生面的に問題はない。役所への届け出も済ませた。
「ありがとうね、けー。君のお陰でやりたかった猫カフェが出来たよ」
「いや良いって事よ。利害一致って奴だ」
マスターとそう言い笑う。
あの時、毛並みが良さそうな猫、特に愛嬌のある猫は事前に選出して、来たメンバーには見えないところに隠しておいた。前々からこのマスターは猫カフェをしたいと言っていたからだ。
メガネも猫の世話、という名目でアルバイトとして雇って貰った。
親が役所務めという夏樹に必要書類の類いを全て揃えさせ、その間にけーとメガネは動物病院に猫達を連れていった。予防接種や毛のカットをしてきた訳だ。
そして、ここまで連れて来る事で仕事は終わり。こうして、三人とくつろいでいる訳だ。
なのだが、
「けー、どうしてその猫はずっと抱えているんだい?」
「ん?」
けーはずっと、メガネにもなつかなかったという猫を膝の上に座らせていた。
「俺も気になってました。まさか、飼うんですか?」
ハハハ、とメガネと夏樹が笑う。けーはムッとした表情になる。
「悪ィかよ、飼うんだよ」
「「えっ!!?」」
夏樹とメガネが驚きけーの方に身を乗り出す。
「正気ですか!?けーさん!?殴ったら死んじまうんですよ!?非常食にはならないんですよ!?」
「そうだよ、けー!無理はしない方が!」
「う、る、せ、えェ、よ!?」
挟み込むように二人の頭にフックを決める。ゴッ、と二人の頭が当たり、鈍い音がした。にゃー、とけーの膝の上で猫が鳴く。
「痛っ……」
「けーさん、猫が怯えて……」
「ねェよ」
猫は全く気にした様子もなく、けーの膝の上で再びにゃー、と鳴く。
「よしよし」
けーが撫でてやると、猫は嬉しそうに鳴く。もうけーには完全になついているようだった。
「まさかけーさんが猫好きとは」
「意外ですね、えっと、夏樹、さん?」
「気軽に夏樹、で良いですよ、高沢さん。けーさんのお友達でしたら、俺の仲間です」
「いえ、そういう訳には……。……でしたら、一つお願いしても良いですか?」
「どうぞ」
メガネは、夏樹にボソボソと耳打ちする。夏樹は思いっきり顔をしかめる。
「本気、ですか?それ、どう考えても良いあだ名ではありませんよ」
「本気です」
メガネが照れ臭そうに笑いながら言う。その光景を見てたけーが、うげ、と顔をしかめる。
「オメェ等、ホモクセェから止めろ。見たくねェよ、んなもん」
「いえ、中々面白いお願いでしてね?ねェ、メガネくん?」
「……あ?メガネって呼べって?オメェ、正気かよ?」
「昔は嫌だったけど、最近はそうでもないんだ」
『おー、メガネ。オメェ、カツアゲされたら俺に言えよ?俺が取り返してやんからよ?』
他にも眼鏡をかけた学生なんて、いくらでもいる。けど、彼等に対してけーは名字、ないし、名前で呼んでいた。
メガネ、というあだ名は、けーの中で自分だけをさすと、メガネは知っていた。
メガネというあだ名は、この頼もしく、猫好きな友人がつけてくれた、大切なあだ名なのだ。
「で、けーさん、その猫の名前どうするんですか?」
「あ、考えてなかった」
けーはその場で猫を眺めながらうーん、と唸る。猫を眺める事数秒後、顔をあげる。
「なぁ、コイツ、眼鏡かけてるみてェじゃねェ?」
「ん?確かに」
「え」
まさかメガネとつける訳では、とメガネは恐る恐るけーの言葉を待つ。
「メガネかけてるみてェな猫でメガネコ!」
「「「センスねェ!?」」」
「んだと!?」
「キレるとこじゃねェよ、けーさん!なんなんだよ、その致命的過ぎるネーミングセンスぁよぉ!?まだ安直なブチとかの方が可愛げあるだろ!?メガネコってなんだよ、メガネコってよ!ホラ、今聞いただけで頬緩んだ!少し笑った!客観的に聞いたら酷ぇ名前だろ!?」
夏樹が敬語を使うのも忘れて突っ込む。確かに、と一瞬思って笑ってしまった手前、反論し辛い。
「発音少し間違えたら櫻子さんっぽくて良いなー、とかって思ったかよ!?あり得ねェ!あり得ねェよ、けーさん!俺ァ悲しい!」
「……だ、黙ってりゃ言いたい放題言いやがって……!ジョークに決まってんだろ!?」
「どーみてもあの顔は名案って顔だったろ!?むしろ迷案だわ!」
「ぐっ」
夏樹とは長い付き合いだ。本気なのはバレている。けーはワナワナと震えながら、ビシッと夏樹を指さす。
「上等だ、夏樹ィッ!ならテメェがこのオーディエンス達が納得するような名前つけてみやがれよ!?」
「良いでしょう。受けてたちますよ、けーさん」
夏樹はメガネコ(仮)を抱き抱える。メガネコ(仮)は暴れる事なく夏樹に抱かれる。
「あれ、またなついた」
「コイツ、自分より強い奴にしかなつかねェんじゃねェの?」
「……」
猫にすら下に見られてた疑惑が浮上したメガネは、露骨に肩を落とす。
「……なんか、ここにポチがあるな、コイツ」
夏樹がメガネコ(仮)の頬の下の方を見ながら言う。 確かに、黒いポチがあった。
「よし、お前はポチだ」
「「「犬の名前じゃねェかよ!?」」」
今度は夏樹に突っ込みが入る。
「夏樹ィ!テメェ人に散々言っといて、なんだよ、それァよォ!?安直で外れのねェ名前だな、とかって思ったかよ!?犬だろ、そりゃァ!?ポチって、どーいう事だよ!?テメェだって笑ってんじゃねェかよ!?」
「ヌグッ……」
ポチ(仮)が、どこか不安げに見えたのはメガネの気のせいだろうか。けーがメガネの方を睨むように見る。
「オイ、メガネ!テメェ、メガネコ(仮)どこで拾ったよ!?」
「え、えっと……(花はもうなかったけど)桜の木の下で……」
「「それだ!」」
けーと夏樹がメガネを指さす。二人はにこやかな笑顔を浮かべるが、互いの額には、うっすら血管が浮かんでいる。
「ほォ、決まったんかよ?夏樹ィ?」
「えー、メガネコとは比較にならない、それはそれはもー素敵な名前が」
猫の名前をつけている光景とは思えない。いつの間にか二人は立ち上がって、掴み合わん勢いだった。 二人の剣幕は、拳を交えないのが不思議なくらいだ。
「言ってみろよ?夏樹君よォ?」
「いえいえ、けーさんからどうぞ?」
「ほォ、大した自信だなァ?後で何言っても遅ェからな?]
けーは自信満々に言うと、ドカッ、とソファーに腰を下ろす。けーの口から、どんな名前が飛び出すのか、と皆息を飲んで待つ。どんなっと言うよりも、まともな名前であってくれ、という願いで。
「これに、俺のネーミングセンスにァ間違いはねェェェェエェェッッッ!」
バンッ、とテーブルを叩く。
「コイツの名前ァ、桜の木の下だけに、木之下だ!」
「「「名字じゃねェかよ!?」」」
「けーさん!なんでだ、なんでなんだよ!?どう考えたって一つしかねェだろ!?そいつの名前ぁ、サクラだ!」
夏樹のまともな意見に、拍手が送られる。けーはしまった、という顔をして、悔しさのあまり、歯ぎしりをする。
夏樹は、優越感に浸った顔をけーに向ける。だが、メガネぎ恐る恐る手をあげる。
「すみません、コイツ、オスです」
「「「オカマかよ!?」」」
「つーか先言え!そーだ、オスならレオとかどうよ!?ライオンもネコ科だろ!?」
「コイツの毛ぁ、白とアッシュ、黒だぜ、けーさん!?ならフォックスとかよ!」
「狼ァ犬科だろーが、バカヤロウ!?三色ならミケで良いじゃねェかよ!?」
「だーからなんでけーさんは安直かイロモノ方面に走んだよ!?ミケなんて区別つかねーだろ!?」
「はァ!?テメェだってポチとかってよォ!?サクラとかってよォ!?」
「サクラはおいといて、その犬の名前をネコにつける斬新さがなんでわかんねェかなァ、けーさんはよ!?」
「んなこと考えてなかったろ!?適当な事ホイホイ言ってんじゃねェぞッ!?」
辟易とし始めるオーディエンス。だが、下手に帰ろうとすれば、この混沌としたネーミング大会を逃げようとすれば、一体冷静さを欠いた二人からどんなとばっちりを受けるのか。
「みー、みー」
メガネコ(仮)が、心配そうに鳴く。けーはその鳴き声を聞いて、メガネコ(仮)の方に視線をやる。
「みー?……みー。……コイツの名前ァ、光希だ!ミツキ!どーよ!?光る希望で光希!少し夏樹の名前からあやかってなァ!この混沌としたネーミング大会に差し込んだ一筋の光ィッ!しいては経営のヤベェこのカフェの希望、ネコ達の象徴!光希だ!」
混沌としてる自覚あったのかよ!という突っ込みを、オーディエンスは心の中で止める。今、終わりそうな空気が流れているのだ。そこで地獄に戻りたがる奴なんていやしない。
「……悪くは、ない気はしますが、俺の名前あやかる意味ってなんですか?」
「経営の話はしないでくれるかな?」
「悪ィ、けど事実だし良いじゃねェかよ?夏樹の名前にあやかったのは、俺の次って事だ。俺が飼い主!その下にいるコイツは夏樹と同じだ!」
オーディエンスから拍手が送られる。もうメガネコ(仮)の名前の良し悪しなんてどうでも良い。この混沌から逃げる事が出きるなら、それで良いと思えた。夏樹も突っ込みをいれない事から勝負はついただろうと、安堵する。
「待てよ、けーさん?どこにネコの要素が……」
再開するのか、とオーディエンスが溜め息をつく。だが、けーは不敵な笑みを浮かべる。
「いちゃもんっとァ上等だぜ?今!コイツは鳴いた!みーって鳴いた!光希のみはそのみーから取った!」
「しまった!?そんなとこから!?」
ガクッ、と夏樹が膝をつく。不屈と謳われる夏樹が膝をついた事で、完全敗北が今、確定した。
けーはフッと笑うと、膝をつく夏樹に手を差しのべる。夏樹は、周りの誰しもが見た事ないくらいに悔しそうな顔をしていた。
そういえば、夏樹と喧嘩で勝った時も、こんな顔してたな、とけーは懐かしく思う。
「ホラ、立てよ」
「……グッ、けー、さん」
「オメェとでなきゃ、こんな名勝負、出来なかったぜ」
むしろ迷勝負。っていうか、何この茶番劇。辟易としきったオーディエンスの口から出るのは溜め息だ。もう、思っている事を口に出す余裕もない。良い感じに終幕に向かっているのだ。ここで再燃させる事はないだろう。
「おまえの御主人様は、大分バカみたいだね、光希」
「……みー」
光希が、メガネの言葉に賛同するように、弱々しく鳴いた。




