休み時間ーけーとメガネ君
長い金髪に、右耳に七個のピアス。
小さな身体。
常勝無敗、柏崎けー。
いや、彼女は今惨敗していた。敗北している事に気付かない程に。
「うん、めぇー!」
その様を、目の前の理奈が呆れた顔で眺めている。
バクバクバクバクと、目の前のスイーツを次々と平らげていくけー。彼女は今まさに、誘惑に惨敗していた。
「……けー、前に私に甘いものは得意じゃないって言わなかったかしら?」
理奈は食べる手をようやく止めたけーに問う。それだよ、それ、とけーは行儀悪く、フォークの先を理奈に向ける。
「理奈らしくねェ。どーやって聞き間違えたんよ?好き過ぎてスイパラとかは得意じゃねェって言ったろ?」
「いや、言ってないと思うけど……」
「俺ァ甘いものが好き過ぎてよ、どーも食い過ぎちまうんだよな。で、後で気持ち悪くなっちまうんだよ。自分のセーブが出来ねェからどーも苦手でなァ」
そういう事か、理奈は再び大量のスイーツを取りに行くけーを横目で眺める。確かに、けーのか細い身体のどこにそれだけの量が入るのか、という量であった。先程から、理奈は取りに行かずけーの持ってくるものを食べるばかりだった。
上機嫌で再び席に戻ってくるけー。
「本当にうめェなァ、理奈?」
「そうね」
クスクス、と笑い声が聞こえた。
「金髪のあの子、可愛いね」
「彼女よりはしゃいでるよ?」
理奈が視線だけ声の方に向けると、自分達の事を見てる女性二人組。店全体を見渡すが、金髪なんてけーしかいない。はて、はしゃいでいる金髪の彼女連れなんて、いるだろうか?
「大分背、小さいね?」
「ピアスもいっぱいだねー」
理奈は改めてけーを見る。どう聞いてもけーの事だろう。だが、彼女とは?
「……あ」
自分の事か。恐らく、彼女達はけーの事を男と勘違いしてるのだろう。男性的な服装に加えてこの異常なまでの男言葉。勘違いしても無理はない、か。当のけーは気付いていないのか、食べる手を止めない。美味い美味いと繰り返し、次々に平らげていく。
「……けど、彼女はないでしょ」
これなら保護者か姉だろう。理奈はけーに聞こえないように小さくため息をつく。
「はい、けー、ストップ。それ以上食べたら気分悪くなるわよ?」
理奈がとりあえず皿を取り上げる。けーが腕を伸ばすがペチッ、と叩いて止める。けーはチェッ、と悔しそうに舌打ちする。
「っつーかよォ、取り敢えず俺の事誘ってくれても良かったんじゃねェかァ?これ?」
言ってけーはスマートフォンの画面を突き出す。そこには華波と櫻子、和乃と四人でスイーツブッフェに行った時の写真。
「SNS見た時はビビったぜ?友人Kはスイーツブッフェとか苦手らしいからって、んな訳ねェだろ!?甘いもん嫌ェな女子がいっかよ!?」
「……さぁ?私は知らないかな」
「だろーが!?ったく、どんな早とちりだっつの」
早とちり。けーの言い方が悪かっただけだと思うな、という言葉は飲み込む。除け者みたいになったのは確かだ。
「ごめんね、勘違いで」
理奈が取り上げた皿のスイーツを手に取ってたけーがまばたきを何度かしてから、吹き出す。
「ハハハッ!別にキレちゃいねェさ?ただとんだ早とちりって話しだ。理奈らしくもねェってだけでよ」
パクッとそのスイーツを食べて、けーは早とちりと言えばよ、とフォークを自分の後ろ、先程けーの事を男と勘違いしてた二人組の女性の方に向ける。
「アイツ等も、とんだ早とちりだよな」
てっきりスイーツに夢中で気付いていないものだとばかり思っていたが、バッチリ聞こえていたらしい。
「確かにね」
いくらなんでも、けーを見ていて男性と間違えるのは、ないだろう。
「背が足りなさ過ぎだものね」
「ウッセ。どーせ俺ァチビだよ」
150cmになるかならないか程度のけーは、あまりにも小さい。中学生でなら通るかもしれないくらいだ。もっとも、偽るならその金髪、目付き顔付きの鋭さをなんとか誤魔化さないと無理だろう。
けーは理奈が取り上げた皿のスイーツを、少しずつ摘まんでいく。少しずつなら気分が悪くなる事もないだろう、と理奈は黙認する。
「理奈、ところでよ、俺、あれ食いたい」
スッと指さす先には溶けたチョコレートが噴水のように流れている、チョコレートフォンデュだ。理奈は心配そうな顔をする。
「大丈夫?気分悪くならない?」
「大丈夫、大丈夫。少しなら平気だろ?多分」
最初の方に散々食べていたし、平気かな、と思いつつも、いくつかをけーのためにとってやる。席の方を見ると、けーはウキウキとその皿を待っているようだった。
「程々にね」
「おう。気ィ付けるわ」
結果として、けーは気分が悪くなる事もなく、気分よくブッフェを後にした。
「あー、本当旨かったなァ!」
「そうね。前華波達と行ったのもあそこだったのだけれど、いつ何度食べても美味しいわ」
けーは上機嫌にステップを踏む。そのステップを見て、下手だなー、と理奈は少し笑ってしまう。地下のショッピングモールを二人で次々に制覇していく。
「かァ、こっちァ平和で良いなァ!」
けーは上機嫌そうに服を手にとっていく。けーの見るショップは男モノ、あるいは男モノっぽいものが多い。けーはフワフワしたものを嫌がる上に、男モノが似合っている。
「あっちもよ、こんくれェ平和なら、遊びに誘えんだけどな!」
「そんな警戒する事ないんじゃない?」
「いやいや、かなり治安悪いぜ?街でも喧嘩ァ絶えねェしよ、俺も今でも襲われっしよ!」
けーは手にとった服がワンピースだと気付きギョッとすると、すぐ棚に戻す。
「着てみたら良いじゃない」
「嫌だよ、んなの」
蹴る時気ィ使うわ。理奈はそう言うけーの肩をガッと掴むと、戻したワンピースを手に取る。
「お、おい?」
「すみません、店員さん。この服、この子試着したいんですけど」
「お、おい、理奈ァ!?」
「似合うって」
そのまま無理矢理けーを試着室に押し込むと、着てきなさい、と言い渡す。
「あ、着たらちゃんと見せてね」
表でそういう理奈に対して、けーは試着室の中でしゃがんで顔を手で覆う。なんで手にしちまったんだ、と延々と後悔する。
白いブラウス型で黒のストライプ、裾の方にはちょっとした黒のレース。
「……いや、これくれェならよォ?」
着れるだろ?前回のお嬢様的な服よかマシだろ?そうやって自分に言い聞かせる。そう、行ける。行けるに違いない。俺にだって行けるハズ!
決意してバッ、バッ!と着込んでしまう。よっし!着たぞ!けーは頷く。カーテンを開け放とうとするが、手が動かない。着たら見せろ、と理奈に言われている。けーは顔だけカーテンの端から出す。
「理奈ァ?」
「サイズ合わなかった?」
「いや、そんな事ァね」
「なら開けてよ」
サッ!理奈が問答無用に、カーテンを開け放つ。
「馬鹿野郎!?恥ずかしいだろーが!?」
「けーやっぱり足キレイね。いつもパンツで守られてるからかしら?」
「聞いてねェ!?俺ん話ァ何も聞いてねェ!?」
「けー、ついでにこれ履いて」
言って渡されたのは少し厚底の、サイドにピンクのワンポイントをあしらったエンジニアブーツ。今けーが履いているのは無骨なバイクブーツだ。けーにはワンポイント以外、特に差が解らない。
「これじゃダメ?」
「ダメ」
理奈に言われて履き替える。改めて見た鏡に映った自分はまるで別人だった。そう、一般的には良い意味、けー個人的には悪い意味で。
「うわっ、短っ!足こんなに見えてんのかよ……。無理無理」
けーは着てたジャケットで足を隠す。
「……短いって、膝より少し上なだけじゃない」
「短ェよ!オメェ等本当にどんな神経してんだよ!?」
顔を真っ赤にして怒鳴るけー。後ろで笑って見てた店員が、ビクッと怯える。
「大きな声出さないの。……店員さん、似合いますよね?」
「え、ええ、大変。……ヒッ!?」
けーの恐ろしい眼力に睨まれて店員が怯える。余計な事言うんじゃねェと言わんばかりだった。
「もう良いだろ、脱ぐぞっ!?」
「けー、大体これで二万くらいなんだけど、買える?」
「待て待て!ナニ考えてやがるよテメェ!?まさかこれ買えってのかよ!?」
「似合ってるよ。それで歩こうよ」
「いやいや!今日も俺ァバイクで来てんぜ!?帰りこの格好でバイク乗るんかよ!?この格好で地元の連中に会うんかよ!?」
「まぁ、バイクの時はそのパンツ履いても良いけど、ダメ?」
「うぐっ、ぬ……」
惚れた弱味。けーは財布から二万取り出す。
「会計だッ!」
「あ、ありがとーございまーす」
「店員さん、これそのまま着せて帰りたいので、値タグ切って貰って良いですか?」
「あ、はーい」
店員はビクビクしながらけーの着てる服、ブーツから値タグを切る。
買い物袋に乱雑に自分の服をけーは入れると、落ち着かなそうに歩く。
「落ち着かねェ」
「見れば解るわよ」
「なんだよ、これァよ……」
「嫌?」
理奈がけーの顔を覗き込む。少しの上目遣いに、けーはグッと不満を飲み込む。
「嫌じゃ、ねェよ……!」
ツカツカと理奈の前を歩いていく。服装こそ恥ずかしいが、恥ずかしがってるのは自分だけみたいで、周りの視線からは悪いものを感じない。
……理奈と会う時くれェ、こーゆーカッコした方が良いんかな。
「ハッ、何血迷ってやがんよ!?俺ァ!?」
「けー、五月蝿いよ」
理奈がけーの腕をとって組む。そのさまはまるで恋人同士のようだ。それを感じとったけーは、腕を引き剥がすか、そのままにしておくか悩み、放置する事にした。こんな事、今しか出来ねェんだろうな、と思ったからだ。
この先、理奈といつまでいられるかも解らない。理奈に良い彼氏が出来たら、自分は静かに連絡をとらないようにすると、決めたのだから。
「ったく、つまんねェ意地だよな」
理奈に絡められた腕を強めに引いてリードする。どうせ組むなら、リードする方が性にあってる。
「っと?」
けーは知り合った顔を見付ける。カツアゲの被害が絶えないクラスメイトのオタク、けーが眼鏡と呼ぶ男子だ。
「おーい、メガネェ!」
けーが手を頭の上で振るが、メガネはそのまま通過しようとした。そのままけーの脇を通過しようとした時、
「待てよ、メガネ」
けーは腕を伸ばして彼の胸ぐらを掴む。そのまま壁際に連れていく。
「……け、けー。おはよう」
「んな挨拶どーだって良いんだよ?……オメェ、どうした?」
けーは恐ろしい眼力でメガネを睨む。メガネは怯えてしまう。いくら一般人に手は出さないけーであっても、その眼力はあまりにも、暴力的過ぎる。
「え、いや、気付かなく、て」
「つまんねェ事言うなよ?オメェァよう、なんか悩んでっと大抵そうやって殻に籠っちまう。……なんでトラブってんのに、俺に言わねェ?」
「……トラブって、ない、よ」
「……」
「……」
「……あ、そーかよ?」
けーが胸ぐらから手を放す。メガネは少し拍子抜けしたような顔をする。
「オメェだって男だ。テメェで解決してェ事の一つや二つあんだろ?……けど、どうしようもなかったら、俺を頼れよ?」
「……けー」
メガネはけーから少し視線を外した。そして、少し嬉しそうに笑いながら、
「……ありがとう、けー。……もしかしたら、近いウチに頼るかも」
「そーかよ、またな。……行こうぜ、理奈」
けーが理奈の手を握って歩いているのを見て、メガネが驚く。けーはそれに気付きながらニヤニヤしながら歩く。
「嬉しそうね、けー」
「ああ、嬉しいさ。アイツァしょっちゅうカツアゲされて、その度に俺に言いに来てたんだぜ?それがどーよ?俺に頼らないで自力で解決しようとしてんだ。嬉しいに決まってらァ」
「ふーん、お気に入り?」
「おお、アイツイヂると面白ェんだぜ?」
けーは服の事も忘れて上機嫌に歩き回る。理奈も、それについていく。
「カッハァ!遊んだ遊んだ!」
ドゥォルルンッ!ドゥルッ、ドゥルッ!
パンツをはいて、ブーツも扱いやすいいつものブーツに履き替えて、けーはCD400Fのエンジンをつけた。
「もォ真っ暗だなー!」
「そうね。……その破損したマフラーどうにかならないの?五月蝿いんだけど」
「直管はなァ」
「はいはい。ロマンを出してるんでしょ?そんな傍迷惑なロマンは要らないわ」
「……」
返す言葉もない。けーは肩を落とす。
「ホラ、メット」
けーが理奈にメットを渡す。理奈はそれを眺めて、
「けーのは?」
「良いから、乗れ」
そして理奈が乗ったのを確認してからけーはギアを入れてアクセルを回す。
「けー!ノーヘルじゃない!」
「おまけにスピード超過だぜ?」
けーは理奈の小言を背中で聞きながら、車の合間を縫うように走っていく。途中白バイに追われたが、けーはそれを振り切って逃げる。理奈はもはや、小言を言う余裕すらなかった。
「本当に何考えてるのよ!?」理そして、奈の家の前で、けーは全力で怒られていた。けーは笑いながらそれを流している。
「もう、本当に……」
「あらあら、けーちゃん?」
紗耶香が家の中から出て来る。けーを見ても全く怯んでいない。
「お、こんばんは。久しぶりだな~、理奈んとこのお母さん」
「大分勇ましくなっちゃったのねー。けど、昔から男勝りな子だったものね、けーちゃんは」
「……頼むからけーちゃんってのは止めてくれ。さっきから悪寒が……」
「ふふふ。昔と変わらず恥ずかしがりね。上がってご飯でもいかが?もうすぐ出来るわ」
「……確かに、小腹空いたな。邪魔させてもらうよ、おばさん」
けーはバイクを停めて理奈の家に上がる事にする。変わんねェなァ、と感嘆の声をあげる。
「なんか、手伝う事あるかよ?」
「大丈夫よ。ゆっくりしてて」
「ゆっくりお説教の時間だからね、けー」
リビングで説教を食らうが、どこ吹く風だ。
「出来たわよー。孝之呼んで来て?部屋にいるわ」
「おっし、任せろ」
けーが孝之の部屋に向かう。階段を昇る音を殺して、静かにドアの前に立つと、鍵がかかってない事を確認すると、ノックもなしにいきなりドアを開け放つ。
「メシだ!孝之!」
「うわっ!?け、けー!?」
ベッドで横になって本を読んでいた孝之が慌てて起き上がる。その時、けーの目は確かに見た。孝之が、本をさりげなくベッドの脇に隠した事を。
「なァに読んでたんだよ?」
「な、なんだって良いだろ!?」
「なにムキんなってんだよ?いかがわしい本でも読んでたんか?」
「べ、別にエロ本なんて!」
「あ?俺ァいかがわしい本としか言ってねェぞ?」
「しまっ……って同じだろっ!?」
かまかけに成功したけーが楽しそうに笑いながら孝之の部屋に侵入していく。孝之は必死に追い返そうとするが、ステータスの差があまりにも顕著すぎる。
「なぁ、ナニ読んでたんだよ?オメェもオトコノコだよなァ」
「男って解ってんなら止めろ!」
「うるせェなァ?」
けーは孝之の顔を枕の中に埋めて静かにさせる。
「んぐー!んぐー!」
「ハイハイ。……お、あったあった」
けーが孝之の読んでいた本を手にして、タイトルを見ると、それを静かにしまう。孝之を解放する。
「……あー、うん。悪かった。解ってたけど、悪かった」
「謝るなよ!?余計悲しくなるだろ!?」
「いやー、解らなくもー、ないぜ?うん。メガネも言ってたけど、姉だとか妹って良いって言ってたし」
「誰だよ、メガネって!?どうでも良いよ!」
「あー、いーからメシだ、メシ。つーか鍵くらいかけとけ。抉じ開けようと思ったのに」
「鍵かける意味ねぇじゃん!」
「理奈対策にはなるだろ?」
「ぐっ……」
「シスコン」
けーは孝之を食卓にまで連れていく。普段の理奈の家からは想像出来ない、華波とは違った騒々しい食卓になった。紗耶香もそれに混ざるあたり、こういう食卓の方が良いのかもしれない。
そのあとけーは三人に見送られながら地元に帰る。もう大分寒くなってきた。家につく頃には凍えていたが、それを食事をするという手段で温める。
今日は何事もなく平和な1日だった。




