第二十一限ー和乃と夏樹後編
昼間、夏樹は目覚ましの音で起きる。長い時間寝てたせいで身体がダルい。何度も寝返りをうちながら五回目の目覚ましを止め、そこで起きる決心がつく。
スマホの画面を覗くと、チームやその他の連中から何件かのメールが来てた。反発因子の溜まり場が特定されたとの事だ。夏樹は情報の発信源はけーだろうな、と頭を少し抱える。まだ見つかる見込みはないと思ってたからだ。
「えっと……」
夏樹は幹部連に今晩集合の旨をメールする。四十人程度集まれば確実だろうな、と夏樹は仰向けに寝ながら思う。相手は二十人程度だ。前回程難しい話だはない。あの時は、けーがほとんど独りで倒したとはいえ、夏樹自身も十人相手だったのだから、尚更だ。
理奈にけーが感化されてコーヒー好きになったのにさらに感化され、夏樹はエスプレッソを入れる。ハマったものには拘る性格が祟って、少し高いエスプレッソマシーンまで購入してしまった。だが、寝起きに飲むこの強い風味が完全にクセになっている。
そのエスプレッソを一気に飲み干すと、一日が始まるような気がする。口の中に広がる風味が脳を覚醒させる。
パソコンを起動させる。夏樹はいくつもの経済ニュースを見ながら株価を見始める。そうして、売買を繰り返す。
「まぁ、こんなとこか」
夜になるまでそれを繰り返す。危険な賭けをする時は部屋に籠ったりもするが、基本はローリスクでちょこちょこと、だ。それが夏樹が学んだ必勝法。
何度も目薬を打ち、エスプレッソを再びいれる。これで家賃分は稼げた。夏樹は満足げに頷く。
スッと和乃の顔が、仕事明けの頭によぎる。時計を見れば、もうすぐ和乃の出勤時間だ。今から支度をしてゆっくり向かえば丁度良い時間になる。
「っと、支度すっかな」
和乃を迎えに行く前に、風呂に入る。しっかりと身だしなみを整えてから家を出る。もう慣れたものだが、この行動ももうすぐ終わる。
反発してる連中を潰せば、危険はない。そうすれば、和乃と頻繁に会う事も、なくなる。
「……」
少しだけ胸が痛んだ。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
あの子と会えないと、どうして辛いってんだ。確かに良い娘だ。けど、俺は影をただ追ってるだけじゃねぇかよ?
わざわざ行く事は、ないんだ。影なんて、どこでも追える。夏樹は気持ちの整理を和乃のバイト先に着くまでに整える。そして、バイクを止めた頃には時間はぴったり。そのまま表で5分待てば、和乃は店から出て来る。
「……」
だが、何分待っても和乃は店から出て来なかった。夏樹は首を傾げると、申し訳ないと思いつつ、店に入る事にした。
「いらっしゃいませー。……おや、先日の」
先日の店長がいた。この間の血相を変えた顔ではなく、営業スマイルを浮かべている。
「どうも、その節は。……あの、和乃……関元さんは残業ですか?」
「関元さん?……ああ、彼女は今日、休みなんですよ」
「休み?でも……」
夏樹は確かに今日もここでバイトと不動から連絡を受けていた。不動がそんないい加減な事をするとは思わない。何かの手違いか、病気か。
夏樹が顎に手をあてて考えていると、店長の男は、少し周囲を見てから。
「あの、彼氏さんのようですが」
「違います」
「失礼。……コホン、関元さん、実は今日は無断欠勤でして」
「無断欠勤?」
夏樹が顔をしかめる。和乃の性格上、それはないだろう。だが、この店長が嘘をついているようには思えない。
次の瞬間、夏樹は強烈な、嫌な予感がした。
「まさか、アイツ等……?」
「アイツ、等?」
店長が首を傾げる。いえ、なんでもありません、と会話を打ち切る。とにかく、ここに和乃はいない。
「失礼」
夏樹は短く会話を終わらせると、店を出てバイクに股がる。股がった、まさにその瞬間、スマートフォンに、和乃からの着信があった。
「……」
夏樹はしばらくそれを睨む。和乃である訳がなかった。だが、出ない訳にはいかない。夏樹は通話するのにスライドさせる。
「……もしもし」
少しトーンも低めに出る。
『アーッハッハッ!もしもし夏樹くんでぇーすかぁー?』
やはり和乃ではなかった。耳障りな男の声。スマートフォンを握る手に、思わず力が籠る。
「……誰だ、てめぇ?舐めた口叩きやがって」
『怖いなー、怖い怖い。あんまり怖いと、大好きなご主人様に嫌われちゃうよー?』
「いちいちカンに触る野郎だな?」
『いーんかい?あんまり挑発的だと、和乃ちゃんに何かあったりしちゃうかもよー?』
そのあと、軽薄な喋り方の男が一方的に会話をする。会話が終わると、夏樹は指定された場所へと急ぐ。
地元の倉庫群の一区画に、和乃を連れ去られてしまったらしい。そこに独りで来い、というのが会話の要点だった。
「クソがッ!」
油断していた。危険というものは、いつでもつきまとうものだ。それを、浮かれていて、気がつかなかった。昨日のけーの言葉を思い出す。和乃が傷ついても、自分は何も出来ないのに何をしているのだろうか。
倉庫群に着くと、夏樹は指定された倉庫の前にバイクを止める。そのまま倉庫の扉を開けて中へと入っていく。
和乃は、椅子に座らされ、後ろ手に縛られているようだった。
「和乃さん!お怪我は!?」
「夏樹さん!?なんで来たんですか!?」
「はいはーい。感動の再開ってとこかなー?俺達の事無視しないでくれるー?」
大体二十人、情報通りの人数だ。だが、幹部連四十人で来る予定だったのに対して、今は独りだ。
「てめぇ等……ッ!」
夏樹は拳を握る。こんな連中、独りでも充分倒せる。残らず叩きのめす。夏樹が歩を進めると、
「はーい、ストップー。状況解ってんのかよ、夏樹」
調子良く話てた男の目付きが変わる。夏樹はその言葉で我に返る。そして再び怒りが込み上げてくる。
男は和乃の首にナイフを突きつけている。難なく人が殺せるだろうナイフを見て、和乃の顔には恐怖が貼り付いてる。
「てめぇが余計な事すりゃ、このアマ殺すぞ?お?」
「とんだクソ野郎だな、てめぇ」
「けーの奴に大人しくしてもらうにはこれくれぇしか方法がなくてよ?解ってんだろ?アイツの腕っぷしは異常だ。常勝無敗の名前は伊達じゃねぇみてぇだ」
だから、と男は軽薄な笑みを浮かべる。
「アイツの大事にしてそうな奴を二人拉致って脅すって訳よ。あいにく地元にゃオメェくれぇしかいなかったけどよ、少し行けば四人も標的がいる。頭いーだろ?この黒崎様はよ」
「へー、黒崎くんってのかよ?頭が悪ぃ奴程こういうバカな事すんだぜ?知らなかったかよ?」
「ハッ、なんとでも言えよ?勝ったもん勝ちだろ?俺等のルールぁよー。……やっちまえ!」
黒崎の一言で、二十人近い人数が夏樹に襲いかかる。夏樹が反撃しようとする度に、黒崎が脅して、夏樹から反撃を奪う。反撃への警戒がない攻撃は、ケンカでの攻撃とは違う。夏樹に降る暴力は、まるで台風のように熾烈を極めた。
三分で不屈とすら謳われた夏樹は血まみれになって膝をつく。夏樹はけーが唯一殴り倒す事が出来なかった程だ。その屈強な肉体、精神が崩れる。
「ぜぃ、ぜい!」
夏樹は致命傷になりそうな攻撃を防ぎながらも、黒崎を睨んでいた。その黒崎は、楽しそうに、膝をついた夏樹をみている。
「夏樹さん!逃げて下さい!」
「……和乃、さん」
「逃げたらどうなるか解ってんよなー、夏樹くんよー!」
「……」
「私は、大丈夫ですから!」
「うるせーな、静かにしとけ!」
黒崎が、和乃の頬を殴る。
「黒崎、てめぇぇぇえぇぇっ!」
「大人しくしとけ、コラッ!」
「ガ、グッ!?」
後頭部に、鉄パイプが降り降ろされる。夏樹の意識が遠退いて姿勢を崩す。
腹に蹴りを食らって転がる。倒れたところに何度も蹴られる。
「ガバッ!」
暴力で遠退く意識を暴力で戻され、意識を失わないまま、夏樹はリンチを受け続ける。
あー、クソ。カッコ悪ぃなぁ。夏樹は、視界の端で泣きながら自分に向かって叫ぶ和乃の姿が見えながら思う。本当に、なんにも出来ねぇな、と自らを嘲る。
「夏樹さんっ!」
どうして、こうなったのだろう。和乃は、目の前の光景から目が離す事が出来ない。見たくもないのに、心配でどうしても目が行く。目を瞑れない。
なんで、自分はこんなにも無力なんだろう。誰か、助けて。夏樹さんを、助けて。
ふと、彼らが恐れ、このような凶行を働く理由となった、一人の友達の顔が浮かぶ。
常勝無敗と恐れられ、その小さな体躯からは想像もしない存在感を放つくせに、理奈には全く頭の上がらない彼女。
「けーぇぇぇぇえぇぇぇっ!」
和乃が、その名前を叫ぶ。そうすれば、来るとでも思っているかのように。
……ォォォォ。
少し離れた所で直管の音がした。
「え?」
「な?」
二十人近い男達が、一斉に動きを止めて、音の方を見る。来るハズがない。少し顔を見合わせて、ひきつった笑いを浮かべる。
ォォォォンッ、ォォォオォンッ!
だが、その音は確かに近づいている。彼らの不安を煽るように。
開いた倉庫の扉の先の闇に、ポゥ、と光が見えた。それは、バイクのライトだ。
「お、おい」
「ありゃ、まさか!?」
オォォォオォン!
直管のFONDA、CD400F。
長い金髪に、右耳に七個のピアス。
小さい身体。
常勝無敗、柏崎けー。
バイクを走らせ倉庫に侵入すると、一直線に和乃の元に向かう。そして、黒崎の持ってるナイフを思いっきり蹴り飛ばす。
「グッ、あ!?」
激しい痛みに耐える事が出来ずに、黒崎のナイフが遠くに落ちる。黒崎は凶器を失い、そして、思わぬ最悪の敵の出現に困惑する。エンジンを止めるけーのその顔は一見静かそうに見えるが、怒りが滲み出ていた。
「おー、おー、おー?んだよ?これァよォ?」
一歩一歩が、威圧的に空間を支配していく。すでに黒崎を除いては、けーの出現によって、戦意を喪失している。ナイフ以外の凶器を持ってない黒崎が、けーを相手に出来る訳がないのだ。
「……けー、さん……」
思わぬ登場に驚くのは、夏樹も同じだ。何故ここが解ったのだろうか。
「おー、夏樹ィ。大分痛そうじゃねェかよ?」
「大丈夫、ですよ、けー、さん」
夏樹が立ち上がると、今までリンチしてた全員にざわめきが広がる。不屈の名前は伊達ではない。足取りこそ軽快ではないが、しっかりとした歩みで和乃に歩みよる。普通の人間なら、痛みで立つ事はおろか、腕を動かす事もままならない重症を、まるで感じさせない。
「夏樹、さん」
「和乃さん、もう少し、我慢してて、下さい」
にっこりと笑うと、黒崎に向き直る。
「俺は、コイツを、叩きのめす」
「ケッ、舐めんじゃねーよ、夏樹」
「……あ?」
「その傷だらけの身体で、俺とやるってのかよ?」
「ハッ、相変わらず、でけぇ口叩くじゃねぇかよ。……良いですか?けーさん」
「あー。俺ァ、テメェのことボコした奴らやってるわァ」
六十人相手の乱闘ですら勝った記憶はまだ新しい。二十人で、どうなる。誰から、挑むんだ、と再びざわつく。
「けーの相手?」
「俺はごめんだぜ」
「ッ!てめぇ等ぁっ!相手ぁたかが二人だろーがっ!ビビってんじゃねーよっ!」
黒崎が怒鳴って喝をいれる。すると、ざわつきが徐々に静まって、危険な雰囲気を醸し出す。
「へぇー、二人、ねェ?」
けーが入り口の方を見る。それにつられて全員が入り口の方を見る。
「「「ッ!?」」」
夏樹すらも思わず驚くその光景。
「これが、俺達の結束力だ」
けーが自信満々に言うその光景。
夏樹のチームおよそ百人を筆頭に、何百人もの軍勢。けーの友達と後輩に、さらにその友達と後輩、さらにはけーの先輩すらもいる。
「大体、五百くれェはいっか?」
地域最大どころの騒ぎではない。おそらく関東最大の勢力だろう。
「いやー、少し大袈裟に集め過ぎたかよ?ハハハ」
「……」
黒崎は完全に言葉を失っている。
「総長!」
不動と親衛隊長が走り寄って来るのを、手で制する。二人は顔を合わせる。
「テメェ等は、和乃さん守っとけ。コイツは、俺がやる」
その言葉を聞くと、二人は和乃に近寄り、縛るのに使われてたロープをナイフで切断する。そのまま親衛隊が和乃を囲んで護衛に入る。
「覚悟ぁ、出来てんだろーな?黒崎」
親衛隊長が夏樹に喧嘩上等とかかれた特攻服の上着だけを渡し、夏樹はそれを羽織る。
「黒崎、上等!」
夏樹が叫び、
「落とし前、つけようぜ、コラ?」
けーが踏み込む。
五百人に囲まれて、黒崎達二十人は一瞬の内に壊滅した。
話が長くなってしまったので、途中ですが投稿させて頂きます
次で和乃と夏樹は完結致します
何故けーが夏樹の居場所を解ったのかは、簡単な話です
あまりヒントは出てませんが




