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第二十限ー和乃と夏樹中編

どうも、な。

あの子を見ていると、あの子の事を思うと、俺は平常じゃいられないみたいだな。どうしても、調子が狂っちまう。

下らねェ。俺のしてる事は自己満足、いや、それ以下だ。ただの自慰行為だ。あの子の気持ちに、気付いてるんのに、見て見ぬふりをして、現状に、甘んじている。

俺は、最低のクソ野郎だ。


和乃は無表情に夏樹のいるテーブルに歩く。

いけない。壊わしてはいけない。だから、わたしは何も思ってない。そういう事にするんだ。

「すみません。お待たせしました」

「お勤め御苦労様です」

夏樹は、本当に眩しい笑顔で少し頭を下げる。閉ざそうとすればするだけ、夏樹の笑顔が、言葉が和乃の心の隙間にスルリと入り込んでいく。和乃は優しく開かれる心を、懸命に閉じようとグッと強く力を入れる。

すると、夏樹が顔をしかめる。

「どうしたのですか、和乃さん?大分怖い顔をしてますよ」

「気のせいですよ」

和乃は、接客の時のように、作った笑顔を浮かべる。それを見て、夏樹はやはり悲しそうな顔をする。

「どうも、俺は何かをしてしまったようですね。すみませんでした。ですが、心当たりが何もないのです。よろしければ、理由を教えて頂けませんか?」

「本当に、夏樹さんは何もしてません。気のせいです」

「……これ以上無理に聞き出そうとするのも良くありませんね。では、帰りましょうか」

夏樹は諦めたようだった。こうしてつんけんとしていれば、やがて夏樹は自分の護送が嫌にでもなるに違いない。そして、櫻子のとこにいる、親衛隊長か誰か、他の人が来れば良い。

チクッ、と心が痛んだ。だが、それで態度を改める訳にはいかない。せっかく閉ざした心を開く訳にはいかない。

夏樹は駐車場に停めたバイクに跨がるように言って来た。距離が近くなるバイクか、時間が長くなる歩きか。

和乃は少し悩むと、バイクに跨がる事にした。バイクならば、音もうるさいし、会話がないと踏んでだ。

案の定、ほとんどの会話もなく和乃の家にまでついた。

「それでは和乃さん、お休みなさい」

「ありがとうございます。お休みなさい」

和乃はペコッと頭を下げる。そして、家の玄関に向かう。

「和乃さん」

ドアノブに手をかける直前に、夏樹に呼び止められる。唇を少し噛み締めてから、振り返る。何を、言われるのだろうか。

「なん、ですか?」

「……」

夏樹は、少し躊躇ってから。

「……これからも、護送させて頂きますね」

「……。よろしく、お願いします」

和乃もまた、若干の躊躇いを見せてから言う。

その言葉を聞くと、夏樹は微笑んでからアクセルを回す。

夏樹はその後も文句も言わず、嫌な顔一つせずに和乃の護送を続けた。和乃は尚も頑なにつんけんとした態度を取り続けた。

和乃は以前と比較すれば大分眠れるようになり、体調も次第に回復して行った。

そんなある日、店の表に出ると、記憶にない人物が立っていた。

「お疲れ様です、和乃さん!特攻隊長の不動ッス!」

そして、頭を深く下げると、ケータイを取り出す。

「総長からッス」

言ってケータイを差し出される。夏樹との通話画面になっている。

『和乃さん、お仕事お疲れ様です。すみませんが、手が離せないので、他の者を向かわせました。ウチの特攻隊長です』

言われて見れば確かに学祭の時に見た気がする。夏樹とは似てもにつかず、かなり逞しい体格をしている。それこそ、プロレスラーのようだった。不動というか名前がバッチリ似合っている。

「そうですか。お疲れ様です」

『すみませんね。では、お疲れ様です』

短いやり取りをすると通話は終了する。

「……そっか、今日は夏樹さんとは会えないんだ」

自分の口をついた言葉に、和乃はハッとする。何を言ってるんだ、と首を少し振って、迎えに来た特攻隊長、不動に向き直る。彼は直立不動のまま、

「総長がどうかしやしたか?」

「いえ、なんでもありません。遠路遥々、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

「気にするような事じゃないッス!」

「行きましょうか」

言って和乃はバイクに跨がって、家まで送ってもらう。

「お疲れ様ッス!」

「わざわざ御苦労様です」

短いやり取りをしてから、和乃は家に入る。送られている間、和乃は夏樹の背中を見ていた。

細く、それでいて逞しい、優しく温かな背中。

手が離せない。それは当然ある事だろう。だが、和乃は少し面白くないな、と思ってしまう。自分の一方的な恋慕、おまけに心を閉ざしてはいるのだが、わたしより優先する事があるのか、と思ってしまう。

布団に潜り込むと、会えなかったからだろうか。今日は夏樹の顔が浮かんだ。そのまま、またしても、寝付く事も出来ずに朝まで過ごす事となった。

一方で、その夏樹は、というと、

「んで?何してんだよ、お前?」

けーからの呼び出しを食らっていた。喫茶店の向かいの席に座り、話をしている。フランクな言葉使いと笑顔とは裏腹に、けーは大分ご立腹のようである。まるで座りながら撲殺するのではと思える程の、まるで殺意のような険悪な雰囲気を放っている。

「えっと、何の事でしょうか」

「とぼけんじゃねェよ?コラ。ここんとこ付き合い悪ィし、テメェのチームほとんど集会してねェみてェじゃねェかよ?おまけにお前含め何人か、隊長やら幹部共ァどっかにバイクで出てる。どういう事よ?」

「なんと言いますかね。少人数での遠征ですか、ね」

「ああ?遠征?」

ギロッと睨まれる。恐ろしい眼力だ。夏樹は嘘が見破られて、どう誤魔化すかを考える。

「夏樹、俺に隠し事してんだろ?」

「……いえ、そんな事は」

「してんだろ?」

「……」

大方の事は見破られてるようだ。当然だ。この地域最大のチームといえば、けーのチームだ。名前も集会もないが、不良でない人物達も、けーの事を慕いけーを頼る。そして、けーに返せるものを返していく、かなり硬い結束力がある。いくら夏樹が箝口令を敷こうが、耳に入らない事はないだろう。いや、むしろ箝口令を敷いた事すらもバレているのかもしれない。

どうしたものかな。夏樹はタバコに火をつける

。けーもそれを見て一度タバコに火をつける。

「夏樹、俺ァよォ。お前が俺にとって不利な事をしてるっとァ思っちゃいねェよ?お前は必ず俺ん為になる事してくれてんだろ?」

「はい。間違いなく」

そんな真似は、間違ってもしない。

「俺もよォ、あんまこんな無理矢理聞き出すような真似ァしたかねェわけよ。わかんよな?」

「ええ」

「だから、こそなんだよ」

一度深くタバコの煙を吸う。

「お前は間違いなく俺の為に何か動いてる。わざわざ箝口令まで敷いてな?」

やっぱりバレてたようだった。夏樹は笑うしか出来ない。けーが如何に自分を理解してくれているかを、思いしらされる。

「俺が仮にお前等が掴んでる情報を全て、いや、それ以上の事を知ってるとしても、話さねェのかよ?」

「はい。けーさんの手は、煩わせません」

「それで、何か起きたらどうすんよ?誰かに何か起きたら、どうすんよ?起きてからじゃ遅ェんだぜ?」

「その時は、俺が責任を負います」

けーの眼光が、さらに強くなる。左手の指でトントンと机を叩いてる。苛立ってる時のクセだ。

「オメェに、何が出来んよ?その上で、オメェは責任取るっつってんのか?

解ってんのかよ?俺もお前もただの一般人だ。一体何が出来る?暴力での報復活動か?あ?そんなんで何になるよ?」

「けーさん」

夏樹は一度目を閉じると、意を決する。腹を、覚悟を決めて、けーを見る。

「俺は確かに無力です。ですが、意地ってもんがある。俺は、この問題を、解決したいんです」

「……」

けーはため息をつくと、根元まで燃えてしまったタバコの火を消して、新しいタバコに火をつける。

「まさか、夏樹が俺に反発するなんてなァ。思いもしなかったぜ」

「怒りましたか?」

「ああ。滅茶苦茶ムカつく。殴りてェ」

けーがコーヒーをすする。険悪な、殺意のような気配が和らぐ。

「すみません」

「だけど、オメェがそうまで言うんなら仕方ねェだろ。俺ァこの件に関して一切口を挟まねェ」

「ありがとうございます」

夏樹は頭を下げる。けーは頭なんか下げんな、と言う。

「オメェはよくやってると思ってんよ。俺の手の届かねェとこを気付いたらカバーしてるなんてザラだ。今回の事だって、俺じゃ既に何か起きてたに違いねェ。それを夏樹、オメェが今まで抑え込んでる」

「そんな事は」

「あんだよ、これが」

手を追い払うようにヒラヒラと振る。

「速度はオメェんとこのが速い。だがな、まとめて入ってくる情報、質、詳細なら、俺のが上だ。だからオメェが何してるって解った。その上で、俺の力は借りねェんだな?」

「はい」

しばらく、沈黙が続く。けーは少しだけ頭を抱えて、

「少しだけ、話を変えようか、夏樹」

「はい」

良く解らないけーの急な話題変更の申し出に、夏樹は少し眉を潜める。

「和乃、アイツどう思うよ?」

「和乃さんですか?また随分と話が飛びましたね」

「つまんねェ事言うんじゃねェよ?」

「……良い子だと思いますよ。少し生真面目な節がありますが。そういう危なっかしいところ込みで、俺は少し護ってあげたくなるというか」

「夏樹、つまんねェ事言うな、っつったろ?」

けーの目が再び鋭く睨む。どうしたものかな、夏樹は次に来るだろう言葉を、どうやって回避するか、あるいは受け止めるか悩む。

「あんま言いたくねェけど、アイツの幻想追うんじゃねェぞ?」

やっぱり、何もかもお見通しだったらしい。夏樹はけーの言葉を噛み締めて絶える。

「和乃は繊細なんだよ。和乃だけじゃねェ。俺にだって繊細な部分はある。女ってのァ男が思ってる以上に繊細なんだ。……今俺ァオメェの繊細な部分を小突き回してんだがな?」

「……大丈夫、です」

予想通りの言葉に、夏樹はひるみながらもそう返す。覚悟していたとはいえ、夏樹には痛い話であった。

「和乃ァ俺の友達だ。……泣かすんじゃ、ねェぞ?」

「……これでも、女の子を泣かせた事はないんですけどね」

上手い事立ち回って、立ち回り過ぎて未だに彼女はいない。口説き落とし、関係を持った事はあるが、泣かせた事はない。

もしかしたら影で泣いて、いや、泣いてないハズだ。そう信じたい。

「オメェが和乃に何を思おうがオメェの勝手だよ。だがな、オメェが和乃を泣かしたら、俺ァオメェを許す訳にはいかねェ」

「……」

知っている。解っている。和乃の態度から、夏樹は自分がどう思われているのかを知っている。それでも気付かない振りをする。

和乃が抱いている感情と、自分が抱いている感情は、少し違うものだと、夏樹はそう思っているから。

けーとの話を終えると、夏樹は独り夜道を走る。アクセルを回して、どんどん加速していく。目の前の族の集会の中を突き抜ける、集会破りもしてみるものの、何か高揚感が足りない。兵隊のブロックをすり抜けかわして、尚加速する。

だが、どれだけ走っても、満足感はえられなかった。空しさが、付きまとうだけだ。

適当なコンビニで、止まってタバコを吸ってると、5人組にケンカを吹っ掛けられた。だが、5人を殴り書き倒しても、どうも、いつもと調子が違う。

家について、ベッドに倒れ込む。

今日は和乃さんと、会ってなかったな、そういえば。不動の奴ァ、しっかり何事もなく送ったんかな。

スマホの画面を操作すると、メールを確認する。何事もなかったという旨が、短く記されていた。

関元和乃、か。

大した時間を過ごした訳ではない。だが、あの少し真面目な人間性には、充分な魅力がある。

おまけに、和乃は、少し似ている。

夏樹は額に手を添えて、今思った事を消去しようとする。

違う。あの子と、アイツは、違う。別人、別人なんだ。

だが、どうしても、背格好、声、雰囲気を比べてしまう。ここをこうしたら、もっと、アイツみたいに。

「あー、本当にクソだな、俺はよ?アイツとは違う。アイツとは違ぇんだよ。間違えんなよ?」

夏樹は自分に言い聞かせて戒めようとする。それでも、どうしても二人の影が重なって仕方なかった。

[あー、どうにかなんねぇもんかな」

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