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第十七限ー理奈と文化祭ー後編

謎解き、としては

どのようにして理奈が解決するか

理奈が何故文化祭に積極的に参加したか、です


十杯分の在庫が合わないとはどういう事だ。和乃は理奈に相談をしに行く。理奈は大量の小銭をカウンターを使って数えていた。その小銭の数は和乃のクラスの何倍もある。お札も、和乃のクラスにはなかったのに10枚前後はありそうだ。羨ましい売り上げだ。

「在庫が合わない?誰かの会計ミスじゃないの?」

「十杯も?たかが学祭、おまけに在庫的には売った数、三十杯程度だよ?おつりだって間違えればお客さんがすぐ気付くでしょ?」

「んー、なら誰かがポケットに入れた、としか考えられないよね」

今年は稼げる予定であったハズなのに予想外のアクシデントのために赤字が確定した。誰かが帳簿につけないで自分のポケットに入れる可能性はなくはない。

「正直、これ見過ごせないんだよ。皆赤字回避の為に頑張ってくれてるのに、自分の事しか考えていないのって」

和乃の言いたいところも最もだろう。だが、解決は簡単なのではないだろうか、と理奈は思う。少し、調べるだけで済む。

「会計をしていた人達に一人一人聞いた?」

「……会計組は交代制で十人いてさ。全員知らないって言うの」

理奈はコーヒーを飲む。ここにいるのは調理部の面々だけだ。今日の苦労を労いながら洗いもの等の片付けをしている。

「私が行くの?」

「お願い」

和乃が合掌をして頭を下げる。トラブル解決こそしているが、こういう時程行き辛いものはない。解決した後のその人達の事を考えると、このまま闇に葬ってしまいたい。理奈はあまり乗り気ではない。だが、和乃の事を無視も出来ない。

「だったら、華波、ついてきて」

「んー?あたしー?」

なんの役にもたたないよー。華波が手をヒラヒラさせながら言う。

「良いの」

「んー」

「すみません、先輩。後頼みます」

樋口と坂上にお願いしてから、二人は和乃と教室に向かう。教室には全員が互いを伺っている顔でいた。折角の楽しい学祭に水をさしたのは誰か、という顔だ。

「こんにちは、森下理奈です。この事件の解決を和乃に頼まれました」

解決、その言葉に安堵する一方、料理部のせいで、という雰囲気も否めない。だが、理奈はその雰囲気を歯牙にもかけていないようだ。

「私が解決するに至って、今回の犯人は公表致しません。それでよろしければ解決させて頂きます」

「公表しない?」

和乃が意義ありと言わんばかりの声をあげる。

「理奈、今回は窃盗だよ?ものが隠されたとかじゃない。立派な犯罪なんだよ。なのに」

「私は人を裁かない。裁くために解決したいのなら、他の誰かに頼むか、自力でしてもらえる?」

理奈が和乃の言葉を制す。裁かない、というのは確かに理奈のスタンスだ。理奈は犯行を暴きこそすれど、裁きはしない。自分の時もそうだったな、と和乃が思い返す。

「もちろん足りないお金、3000円は返金させるけど、それも私伝にする。それで、良い?」

「……」

和乃はクラスを見るが、特に意見する人はいないようだった。皆、金が返って来れば良いと思っているようだった。

「解ったよ、理奈。ただし、3000円しっかりね」

「解ってるよ、和乃」

言うと理奈は会計を担当した10人を適当な教室に連れていく。そして、全員を廊下に立たせる。

「一人ずつ、入ってきて。……華波、見張っててね」

そう言うと、理奈は先頭にいた一人を連れて空いてる教室に入って行く。

一人一人呼んでは中で話をして、終わると教室に帰らせて、次の一人を呼ぶ。それを繰り返し、全員と個人面談をしていく。

一人、また一人と帰って行き、やがて最後の一人が出て来る。そして、しばらくしてから二人が入ると、理奈が辟易とした顔で座っていた。その前には、小銭の山。

「はい、3000円」

「ありがとう。ごめんね」

「良いよ、簡単ではあったから」

「どうやったの?」

和乃が聞くと理奈はあまり言いたくない、と説明を拒否する。だから乗り気ではなかったのだ。全員の財布の中を確認するなんて。

もはや推理でもなんでもない、暴挙に等しい。

犯人は釣り銭で発覚する事を恐れ、釣り銭が出る事を嫌がったハズだった。

結果として解決はしたものの、無実だと解ってる人の分まで見るのは罪悪感が否めない。見る必要がない、と言ってしまえば、自分より前の誰かであると推測が出来てしまうからだ。

クラス全員で囲んで脅せば犯人なんて解っただろう。それをしなかったのは、冤罪を防ぐためか。

和乃は皆に報せると言って早々に教室を後にする。和乃が出て行った後の理奈の顔色はあまり優れず、少しうつ向いている。身体が重く、力が入らない。

「お姉ぇちゃん、大丈夫?」

華波は理奈の横に座ると、理奈の愛用の魔法瓶を渡す。理奈はそれを受け取ると一気に飲み干す。疲れた時には糖分、と思ったのだが、それでも身体は重いままだった。

「大丈夫だよ、ありがとう」

華波が、心配そうに顔を覗き込んでくる。これ以上心配させたくないと思い笑顔を作るものの、その笑顔は少し弱々しかった。

「無理し過ぎなんじゃない?」

メニューやレシピを毎日遅くまで試行錯誤し、当日も働き詰め、さらにはトラブル解決まで担う。少し、無理をし過ぎなように感じる。

「……」

自分が華波の異変に気付くのと同じくらいに、華波は理奈の異変に気付く。隠し事は出来ない。どうしようか、と考えるのだが、身体は重さに負けて、うつ向いている。華波は黙って自分の出来る事を考える。

「えいっ」

そして、理奈に抱き付く事にした。頭を優しく抱き締めて撫でる。

「華波、何してるの? 」

「んー、前にお姉ぇちゃんがしてくれた事」

一度身体を離すと、理奈の肩に手をおいて真っ直ぐに見る。

「前に私がしんどかった時、お姉ぇちゃんにこうして貰ったら凄く気が楽になったの。だから、お姉ぇちゃんもこれで楽になるかなーって」

「……」

だから、と言って華波は再び抱き付く。

「……ありがとう」

「お姉ぇちゃんもいつもお疲れ様。あたしもけーも櫻子も皆味方だよ?甘えたっていいんだから」

「……」

妙な照れ臭ささを覚えて、理奈は黙って華波に身を預ける。華波といると、落ち着く。そんな事を思っていると、

「理奈ー、ここにいるって聞いたんだけどよ?」

いきなりけーがドアを開けた。そうして二人を見ると、少し固まってから、

「お、俺ァテメェ等がそーゆー仲でも気にしねェからよ!?ま、まぁ、よろしくやれよ!?」

「ちょ、けー!?」

「えへへー、あたしとお姉ぇちゃんの仲は固いのだー」

「んじゃー」

言ってけーが走り去る。表には夏樹もいたようで、けーの白々しい声が響いている。

「いつかの孝之みたいな事言わない!」

「なんかあったのー?」

「う、うん、まぁ、色々?……華波、もう良いから!大丈夫だから!」

理奈は無理矢理華波を引き剥がす。すると、華波が明らかに不満そうな顔をする。

「ぶー」

「華波が抱き付きたかっただけじゃない!」

「お姉ぇちゃん、着痩せするからねー」

理奈は熟れたトマトみたいな顔をして、教室から出て行く。華波が笑いながらその後ろを追っかけ、追い付くとその腕を取って引っ張る。

気付くと、身体のダルさだとか、そう言ったものが全て無くなっていた。手のかかる反面、華波にはいつも元気を貰っている気がする。元気がない時であっても、華波が隣に居て華波が笑ってるだけで、その元気を分けて貰っているような気がした。

それが自分の甘え方なのかもしれない。

「大成功だよね!文化祭!」

「明日もだよ」

「うん、けど、今日だけでも当初の予定より稼げたよね?」

「そうだね。予想より忙しかったもんね」

「明日はどれだけ混むかなー」

華波は理奈と向き合い、後退して歩く。怪我するよ、と注意しようと思ったら、すでに華波は家庭科室に消えていた。

「まったく」

ドアもきっかり閉められている。華波は時によくわからない行動をするな。苦笑をして、ドアをあける。

「お姉ぇちゃん、お疲れ様ー!」

「「「お疲れ様ー!」」」

クラッカーの音。

火薬の匂い。

……。

はて、本当によく解らない。何、これ?

家庭科室には見覚えのない装飾。買い出しに行ってた暴走族の皆様から先輩と一年生に、そして華波達。

「えっと、何?」

「だから言ったろー?テンパるって」

「痛、先輩、痛」

坂上がバシバシと華波の背中をたたきながら笑う。

「頑張り過ぎてっからよー、理奈、オメェはよ?だから、慰労会だ」

「明日は学祭の打ち上げだよっ」

櫻子とけーが笑う。どんだけやんだよ、と手荒い突っ込みが入る。

「ま、どうぞ、理奈さん。こちらに」

夏樹にエスコートされながら、理奈は教壇に向かう。

「夏樹ィ、俺ァエスコートされた記憶ねェぞ?」

「いつも単車でしてるじゃないですか」

「そりゃエスコートじゃねェよ!?」

「おー、けーが妬いてるー」

「ハァッ!?んだとコラァッ!?」

「ムキになるとこがまたねー、櫻子?」

「ねー、華波?」

「よっ、けーさん可愛いッス!」

「可愛さでも常勝無敗ッスか?」

「て、テメェ等……ッ!」

二人のヤジに、族のメンバーが加勢すると、けーの顔が怒りに染まる。

「はいはい、喧嘩しないの」

樋口が手を叩く。川崎と坂上が奥の部屋からケーキを持ってくる。凝ったものが好きな坂上と川崎が作ったのだろうか。三段重ねでデコレーションもゴテゴテしてる。そしてトップはバースデーケーキ顔負けな、板チョコでのメッセージ。お疲れ様と書かれてる。

「少し早いけどね、明日は撤収も忙しそうだから、先に理奈への感謝祭しようってなったの」

「今年は学祭ないと思ってたしな。あたしらからのサプライズ込みだ」

「パシり組のお陰で良く冷えたドリンクもあんぜ」

「姉さん、お疲れ様ッス!」

「なんか追加あったら俺等ァ買って来ますぜ!」

リットルのジュースを掲げながら言う。それを夏樹が鼻で笑う。

「は?俺が行った方が早いだろ?理奈さんの慰労会なんだから、待たせちゃいけねェ」

「おーおー、夏樹ィ、総長がパシられっかよ?」

暴走族の面々から笑いが起きる。その間に川崎と樋口が手早くケーキを切ると、次々と皿にのっけていく。

それを全員に配布すると、静かになり、教壇にいる理奈に視線が集まる。全員グラスを手にして、何かを待ってる。

「え、私が音頭とるの?」

「誰もそうったァ言ってねェけどよ、とりてェならとれよ?」

けーがニヤニヤしながら言う。

「お」

「お姉ぇちゃんお疲れ様ー!」

華波がとった。全員それに続く。

「……」

釈然としない。いかにも取れ、と言わんばかりだったのにこれはどういう事だ。華波が笑いながら理奈の隣を陣取る。

「アハハ、お姉ぇちゃん、お疲れ様ー」

「はいはい」

グラスを向けると乾杯ー、とグラスを当ててくる。けーや暴走族の面々は一年生や三年生に絡んでいる。彼らはまだ高校生だろう。こうやって交友が広まって来年も協力してくれたら助かる。

もっとも、来年は今年程の気合いは入れないだろう。

今年は、目的があってやったのだ。

「大成功だな、森下」

坂上が華波とは逆側に来る。そうですねと応えてグラスを当てる。坂上が来たのを見て華波が雑踏の中に消える。最近二人で話してるのをよく見てたためだろう。気を使ってくれてる。

「悪いな、こんな事頼んで」

「良いですよ、先輩。私も、楽しんでましたから」

この学園祭の提案は坂上だった。急遽決まった参加であったが、場所決めの直前で本当に良かったと思う。

坂上は、どうしても料理部として、学園祭を成功させたかった。

「樋口先輩の推薦の為ですね」

「ああ」

部長は理奈だが、活動再開に合わせて部長は樋口に書き換えてある。部長としてこれだけ成功させれば、推薦で少しは受かりやすくなるのでは、というものだった。

「坂上先輩は、樋口先輩の事本当に好きですよね」

「ああ」

坂上はグラスの中を空にする。夏樹のチームの一人が注ぎにくるのを手で制する。坂上が訥々と語り始める。

「樋口とはさ、小学校からの付き合いなんだよ。その頃、うちさ、もうブッ壊れてて。結構荒んでたんだよ。けど、樋口の飯食ったら、なんてーか、救われた、ね。温かい、っつーかさ、なんだろ。……とにかくコイツは、誰かに飯を食わせてやる為に生まれたんだ、って思ってさ。そしたら、中学くらいから、調理師になるって言い出してさ。だから、あたしは、樋口のために何かしてあげたいんだ」

言い終わると空のコップを振る。それを見て、また注ぎにくる。

「ありがとよ」

「いえ、お疲れ様ッス!」

「あんた、名前は?」

「西条ッス」

「へー、ウチの高校と同じ名前だ?もっと楽にして良いよ」

「ありがとございます!アネゴ!」

「ブッ!」

去り際の言葉に坂上が吹き出す。理奈も隣で腹を抱えている。

「おい、理奈!笑ってんじゃないよ!」

「す、すみません。……アネゴ。……ハハ」

「……あたしって、そんな感じ?」

「特攻服来て単車に跨がって見たらどうですか?」

「……いい、遠慮しとく」

恐ろしく似合う自分が想像の中にいた。

「樋口は、調理師になれるかな」

「私は成れると思いますよ。信じてます」

「……信じるか。あたしは、信じるってのがどうも苦手なんだよな」

「信じられないなら、無理に信じる事はないと思いますよ。特に、坂上先輩は、信じて待ってるタイプじゃないですよね」

「……森下、馬鹿にしてんのか?」

「いいえ、ただ、先輩は先で待ってるタイプだな、と思いまして」

「……」

坂上がきょとんとして、少し理奈を呆然と見る。そうして、呆れたと言わんばかりの顔をする。

「ハハ、あたしにも調理師になれってか?簡単に言うな、森下」

「先輩なら、出来ますよ」

「そうか」

「お姉ぇちゃんー!華波が不貞腐れてるー!」

櫻子の言葉通り、華波はアヒル唇をしていた。まったく、気が使うのなら、もう少し使って欲しいものだ。

「はいはい。……坂上先輩、私は先輩の事も応援してますから」

「……ありがとな」

理解は華波の元に向かい、不貞腐れてるいる華波の頭を撫でてやる。華波は瞬く間に機嫌を直す。

成功させるために行った学園祭。それがまさか、こんな事になるとは思いもしなかったな。

坂上は、独り教壇の上でグラスを傾ける。

「どうしたの、さか」

「……樋口」

横目で視界に入った彼女は、やけに輝いていた。やはり、料理に関わっている彼女は楽しそうだ。

「別に、料理って良いなって思っただけだよ」

「さかは昔から料理好きだったもんね」

「……嫌いじゃ、なかったな」

「相変わらず、素直じゃないよねー」

樋口が笑う。素直じゃないなんて、今更だ。

「……私、調理師になれるかな」

樋口の口から、弱気な言葉が出る。坂上は、若干躊躇ってから

「……なれるだろ。あたしは……信じてるよ」

「……驚いた。まさか坂上の口から信じるなんて聞くなんて」

坂上は樋口から視線を外す。そして、

「あんたが諦める事がないよう、あたしは先で待ってるよ」

「あら、出た。さかの大口」

樋口が可笑しそうに笑う。

「けど、さかって基本、有言実行だよね」

「……」

「言ったんだから、待っててね、私の先で」

「ああ」

そして、料理部は二日間で圧倒的な売り上げを記録した。 他の出店の数十倍の売り上げを出し、去年をも遥かに上回る記録であった。

喧騒は瞬く間に終息し、いつも通りの日常が戻る。

学祭編終了です

次の話も、少し時間がかかりますが、楽しんで頂ければと思います

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