第十六限ー理奈と文化祭
学内が活気に溢れ始めてた。理奈はそれを横目に、今日も砂糖とミルクを山のようにいれた、コーヒー牛乳なのかコーヒーなのかよく解らないカフェインと砂糖の塊のようなコーヒーを飲む。
終わりというものは常に付き物だ。夏が終わり、秋に入る手前のような時期、学校は活気を激化させる。
文化祭、準備期間。今週の末日の文化祭に向けて、各クラス、各部活が賑わいを見せる。
昨年の文化祭で猛威を振るい、他の食事系の出店を壊滅的赤字に追い込んだ料理部が今年は活動を休止している、という事もあり、去年の分をと、二年と三年生は意気込みを見せている。
「猛威を振るったって言うけど、あまりこの表現好ましくないよね。だって、病気みたいじゃない?」
「まぁ、病み付きになるうまさだったけどねー」
理奈の言葉を受けて華波が笑う。大量生産の坂上に理奈と、特出な組み合わせがいたのが大きな要因だろう。
「私も食べたかったなー、理奈の料理~」
料理部の猛威によって、料理系の出店をしたクラスは食事を各クラスで賄い、赤字を減らさざるを得なくなったのだ。そのうちの一人である和乃がぼやく。
「まぁ、今年は料理部が活動してないから大丈夫だって皆喜んでるけどねー」
この理奈達の学校、西条高校は、学校側からの融資がない分、あがりは生徒に分配される。その為に、料理部が活動を停止させてる今こそが稼ぎ時になる。
「え、料理系多いの?」
「多いよ、理奈。当たり前じやない?過去最大の売り上げを誇った料理部が活動を停止させてる。料理部狙いの部外者がいっぱいくる。けど料理部が活動を停止させてる。ならとりあえずその辺ので良いや、ってなるじゃない?まぁ、ある種のハイエナだよね」
「ああ、そういう事」
理奈が手をうつ。合点と言わんばかりだった。
「なんで理奈がそんな事も解らないのさー」
和乃が笑う。今年は儲けるよー、と意気込んでいる。それを見た櫻子と華波が気の毒そうな顔をする。
「そっちじゃないよ、和乃。むしろそれは検討違いって言っても過言じゃない」
「……え?」
和乃の顔が固まる。そう、この場で、いや、この学校内でその事を知っている生徒は、理奈と、その他極々少数のメンバーだった。
「料理部、学祭に出るよ?」
「……」
「今年も学祭、出るよ?料理系で。坂上先輩筆頭に」
「……え、えぇぇぇぇええぇぇぇぇっっっ!?」
和乃が驚きのあまり絶叫をあげる。聞いてない、と言わんばかりだ。
「なんで!?なんで!?なんで!?」
「来年の新入生確保のために」
「なんで公表されてないの!?」
「パンフレット配られるの明日だから知らなくて無理ないけど」
理奈曰く、去年の学祭で入部希望者が爆発的に増加したが、あの事故の直後だったために、校長を筆頭に部長、理奈の意志を尊重したが、来年の新たな部員のために活動して欲しいとの事。
「もう過去の事は踏ん切りついてるし、たまにの活動で良いならって事で部活動も再開する事にしたの。私の快適な家庭科室ライフのために」
「なーんかお姉ぇちゃんが家庭科室不当占拠してるみたく思ってる連中が増えててさ。あたしから頼み込んだんだー。朝と放課後の家庭科室最高だし?あ、あたし副部長ー」
「……」
完全に盲点だった。前回の活動のためにそんな事になっているなんて。
すでに食材の買い集めをしているところも多い。この段階で、料理部の独占市場は確定しているにも関わらずである。
「坂上先輩に樋口先輩、川崎先輩に私。誰一人として卒業してないのに、そんな事になってるなんて。……皆、軽率だなー」
「誰っも予想しないって!?」
和乃は頭を抱える。壊滅的だった。恐らく、サッカー部の方でも料理をして、理奈の名前でも使うつもりでいたのだろう。
「……理奈の、悪魔……」
「私は活動するだけ。料理部なんだから料理で」
だから最近家庭科室の明かりが放課後でもついていたのか、と和乃は己の失態を悔やむ。
「グッ、一体、どうしたら」
「まぁ、私が在学中には料理なんか出そうとしない事だよね」
「っていうか、何やるの?」
「純喫茶」
理奈がメニューボードを渡す。程よいアンティーク感がいかにもカフェ好きの理奈だった。
「パスタにトーストにデザートまであるし、コーヒーも何種類あるのさ!?おまけに学祭料金としては普通って!?」
「食材を大量に買い込む事はしないの。時間がかかるものも外してるしね。買い込む必要がないから赤字を気にする必要のない低予算プラン。食材がなくなったら、けーのチームの人達が買って来てくれるっていう有難いサポート付き」
「……けど、家庭科室なんて公舎の外れで、おまけに回転率のわるいカフェなら」
「か~ず~の~」
華波がニヤニヤしながら呼び掛ける。
「家庭科室はね~、ただの作業場なんだよー?」
「え?」
じゃぁ、とこで?和乃は恐る恐る、理奈の方を向く。
「昼休みのカップルの聖域、中庭」
「ブッ!?」
中庭、そこは校門から入ってすぐの場所だ。そんなところにあの料理部が居れば、他の出し物は壊滅的打撃だ。
「どうやってあの一等地とったの!?」
「んー、人徳かなー」
テーブルから椅子の手配までもが終わっているらしい。後は当日を待つだけだった。
「看板は!?この中に美術得意な人なんて!」
「ヤンキーって、なんでか知らないけど絵心あるよね」
「……またしても、けーパワー……」
和乃は愕然とする。どれだけ稼ぐ気だ。しかも去年がどうだったか知らないが、理奈は本気みたいだった。
「希望を出してた一年生に声を掛けたらすんなりと一年生は集まったよ。一年生には可哀想だけど、交代制で調理班と会計に回って貰える。私と坂上先輩考案の手間を抑えながら大量生産出来るメニューを坂上先輩と樋口先輩が見てる中で作って貰う。私はコーヒーに専念させて貰うし、オーダーも櫻子がとってくれるし、その他サービスは華波。最強の布陣だよね」
理奈は悪魔的な笑顔を浮かべる。
そうして、翌日配布されたパンフレットを見た多くの学生が、和乃と同じ驚きと絶望を味わうことになりながらも理奈達は前日の準備に向けて支度を初めていた。
理奈のクラスは理奈の提案の元、輪投げ等のちょっとしたゲームコーナーになっていた。採算を取らせるために料理系ではなくしたのだろう。
そんな絶望の中迎えた文化祭当日。
「一年D組の焼きそば屋に!」
「二年C組のフランク!」
校門の前には、血眼になりながら客寄せをする生徒の群れがいた。だが、そんな努力も虚しく、一等地を確保した料理部が再び猛威を振るっていた。
中庭に敷き詰められたテーブルには、すでに大量の一般人客が座っていた。
「お姉ぇちゃんー!キリマンジャロとブレンド2杯オーダー!」
「はーい、華波、これあそこのお客さんのコーヒーね」
「はーい。……お待たせいたしましたー」
「……ダメだ、こりゃ」
様子を見に来た和乃が、愕然とする。大半の人間が理奈達調理部のコーナーに直行していた。その流れ込み方は学祭とは思えなかった。理奈は理奈で、2、3台の電動ミルで豆を挽いて、本当にコーヒーに専念していた。たまに思い出したようにハンドミルで豆を挽いて、雰囲気もバッチリだった。何杯も連続でペーパードリップしている表情は真剣そのもの。
「井上さん、ブレンド400グラム追加お願いします」
と、理奈が言うと、近くにおいてあるケータイから、「ブレンド400!」と声がする。成る程、これがけーのパシり隊か。
「あれ、あそこにいるのって」
和乃は入り口に近い席に座っている、どこか見覚えのある男性を見つけた。誰だったかな、と首を傾げる。確か……。
「あ、夏樹さん!?」
「……ん?ああ、キミは確か理奈さんの友達の。……和乃さんでしたか?」
けーの事を慕っている暴走族の総長だった。改めて見ると、爽やかイケメンである。特攻服なんて着なければ良いのに、と思えるくらいだった。
おいでおいで、と手招きされたので、和乃が近寄ると、対面に、長い黒髪の、お嬢様のような女の子が座っていた。かなり小柄で、それでいて気の強そうな美少女だ。
「うわっ、綺麗な彼女さんですねー。初めまして、関元和乃です」
「アホか、テメェはよ?」
小さな声で罵られた。動き自体は凄く優雅なのに、恐ろしい眼力。だが、
「ん?今の、声……」
凄く、聞き覚えがある。だが、こんな美少女は自分は知らない。
「俺だよ、和乃。けーだよ」
「えっ!?」
目の前のお嬢様みたいな美少女は、夏樹が憧れ慕い、パシられているヤンキー達を束ねる、けーであった。
「ええ!?どうしたの、こんな可愛くなって!?」
「理奈に、やらされた」
けーが俯く。その動作にも、確かな優雅さだ。意外と、役者肌なのかもしれない。しかし、何故夏樹とけーを動員させたのだろう。しかも、客席に。普通に走らせたら、この二人の方が早いハズだ。
和乃が首を傾げると、ヒソヒソと話す声が聞こえた。耳をすます。
「凄いねー、あそこのカップル」
「ねー。イケメンとお嬢様」
「芸能人かな?」
成る程。イケメンとお嬢様のカップルでの客寄せか。確かに二人の容姿は人目を集めるには充分だ。珍しさだけなら特攻服の方が珍しいだろうが、それだと客寄せにはならないだろう。
「大変だったんだぜ?間違ってもアザ作んなって言われて、一週間チームの連中に俺の代わりやらせっから人の都合つけさすのも面倒だし、前日理奈ん家に泊まって、孝之にはあーだこーだ言われてよ?朝っぱらから華波にメイクだなんだってよ。この服なんて動き辛ェったらありゃしねェ」
「良いじゃねェかよ、けーさん。滅茶苦茶可愛いって、似合ってる似合ってる」
「後はコイツ。朝っぱらからずっとこんな」
「アハハ」
なんだかんだ言いながらもお嬢様役キチンとやってるけーに和乃は感心してしまう。一度請け負ったら最後まで果たすのだろう。
「じゃ、頑張れよ、和乃。後でオメェのトコも見てくっからよ」
「ありがとう」
「さて、そろそろ満員になったかよ?行こうぜ、夏樹。……和乃、案内してくれよ?」
「まぁ、良いけど」
「夜露死苦」
けーと夏樹が優雅に、爽やかに話してる。やっぱり人目を引く。校内では、たまにけーを見つけると会釈だけしてく者達がいた。
「あれって……」
「けーさんのチームの人。他の出店の情報収集らしいですよ」
「……」
これ、学祭だよね?和乃は理奈の気合いの入れ方をおかしく感じた。出店で高い成績を納める事が目的であるようだ。
収益には興味なんてないだろう。理奈の家庭はかなり裕福だ。何かプレゼントを誰かに渡す時に短期バイトをする事はあるが。
「和乃……さん。あなたのクラスはどこ?」
けーが少しつっかえながら言う。先程のテーブルの時とは違い他人が近いからだろう。
「ブフッ!……それも、理奈の、言い付け?」
「……ええ」
「ぷっ」
けーと会って話した時間は僅かだ。そしてその僅か短時間で作られたイメージとのギャップに、その可笑しさに、和乃は吹き出す。
常勝無敗が、あなた、とは笑ってしまう。その笑いを堪えるのに必死だ。
「ク、ククク」
「和乃さん?」
けーが笑いを堪え震える和乃に寄り添う。そして耳元で
「馬鹿にすんなよ?コラ」
肝が一瞬で冷めた。和乃は先程とは違う理由で震えながらけーを案内する。そして、和乃のクラスに着いたけーが愕然とする。夏樹は隣で苦笑している。
「ヤキ、ソバ?」
和乃のクラスはヤキソバ屋をしていた。
「和乃、さん?」
けーが笑顔を向ける。目が笑ってなかった。
「ヤキソバには、うるさいわよ?」
けーは二つ頼むと、それを持ってクラス前のベンチに夏樹と腰をかける。けーは、それを一口食べると、顔をしかめる。
「最悪と称するに相応しいヤキソバ」
と一言で切り捨てた。和乃は顔を反らす。最悪って、結構普通のヤキソバだと思うんだけど……。
「久々に聞いたよ、けーさんの最悪って評価」
夏樹が笑いながら言う。そんなに酷いものだっただろうか。
「夏樹、喉乾いたわ」
「へいへい」
夏樹がパシられる。端から見れば完全に尻に敷かれているその様に、和乃は少し笑ってしまう。
「この間よー」
突然けーが和乃に語り始める。口調が戻っている。
「夏樹にコクられたんよ」
「えっ!?」
そんな仲だとは知らなかった。ならば自分は席を外した方が良いのではないだろうか。
「よく解んなくてよ、アイツとそういう仲になるってのがさ。嫌いじゃねェんたけど、そんな特別って訳でもねェし。今のままのが良いんじゃねェかってよ」
「んー、私も誰かと付き合った事ないけど、付き合ったら何か変わるとはよく言うじゃない?」
「んなもんかよ?」
「けーさーん」
夏樹が帰ってくる。本人も本人で、現状に満足しているような笑顔だ。夏樹は、けーと居られるだけで良いんだろう。
夏樹の肩が通りすがりの三人組に当たる。
「っと、ごめんよー」
「あ?」
三人組に睨まれても夏樹は笑顔を崩さない。
「どこ見てんだよ」
「謝ってるじゃないか」
「ああ?口でさらっとで済むと思ってんか?」
「……」
夏樹の顔に、険悪な気配が漂う。
「おい、テメェ等?あんまし調子こいてっと、痛い目見るぞ?」
「あぁ?テメェこっちゃ三人だぞ?ちょっと裏来いや」
「ね、ねぇ、けー?ヤバくない?」
「夏樹ならあんな三人組余裕。片手だけで勝てるし、夏樹が出る幕ねェよ」
どういう事?和乃が眉を寄せると、
「オイ、テメェ等?」
「うちのもんになんか用かよ?」
どこから湧いてでたのか、夏樹よりも二回りくらい大きな二人組だ。堅気じゃない感じが全開だ。
「ちょっと裏来いよ?」
「こっちァ二人だろ?え?」
三人組はズルズルと連れて行かれる。状況を飲み込めないようで、困惑したまま夏樹と男二人を見比べ続ける。
「誰?」
「うちの特攻隊長と親衛隊長ですよ」
「……哀れ」
多分、当分帰って来ないだろう。
「一般客に混じってトラブルの解決してんすよ、両部隊で」
「むしろ、トラブル助長してない?」
「良いんだよ、勧善懲悪だっつの」
それはあってるのか間違っているのか。和乃はなんとも言えない気がした。
「お?飲み物買ったは良いが、理奈んとこ空いて来たな?」
戻るか。言ってけーは飲み物を飲みきる。
「それじゃ戻りましょうか。見世物小屋に。……それじゃ和乃さん、また」
優雅に見えるけーも心無しか疲れているように見えた。だが、夏樹がそのけーを励ましている。和乃から見れば、二人のその様は本当にお似合いに写った。けーも、夏樹の言葉で元気付けられたようで、笑顔を浮かべて話している。きっと、夏樹が特攻服を着ていても、けーが普段のけーであっても、和乃は同じ事を思っただろう。和乃は二人を見送ると自分の出店に戻る。
その日の売上は予想を遥かに下回るものになったのは言うまでもない。和乃は正の字をカウントする。
「6000円か……」
一杯300円という良心設定にした為か、そこまで大打撃にはならなかった。けーがチームの人達に買わせたのもあるだろう。怖い人が何人か買って行ったという証言がある。
20杯という数字に和乃は頭を抱える。明日2倍近くの購入者が居れば赤字は辛うじて免れるだろうが、けーのチームに頼りっぱなしという訳にもいかない。
とりあえず、今日の家での食事当番は自分だ。家族にも手伝って貰おう。
「4個、私買って行くよ。他に買う人いる?作ってる間にカウントミスがないか、在庫数えよう」
少しでも全体の赤字を減らそうと何人かが買う。
「和乃ー」
「何、どうしたの?」
在庫を数えてたクラスメイトが声をかける。ひきつった笑みを浮かべている。
「在庫が合わない、10杯分」
「え?」
まだまだ今日は帰れないのかもしれない。
学園ものなので、大定番の学祭です
青春ですね




