休み時間ー理奈とけー後編
この物語『理奈とけー』には、謎が一つ隠されています
謎解きに必要な事は前篇にのみ書かれていますので、謎解いてから、という方は、前篇を読み直して下さい
理奈からの着信に、俺は固まる。……そーいやー、会った時に舞い上がって勢いそのまんま、アドレスとか、交換したんだっけ?なんてこった。俺ァまた自分の首を絞めた訳だ。
「お、おー。理奈かァ?どーしたよ?」
『なに、その微妙過ぎるどもりは。何か今私に怒られるような事してるの?』
「してねェよ」
今は。
「で、なんか用かよ? オメェから電話なんてよ」
『用がないと電話しちゃいけないの?』
なんでコイツァこう、色々と心にくる言い方をすんかねェ? ドキッとなんかしてねェ。してねェからな。
「いや、そーゆーワケじゃねェけどよォ」
『なら良いじゃない』
「じゃァ俺と世間話する為に電話かけたんか?」
『そんなワケないじゃない』
「どっちなんだよ、オメェはよ!?」
ワケ解んねェ。
『ところで、そのオメェってどうにかならないの?そう呼ばれるの嫌なんだけど』
「え、あ、悪ィ」
これはもうクセみてェなもんだ。大目にみてくれや。
『明日って暇?』
「ああ? 用事はなんもねェけど」
『さっきからなんだかつれない言い方多いよね。けーはそんなに私の事嫌いなの?」
「んなわけねェだろッ!」
んなわけねェ。俺ァ、理奈の事が……。
『……』
「あ、悪ィ。怒鳴っちまって」
『いや、良いよ。代わりに明日、絶対空けておいてね』
「なんでだよ?」
『……ふーん、けーは私と会いたくないんだー?』
「いや、そんな事ァねェよ? だからよ、あんまりそーゆー事言うなよ?」
コイツ、絶対笑ってやがる。絶対楽しんでやがる! 昔っからちょっとそういうサド的な節あったとは思ってたけど、こんなんになってるなんて誰も思わねェよ!?
『今日ね、華波と学校の友達にけーと会ったって話したんだ。そしたら、皆……って言っても二人なんだけど、ネズミ小僧を見てみたいって言い出しちゃったの。それで予定を確認したら明日、ちょうど皆予定が無くてね。なら明日けーのところまで遊びに行こうってなったの』
「俺ァ上野動物園のパンダか」
見てみたいって、完全に珍獣扱いじゃねェか。
「明日、明日ねェ」
用事なんて無い。明日は土曜で学校もねェし。毎日朝から暴走行為する程暴走るんが好きってわけでもねェ。ただ、さっきの決心がある。
「あのよ、理奈」
『駄目?』
「……」
理奈の誘いは、酷く蠱惑的だ。会いてェけど、会っちゃいけねェ。会ったら、間違いなく決心が崩れちまう。
『……そっか』
理奈の残念そうな声。俺の沈黙を、駄目だととったんだろう。
「明日ァあけとくから!」
気付きゃそう言ってた。馬鹿だ。俺ァ正真正銘の馬鹿だ。おい、誰か俺を殺してくれよ。訴えねェからよ。恨まねェからよ。頼む。一思いに誰か殺してくれ。
『本当? みんなきっと喜ぶ。ありがとう、けー』
「おう」
『じゃ、明日ね。朝の十一時に西H市駅で良い?』
「おう」
電話を切る。なんでこうなんのかねェ。人生裏目裏目に出るもんだよな、本当によ。
「よし、寝よう」
明日ァ早起きすんぞー。
……。
改めて思う。俺ァ正真正銘の馬鹿だ、もう、昨晩から何回もそう思う。こんだけ自分で馬鹿だって気付くって事ァ、きっと救えねェ馬鹿なんだろうな。
「俺がアラームも無しに、早起き出来るわけねェだろォがッ!?」
つーか、アラームくらいかけてから寝ろよ、俺! まァ、アラームあっても起きられねェんだけどな!?
「何一人で誇ってんだ、馬鹿野郎!!」
ケータイには理奈から大量のメール。ヤベェ、遅刻コースだ。
飛び起きて身支度を整える。タンクトップの上からミリタリー調のシャツを羽織って、太めのデニムをはく。またカチューシャでオールバックにすると、ブーツをはいてバイクに飛び乗る。
「ってキー忘れたァ!」
キーホルダー制服のポケットに入れっぱだ! キーをとりに戻って慌てて猛スピードで駅に向かう。渋滞の中をすり抜けて追い越していく。クラクションの嵐の中をとにかく爆走する。こんな日に寝坊ったァどういう了見よ、俺!
カーブを曲がると駅が見えた。下りの電車が発進している。時間的に、遅くとも理奈達はこの電車に乗ってるはずだ。むしろ、華波の馬鹿が間違いなく寝坊するだろうから、これに乗ってるはずなんだ! っつーか寝坊しておいてくれ、華波!
駅の階段を、理奈達が降りているのが見えた。時間通りだ。どうやら直管の音に気付いたみてェで、こっちに向かって理奈が手を振ってくる。手を振られる。それだけの事が嬉しくて、さらに加速させる。
ズザァァァァッッ!!ドリフトと見間違うようなブレーキで止まる。理奈が呆れた顔をしている。
「おう、間に合ったぜ?」
「って事は、やっぱり寝坊してたんだ、けー」
「アハハ、寝坊助~」
やけにスタイルの良い、明らかに馬鹿っぽい奴が言う。ああ、コイツ華波だわ、間違いねェ。
「おー、華波か?」
「やっほー、けー。久々ー。随分変わったねー。アクティヴなとこは変わってないけど」
「そーゆーテメェは滲み出る馬鹿っぽさで一発で解ったぜ? ああ、華波は相変わらず脳ミソに行くべき栄養が背と胸に行ってるってなァ」
「む、馬鹿って何さー。これでもお姉ぇちゃんと同じ高校なんだぞー」
「マジで!? オメェが!? 裏口!?」
「一夜漬けー」
「……」
馬鹿は心底馬鹿だった。受験を一夜漬けって、どーゆー了見よ? っつーか、変わってねェっていうか、馬鹿さ加減に磨きがかかってねェか、コイツ?
「んじゃ、そっちのお二人さんが学校のツレか」
見ると、俺の視線にビビったみてェで一歩退く。なんだよ、別にガンくれたワケじゃねェって。
「けー、あんまり怖い顔して二人を見ないで。怯えてるじゃない」
「んなに怖ェのか、俺の顔ァ!?」
ちょっとばかり傷つく。この慈愛の精神で満ちあふれた俺が怖いったァどーゆー了見よ?
「あー、俺ァけーだ。柏崎けー。普通にけーって呼んでくれよ。夜露死苦」
「えっと、あたしは増田櫻子。櫻子で、どうぞ。よろしくお願いします」
「私は関元和乃です。よろしくお願いします」
「カッタ!堅ェよ、二人揃ってよ。喜楽に行こうぜ?」
笑ってから、バイクを停めに一度離れる。理奈だけなら二ケツで連れて行けねェ事もねェが、四人は無理。あー、誰かに車出させりゃ良かったわ。
戻ってみると、4人の周りを頭の悪そうな4人組が囲んでた。チャラチャラした、東条さんのグループをバックにしてる連中だろうな、この感じ。
「ねぇ、君たち可愛いね。俺等とお茶しない?」
「いえ、あの」
「良いでしょ? 少しくらいさぁ」
ナンパかよ。そのままお持ち帰りされて傷物にされちまったらたまったもんじゃねェっての。
「おい、テメェ等。俺のツレになんか用かよ?」
「あ? なんだテメ……けーさん!?」
「お疲れ様です!」
「お疲れっしたー!」
深々と頭を下げる。よしよし、最初の一言は聞かなかった事にしといてやろう。
「け、けーさん、随分と美人な友達つれてんすね?」
「世辞の類いァいらねェから、さっさと散れ」
「す、すんません!」
四人は慌てて原付に乗る。これだからこの町は本当によォ。
「悪ィな。後でしっかり教育しとっからよ」
「いいよー、お茶しよーって言われただけなんだから」
馬鹿が笑いながらいう。危機感ねェなぁ、コイツ。
「お、けーさーん!」
夏樹が道路から手を振ってくる。後ろに10人くらい、特攻服こそ着てねェがチームの連中がいる。
「って、お友達と一緒でしたか。失礼」
「おー、夏樹ィ! 朝からどーしたよ!?」
「いや、コイツ等と今から峠走ってくんすよ。けーさん見かけたから思わず声かけちまって。すんません」
「構わねぇよ? 気ィつけろよ。どうせ賭けんだろ?」
夏樹の視線が泳ぐ。参ったなーと頭をかく。
「けーさんにゃ叶わねェッス」
「テメェ等も、パクられんなよ!」
「「「あらぁす!」」」
「じゃ、俺ァここで。……行くぞテメェ等!今日は良い走りが出来そうじゃねェか!」
「「「うっす!」」」
俺に手を振りながら走り去ってく。そして、振り返ると、理奈達はじっと夏樹達を見てる。
「どーしたよ?」
「あの人、年上だよね?」
「おお」
「なんでけーがタメ口であの夏樹って人が敬語なの?」
「本人の意向。俺に憧れてんだと」
すごいねぇ、と理奈達は頷いてる。確かに、年上が敬語ってなァ珍しいかもな。
「んで、見るもんなんもねェけど、どこ行くよ?」
「まずカフェ。けー、美味しいところ、案内して」
「理奈ァぶれねェなァ。他の三人、異論は?」
「ないよー」
「ない、ね」
「私も」
「おっしゃ、旨ェかはおいといて、案内するァ」
「美味しいとこ」
「行くぞー」
コイツのコーヒー好きに付き合ってたらキリがねェ。俺ァ無視して歩き始める。
駅から徒歩数分のとこにある茶店に連れてく。ここァたまァに俺が授業ふけてコーヒー飲みにいくとこだ。旨いか不味いかで言われたら微妙。不味くはねェんだがな。俺が入ると、先客が何人かいた。そのうちの一人に面倒クセェ奴がいた。
「んだァ? けー、テメェ席外せ。俺が先客だ」
「おう、マスター5人だ」
「おうおう、無視かァ?」
先客、ことあるごとに俺に突っかかってくるタメの馬鹿がいた。オメェは空気読め。
「おー、後藤君じゃねェかよ? いたんかよ? 悪ィけど、ツレがいんだ。テメェの相手してる暇ァねェんだよ?」
「んだと、コラッ! やんのか、テメェ!」
後藤が立ち上がって俺んとこまで来る。和乃と櫻子が本物だー、と写真を撮る。都会っ子はこーゆーの見慣れてねェんだろーなー。
「おいおい、いい加減にしとけよ?テメェ俺に勝てた試しねェだろ? ギャラリー付きで無様な姿晒すかよ?」
「テメェッ!」
「はいはい、けー。止める止める。私たちは別にあなたの喧嘩を見に来たんじゃないんだから」
理奈が俺の事を引っ張って下がらせる。理奈がにこやかな笑顔で後藤に話しかける。
「すみません、後藤さん、で良いのですか? ウチのけーが粗相をしたみたいで。けど、ここには私がお願いして来たんです。寛容な心で私たちの事は、見て見ぬ振りをしていただけませんか?」
超絶低姿勢。思わず後藤も目をパチパチしてやがる。
「え、えっと」
「お願い、出来ませんか?」
完全に調子を狂わされた後藤が、慌てふためく。コイツァ口以上に手が出るタイプなのに完全に理奈のペースだ。
「チッ、しゃーねぇなー」
後藤は会計済ませてさっさと出てく。帰れ帰れ。
「おい、けー。テメェ、覚えとけよ。テメェが目障りだと思ってんのは俺だけじゃねェんだからな」
「そーかよ」
俺はさっさと席に座る。入り口から一番遠いテーブルを5人で囲む。雑魚の遠吠えなんぞに興味ねェ。
「けー、本当に程々にしてよね」
理奈が怒ってた。目が吊り上がってる。
「悪ィ悪ィ。つい、な。……にしても、よくこんな治安悪ィとこまできたよな、本当」
「天下の殴り屋さんがいるからね」
理奈の目が冷たい。思わず視線をそらす。
「別に、俺だって四六時中喧嘩してるワケじゃねェよ? 俺は俺の周りの奴には弱ェ奴、一般人からはゼッテー物盗らせねェし。どちらかってェと、さっきの夏樹みてェに俺の周りァ走り屋メーンで」
「最後に喧嘩したのはいつ?」
まだ冷たい目線を送って来てる。おまけに、最悪な質問だ。昨日8人ボコしたばっかだ。
「……昨日」
俺ァ嘘を言うってのを選択肢から除外して、素直に答える。マジで理奈には嘘を言うのが怖い。何かでバレたらマジで怒られそうだから。おまけに、些細な事でバレる気しかしねェ。
「その前」
「……昨日」
二ラウンドやったから、間違ってねェはずだ。
「……まさか、一昨日はしてないよねぇ?」
「……」
視線が泳ぐ。理奈が頭を抱える。
「あの後? あの後にしたの!?」
「だってよォ、仕方ねェじゃねェか。先輩達に絡まれてよ。大人しくしてりゃ、俺ァ食い物にされ」
「ぜんっぜん仕方なくない」
理奈はもう完全に呆れ果ててた。ヤバい。これじゃ四六時中喧嘩してんのと変わらねェ。
「あ、あのよ、和乃と櫻子とは、どんな風に知り合ったんだ? 俺、二人の事知らねェし?」
無理矢理過ぎる話題変更。けど、俺にゃそれくらいでしかこの冷たい目線からは逃れられない。
「櫻子とは席がたまたま隣だったの。それで」
「ふーん、櫻子。どーよ、第一印象は?」
「第一印象って言ってもさ、お姉ぇちゃん、有名だったからな。あー、噂のあの子かーって感じ?」
噂、ってのはなんだろう。
「森下理奈にトラブルを相談したら、だいたいの事は解決するって噂」
「……本当に、厄介事に首突っ込むよなァ、理奈ァ」
「人を野次馬みたいに言わないで」
理奈がムッとしながら言う。だァから睨むなっての。
「和乃は?」
「ちょっとしたトラブル解決で」
「やっぱ好きなんじゃねェかよ、厄介事」
「違うって。周りが私に持ってくるの」
もはや笑うしかできねェわ。本当に嫌なら聞く耳持たねェだろ。
「それでその後、華波の追試勉強を付き合ってくれるの」
「ちょ!? お姉ぇちゃん!? それじゃあたしが馬鹿だってバレちゃう!?」
「「「皆知ってるって」」」
異口同音に言うと、華波が頬を膨らませる。変わってねェなァ。華波の頬を突くと、息が漏れる。
「で、けーはなんでこんな治安の悪い場所で殴り屋なんかやってるの?」「テメェその話蒸し返してんじゃねェよ!?」
せっかく冷たい視線から解放されたと思ったのによ!?
「親の都合なんだから仕方ねェだろー? 親に反発はしても、そんな事意見出来やしねェよ」
「お父さんとかはそういう事やってて何も言わないの?」
「言わねェよ。俺の事なんざ。アイツ等ァ兄貴の事ばっかだよ。俺ァこんなだから尚更」
勉強嫌いの俺と違って、兄貴は勉強熱心だ。国立T大に通ってるくれェに。それこそ、授業料を稼ぐためにここまで奥地に住んでるようなもんだった。
「それに、良いとこと言えば良いとこだぜ、ここァよォ」
治安は悪ィし、なんにもねェけど、にぎやかだ。退屈ァしねェ。
「でも、危なくない?」
和乃が心配そうに見てくる。さっきの後藤のアホのせいもあるんかな。
「大丈夫だって。刺される時ァ都心に居たって刺されんだろ?同じだよ、どこも」
和乃の顔が引きつる。さすがにこの例えは悪かったみたいだ。
それから大分色々話した。ネズミ小僧になった経緯やらなにやら。櫻子と華波の男の見る目の無さやなにやら。
「って、ヤベェな、こんな時間か。お開きだ」
時間はもう十九時近かった。四人は、俺の言葉にキョトンとしてる。
「オメェ等も散々言ってただろ。ここァ治安が悪ィんだよ。19時すぎたら、ここからの帰り道だって何回絡まれるか解ったもんじゃねェ」
成る程、と頷く。俺が居れば大丈夫なんて馬鹿な事言い出す奴ァさすがにいなかった。俺だって、四人守りながら戦える自信はねェ。
店を出ると、まだ日が暮れつつある程度、黄昏時だった。逢う魔が時とかとも言うな。駅に向かって歩いてると、着信があった。
「悪ィ」
短く断ると、電話に出る。クラスの奴からだった。
『けー! 三年坊が大軍引き連れてお前の事探してるぞ! ちょっとヤバそうな連中ばっかりだ!』
「おー、そうかよ? ありがとうな、わざわざ」
言って通話を終了させる。不穏な気配がする。逢う魔が時ったァよく言ったぜ。
「どうしたの、けー」
理奈が尋ねてくる。真剣なまなざし。あの、十年前の時と同じ目だ。なんでも見透かしてるみてェな、あの瞳。
「なんでもねェよ?」
「けーのなんでもないって、たいてい何かある時だよね」
図星。だが、その辺じゃ俺ァボロ出さねェ。知るかよ、と言って歩く。
……ォォン。オオォォォンッ!
「ッ!」
不穏な音に、思わず焦りが顔に出る。僅かな変化も、目敏い理奈は見逃さなかった。だが、幸いにも駅はもう目の前だ。
「やっぱり何か」
「けーさん!」
夏樹が道路から声をかける。朝みてェに、フランクな感じじゃねェ。解ってるって。近ェ事くれェよ。
「おい、夏樹」
ここまで来ると、諦めみてェなもんなんかな。頭ん中がやけに静かで澄み渡ってる。
夏樹が次に言おうとした言葉ァ、出てこなかった。夏樹はそのまま言葉を飲み込む。
「理奈達、俺のツレをよ、駅まで送ってやってくれ」
「送るって、けーさんは?」
バイクの上から、夏樹が馬鹿な事言うなと言わんばかりの目で見てくる。やる事ァ一つしかねぇだろうが。
「俺ァ、やる事あっからよ」
「無茶苦茶だ! 50、いや60は超えてるんだ! 仲間集めて出直そう!さすがのけーさんだって!」
「夏樹ィ」
睨むとまた黙り込む。相手が何人居ようが知ったこっちゃねェ。
「俺ァ、常勝無敗だぜ?」
それだけ言うと、夏樹は黙って俯く。理奈達に、向き直る。四人とも、状況を察してるみてェで、騒ぐ事はなかった。
「悪ィ。今日はここまでだわ」
「けー。物事、暴力では解決しないよ」
理奈が正論を述べる。その顔は、真剣そのもの。だけど、そんなんは、平和に暮らす奴らの発言だ。
「知らねェのか、理奈?世の中、暴力でしか成り立たねェ事もあんだぜ? それが、俺等の秩序だ」
「そんなのは、無秩序と変わらないよ」
「そうか? なら俺は無秩序の中でしか生きられねェんだろーな? 結局頼れるものは、俺自身の拳だ」
「そんなの、間違ってる」
「ああ、だろうな。無秩序なんだからよ」
「解ってるのに、暴力を振るうの?」
「暴力でテメェの我が儘を突き通そうとする奴らがいる。俺ァソイツ等を暴力でぶっ倒す。そんだけだ」
「話し合えば解る」
「世の中、オツムの弱ェ奴もいんだよ。調子に乗る奴とかよ。……今日ァ、楽しかったぜ。お前等と会えて、よ」
「けー!」
そこで議論は終わりだ。俺は音のする方角に向かう。夏樹が、理奈を取り押さえて駅の方に引っ張って行く。
音は、次第に近づいてきてやがる。癇に障る音だ。静かになって貰わねェとな。
「よォ、三年坊の先輩方よ」
大軍がすぐ目の前で止まる。一体どんだけ居んだよ。夏樹ぁ、60とか言ってたけど、もう少し居そうだな。
「そんな人数でパレードしちまったら、正しい交通の邪魔だぜ? つーか、テメェみてェな奴に良くこんだけの人数集められたな?」
「相変わらず、偉そうな口叩きやがるな、けー。だが、お前の天下もここまでだ」
一昨日ボコした三年坊だ。勝山とか言ったっけ?
「東条さんの許しァ出てんだろーな? 勝山くんよ?」
「あの人は今回の事ァ何も知らねェよ。俺等の独断だ。オメェは潰しとかねェと厄介だってな」
「ハッ、オメェ笑えるぜ? 言うのが怖かっただけだろーが?」
「本当に、生意気な奴だな、テメェ」
勝山の顔が歪む。生意気? 笑わせんな。強い者が偉い。この無秩序のルールだろォが?
「泣いて詫びいれりゃ許してやろうかとも思ったけどよ、テメェのそのやたらと高ェプライドが邪魔したみてェだな、けー?」
やけに強気だ。この間ボコされたばっかだってのに。まぁ、こーゆー奴ほど、徒党を組んだら自分まで強くなったって錯覚すんだよな。
「ハハ、テメェこの人数相手にやるきかよ?」
「超ウケるんですけど、けーちゃんよ」
5人くらいが隊列から外れて俺を囲む。勝山が何か言いたげな顔をしたが黙る。やっぱりそれは一枚岩じゃねェって事だろう。おそらく、普段の生活の中でおいて同等の権力、暴力しか持たねェか、ちょいとばかりやる奴らか。
「……」
「オイオイ、どーしたよ、急に黙っちゃってよ?」
「なんか言ってみろよ、けーちゃんよ!」
木刀が襲いかかってくる。半身を入れて鼻下にストレートをぶち込む。
「ガバッ!?」
「喧嘩ってなァよ、怯んだら負けだぜ、ニィちゃん」
もう片方の手でフック。たったそれだけで地面に突っ伏す。
「テメェ!」
「ブッ殺す!」
普段はコイツ等5人組の徒党を組んでるワケだ。周りの四人しか動かねェ。
こんな馬鹿ぶっ倒すのに、大した時間もいらねェ。全員カウンターで次々に倒れて行く。
「こんなもんかよ?まったくよォ」
シャツを脱いで、近くのガードレールに引っ掛ける。
「テメェ等上等だ、コラァッ!まとめて相手してやっからさっさとかかってきやがれよ!?」
「殺せェ!」
拳を握って大軍の中に突っ込む。
言うまでもねェ。後はもう滅茶苦茶だ。殴って、殴ってとにかく殴り倒した。何発決めたか、何発もらったか、そんなのはもう、解らなくなってた。
「……グッ、オ……」
今、立ってるのは俺だけだ。俺以外の奴は皆地面の上に転がって、気絶してるか、悶絶してる。もう、身体についた血が、自分のなのか、倒した奴らの返り血なのかも、解りゃしねェ。明滅する意識を無理矢理留める。言う事効かねェ身体を引きずって、転がる連中を踏み越えて駅に向かう。
「……理奈……」
理奈は、無事に帰れたんだろうか。それだけが気がかりだった。夏樹ァ、きっとまだ駅に居るハズだ。俺の帰りを待ってくれてるハズだ。
「……ゼィ、ゼィ……」
乱れた呼吸が直らねェ。こんなんじゃ、夏樹んとこの兵隊にも勝てやしねェだろーな。
目の前から、タックルを食らう。
「グッ!?」
踏ん張る力も残されてなかった。勢いそのまま後ろに倒れ込む。まだ生き残ってる奴が居るんかよ。
「……舐めんなよ?コラ……」
がら空きの頭部に肘を入れようと、振り上げる。
「……グスッ」
すすり泣く声が聞こえた。タックルをして来た野郎から。……いや、違う。
「……理奈……」
タックル、じゃなくて、抱きついただけだったんだろう。理奈が、俺の胸の中ですすり泣いてる。
「……バァカ、何、泣いてや、がる……」
「すまねェ、けーさん」
夏樹が、側に立ってた。俺程じゃねェが、大分ボロボロだ。コイツが、何人か相手してくれたんか。
「……テメェが、守ってく、れたんか、よ……?」
「はい。他の三人は返したんですが、その子だけ、帰らないと聞かなくて」
「ありがと、よ」
夏樹は、俺の倒した連中を見て、スゲェ、とボソッと呟いた。
「……もー、良いだ、ろーが?……いつまで、泣いてん、だよ?」
身体を引き起こす。理奈が顔をあげる。
「……」
「……」
思わず、黙っちまう程の迫力だった。泣いていた理奈――泣きっ面も相まって、マジで怖ェ顔で睨んでくる。俺の顔が引きつる。俺は今日また一つ学んだ。これが、恐怖だと。
「本当に、本当に本当にバッッッッカなんじゃないの!? 馬鹿なのは知ってたけどさ!」
キィン……。理奈の声で耳が壊れそうになる。なんて声量だよ、コイツ。
「夏樹さんが言ったみたいに仲間集めるとか! もっといくらでもやり方はあったでしょ!? なにが『俺ァ常勝無敗だぜ』よ!? これだけボロボロになったら負けてるようなものじゃない!本当に馬鹿馬鹿馬鹿ッ!」
怒鳴るのは良いけど、もー少し離れてくれ、理奈。
「私がどれだけ心配したと思ってるの!? おまけにそっちから外れてこっちに何人か来て夏樹さん巻き込むし!?一人でやるなら責任持って一人でやりなさいよ!」
あれ、なんだろ。妙な違和感が。
「相手が凶器持ってたって、何人居たって、変な傷作らないでよね!?」
なんだか、喧嘩した事自体にはなーんにも触れてねェんだけど?
「一人でカッコつけて! 本当に……本当に、馬鹿」
理奈が俺の服を握りしめる。
「……今度急に居なくなったら……許さない、んだからね……」
「……プッ……」
何だよ、お姉ぇちゃんって呼ばれてたり、ただのお母さん気質かと思ってたらよ。なんだ、そりゃ? 理奈、オメェ。
「アハ!アハハハ!ハハハハハハ!」
ヤバい。全身痛ェのに加えて腹筋が痛くなる。おまけに理奈の目、どんどん険悪になってくしよ。けど、笑いが堪えられねェ。
「アハハハハハ!」
デレた? 今のデレかよ? なァ、理奈。今のデレだよな?
「帰る」
冷たく、吐き捨てるようにそう一言言う。俺の事ァ、完全にゴミを見るかのような目だ。酷いもんだぜ、まったく。
「……俺一人おいて帰る気かよ? 俺こんだけ傷だらけ何だぜ?」
「知らない。けーなんて知らない」
理奈は完全に不貞腐れてる。帰るっつってんのに、足が全く動いてねェってのが、可愛いんだよなー。コイツって、結構天邪鬼だよな。
「もう少しで良いから、一緒に居てくんねェかな」
「……」
そっぽを向いたまま、何も返答は帰って来なかった。沈黙は了解の証で良いだろ。
「けーさん、とりあえずそろそろ逃げましょう。マッポが集まって来てる」
「しゃーねェなァ」
これでパクられたんじゃ、堪ったもんじゃねェ。駅に歩いていくと、サイレンの音が聞こえた。俺がボコした奴らも、なんとか撤退を始めたみてェで音がする。駅について俺もバイクにまたがる。エンジンを入れる。
「おう、理奈」
またな、俺が言うよりも早く、理奈は俺の後ろに乗っていた。
「……なに、してんだよ?」
俺が聞くと、そっぽを向く。やれやれ、まだ怒ってやがるんかよ。
「……まだ、居たいっていったじゃない」
「……お、おう」
予想外の言葉に俺が戸惑ってると、夏樹が笑ってる。理奈にメットかぶらせて、ギアを入れる。
腰に回される腕にドキッとする。情けねェくらい、顔が赤くなるのが解る。それを悟られさせないよう、速度を上げる。
「けーさん! ウチに一旦バックレませんか!? どーせ人いやしねェんで!」
「おう。悪いな」
夏樹が加速して俺の前に出る。夏樹の家にはまだ行った事ねェな、そーいやー。
俺の夏樹のバイクのエンジン以外、遠くでサイレンの音がするくらいで、他には特に音のするものはねェ。すごく静かだ。その静かさが、心地よくも、気まずくもある。
「けー、大丈夫?」
「あ? 何も、問題ねェよ?」
「けど、なんだかけー、すごく熱いんだけど」
「……」
後半の方は乱暴なアクセルワークでかき消す。聞かなかった事にしよう。俺ァ何も聞いてねェ。うん、聞いてない。
夏樹が手で止まれ、と合図してくる。止まれってお前、ここァ……。
見渡せば、背の高いマンション群が乱立している。ここは、この町の高級マンション街だった。
「稼いでんすよ、俺。好きな女の子居っから、金貯めてんスよ」
言って一番上等そうなマンションに向かって夏樹が歩いて行く。おいおい、今のは聞き捨てならねェ。
「おい、そりゃぁ、誰だよ?」
面白いもん聞いたな。俺も理奈もニヤニヤしながら尋ねると、それは勘弁と言われる。
「私は推測出来ちゃいましたよ、夏樹さん?」
「え!? ちょ!?」
夏樹がロックを弄りながら慌てる。……今日、理奈ァ夏樹と会ったけど、そこに女なんて居たっけ?
「言い出しといてあれっすけど、それは後日にー……」
「理奈ァ、後で教えてくれや」
「けーさんっ!」
夏樹が顔を真っ赤にしながら怒鳴ってくる。面白ェ。
「夏樹さんも、大変ですねー」
理奈は白々しく言う。夏樹は顔を真っ赤にしたままドンドン歩いて行く。最上階の端の部屋で止まる。
「けーさん、絶対に笑わないって約束すんなら、教えますよ」
夏樹が鍵を空ける。中は小奇麗に片付いていて、とても男の一人暮らしとは思えない。調度品も、センスが伺える。
「あー? 笑いやしねェよ?」
「……はい、救急箱。俺ァ適当に流してくんで、朝まで二人で使ってください。鍵はオートロックだから、出てく時気にしなくて良いです」
流すってオメェ、これからかよ?
「なんか、悪いな」
「良いですよ」
夏樹の顔は真っ赤だった。
「ん? どーした?」
「……けーさん、本気で解んないんですか?」
「あ? お前の好きな女の事? まったく検討もつかねェ」
「……ハー」
夏樹が大きなため息をはくと、ドアノブに手をかける。
「俺が好きな女の子はね」
ドアを開けると、ちょうど夏樹のバックに月が見えた。勿体ぶってんじゃねェよ。
「けーさん、あんたですよ」
言って夏樹はドアを閉める。
「……」
今、何、っつった?
「……」
「……けー、本当に気付かなかったの?」
「……」
は? 俺?
「ハァァアァァッッ!? 待てよ、コラァッ! 説明!」
「しないの! 待ちなさい、けー!手当が先!」
グィッと座らさせられる。理奈が手当を始める。
「は? ……意味解んねェ。俺って、……アイツ、一体全体どーゆーセンスよ?」
「なーんで自分って言われてそこまで夏樹さんの事否定してるのよ。普通に考えれば解るでしょ」
いやいや、解んねェよ。お前と一緒にすんな。
「ピアスだ金髪だってちょっと怖いけど、普通にしてたらけーは普通に可愛いんだから、全く不思議な話じゃないでしょうが」
「いやいや、俺ァ可愛いとかそーゆーんとは全く縁も所縁もねェだろ?」
「だから、普通にしてれば」
「……」
普通って何だよ?
「全く、なんで夏樹さんは、こんなの好きになっちゃったんだろうね? 可哀想な夏樹さん。けーもそう思うでしょ?」
「……今までかつて無いくらい俺ァ今馬鹿にされたよ」
「仕方ないでしょ。馬鹿なんだから。……はい、終わり」
「おう、ありがとう」
なんだか釈然としない状態になっちまった。理奈がこっちを見てる。二人っきりの空間ってのが妙に居づらくて、俺は傷の状態を確かめて気付いてないフリをする。
「けー」
「おー? 何だよ?」
「話があるからこっちを見てくれない?」
「……」
話っていうのはなんだろう。やっぱり、喧嘩は良くねェって事かな。
「私は、喧嘩は良くないって思ってるの。誰かを傷つける事だし、本人も傷つくから」
「そうか」
「けど、けーを見てるとね、よく解らなくなるの」
「……」
どーいう事だよ。俺がやってるのは、誰かを傷つけるって事だろ?
「けーは誰かのために戦ってる。今日だって、逃げる事も出来た。けど、逃げたらけーのチームの誰かが傷つく。仲間を呼ぶ事も出来た。けど、呼んだら仲間が怪我をする。だから、けーは一人で戦ったんでしょう?自分一人で全て背負って、誰も傷つけないように。違う?」
「……理奈の、予想が外れてた試しがあっかよ?」
面と向かって言われると、恐ろしく恥ずかしいな、これ。
「けーは、誰かの為に戦ってるんでしょう?」
……たまに、違う事もあるけど、それは黙っておこう。
「どうせ、たまに無関係な喧嘩もしてるんでしょうけど」
ばっちり見抜かれていた。
「けどね、そう考えたら、喧嘩が一概に悪い、とは思えなくなったの。確かに誰かを傷つけてるし、けー自身も傷ついてるけど、他の誰かを守るために戦うって言う事は、そんなに悪い事なのかなって」
それには、俺が意見する事が出来ない。俺が意見したところで、自分にとって都合の良い言い訳をするしか出来ないからだ。
「だからさ、けー」
真剣そのものだった理奈の表情が動く。柔らかい、奇麗な笑顔。
「私とは、一緒にいない方が良いとか、思わないで欲しいな」
どこまでも、どこまでも鋭い。驚かずにはいられなかった。俺の考えなんて、理奈はお見通しだったってワケだ。俺だって、悟らせないように、そこには細心の注意を払っていたにも関わらず、理奈は、何かの拍子で気付いた。それは、俺が何かボロをだしたせいだろう。だが、そんなボロは出した覚えが無い。些細な、あまりにも些細な言葉使い、態度の違いだけで、理奈は気付いたんだろう。
「あ、あれ?」
理奈の顔がボン、と爆発したように真っ赤になる。
「そ、そもそもそんな事、考えてなかった感じ? 私の思い違い?」
「テメェにゃ、叶わねェって思ってよ」
俺が両手をあげて降参のポーズと取ると、理奈は悲しそうな顔をする。
「どうして?」
「どうしたもこうしたもねェさ。単純に住んでる世界が違ェのさ。理奈はこっち側に落ちてきちゃいけねェし、俺ァそっちまで這い上がるには、少しばかり難し過ぎる。しがらみが、多すぎんだよ」
「世界? 今私はけーの目の前にいるよ? けーと同じ場所にいるよ? 何が、違うの?」
「……」
本当は、最初っから解ってたさ。世界が違うってのは、言い訳にしかならねェ。自分に言い訳してるって事くれェよ。本当は、怖いんだ。歩み寄るのが、拒否されるのが、また、どこかに消えちまうのが。
嫌い、その一言があまりにも怖くて、踏み出せない。
「俺ァよ、理奈みてェになりたかったんだ。困ってる奴が居ると、すぐに颯爽と手を差し伸べてくれる、そんな風にさ。……けどよ、現実ァこれだよ。この、有様だ」
両手を広げておどけてみる。
「争い事ァ嫌いだろ? だから、会わねェ方が良いって思ったんだよ。喧嘩ばっかしてる俺みて、嫌われんじゃねェかと思ってさ。解ってて止められるようなもんじゃねェんだわ、俺みたいな奴ァよ。ここまで来ちまうと、後には退けねェんだわ。今日から喧嘩はもうしません、俺を巻き込まないで下さい。そんな無責任な真似ァ出来ねェんだよ」
「けど、けーは」
「けどよ、なんか吹っ切れたわ」
「え?」
だって喧嘩の許可は半分くれェ降りてるようなもんだし、いたいって言ってくれたわけだし、前向きに考えれば、このままの俺で良いってわけだろ?
「たまにゃ、そっちまで遊びに行くからよ。それで良いか?」
「本当に? 約束だよ?」
理奈は、嬉しそうに微笑む。おそらく、俺が喧嘩を止められないのは解ってくれてるはずだ。その上での、笑顔。
「明日、家まで送ってやるよ。付き合わせて、悪かったな」
「良いよ、気にしないで」
いやいや、少しでもその方が長く居れるじゃねェかよ。
「とりあえず、もう寝ようぜ。理奈、ベッド使えよ?」
ソファーに倒れ込みながら言う。理奈が慌てふためいて俺の事を引き起こす。
「怪我人なんだから、けーがベッド使いなさいよ!?」
「ハァ? お前ソファーで寝かせて、俺一人のうのうとベッドなんかで寝れっかよ?」
俺が手を払ってまたソファーに座り込もうとすると、理奈が慌ててベッドの方に引っ張る。
「そこ気にするところじゃないでしょ!?」
「いや、するって。放せって」
「いい加減に、しなさい!」
「……お?」
気付いたら、柔らかい床の上で天井を見ていた。俺が状況判断出来ないままで居るうちに、理奈が隣に滑り込む。
「なら、もう、二人で寝れば良いでしょ」
ああ、俺、今ベッドの上か。……って、おい!?
「オイオイ! 一緒に寝るとか!」
「良いから」
体幹を押さえ込まれる。理奈のどこにこん力があるのか解らねェけど、とりあえず起きれないから俺は抵抗するのを止める。
「別に、女子同士、気にするような事でもないでしょ?」
「……そうか?」
周りに、女子の友達なんて居ねェからなー。
「華波とか櫻子は大人しくするよ」
「……アイツ等と、寝んの?」
「……場合によっては」
少し目線を逸らしながら理奈が言う。コイツ等、絶対風呂とか一緒に入ったりすんだろうな。
「なんか、今変な事考えなかった?」
「別に。そもそも変なのは理奈達だろーが?」
「酷いなー、けーは」
「ウルセェ。良いからさっさと寝ろよ?」
俺はもう諦めた。今日はこれで悶々としながら寝るよ、もう。
「それ、さっきからずっと私が言ってたんだけど?」
「あー、そーかよ」
「……けーは、もう少しくらい、自分に優しくなっても良いよ。甘えたって、良いじゃない」
「……」
自分に優しく、甘くか。確かに、自分を律するのは得意だ。けど、授業サボってる奴が、甘えて良いんかな?
「そういう、理奈ァ誰かに甘えんかよ?」
「私? んー、最近は覚えないなー」
「なんだよ、そりゃ」
理奈の頭を引き寄せる。そっと見上げられる。その頭をなでてやる。
「理奈だって、大変なんだろ? 俺ァ大丈夫だから、ちったァ甘えろよ?」
「……」
理奈は恥ずかしそうにそっぽ向く。可愛いねェ。
「なーんでそっぽむくんだよ、このこの」
「ちょ! 突かないでよー」
頬を突くのから逃げようとするが、そうは問屋が降ろさねェ。引き寄せた腕でしっかりホールドする。
「ちょっと、けー」
理奈が笑いながら逃げようとする。これが、俺のせめてもの甘えだろう。
隣にいてくれ、とは言えねェ。だから、せめて、今この時だけはこの胸の中に居て欲しい。それが、俺の願いだ。コイツの隣にいんのは、俺じゃない誰かだ。だから、俺はコイツの隣に相応しい、コイツが心許せる奴がいるまで、真面目なのに、少し抜けていて、妙に危なっかしいコイツを守る。それが、俺に残された、俺の出来る事なんだろう。
「理奈」
「何?」
「俺がいつでも助けてやっからよ。困った時ァいつでも言えよ?」
「……ありがとう」
俺の恋慕はここで終わりにして、俺は、いつまでも見守っていよう。
いつまでも。




