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休み時間ー理奈とけー前篇

 常勝無敗。

 常に相手を殴り倒して屈服させてきた。時には十人を超える相手を、小賢しいサブミッションは使わずに、拳のみで殴り勝ち続けて、やがてそう言われるようになってた。なのに、にも関わらずに、今目の前の相手に、全く勝てる気がしない。

 初めてと言っても良い。初めて、負けを悟った。今までどんな相手にも怯む事無く殴りかかっていたのに、動く事すら叶わねぇ。

「どうしたの?」

 勝者は、敗者の気なんか知らない。無邪気に、笑いかけてすら来る。

「大丈夫?」

 そんな俺を心配して、顔を覗き込んでくる始末だ。か細い顎、か細い首。か細い四肢。どれを見たって、俺なら一撃で骨を折る事だって容易い。なのに、動く事すら出来ねぇ。情けねぇ。

「あ、ああ。なんでもねェよ」

 勝者、彼女の名前は森下理奈。久々に会った、俺の親友。

 俺は、彼女に恋をした。

 久々に会った理奈は、びっくりするくらい美人になってた。それに比べ、俺は……。俺は、腕っ節ばっかり立派になって、なんの成長もしてなかった。テメェの馬鹿さ加減を、心底痛感させられる。

「けー? 大丈夫? 具合でも悪いの?」

「そんなんじゃねェよ」

 俺は笑って顔の前で手を払う。再び覗き込もうとしてきた理奈に対する牽制と、少し赤くなった顔を隠すためだ。

「なら、良いんだけど」

 理奈の目は、俺を気遣い色々観察してる目だ。昔から変わってねぇなぁ、この母親気質。

「……それにしても、凄いね、右耳。何個ついてるの?」

「あ? ピアスの事かよ? 七個ついてんな、今は」

「そんなに? ダメだよ、けー。親からもらった身体を傷付けたりしたら」

「アハハ。なら、なおさらコイツは見せらんねェかよ?」

 左腕を押さえると、目を見開く。おー、おー、解りやすいねェ。タトゥー?って顔に書いていやがる。

「ジョーダンだよ、ジョーダン。何もねェって」

 袖を軽く捲って見せる。そこに何もない事を確認して、ホッと溜息を零す。

「ビックリさせないでよね、本当に」

「悪ィ悪ィ、理奈が可愛いもんで、ついからかっちまうんだな、これが」

「またそういう冗談ばっかり」

これは本音なんだけどな。苦笑いしてながしとく。何度も言うような事じゃねェし。

「でー、理奈よ、最近どうなんだ? ん?」

「何が?」

「オトコだよ、オトコ」

「人が昔は遊んでた、みたいな口ぶりで言うの止めてくれない?私は華波の世話が忙しくてそんな事をしている余裕は今も昔も、当面もありません。そういうけーはどうなの?」

「オイオイ。寒ィよ、それこそねェだろーが?」

 二人して笑う。良いな、理奈は。見た目で判断しねェから。

 昔の友達だって、俺の見た目なら、よそよそしくなる。そりゃァ金髪ロン毛でピアスがっつりつけてっからだろーけどよ。俺だって犬じゃねェんだ。いきなり吠えたり、噛みついたりしやしねェっての。

 昔はよく遊んだ。華波も、それ以外の連中も。たけど、親の都合で、小六ん頃に引っ越す羽目になった。高校進学で、学区も関係なくなったが、中学での素行の悪さ(成績じゃねェからな)のせいで行ける学校も限られちまって、結局離れた学校しか行けなかった。色々な“しがらみ”のせいで奥地からこっちまで出て来んのもままならなかったが、天は俺に味方した。こうやって奇跡的に再開する事が出来た。っつーか、マジで理奈が引っ越してなくて良かった。これからは、たまにバイクで来れるだろーし。

 偶然会った理奈に連れられて行きつけとやらのカフェに来れたは良いが、全くプランがねェのが、問題だ。こんな事なら、会った時の事考えて、何かしら計画しときゃよかったぜ、まったく。

 どーしよっかな、背もたれによっかかって、アイスコーヒーを飲む。

「けーさん!? お疲れ様ッス!」

 いかにもーな男子学生が俺に向かって頭を下げてくる。

「え? 誰?」

 反応は、理奈だけじゃなく、ソイツの連れ二人も同じだった。俺の事知らねェんか。いや、頼むから理奈の前で何か言わねェでくれよ。

「馬鹿! 常勝無敗、殴り屋のけーさんだよっ!」

 馬鹿はてめぇだこの野郎!

「えっ!? あのっ!?」

「マジかよ!?」

「……フーン、随分と、随分と有名人なんだね、けー?私の知らないところで?」

「り、理奈、目が怖ぇぞ?」

 俺にどうしろってんだよ、まったく。理奈の顔は笑ってるのに、まったく目が笑ってねぇ。昔っから争い事が嫌いだったよね、そういえば。

「テメェら! 取り込み中だ! 散れ! 散れ!」

 手でシッシッと追っ払う。やっちまったと言わんばかりの顔だ。こいつらの後悔とか、そんなのはスゲーどうでも良い。落し前つけさせる気も起きない。だが、

「り、理奈―?」

 怖、マジで。友好的な笑顔を浮かべる俺に対して、理奈の笑顔は怖かった。馬鹿どもが居た時は、そっちばっか気にしてて解らなかったけど、マジで怖い。

「常勝無敗?随分とカッコいい二つ名だね、けー?何で勝ってるの?殴り屋って……何?」

 最後の何、これ程怖いものはない。解りきった事を聞いているのに、何、と聞くのは今後止めよう。恐ろしい事が今解った。

「いや、その、なんだ」

 いやもそのもねぇんだが、つい言っちまう。弱ったな、本当に。

「喧嘩、まだしてるんだね」

 ため息混じりの言葉。争いごとが大っ嫌いな理奈だ。喧嘩をしてるなんて言えば、怒られるのは目に見えてる。だから、ここはなんとしても隠し通したい。隠し通したいんだが、

「すみません、喧嘩してます」

 本当の事を言わなかった場合はもっとヤバいハズだ。大体において隠し通せるわけがない。何せ、あの理奈だ、即座に嘘に気付くだろう。

「……まったく。左肩、アザががあるんでしょう・」

「えっ?」

「さっきのタトゥーの嘘の時、少ししか見せなかった、不自然だよ。けーなら全部まくるでしょ、大雑把だし。けーの言葉を信じてタトゥーをしてないとすると、タトゥー以外で、私に隠したい何かがあるって事。何よりけーは嘘つくの下手だからね。それで、殴り屋?もう喧嘩の痕くらいしかないじゃない」

 昔っから頭良かったけど、まさかこんなに頭が回る奴だとは思いもしなかった。たったこれだけの事で、アザに気付くか?

「いや、その、なんだ。……弱い奴から金巻き上げてる奴がいてよ。ソイツ俺の友達だったから、取り返しに行ったんだ。そしたら……まぁ、喧嘩になってよ。そのまま引っ込みがつかなくなって、番長みてェになっちまってさ」

 もう、なんだか完全にただの言い訳にしかなってねぇし……。もういっその事殺せ。

「その金髪もピアスも、全部アピールみたいなもの、なわけね」

「ああ。目立つだろ? 困ってんなら、助けてやる、みたいなつもりでしたらさ、これのれいで今度は的になったりしちまってよ」

「けーが悪いんでしょ。自業自得だよ」

 冷たい視線を投げつけられる。とりつく島もないってのは、この事か? 今日ばかりは、自分の日常を本気で恨む。普段の俺よ、程々にしろ。

「喧嘩なんてするだけ損だよ。痛いし、なんの得にもならない」

 でた、このお袋気質。そこまで健在だったか。つーか、悪化してねェ?

「華波とか、その他にも、手のかかる子が多いの、私の周りって」

「へーへー。どーせ俺ァガキですよ」

 小言は先公だけにしてくれってんだよ。

「っと、もうこんな時間かよ。悪ィ、もう帰るわ」

「そう?けーの家遠かったもんね。H市だっけ?」

「の西端。こっから遥か遠くだぜ。あのデッケェH市、これから俺ァ横断するんだぜ?」

「仕方ないでしょ」

 苦笑する理奈。仕方ない、ね。俺の叶いっこねぇこの恋慕も、仕方ねェ事、なんかな。

 俺と、理奈じゃ、違いすぎる。そんな事、言われるまでもなく、解ってる事だ。

 先輩からおろしてもらったバイクに跨る。FondaのCD400Fだ。族の名前の入ったステッカーは、悪ィけどはがさせてもらった。だって、これ以上目ぇつけられたくねぇし?

「もんじゃ、またな。今度は、華波もな」

「そうだね。昔みたいに」

「あ、そーいや、孝之は元気か?」

「元気だよ。紹介しようか?」

「勘弁してくれっての!」

 あんのシスコンヤロー、俺の事みたら間違いなく悪党だ何だって騒ぐに違ェねェだろ。本当、程々にしとけよ。

 エンジンをふかすと、マフラーから爆音がする。それを聞いた理奈が顔をしかめる。許してくれ。先輩が直管にしてたなんて知らなかったんだって。修理に持ってくのめんどいし。

 爆音を轟かせながら走る。ご丁寧に日章カラーの燃料タンクに爆音のせいで、人に見られながら走って、地元についた頃、治安の悪ィこの街のいたる所にマッポが居た。五月蠅ェ音出してんの、わざとじゃねェから目ェ瞑っててくれ。

「けーさん! お疲れ様です!」

「お疲れ様ッス!」

「お疲れ様ッス!」

 あっちこっちから声が飛ぶ。気持ちが解らねェ事もねェが、止めてくれ。周りの目が痛ェから。

 どいつもこいつも、皆可愛い後輩みてェな連中だ。けど、たまにいんだよなー。

「おい、けー」

 見覚えのない、いや、ある? 記憶にうっすい三人が道をふさぐようにバイクに跨ってる。どこかで、見たよーなー……。

 しっかし、どこの誰だか覚えてねぇけど、懲りねェなー。

「二年が少し調子に乗りすぎじゃねぇかぁ?ああ?」

 誰だっけなー。

「テメエにゃ、ちょいとばかり教育をだな」

「あー!! 思いだした思いだした!二ヵ月くれェ前だっけかァ、テメェら?上納金がどーとかほざいてた三年じゃねェかよ!? インパクトのねェ顔してっから忘れてたわ!」

「あ!?ケンカ売ってんのか、テメェ!?」

「っつーか二週間前だっての!」

 左端の奴はツッコミの才能があるかもしれねェな。そう、たまーにいんだよな、こーゆー連中。

「オメェ等が誰とか、そーゆー事ァどーでも良いんだけどよォ」

 周りに居た連中がゾロゾロと集まり始める。大体既に二十人くれェか。ケータイ出して仲間呼んでる連中もいっから、総勢百くれェは集まっかなー?

「俺に上等かます気かよ? 先輩方よ?」

「クッ!?」

 弱きを助け、強きを挫く、なんて事やってるからか、人望だけはあんだよなー。

「じょ、上等だコラー!」

 諦めがついたのか、頭はってる奴が声を張り上げる。

「何十人でもやってやんよ!」

「オーオー、勇敢だねェ? 良い根性してんじゃんよ? なんてーんだ?」

「勝山大樹だ、覚えとけ!」

「あ、そー。……もしもーし」

 俺はケータイで電話をかける。呑気と言うなかれ。

「東条さん、お疲れ様ッスー」

 三人の顔がヤバッ、と言わんばかりになる。ハハハ、仕方ねェか。

 東条さんはウチの三年の頭はってる人、つまりは学校の頭だ。コイツ等じゃ、番号知る余地もねェだろーな。

「なんか、勝山大樹とかってのと他二人に絡まれてんスけど。……そー、なんか二週間前にボコしたらしい三人組みに教育とかなんとかって言われてー。……あ、しばいて良い感じ?オッケーッスー。軽く教育してやりますわー」

 ケータイしまって、着てたシャツを脱いでTシャツ一枚になる。人垣から一人、走り寄ってきた奴がそのシャツを受け取る。

「よーし、社会の授業だぜ? 先輩方よ」

 すでにかなり戦意失ってるみてェだけどよ、こっちにゃやる事がある。

「勝山大樹、テメェ等だよなー? 三日くれェ前にうちのもんから金巻き上げやがったのはよ」

 歩るいて距離を詰めてく。自分らのバックだと信じて疑わなかった東条さんが、こっちのバックでもあるなんて、夢にもみなかったに違ェねェ。

「覚悟の一つや二つ、出来てんよな?」

 断末魔の悲鳴が、夜の街に響く。

 そして、三分後。

「おっしゃ、こんなもんだろ」

 あまりにもあまりな姿な三人組に、もはや周囲から笑いが起きる。写真をとる奴らまで居る始末だ。

 三人組をボコボコにしてから、近くの奴にとりに行かせた、テキトーなサイズの板。それに文字を書いて、三人組の首からぶら下げる。

 曰く『僕達は先輩を後盾に、弱い子から金を巻き上げたとーっても悪い子です』。うん、完璧な醜態だ。

「パクられんなよ、テメェ等!」

「「「お疲れ様です!」」」

 疲れちゃいねェけどな。

 ……俺が人を殴れば、誰かが助けられる。そう信じて疑わなかった。

「ただいまー」

「遅いぞ、けい」

 家に入った瞬間に嫌な、一番会いたくねェ奴と遭遇した。

「んだよ、兄貴」

 俺は、コイツの見下した態度がどーも気にくわねェ。さっさと部屋に籠ろう。こんなネチネチした奴とは関わりたくねェ。

「お前、進路の事とか考えているのか」

 無視無視。しらねェよ、んなもん。

「そうやって遊びまわって、少しは恥ずかしいとは思わないのか」

 お前みてぇな兄貴もった事が恥ずかしくてしょうがねぇよ。

「この、恥さらしが」

 無視無視。何でこいつはこんなにもしつこいのかね。嫌気がさすっての。ベッドに飛びこむと、枕元にある写真立てに触れる。俺と、理奈と、華波。

 今が楽しくねぇわけじゃねぇ。今も充分すぎるくらいだ。……けど、あの頃が、楽しすぎただけだ。

 理奈は、俺の持ってない物を、あの頃から持ってた。他人に対する、思いやり。頭じゃどう頑張ったところで、勝ち目はない。こんな事やってるし、今の学校じゃ、授業サボって皆でツーリングとかしてるけど、兄貴が言う程遊んでばっかってわけでもねぇ。

 理奈は、凄い。あーゆーの、達観ってのかな? えらく客観的なのに、我が強くて、面倒事が嫌いって言うくせに、俺とか、華波とか、友達が困ったらすぐに、誰よりも早く駆けつけて、親身になってくれる。

 そう、あの時もそうだった。俺の引っ越しが決まった時だ。俺は誰に言う事もできないでいた。それで、独りで不貞腐れてた。別れが、怖かった。『さよなら、元気でね』って、言葉を聞いたら、俺が、俺だけが仲間じゃなくなるみたいで。

 なのに、理奈だけは気付いた。俺の異変に。俺の強がりに。不安で不安で、仕方なかった俺を、優しく包み込んでくれた。

 久しぶりに会った時も、俺は一発で解った。理奈は、いつまでたっても理奈だった。

 最初はやっぱり外見に驚いてたけど、俺だって解ると、すぐに昔みたいに、空白なんて一切感じさせないで、普通に接してくれた。

 そう、俺は、ちなみたいになりたかったんだ。困ってる時に、当たり前のように手をさしのべてくれた、理奈みたいに。

 ただ、俺のやり方は拳だった。常勝無敗。そんな相手だろうと、殴って、殴って、殴りまくって培ってきた人望。

 けど、俺のこれは、本当に人望なのか?

 ただ、恐怖で従えてるだけじゃないのか?武力で、怖くて、何も抵抗出来ないだけじゃないのか?

 そう、結局、俺は理奈には、成り得なかったんだ。

 俺は、あくまで俺でしかなかった。

 だから、俺は理奈に恋をしたのかもしれない。理奈の前じゃ、テンパって、もうダメダメだった。ちょっとした動作一つ一つが気になって仕方なかった。

 それは、ただの無い物ねだり、なのかもしれない。

 けど、もう、あの笑顔が、頭に焼きついて離れない。忘れられない。理奈が、欲しくてたまらなかった、けど、それは叶わない事なんだろう。だって、俺は、俺だから。

「……ん?」

 いつの間にか、寝てたみたいだ。太陽が、昇り始めてる。起きてあんなに低い太陽みたの、かなり久々な気がする。今日は、学校に行く気分じゃないんだな、これが。昨日の再会の喜びを、かみしめていたかった。良い天気だし、ツーリングにでも行こーかな。

「……」

 理奈の、顔が頭をよぎる。

「……あー……」

 メンドクセー。俺って、なんでこんなに素直なんだろーな。いや、現金か……。

 シャワーを軽く流す。俺の風呂は短くがモットー。カチューシャでオールバックにして、シャツを羽織ってネクタイもゆるーくつける。ブレザーを持ってはい、登校準備完了―。

 朝食代わりの牛乳を飲む。こんな時間に俺が制服何か持ってるもんだから、兄貴の目が点になってる。

「行ってくら~」

 バイクで学校に向かう。朝の平和な住宅街に、直管の音が響く。

「あ? ……青空パレードか、面白そうじゃんか」

 朝っぱらから暴走行為。危険運転に加えて堂々とチームの旗すら持ってやがる。

「けーさん、お疲れ様です!」

「おー」

「一緒にどすか?」

「……」

 誘われるなんて思いもしなかった。総長の夏樹は、乗り気だ。夏樹は俺より年上のクセに俺に憧れてるとかなんとかって言って敬語で話してくる、ちょっと変わった奴。本人の意向で俺はタメ口。

「おお、学校までまだ時間あるから、その間だけな」

「……けーさん、朝からガッコーッスか?」

「あ?ああ、まぁ、ちょっとな」

 視線を外す。ポカ―ンとしてるのが、視界の端で見える。幻滅させちまったかな?

「うおぉぉぉ!! テメェ等! けーさんが朝からガッコーだとよ! つまんねェガッコーなんかに行く前に、キチンと楽しませてやれェ!」

 妙な歓声が飛ぶ。なんかこれは少し恥ずかしい。盛り上がってるみてェだけど、次から発言には気ィつけよ。

 総長と並走するだけってのも、芸がねェしなァ。

「おっし」

 ハンドルを持ちあげて体重を後ろにシフトさせる。

 再び歓声。ウイリーでそのまま暴走り続ける。適当な頃合いで俺は集会から離脱する。

「パクられんなよ、テメェ等!」

 学校に着くころには、もうすぐ授業がはじまっちまう時間になってた。ヤだヤだ。学校ついて即授業とかよ。

「おうっ! おはよう!」

 朝っぱらから俺の事見た連中の顔は、さながら鳩が豆鉄砲、といったとこか。その中の一人、メガネくんが走り寄って来る。よく絡まれて泣きついてくんだな、コイツ。

「おうおうっ、何だァ、メガネェ? んなデカイ湿布貼っちまってよォ」

 ベリッ。

「痛っ!?」

「アハハ、はがしちまった、鬱陶しいからよ。……で、どーしたんだ?」

「えっと、昨日、殴られて、お財布とられちゃって」

「またかよ?テメェはだから催涙スプレーでも買っとけって」

「……昨日、買いに行こうと思って」

「……あー」

 防犯のための金とられるって、どんだけついてねェんだよ、コイツ?

「わぁった。どーせそいつ等昨日と同じ場所にいんだろ。放課後、盗り返しに行くか」

 俺がウィンクすると、メガネは顔を綻ばせる。ったくよぉ、弱いもんから金捲きあげてんじゃねェよ?

 メガネはいかにもオタクって感じの痩せ方で、気の弱さ全開で、入学当初からずっと俺のお世話になってるっつーなんか、ちょっと情けねェ奴。まァ、性格とか、向き不向き、色々あっからな。仕方ねぇか。

「あり、がとう」

「あー、待て、メガネ」

「ん、何?」

「オメェ財布盗られたんだろ?今日これで飯食えや」

 言って二千握らすと、慌てふためく。バーカ野郎が。

「戻ってきたら、返せよ」

 俺ァ上納金とかって言われて金渡されてっから、金にゃ困ってねェし。いらねェっても渡されるから、もうバイト代だと思う他ねェ。だって、善意を無下にすんのもアレだからなァ?

 授業が始まると、やっぱり先ちゃんも俺を見て鳩が豆鉄砲食らったみてェな顔をする。そんなに俺が居んのが珍しいか。いや、珍しいんだけどさ。良いじゃねェか、俺が真面目に授業に出たって。

 授業中はぼんやり空を眺めて過ごす。あー、平和だなァ。先ちゃんの話も聞いてんよ?けど、それ以上に平和な今を堪能してるだけであって。

 ガララッ、と教室の戸が開く。先ちゃんがビビる気配がする。

「えっと、あの、御用件はぁ……」

「あー、すぐ終わっからさー。授業の邪魔してごめんよぉ、先ちゃん」

「要件は一つでよ?けーっての、どいつよ?」

 ……嗚呼。嗚呼さようなら、平和な、俺の空。俺はアホな集団に連れられて、廊下に行く事になってしまったよ、空。

 ようは俺の事面白く思ってねェ集団だ。二年生が五人、か。廊下に俺を連れ出したかと思うと、そのまま屋上に連れて行かれる事になるのが、目に見えてた。けど、行くのメンドイ。帰ってくんのと。

「おう、テメェ等」

 廊下を出た瞬間に、そう、声をかけた。

「あ?」

 振り返った奴が、次の言葉を発する事はなかった。

 バキッ! ドゴッ! ガスゥッ! ボクッ! キーンッ!

 何をやったかは割愛しよう。こんな平和な朝に、俺のした事はあまりにも……そう。無粋。無粋過ぎた。嗚呼、ただいま、俺の空。無粋な俺を許してくれ。

 ……。

「ハッ!?」

 気付けばもう放課後になってるし!? クソ、余計な体力使っちまったから、寝ちまったじゃねェか。今日は真面目に出ようと思ったのによ。

 帰りのホームルームは聞き流して、そのままメガネを連れて駐車場に行く。元はバイク置き場じゃなかったらしいが、今じゃ完全にバイク置き場だ。チャリは申し訳ない程度に何台かあるくれぇ。とくに、一番手前の方には俺と東条さんのバイクの二台しかおいてない。その二台の手奥が俺、手前は東条さん。

 俺はメガネにメットを被せてバイクに跨ってエンジンをかける。メガネがぎょっとする。

「おら、乗れよ。さっさとしろよ?」

 真面目なメガネを眼力で威圧して、文句を制して言う。先手必勝。メガネはしぶしぶと跨って、俺の腰に手を回す。

 急発進でメガネの身体が後に引っ張られるが、ンな事いちいち気にしねェ。コイツのそーゆーとこ気にしてたら日が暮れる。むしろ昇る。

 バイクで僅か5分。目的としたコンビニに、三人の不良君が溜まってる。他校生か。

「アイツ等?」

「うん」

「おっし、来い」

 バイクを止める。俺に向かってガンつける度胸は褒めてやるよ、一年坊主共。

「よぉ、テメェ等。うちのメガネが昨日世話んなったみてェじゃねェかよ? さっさと財布返せ。そうすりゃ今度の事は大目に見てやんよ」

 三人のうちの一人が、腰を少し落としてがにまたで歩いてくる。ドゥルカハのサングラスが恐ろしく似合ってねェ。

「なんだ、テメ」

「先に言ったぜ?」

 こめかみに一撃。たったそれだけでザコキャラその一はおもしれェくらいに吹っ飛ぶ。

「上等だコラッ!?」

「うるせぇよ?」

 突っかかって来たもう一人の顎にアッパー。意識を失ったソイツを裏拳で吹っ飛ばす。こんな奴らじゃ肩慣らしにもなりゃァしねェ。最後の一人は今ので完全にビビってる。よし、都合が良い。

「おう、テメェはまさかかかってこねェよなァ?聡明だよなァ?そうだろ?」

 コクコクと首を縦に振る。

「俺、最初になんつったっけ?」

「さ、さっさと財布返せ、です」

「俺、なんつった?」

 そこでソイツはようやく悟って財布を慌てて取り出す。俺はそれを受け取るとメガネに向かって放る。

「おい、これか? 中身大丈夫かよ?」

「……あり、がとう」

「ハハハ、返事になってねェよ?」

 俺はメガネを駅まで送ると、そのまま国道を暴走る。スピード超過とか言ってサイレンを鳴らして追ってきたパーカーとカーチェイスをして適当に振り切ってから家に帰る。今日は平和な一日じゃないか。メガネの財布を取り返して、アホな上級生ボコってそれくらいしかなかったんだから。計2ラウンドか。うん、平和平和。

 そうして昨日と同じようにベッドに倒れ込む。……平和、か。

「……理奈が聞いたら、なんてーんだろーな」

 また怖い目で睨まれんかな。人を7人も殴り倒しておいて何が平和なんだって。けど、仕方ねェ。仕方ねェんだよ。それが、それが俺の日常なんだ。殴って殴って殴って、それでしか誰かを助けられねェんだよ。俺は、本当は理奈みてェに成りたかったハズだったのによ。気付いてたよ。解ってたよ。俺が殴って誰かを助ければ助けるだけ、理奈から、憧れからは遠離ってるって事くれェよ。

 憧れから遠離るところか、全く別の異質なものになっちまってる事くれェ解ってんだよ。だけど、人間一度落ちると簡単なんだ。泥沼にハマってくみてェに、どんどん落ちてくんだ。

 結局俺がやってた事は自分の首を絞めていただけだ。それで自己満足に浸ってたにすぎねェ。それで誰かが救われた? 救われた数以上の人間を殴って来てか? んなもん、糞食らえだ。やってる事は、俺が殴って来た奴らとそう変わらねェじゃねェか。

 そっと写真に触れる。俺と、コイツ等じゃ、何もかもが、違いすぎる。住んでる環境とか、そんなの関係ねェ。単に、俺が俺だから。コイツ等とは、全てが違うから。

 そう、全てが。

 ハナっから解りきってた事だ。どうしようもねェって。諦めるのは早いに越した事ァねェ。そうすりゃ、余計な苦しみを味わうことはねェんだ。今まで通り殴って、クズはクズなりに生きていけば良い。叶いっこねェ恋なんて、することァねェんだ。

 もう、コイツ等の事ァ、忘れちまおう。いつまでも、過去にすがって生きていたって、なんにもなりゃしねェ。もう、会う事ァねェんだ。もう、忘れちまおう。捨てた方が、楽なもんって、誰にでもあんだろ?

 写真をゴミ箱に捨てようと手を伸ばすと、喧しいノイズが鳴る。ケータイだ。誰だよ、んな時によ。

「もしもーし」

『もしもし、けー?』

 電話は、理奈からだった。


妙な言葉の解説

直管ー直管マフラー。ようは壊れたマフラーの事でサイレンサー等を経由しないために音が五月蠅いです。

日章カラーーバイクのカラーリングの一種。ようは日本の国旗です。日章旗カラーです。

マッポー警察官の事

パクられるー捕まる、逮捕、補導される

パーカーーパトカー。

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