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第十五限ー理奈と樋口と川崎と

とは言っても、犯人なんて調べるまでもない訳だ。後は証拠だ。

理奈はゴミ置き場に捨てられていたゴミ袋をあさると、調理部の物はすぐにみつかった。中を確認したら、やはり使われていない卵二つとベーコンが捨てられていた。 悪臭はしない。やはり、これが能登たちが持って来た食材のようだった。

一見同じようなゴミ袋だが、中のゴミを見ればどの班のものかなんて解ってしまうものだ。

理奈はそれらゴミを持って、部員のいる家庭科室に向かう。

やはり、家庭科室内には重い空気が流れていた。だが、理奈の持ったゴミ袋を見て、皆が戦いた。

この頃は、まだ学年にしか広まっていない。だが、確かに広まりつつあった、その噂。

「犯人が、今回の食中毒事件を引き起こした犯人が解りました」

トラブルが起きたら、森下理奈に相談すれば、必ず解決してくれるという、噂。

「あなた達ですね、先輩」

言って理奈は問題児グループを指差す。

彼女達の顔は青くなる。しかし、ここで黙って罪を認めるような人達ではない。

「ちょっと、ちょっと、普段の腹いせ?」

「そういうの、よくないと思うんですけど」

ドサッ、ああだこうだという二年生の前に、ゴミ袋をつき出すと、顔がひきつった。

「ひきつりましたね。それはここに証拠があるのを知っているからです」

理奈は無惨にも捨てられた卵とベーコンを見せた。卵にはヒビが入り、中身がそこから少し零れていて、泣いてるようにも見えた。

「これが、能登と川崎先輩の班が持ってきた卵です」

卵のシールを剥がす。日付は一昨日。

「川崎先輩と能登は、前日に食材を買いにいきます。そして、日付が新しいものを買います。この調理部で、採卵日が一昨日、一昨々日なのは、この二人だけです。そして」

理奈はその卵とベーコンを教卓の上に置くと、次のゴミ袋に手を伸ばす。

「これは男子班のゴミ袋です。男子班は、活動に来る直前に四人で買ってきます。なので」

卵の四個パックと、ベーコンが入っていたパッケージを取り出す。

「このように、ゴミが残ります。なのでこれは男子班のゴミです。そして、次です。これは説明するまでもないんじゃないでしょうか。樋口先輩は赤玉を好みます。ホラ」

そのゴミ袋から赤玉、褐色の卵を見せる。

「となれば、この、能登たちの卵を捨てて違う傷んだ卵にすり替えたのは、先輩たちです」

「待ってよ、それ私らが捨てたって確証はあるの!?能登達のゴミかもしれないじゃん!」

「説明が足りませんか?」

冷たい視線を二年生に送ると、最初のゴミ袋に手を伸ばす。

「あなた達の購入傾向、卵は家のだけれど、ベーコン等は買ってくる。ちなみに、このゴミ袋に卵のパッケージはありませんでした」

「の、能登が入れたんじゃないの、その卵!」

「何故?自分達のゴミ箱があるというのに、少し離れた先輩達のゴミ箱に、何故入れるのですか?それに、苦労して見つけたであろう卵を」

「し、知らないよ!」

「私は、怒ってるんです」

静かに睨みながら、理奈は言う。その言葉には強い力が込もっていて、二年生は黙り込む。

「料理で私にイタズラをする事は目をまだ瞑りましょう。先輩達にも、思う事があるのは重々承知してます。ですが」

二年生四人組は、悲痛な顔をしている。

「料理が苦手なのに頑張っている能登の料理を台無しにし、あまつさえ食中毒すら引き起こすというのは、度を越してるとしか思えません」

「……」

「……」

教室内に、沈黙が訪れる。理奈も、二年生も言葉を発さない。

「……なんで」

独りが、イタズラの主犯をいつもしている女子、坂上が怒りを込めた眼差しを向ける。

「なんであんたなんだよ!樋口は、去年から、もっと前から頑張ってたのに!それをいきなり去年ひょこっと現れたあんたが、なんで部長なんだ!料理部の部長にでもなっておけば、樋口の専門への夢だって近付くのに!」

親の敵、と言わんばかりの眼差しで睨んだ。零れたのは、友を思っての言葉。

「妬み、嫉みに走ったのかと思えば、そういう事ですか」

ため息をついた。なんて、愚かな。

理奈は能登の卵を割ってボールに落とすと、塩や砂糖等を入れてかき混ぜる。フライパンを加熱してバターを溶かすと、そこに混ぜた卵を流し込んで焼く。

加熱殺菌目的も含めて、念入りに焼く。

火加減を調整して、ふんわりとした卵焼きを作ると、それと同時に挽いていたコーヒーをドリップし始めた。

コーヒーをドリップする間に、卵焼きを切り、皿に乗っけた。それを二年生のテーブルに運ぶ頃には、コーヒーのドリップも終わって、次にそのコーヒーをカップに注ぎ運んだ。

「召し上がって下さい」

「……」

即興の卵焼きに、コーヒー。

コーヒーは言うまでもなく、卵焼きは理奈の一番馴れしたんだ料理だ。

子供の頃、両親の不在時によくおやつ代わりに華波や孝之に作った。思い出の品とでも言うべき料理。

「食べて下さい」

理奈の迫力に屈したように、四人は卵焼きを食べる。四人の顔が、少し綻ぶ。

「……美味しい。……けど」

「……けど、森下、あんたいつも卵焼きは甘いのに、なんで」

しょっぱい、理奈のものとは、思えないくらい、甘くない。

加えて、苦い、コクの強いコーヒー。

「料理は、皆が考えている程、甘くないんだよ」

樋口が、口を開く。

「理奈は、私より上手い。加えて、人をまとめる力がある。だから、先輩達は私じゃなくて、理奈を選んだんだ。それを、勝手にどうのって言うなんて、見当違いだ」

樋口の口調は厳しい。

「私は満足していた。理奈が教えてくれる事は、どれも私の為になるような事ばっかりだ。少ない食材、適度な味つけ。手間の少ない料理で、いかに違いをつけるのか、今回のカルボナーラでも充分勉強になった。……確かに、去年までの難しい料理はしなくなった。だけど、理奈はどれも、私達全員がランクアップ出来る料理を考えて選んで、教えてくれてるんだ。それを」

「……」

樋口のためを思ってやった事。それに対して、樋口は怒っていた。樋口から見れば、そんなのはありがた迷惑な話、でしかない。

「何故、能登と川崎先輩の卵だけをすり替えたのですか?」

「……」

「能登は解ります。私を慕うので、攻撃対象にしたのでしょう。ですが、川崎先輩は、何故?他の二人は何故?」

「……」

「成程」

理奈は合点する。

「川崎先輩が、あなたの彼氏を取った、という話は本当なんですね」

坂上が驚き、顔をあげる。なんでそこに気付くのか、と問いたげだ。

「私、引っかかっていたんです。なんで能登と川崎先輩の卵だけしかすりかえなかったのか。他の二つは、日付がバラバラだったので」

「……!」

ギリッ、坂上は恨みを込めた眼差しで、理奈を睨む。

理奈と坂上の睨み合いは、しばらく続いた。

そうして、理奈はため息をつくと、身支度を始める。身支度を終えた後、理奈は教卓から一言告げる。

「私は、料理部を退部します」

「私も、退部するかな。そんな理由を、私のせいにすり替えられても、面白くないし」

「待って、樋口!」

坂上の言葉を、樋口は睨んで黙殺した。

「私も」

「俺も」

反感をかって何かされても嫌だ、皆口々に言い、部室から出ていく。

「先生、校長先生にお話をしに行きます。ご同行を、お願いします」

「え、あ、森下、さん?」

「お願いします」

顧問は、理奈と樋口の剣幕に押されて、渋々とついていく。

「それでは、失礼します。先輩方」

そうして、調理室には、坂上達四人が残された。

能登や川崎もまた、退部をし、料理部は廃部した、だが、校長は樋口と理奈に二人で建て直して欲しいと懇願した。

二人はそれを拒否したが、校長は理奈に、二年の夏過ぎまでは調理室の鍵を預けると言い、理奈はそこで毎朝コーヒーを淹れるようになった。

そうして、二年生の夏が、終わろうとしていた。

もうすぐ、鍵を返しに行く事になる。

理奈は、机の上で、調理室の鍵をいじる。

ガチャ、ガチャ、とだけ鍵は言い続ける。

「……」

能登は、転校した。

樋口は、料理教室に通っている。

今更、活動を再開しようなんて、思いもしない。

「……」

ガチャ。

理奈は鍵をいじる手を止めて、ケータイを取り出す。ちょうど、明日は櫻子も、和乃もアルバイトが休みだ。

長らく電話をてなかった人に電話をかける。

「もしもし、先輩ですか?」

そうして、翌日の放課後。

「久しぶりだねー、理奈ちゃん」

「ご無沙汰してます」

調理室に、樋口と華波、和乃に櫻子の姿があった。そして、坂上と川崎、転校した能登の姿も。

三人の空気はギスギスしている。どうすれば良いのか、解らない、と言ったところか。そのへん、樋口は理奈と笑って堂々としている。

樋口と理奈が、コンロに向かいながら話してるのを、その他六人が見守る。ものの数分で、理奈と樋口は、六人の前にカルボナーラののった皿を出す。あの日、事件を起こした料理。

「召し上がれ」

「坂上、川崎、能登。私の料理、食べて欲しい」

二人の言葉に、三人は手も出さなければ、口も出さない。

華波達は、それを見守る。

「……ごめん、能登、樋口、それに……川崎」

しばらくしてから、坂上がそっと、俯きながら言葉を出す。

「あの時、あたしがあんな事さえしなかったら、今でも、こうやっていたかもしれないのに、本当に、ごめんなさい」

坂上は、嗚咽をこらえながら、それだけ言うと、一人で泣きじゃくる。この半年、後悔をしながら過ごしていたようだ。

「……えっと、その、あたしもごめんね、坂上」

川崎が坂上の背に、手を回す。

「なんか、うん。ごめん」

「私も、悪かったよ」

あの時、坂上を見捨てたのは自分だと思っていた樋口も、背に手を添える。あの時は、少し感情的になりすぎた。

「……二人、とも」

「私も、いつも余計な事ばっかりして、ごめんなさい」

能登が、頭を下げる。

「あんたは、悪くないだろっ……!」

嗚咽を溢しながら、坂上が言うと、華波が笑う。

「なんだって良いじゃん、過ぎた事はさ。食べよ、先輩」

「あんた、いつもうちらが料理作った後に来て、飯食ってたな、……小井戸って言ったか?」

「過ぎた事は知らないー」

華波がよそを向くと、笑いが起きる。

「料理って、良いですね、樋口先輩」

「そうだね。私、理奈ちゃんに負けないように頑張るよ」

「応援してます」

六人が、見知らぬ者もいる中で笑い合い食事をする姿を見て、二人は笑う。

「ところで、坂上先輩」

理奈が全員が食べきったところで、理奈が口を挟む。まだ目が真っ赤なままだ。

「食材がですね、こんなに余ってるんですよ」

言って見せる量は、とても余ってるなんてものではなかった。軽く50人前は作れそうだ。

「今から作れば、運動部が部活を終える頃に作り終えるんですよね」

「……ほー、森下。調理部の大量生産機とまで言われたあたしに対する挑戦か?」

坂上は、バレンタインに一学年分のクッキーを一人で焼いたという逸話の持ち主だった。ムラが存在しない大量生産技術は、天才と謳われた理奈も脱帽する程だ。

「作ろうか」

樋口が言うと、能登の顔が煌めく。

「私、向こうで大分上手くなったんですよ!」

「ほー、能登。この坂上の前でよく言ったな」

「え、あ、その」

「はいはい、時間ないんだから」

川崎の言葉を皮切りに、料理部三人が立ち上がる。

「んじゃ、あたし達は運動部に声かけてくるねー」

華波達三人も、立ち上がる。

「よろしく」

「頼むね、三人とも」

その日の放課後、久々に調理室の換気扇が回った。

近日、読み切り掲載予定です!

お楽しみに下さい!

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