第十四限ー理奈と過去
新学期目前にした料理部の活動中に、その事件は起きた。
その日はカルボナーラを作っていた。食材は部員の持ちよりだった。
「手間もかからないから手順を守って下さいね」
高校一年生だった理奈は、他の部員にそう声をかけた。そうして、見回る事にした。皆和気あいあいと、料理を作っていく。
「理奈ちゃーん」
「はいはい」
声をかけられると理奈はそちらの方に向かった。
「ベーコンの厚みってこれくらい?」
その子はクラスメイトでもあった子だった。人一倍料理が苦手で、それを克服する為にこの料理部に入った。その為か、活動中は理奈に少し依存してしまう傾向にあった。
「うん、それくらいだね。能登、二年生の川崎先輩が班にいるんだから、それくらいなら先輩に聞いてね」
「ん、解った」
この件に関しては、能登の解ったは宛にならない。そういう点で言うならば、華波と似た節がある。その華波は、クラスメイトの男子に誘われてデートに行ってる。長続きはしまい。もって二週間くらいが良いところだろう。
しかし、と理奈は思った。
言われるがままに部長を引き受けたが、それは果たして良かったよだろうか。
自分達より下の理奈が部長をする事を面白く思わないのは、無理もない。
少し、その事を先輩と相談しようかな。
理奈が考え事をしている間に、全ての班が料理を作り終えた。
「それじゃ、味見をさせてもらいますね」
二年生一人と、一年生三人の班の味見をした。
「少し、味付けが濃いかな。けど、美味しいです」
二年生含めて安堵の息をもらす。二年生は立ち上がって、ありがとう、と握手をした。
「理奈ちゃん、また後で付き合って貰える?」
その二年生は、樋口は、調理系の専門学校に行こうとしていて、度々理奈と料理のあれこれをしていた。
「はい、では、後で」
そうして、次の班に行く。次の班は全員男子で構成されていた。二年生、一年生共に二人ずつで、いつも楽しそうにしていた。だが、特にここ最近ミスが多いのが目下問題だ。
一口食べると、理奈は顔をしかめる。
「しょっぱい。塩が多すぎますね。麺を茹でる時、塩を入れすぎたのではないでしょうか」
「すみません」
謝ったのは二年生だ。こういう時、気不味い。
「分量は料理の基本。守って下さいね」
理奈は笑顔で立ち去る、たまに思うんだけど、まさかあの班私に怒られたくてわざとミスしてる訳じゃないよね?
歓喜の気配を背中に感じながらつい思ってしまう。
そして、次の班。ここがクセモノなのだ。
「それじゃ、お願いしますよ、先生」
からかうような口調で言ってきたのは、全員二年生女子で構成されたグループ。一年の理奈が部長をしているのが面白くないのか、たまに反抗してきた。問題児グループだ。
「……失礼します」
味見をしようとした瞬間、理奈は違和感を感じた。何か、酸っぱい匂いがした。
「……」
タバスコか。一瞬手が止まるが、理奈はそれを気にせず食べた。すると、
「ゴフッ!ゴホッ!」
辛っ!!理奈は慌てて教卓のところにおいた水をあおる。恐ろしい辛さだった。
気付いたにも関わらず、想像を絶する辛さだった。小手先が器用なのが、また手に負えない。
「ごめんなさーい、うっかりタバスコ入れすぎちゃってー」
「先輩っ!」
声をあらげて立ち上がったのは、能登だった。
「能登、静かに」
作りっておいたコーヒーで、口の中をリセットする。本当に辛くびっくりしただけだ。
「調味料は好みがあります。使用は気をつけて下さいね」
そういって、最後に能登の班に向かう。能登の班も最初樋口の班と同じで、二年生一人、一年三人のグループだ。
能登が自分にべったり来る事を除いたら、特に問題はないグループだ。
一口食べて、理奈の動きが止まる。
「……?」
思わず、顔をしかめる。妙な酸味を感じる。だが、辛い訳ではない。
「……何か、おかしな調味料なんて、入れてないよね?」
班員に緊張が走った。あたふたとし始める。
「……」
何か、嫌な気配がした。このパスタから、何か、怨念に似たようなものすら感じる。
「……」
このパスタは、捨てておくべきなのだろうか。
「理奈ちゃん、このパスタ、ダメ?」
「……」
能登の言葉が、心に刺さる。料理への苦手意識を助長しなければ良いのだが。
「なにー?能登まーたセンセー困らせてるのー?」
「けど、失敗したならセンセーの監督不行き届きなんじゃない?」
問題児グループの嫌味が響く。こういう時、料理が苦手な能登は黙り込んでしまう。苦手意識というものは、簡単には取り除けないものだ。
「私の、監督不行き届きでしょうね」
理奈は自分の非を認める。
「私は、このパスタから何か良くないものを感じました。原因はよく解りませんが、あのレシピではどうやってもこの違和感には辿りつかない。だから、このパスタは破棄します」
「けど能登が作ったなら、何か違和感があっても、ねー?」
キッと、思わず睨んでしまった。理奈の眼力に、二年生はリアクションすら出来ない。
「能登が料理が出来なかったのは、環境に恵まれてなかっただけ。今、能登はキチンとした料理が作れる」
「……」
「あのさ、理奈ちゃん」
川崎が手を上げる。
「とりあえず、食べてみよ。ヤバそうだったら、その後破棄すれば良いじゃない?」
「……」
何かあってからでは遅い。
それとも、自分の思いすごしだろうか?しょっぱいパスタに激辛パスタを食べて、味覚が狂っているのかもしれない。
理奈はコーヒーを一口飲む。やはり、いつものコーヒーだ。味覚は、狂ってない。
「……」
「……」
気不味い沈黙。重い空気。
「とりあえず、食べよう?」
川崎の言葉で、全員が食事を始めた。
理奈は、嫌な予感が拭えない。
食事を終え、片付けが始まる。何事もなかった、という訳ではないだろう。食べている顔を見れば、解る。だが、全員が能登に気を使い、能登は状況で味覚がない状態なのだろう。誰も、何も言い出さなかった。理奈は、この後華波との食事の約束があるために何も食ず、事を見守っていた。
「ん、なんか」
「お腹痛い」
能登の班員が、腹痛を訴えた。ガタッ、理奈が立ち上がった。料理を食べた後なら、食中毒の可能性か高いだろう。
「大丈夫!?」
「……ちょっと、トイレ」
理奈は慌てて保健室に向かった。
四人は強烈な腹痛と目眩、嘔吐に襲われていた。理奈は四人の班のゴミ箱を確認したが、パッケージではなく、全員タッパー等に入れて持って来ていて、賞味期限を確認出来るものは牛乳くらいだが、牛乳の賞味期限は過ぎていなかった。
全員に、持って来る時は食中毒対策にしっかり保冷剤を入れておくように言い聞かせてある。自宅にあるものならば、痛んでる事は少ない。ならば、後?
だが、その可能性は高そうだ。
理奈は顧問と校長の元に行き、謝罪をする。
「すみません!私の監督不行き届きです!」
「まぁ、落ち着きなさい」
校長はそういうが、顧問は苦々しい顔をしている。監督不行き届きは、顧問の責任だからだ。
「何故、食中毒が起きたのかな?」
「解りません。部員にはキチンと食中毒には気をつけるように言っています。冬でも保冷剤と保冷バッグで持って来るように言っています」
「ならば、痛んでいたものを家庭から持ち込んだのでしょう」
「私は味見をしました。違和感を覚えました。しかし、破棄させなかったんです。あの時、破棄させておけば良かったんです」
「しかし、君は破棄する事を勧めたんだろう?」
「……はい」
「自己責任だな」
校長は、そう判断したようだ。
「だが、顧問としてその場に居合わせなかった君にも責任がある。覚えておくように」
顧問は戦く。そこで校長との話は終わり、二人は外に出た。
「……」
理奈は顧問に一礼だけすると、その場を後にしようと歩き始めた。同時に、顧問のケータイが鳴る。
「はい、もしもし。……はい、そうです。……はい、はい」
顧問の電話は深刻そうだ。だが、どこか嬉しそうだった。
「森下、今病院から電話があった。全員無事だ」
「……良かった」
それならば、やることは一つだ。
「先生、私、やらなくちゃいけない事があるんです」
「やらなくちゃ、いけない事?」
はい。理奈が頷いた。
「犯人に、謝罪をさせます」
その目線。その鋭さに、顧問は一歩戦いた。




