第十一限ー華波の苦悩と苦しみと
パパが逮捕された。それを告げると、華波は理奈と紗耶香に言われて一時帰宅する事になった。
華波は荷物もそのままに、家まで走る。家に着くと、ちょうど、母親が玄関で靴をはいていた。その視線を受けて身をすくめるが、母はすぐに華波から視線を外す。どうでも良いと言わんばかりの態度だ。
「パパは?」
「警察で事情聴取」
当たり前の事を聞くなと言わんばかりだ。先程までの空気差に華波は困惑する。華波は自分がここに居て良いのかと感じてしまう。
警察署に母の運転で赴く。つくと、母は自分にはもうしばらくーーもうどれくらいになるかも解らないくらいーー見せてない顔であれこれ話してる。
「そちらのお嬢さんは娘さんで?」
警察の言葉を受けて、母は華波の方をーー警察には解らないくらい一瞬邪魔そうな顔をして向く。
「ええ、そうです」
そこで、母親は、何か思いついたような顔をして父親の『余罪』を語り出す。
「あの子に、最近暴力を振るうんです」
よく言う、華波は内心で呆れる。
あれやこれや、母親と一緒に話しをする。
なんでも、父は駅でケンカをしたらしい。カッとなって殴ったと供述している。だが、大分殴ったようで、相手は病院送りになったらしい。
聴取が終わると母と二人で自宅に帰る。二人で、テーブルを挟んで座る。
「お父さんとは離婚するわ」
「……うん」
「暴行事件なんて起こして」
母の、文句のような言葉を、華波は聞き続けた。不意に、櫻子の元彼を思い出す。
彼は、櫻子の文句は一つも言わなかったという。自分の元彼達も、とくに文句を言うような事はなかった。
なのに、何故これだけ文句を言い続けるのだろう。長年連れ添い、鬱憤が貯まったのかもしれない。
華波は、歪だ、と感じた。これが愛していた人の結末なのだろうか。
ならば、自分と、理奈も。
「……ごめんね、ママ。気分がよくないの。もう寝るね」
「ああ、そう」
母は、特に興味もなさそうに言うと、ケータイを取り出した。
「もしもし」
自分には、長らくかけてくれなくなった声色を聞いて、華波はベッドの中に埋もれる。
なんだか、よくわからなくなってきた。
なんだか、どうでもいい、と感じた。
華波は、そのまま眠り続けた。翌日も、気分が悪いと理奈にメールをして、眠り続けた。
……どれだけ、寝たのか。
髪も肌も、潤いをなくしていた。鏡を見ると、こんな自分を見た覚えはない。とりあえず、風呂に入って、身だしなみを整える。トリートメントをよく浸透させて、肌も、クリームを塗る。元々、肌も髪も強い方だったから、それだけで直ぐ回復した。
身体の虚脱感が凄かった。台所に行くために、リビングのドアを開ける。
「……なに、居たの」
母が、邪魔そうな目を向ける。隣には、知らない若い男。
「……いたよ。へやに」
歪だ、と思いながら、華波はリビングを通過して、台所に立つ。しばらく考えてから、食パンを一枚食べて、部屋に戻る事にした。
「へぇ、美人だね」
男の舐め回すような視線から逃げるように、身を縮めてリビングを急ぎ足で通過する。
「ちょっと~、どこ見てるの~?」
ああ、うるさいな。華波はリビングのドアを閉じながら思う。
そして、再びベッドに倒れ込む。そうして、死んだように、
コンコン、とノックする音が聞こえる。身体を起こして、ベッドの上に座る。
「……なに?」
「失礼するよ」
ドアの先に居たのは、先程の男だった。少し、動きがぎこちない。
「こんにちは、華波ちゃん。僕は君のお母さんの、……浮気相手だよ」
「……はじめまして」
俯きながら、華波が言う。なんだか、華波にはこの男が気にいらなかった。嫌な感じがした。
「そんな警戒しないで欲しいな。君の、新しいお父さんになるんだから」
「お父、さん?」
例え何がどうなろうと、あたしのお父さんはただ一人だろう。寡黙な、あの。
その浮気相手は、色々喋っているが、何一つ頭に入って来ない。ボーっと、華波は聞き続けた。
嫌だな。歪だな。何かが、ズレている気がしてしかたがない。
そのまま、軽薄な笑顔で、男はじゃあ、またね、と言う。華波は、さよなら、と言ってドアを閉める。
「……」
なんだか、色々な事が起きたような気がする。華波は、再びベッドに埋もれながら言う。
なんだか、とても、疲れた。
華波は、そのまま、再び眠り続けた。何日も、何日も。死んだように眠り続けた。
考えた。ここ数日で起きた事を。考えて、考えた。考えても、考えても、何も解らないから
もっと考えた。
考えて、考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えても、何も解らなかった。
ただ、時折すれ違う母が自分の事を邪魔そうに見てくるのが、嫌だった。
浮気相手の男の軽薄な笑いが、嫌だった。
嫌な事ばっかり、起きるな。
そうして、華波は眠りに落ちる。深い、深い眠りに。




