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第九限ー理奈と苦しみ

三限は体育で、サッカーであった。チーム対抗のサッカーやバスケとかになると、いつも華波と櫻子は別々のチームになって、チームを牽引して接戦を繰り広げるのだが、今日は華波のキレが悪い。序盤から明らかに押されてた。

ミスの連発からも、敵側のクラスメイトからも心配される始末だ。それでも普通の人と同じ程度には動けるのだから大したスペックである。

そして、中盤。

「~!」

負けると思った華波が、自陣からソロで敵陣までドリブルで持っていき、そして、全員抜き、キーパーとの一対一の状態にまでもっていく。

華波が、ボールを蹴るのと同時、追い付いた敵チームの一人が、阻止すべくスライディングをする。その子はサッカー部で、恐らくただの意地だったのだろう。

シュートが決まり、そして。

ドカッ!華波の足にスライディングが決まる。

「「「!」」」

華波が転び、スライディングをしたサッカー部員が顔を青くする。理奈は脇目も向かず駆け寄る。

「華波!大丈夫!?」

「痛痛、多分大丈」

立ち上がるが、決まった足が痛み、ひょこひょこと歩いている。不味そうだな、と理奈は判断する。

「水道まで行くよ」

「え、いや」

「ダメ、行くよ」

水道まで連れて行くと、靴を脱がして冷まさす。あれ、理奈は違和感を覚える。

スライディングが決まったのは、足の外側だ。なのに、内側にまで痣があるのはどういう事だろう。そういえば、さっき着替えの時も、少し何かを隠すような……。

「冷やしてるから、大丈夫だよ、お姉ぇちゃん」

そんな理奈の思考を断ち切るかのように言う。ただの打撲で、ほっとけば直るという華波の言葉を受けて、理奈は授業に戻る。

主戦力の抜けた華波のチームは惨敗であった。

着替えの時、華波をよく観察して、理奈は悟る。全てが合致した。

昼休みは華波は騒ぎ通し、足の怪我は大丈夫だとアピールし続けた。

そして、放課後。

櫻子と和乃がアルバイトで早々に帰宅すると、理奈は華波とカフェに行く。いつものカフェでなく、チェーンカフェだ。ただし、仕事の会談などをするのに使われるような喫茶店で、隣の話声も聞きにくければ、姿も見え辛いものになっているというところであった。

「華波、なんでこんなカフェかは、解るよね?」

「さすがお姉ぇちゃん、もう話の内容解ってるんだ」

話す手間が省けるね、と自分の肩を抱きながら言う。

「……家、なんだよね?」

「せーかい。家だよ」

華波はソファーの背もたれに腕をかけて足を組む。あー、と上を向きながら呻く。

「なんてーのかなー。パパとママがさ、最近仲悪くてさー、いつも喧嘩してんだよねー」

華波は軽い口調で言う。そうでもしないと、押し潰されてしまうのだろう。

「本当は離婚したいみたいなんだけど、あたしがいるじゃん?養育費とか色々面倒みたいでさ。そしたら、『お前がいるから離婚出来ないんだ』って言われて、なんか辛いんだー」

話す調子が次第に弱々しいものになって行く。声が次第に震え始める。

「もうお姉ぇちゃんにはバレてるだろうけど、殴られる始末でさ」

そこまで話すと華波は泣き崩れる。理奈は華波の横に座り直して、華波の頭を撫でてやる。

「あたし、馬鹿、だから、どうしたらいいか、解んなくてさ。アイツら、いつもあたしの事邪魔そうに見て」

「もう良いよ、華波。解ったから」

「あたし、どうしたらいいの!……教えてよ、お姉ぇちゃん」

「落ち着いて。解ったから」

グスグスと泣き崩れる華波を抱き締めてやる。

苦しかっただろう。辛かっただろう。自分の親にそんな事を言われるところなんて、想像がつかない。その苦しみの大きさが。

そのまま華波が落ち着くのには、かなりの時間を必要とした。

その日、華波の気が済むまで、付き合い続けた。 華波の口から、文句はその後出ずに、いつも通りの他愛ない会話だった。それが、華波の支えなのだろう、と理奈はいつも通りに接する。

別れた後は、理奈は頭をフルで活動させる。

虐待、というならば、保護施設もあるだろうが、華波が嫌がるだろう。警察も同じように、ダメだろう。

「んー」

「どうしたの、理奈ちゃん」

自分が洗い物をしている隣で食器を拭いていた母、が心配して声をかけてきた。

「お母さん」

「悩み事?いつも解決してあげてるのに」

「うん、ただ、今回は事が事でさ」

「ふーん」

母がずっと見てくる。話せ、という意志表示だ。理奈は鋼の意志で無視する。

何せ、理奈と華波の親は知り合いなのだ。そんな人に話す訳にはいかないだろう。

「華波ちゃんの事?」

え、理奈は動揺するのを抑え込む。ただし、失念していたとも言える。

「そうなのね」

この母には、隠し事が通用した試しがなかったのだ。

理奈は横目で母を見る。恐らく、全て知っているのだろう。

「そうだね」

「最近家庭内が荒れてるって、ママ友から聞いたの」

恐るべし、ママ友ネットワーク。何か、色々聞けるかもしれない。

「お母さんはどんな話聞いたの?」

「詳しく聞いた訳じゃないのだけれど、なんだか不倫とかって聞いたわ。それでずっともめてるって。ねぇ、華波ちゃんは大丈夫なの?」

「……そう」

母に、教えて良いのだろうか。

「理奈、華波ちゃん、叩かれてたり、しないわよね!?」

自分が聞いた話以上に、母は詳しく聞いてるのだろう。ここは、甘えさせてもらえないだろうか。

「お母さん、華波、叩かれてるみたいなの」

「……あんな良い子に、なんて事……!」

「落ち着くまで、家に居て欲しいんだ、華波に。お願い出来ないかな」

「……」

他所の子を家に住まわせる。それが、どれ程大変な事か、理奈は知らない。だが、それでも、理奈にはそれを頼む事しか、出来ないのだ。

「……呼んで、来なさい。それが、華波ちゃんのためになるかは解らないけれど」

「ありがとう」

理奈は、その言葉を聞いて、洗い物に集中する。

「何してるの」

母が、隣で仁王立ちしていた。何してるの、とはどういう事だろうか。

「早く迎えに行ってあげなさいな」

「……ありがとう、お母さん」

理奈は部屋に走って向かうと、華波に電話をかける。

「もしもし、華波?うん、家に泊においで。お母さんも、……え?そんな事言っている場合じゃないでしょう?……華波は、どうしたいの?……。……うん、良いよ。うん、解った」

電話を切ると、台所に戻る。母は、何か料理を作っていた。

「何、作ってるの?」

「華波ちゃん、あまり食べてないと思って、残りものだけじゃ悪いから今作ってるの。……華波ちゃんは?」

「凄く遠慮しながら来るって。支度が終わったら一度電話するって」

「理奈、こっちは良いから、迎えにいってあげなさい。荷物あるだろうから、孝之も連れてって良いから」

「……本当、ありがとう!」

駆け出したい気持ちを、察したのだろう。母には、いつまでたってもかなわなかった。孝之の部屋まで行くと、ドアをノックする。

「孝之!」

「お、おぉ?」

孝之は扉を少しあけて理奈を覗き込む。普段呼ばれる事のないために、驚きが隠せないようだった。

「手伝って。華「任せろ!」波を迎えに行くの」

言葉を潰しての返事。恐らく話なんて聞いてないだろう。手伝って、しか。

二人で駅の方に向かって歩く。華波の家は駅を出て少し行ったところにある。ちょうど、駅につくと華波から電話がかかってくる。

「もしもし?……うん、解った」

それだけで電話を切る。もう少しで家を出るとの事だ。そして、ちょうど家を出てきた華波と会う。今日は白いワンピースに、理奈があげたシュシュで髪を縛っていた。どこかのお嬢様みたいであった。奇しくもバッグは三つあった。

「お姉ぇちゃん!?」

「迎えに来たよ。はい、孝之。これ持って」

「え、聞いてな」

「言った。つべこべ言わないの」

「……」

姉には逆らえず、華波を睨むとバックの一つを掴んでズカズカと歩いて行く。

「おはよう」

つい癖でおはようと理奈が挨拶すると、華波もおはようと、返す。元気はあまりない。

「ご両親は?」

「パパは帰ってくるの遅いし、ママは出掛けてる」

そう、と返し、理奈がもう一つバッグを持つ。バッグを一人一個持って歩く。

「ごめんね、お姉ぇちゃん」

華波が泣きながら言う。迷惑ばっかりかけてごめんね、と。理奈はその頬を両手で挟み込んで顔を持ち上げさせる。

「泣かない、謝らない。華波は悪くないの」

「……ありがとう」

華波は泣きじゃくりながら歩く。その手を理奈が牽引する。孝之は居たたまれなくなったのか、もう姿が見えない。

家につく頃には華波は泣き止んでいた。サンダルを脱ぐと、ちょうど玄関に母がいた。

「いらっしゃい、華波ちゃん」

「すみません、お世話になります」

「大変だったでしょう?家では、ゆっくりしていってね」

「……はい、ありがとうございます」

「辛かったわね、大変だったわね。よく、我慢したわ」

「う、うぅ。……紗耶香おばさんー!」

おばさん、という言葉に若干顔をしかめるが、泣きつく華波をよしよし、と撫でてやる。

「おい、華波」

高圧的に声をかけるのは孝之だ。泣きじゃくって酷い顔をしてる華波を見てさすがにぎょっとする。

「うわっ、てめぇなんて顔してんだよ!ホラ、顔貸せ、このバカ!」

孝之は乱暴に、それでも気を使いながら、華波の顔をタオルで拭いてやると、今度は孝之に泣きつく。

「ありがとうー!ありがとう~!」

「わ、わ!」

赤面してる孝之を見て、母と娘が笑う。

「おばさんにも解るわー、これがツンデレっていうのね?」

「お母さん、正解。華波美人だもんねー、良かったねー、孝之?」

「ばっ、違ぇよ!てめぇもいい加減離れろ!」

孝之は華波を引き剥がす。

「お前、どこで寝る気だ?」

「私の部屋かな」

「そうね、そこくらいしか」

「俺の部屋貸してやるから!」

「や、それはいいわ」

華波がズバッ!と切る。孝之はいやでも、プライベートとか、と言うが。

「だって、男の布団ってなんかねー」

「そうそう。孝之、それはないよ」

孝之としては、なんとかして二人を共に寝かせたくない。シスコンとしては、なんとかして回避させたい事態なのだ。

だが、呆気なく華波の荷物は理奈の部屋に運ばれていく。孝之としてはもう気が気ではない。

「華波ちゃん、ご飯はまだ?」

「あ、まだです」

「なら用意しておくから、降りて来なさいな」

「……本当に、ありがとうございます」

荷物をおくと、華波はリビングでご飯を、理奈はコーヒーを飲む。

近頃キチンと食べれなかったのだろう。華波はガツガツと凄い勢いで平らげていく。

「華波、お風呂入ってきなよ」

「んぐ?」

ご飯を飲み込んだ華波が、目をパチパチとさせてる。

「お母さんもう上がるし、私も孝之も入るの遅いからさ。入って」

「お姉ぇちゃんと一緒がいー」

ご飯を食べるのを再開した華波が笑いながら言う。理奈はコーヒーを吹き出しこそしなかったものの、驚き、むせる。

「や、華波ね」

「いーじゃん。ダメ?」

「……。はいはい」

「やったー、お姉ぇちゃん大好きー」

これでこそ華波だ。ご飯を美味しそうに食べれ終わると、食器を洗うが、その後の勝手が解らず立ち尽くす。

「お姉ぇちゃんー、これどこしまうの?」

「えっとね、大きなお皿とお箸はあっちの棚。同じものがあるから解ると思う」

華波がお皿をしまう間に理奈は茶碗の類いをしまう。ありがとうー。華波から感謝の抱擁を頂くと、降りてきた孝之が、何してやがる!と毎度お馴染みの引き剥がしをする。ちょうど、母、紗耶香が風呂から出てきて

「あらあら、仲良しねぇ」

「良くねぇ!!」

「華波、お母さんあがったみたいだし、お風呂入ろうか」

「おっ風呂~」

軽快な足取りで華波は階段を登っていき、荷物用を漁ってる。

「お風呂?」

孝之と紗耶香が目をパチパチさせる。理奈があ~、うん、と。

「華波とお風呂入る事になってね」

「はぁ!?」

「あらあら、仲良しねぇ」

孝之の反応に対して、紗耶香の反抗はさっぱりしている。むしろ、そればっかりだ。

「けどね、理奈。お母さん感心しないわ。思春期の孝之には刺激が強過ぎない?」

「あ、そうか。ごめんね」

そして理奈も階段を上がっていく。孝之は赤面しながら、部屋に戻っていく。


以下、シスコン孝之の視点で入浴シーンをお楽しみ下さい。

うわー、昔見たから広いのかと思ってたけど、お姉ぇちゃんちのお風呂広いねー!

あー、うん。広いよね

アハハハ!

華波ー、広いって事は転ぶ余裕があるって事忘れないでよねー

解ってるよー。お姉ぇちゃん、背中流してあげるー

え、あ、うん。ありがとう?けど、私はその前に髪洗うから

あ、そうだね。とりゃ!

ちょ、や!髪くらい自分で!

遠慮しないでよー

遠慮とかって問題でなくて!

ふぁーい

……よ、ようやく大人しくなった

お姉ぇちゃん、トリートメントとコンディショナー、どっちからするの?

私はトリートメントかな

おお、おんなじー

はいはい

……。……じゃぁ、お楽しみのお時間だよー

……待って、華波。なんで手をワキワキしてるの?

んー?

最初っから予想してたんだけど、まさきゃわーーーー!!?!

ホッホッホ、良いではないか、良いではないか。あれ、お姉ぇちゃん、なんだか大きくな

「んだーーー!」

思春期には、刺激が強すぎたわけで。

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