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風の国のお伽話 第二部  作者: 花時雨
第三章 争乱

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第94ー2話 嵩じる謀略(下)

第94-1話の続きです。長い話なので二つに分けたものの後半部分となります。

承前


オットー伯爵も扉の音を立てて出て行きその姿が消えると、デイン子爵がくくくと笑った。

シェルケン侯爵が不愉快そうに子爵を咎めた。


「デイン、何がおかしい」

「これは失敬。日頃偉そうにしている侯爵伯爵が、閣下に手玉に取られる様子が可笑しくて、つい噴き出してしまいました」

「ふん、あのような馬齢を重ねただけの連中、儂に掛かれば何ほどのこともない」

「いやいや、流石は策士シェルケン閣下。次から次へと策を繰り出される御様子、ミンストレル侯爵とは一味違う。やはり閣下こそ宰相位に相応しい」

「はっはっは。なーにこの程度、策の内にも入らんがな」


安いおだてに乗って機嫌を直し嬉しそうに笑うシェルケンに、デインは己の思い付きを提案した。


「閣下、もう一つ、こういうのはどうですかな? 国王を謀殺した容疑者として、当日給仕にあたった侍女二名の手配状を回すというのは」

「侍女? しかし、手配も何も、あの女は我々の手の者だぞ」

「なあに、あれは閣下の手の内、いや、あの世にあって、もう見つかりようが無いのでしょう?」

「では二人とは?」

「もう一人は国王自ら養女にした侍女見習で、ユークリウス殿下の妃候補との噂がある者。それが謀殺に関わったとなれば、王家の名声はさらに地に墜ちましょう」


デインはにやにやと厭らしい嗤いを隠さずに言う。


「だが、容疑も何もその娘は当時は王城にはおらなかったのではないのか?」

「ええ、マレーネ王女の所にいたらしいですな。噂では、今はどうやら秘密裏に侍女取締の下で看病に当たっている様子」

「では、それを疑ってどうするのだ? 看病に当たる者には手を出すなとメリエンネ王女からも釘を刺されている。取り調べはできないだろう」

「それだからこそです。無実と言えども所在不明で直接の取り調べができねば疑いの晴らしようがない、となれば白とはならず灰色のまま、平民上がりを良く思わぬ貴族令嬢共が待ってましたとばかりに尾鰭をつけて噂を広め、見る見るうちに黒くなるでしょう」

「なるほどな」

「一度染みついた汚れはもう落ちぬ。これで手配状を一通出すだけで、まともに取り調べの手数も要らず、小娘とユークリウス殿下だけに留まらず、庇い立てしたメリエンネ王女、さらには国王、王妃の評判までをも落とせるという寸法です」


得意げに語るデイン子爵の思惑を聞いて、フェッテが困惑気味に口を挟んだ。


「父上方、あの娘を使おうというのですか?」


シェルケン侯爵に養子にやった息子が自分似の細い目と眉を(しか)めているのを見て、デイン子爵は不快そうに答えた。


「うむ、フェッテ、それがどうかしたか?」

「あの娘、私が近衛の当直で立番に当たっている時に何度か見ましたが、こちらが侯爵家の者と知ってか知らずか、丁寧に頭を下げて通ります。その姿は幼いながらに微笑みは可憐で慎ましく、毒殺に加担するような者には到底見えません」

「それがどうした? フェッテ、お前、まさかメリエンネ姫だけでなくあの娘も欲しいというのではなかろうな?」


実父にぎろりと睨みつけられ、フェッテは慌てて首を横に振った。


「ち、違います! あのような子供に手を出すなど、私はそんな目で見たことはありません! ただ、あの娘は近衛兵の中でも人気が高く、手配状を回しても誰も信じまいと思うだけです」

「儂に向かって子供がどうこうとか言うな! 幼ければこそ、陰謀に加担したと言われれば驚きと共に、なるほどと思うものだ。フェッテよ、人とは奇なる話を好み、勝手に妄想を膨らますものなのだ」

「……」


フェッテが沈黙し、デインはシェルケン侯爵に向き直った


「いかがですかな?」

「良かろう。デイン、そなたもなかなかの策略家だな。あれは形の上ではただの貴族の娘、ならば手配状に王女の印はいらぬ。いまや宰相の権を預かる我がもので良い。ハインツ、印を手配せよ」


次々に出される下策に、ハインツはさらに心が重くなった。

まだ陛下御夫妻は亡くなられてはおらず、貴族も平民も多くがその御闘病に心を寄せている。

今、王族の名を汚すようなことをしては世間の反感はこちらに向かうのがわかりきっている。

侯爵自身も正式に宰相の座も得たわけでもないのに、次々と敵を作って一体どうしようというのだ。

今は信頼できる味方を増やし、そして兵力を王都に集中して完全に掌握し、治安を保つのを急ぐべきだろうに。

それにあの侍女見習は。


だが、如何に浅知恵でも、自分達の策に酔っている連中を止めることはできない。

無理に止めて信頼を失ってはこちらも何もできなくなる。

もうこれは、この計画が成功することはないと見切るべきだろうか。


ハインツは心中を押し隠して平静に答えた。


「承知いたしました。そうしますと回状先は上級貴族家となると思いますが、その娘がユークリウス殿下と懇意なのであれば、宛先からユークリウス殿下の親族は外した方が良いかと思われます」

「ふむ。刺激しすぎて暴発されても困るか。流石だな、ハインツ。殿下の祖父と父の実家のウルブール家とウィルヘルム家は外せ。子爵、それでよかろう?」

「そうですな。その外戚二家さえ外せば。ふふ、あの癪な小娘にはちょっとした恨みがありましてな」

「何があったかは知らんが、やり過ぎは困るぞ。まあ、いずれ国王夫妻が崩御された時には、王家は大混乱となりあの娘も後ろ盾を失う。そのどさくさに好きにすればよいだろう」

「閣下、ぜひそうさせていただきたい」

「うむ。ハインツ、今の段取りで書状を出せ」

「はい。……宛先はウルブール侯爵とウィルヘルム伯爵を除いた全ての上位貴族家で間違いありませんね?」

「うむ。その二家以外は全て洩らすな。間違いなくな」

「はい、二家以外全て。承知いたしました」

「後は、王都の貴族共を一人一人、こちらに取り込むだけですな」

「まあ、こうなっては放っておいても向こうからやってくるだろう。子爵、いずれ残念ながら陛下の御崩御の知らせがもたらされよう。そちらも印章官として、準備を整えられよ」

「いや、待ち遠し……これは失敬。奇跡の御快復を祈りながら待つといたしましょう。では、ユークリウス殿下への召喚状を準備して参ります。メリエンネ殿下も、印を捺すのがお楽しみなことでしょう」


デイン子爵は、はははと言う笑い声を残して出て行った。


その扉が閉まるのを待ち兼ねるようにシェルケン侯爵がグラウスマン女伯爵に言った。


「では姉さん、シュレーゲにミンストレル奴を斃すように指示をお願いします」

「ええ。ピオニル領に入った後に、ね」

「もしも邪魔になるようであれば、ユークリウス殿下も一緒に」

「あら、あの子は弱らせてこちらに取り込むんじゃなかったの? 私、あの子に私の前に跪かせてみたいんだけど」

「それはまあ、上手く行けば。ですが、ミンストレルを斃すのが最優先。その邪魔になるようであれば仕方ありますまい?」

「シュレーゲは上手くやるわよ。じゃあ、私は領に帰ってミンストレル領に攻め込むわ」

「ええ、姉さん。御存分に。よもや今攻め込まれるとは、ミンストレルの息子も思ってはおらぬでしょう」

「奇襲を受ける上に、当主は黒く深き森の反対側で露命を散らしているとも知らず」

「勝負は端から決まっているも同然ですな」

「でも、念のため援軍は出してもらうわよ」

「いいですとも。領兵1000名、副隊長の指揮に任せてください。常備の精鋭ですから御安心を」

「あら、嬉しいけど、主力をこちらに送ってあなたの方は大丈夫なの?」

「大丈夫です。激戦と成り得るのは姉さんの方ですからな。万に一つもそちらで負けては、全てが水の泡になりますからな」

「それはそうね」

「こちらにはやはり精鋭の騎兵がおりますから、問題ありません。歩兵は領民からの徴集兵ですが、隊長に言わせれば槍を鍛えて十分な戦力になると言っていますからな。そもそも、こちらは大戦(おおいくさ)にはならんでしょう。ハインツ、指示を出せ」

「はい、直ちに。伯爵閣下、御武運をお祈りいたします」

「ええ、ハインツ。ではトーシェ、しばしのお別れね」

「姉さん、今度お会いする時は『グラウスマン侯爵閣下』、ですかな」

「そうね、その時は貴方は『宰相閣下』、だわね」


「はははは」というシェルケンの笑い声に送られ、グラウスマンはミンストレル領侵攻を命じたメリエンネ王女の偽書をハインツから受け取ると、「ほほほほ」と笑いながら部屋を出て行った。


ハインツはどこかもの悲しい、どこか醒めた心持ちで侯爵の姉を玄関まで見送った。

この連中が、本来精密精緻であるべきこの謀略をうまく推し進めて権力を奪取できるほどに王族貴族達の事情に精通しているかどうか、もう一度だけ試してみたが、思った通りに不合格だった。

この先、何が起きどう進むのかはわからない。

だが、人の心もわからず関係を十分調べもせずに、頭の中だけで描いた絵図面が思い通りに実現することはない、それだけは確かだ。

恐らく今日がこの姉弟の今生の別れになるのだろうと心の中で呟きながら、去っていくグラウスマン伯爵の馬車に向かって丁重に頭を下げた。


ー--------------------------


国王に毒を盛ったというシュレヒ・パイン侍女とヴィオラ・リュークス侍女見習の手配状は直ちに各上級貴族家に送られた。

自領にいて王都を不在にしていた貴族家当主達の手にも数日後に渡った。


ある貴族家では、受け取った手配状は家令によって執務室で仕事中の当主の所へ届けられた。


「閣下、シェルケン侯爵から書状が参っております。国王謀殺計画の容疑者の手配状とのことです」

「ああ、王都の騒ぎはやはりシェルケン侯爵が関わったことか。困ったものだ。どれ……」


呆れながら家令から書状を受け取ったその貴族家当主は、手配の内容を一読して血相を変えて立ち上がった。


「何だこれは!」

「手配状ですが、閣下、何かございましたでしょうか」


驚く家令の方も見ず、当主は手紙を睨みつけたままに命じた。


「どうやらシェルケンの狸爺は私に喧嘩を売りたいようだな。喜んで買うとしよう。出兵するぞ。領の治安維持に必要な兵以外の領兵全軍だ」

「全軍で出兵ですか? どちらへ?」

「王都に決まっている。準備にどれぐらい掛かる?」

「全軍ですと、どう急いでも十日以上は掛かるかと」

「それほどか」

「申し訳ありません。辺境伯閣下のように常時臨戦態勢にあれば数日で動員できるのでしょうが」

「止むを得ん。だができる限り急がせよ。速やかに準備を終わらせるのだ。私は各地の代官、それに寄子や通過する各領の主に書状を書く。使いの準備を」

「はっ。直ちに」


家令が急ぎ足で部屋から出ていくと、今は亡きフェルディナント・ショルツ卿の弟であるフレドリク・ショルツ侯爵は手配状を握り潰して床に投げつけた。

そして乱れた兄似の銀髪を掻き上げると、壁に掛けた父母と兄の肖像画を見上げながら言った。


「シェルケンめ。己のつまらぬ権力遊びで私の姪を貶めたことを、血反吐と王都の砂を噛みながら後悔させてくれる。兄上、ヴィオラ嬢と我が家の名誉は私が守って見せます。どうか御安心ください」


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