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風の国のお伽話 第二部  作者: 花時雨
第三章 争乱

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第91話 容態

承前


国王と王妃が見つかったのは、毒を浴び倒れた後にしばらく時間が経ってからのことであった。


二人が食事を終える頃を見計らって訪れた侍従が部屋の扉を叩いても、中からは何の返事も無く部屋は静まり返っている。

侍従が訝しんで扉を薄く開けて中を覗くと、国王夫妻の姿が見えない。

慌てて中に入った所で、椅子の横に倒れ落ちている二人に気が付いた。


「陛下! 妃殿下! 誰か、侍医を! 侍医を呼べ!」


その叫びを聞いて辺りは大騒ぎになった。

駆けつけた侍従長とテレーゼ・コルネリア侍女取締は救護の手配を指示してから部屋を見回した。

食事にはまだ手が付けられておらず、食前の葡萄酒で二人の顔と衣服が汚れている。

葡萄酒の瓶は床に落ちて割れ、一方で使いさしのグラスが卓の上に乱雑に置かれている。

それだけならまだしも、給仕をしていた筈の侍女、陛下御夫妻に急な御不予が生じたならば真っ先に急を告げるべき者の姿が見当たらない。

これは不祥なる事件と思わざるを得ない。

侍従長は二人を王城の奥深くにある寝室に運び込ませて侍医を呼ぶと共に、急ぎ王都にいる各王族に内密に知らせを出した。


ー----------------------------------


マレーネ王女の邸にも伝令が宵闇の中を走った。

知らせを聞くや、マレーネは家中の主だった者を執務室に集めた。

宿下がりに来ていたヴィオラもアイリスと共に駆けつけた。

マレーネ王女が手の者に次々と指示を出す。


「ユークリウスに早馬の手配を。いずれ詳細は知らせますが、まずは陛下と妃殿下が倒れられて御意識が無いことと、軽挙せず領にて続報を待つようにと伝えてください」

「はっ」

「他の者も、非常時に備えて邸の警戒を厳にしてください」

「はい、直ちに!」


警備の手配を命じられた者が走り去ると、マレーネはヴィオラに問うた。


「ヴィオラ嬢、貴女はどうしますか?」

「お父さま、お母さまのところに戻ります! 看護させていただきとうございます」


一瞬の間も置かないその返事を聞いて、マレーネはしばし瞑目して考えたが、やがて目を開いてヴィオラを見詰めた。


「良いでしょう。ですが事情を知る者にとっては貴女も王族同然の身。もし凶事であれば、賊は貴女も狙うかもしれません。王城まで護衛は付けますが、覚悟はありますね?」

「はい!」

「では、身支度を急ぎなさい」

「はい、今すぐに!」


ー------------------------------------


一方その少し後、国王の寝室では、国王と王妃の診察を終えた侍医が侍従長とテレーゼ・コルネリア侍女取締に詰め寄られていた。


「博士、陛下と妃殿下の御容態はいかがなのですか」


侍従長の声は緊迫しているが、侍医は冷静に答えた。


「侍従長、コルネリア様、良くお聞きください。これは、恐らく何かの瘴毒を盛られたものと思います」


瘴毒と聞いて、二人の顔が蒼褪めた。

テレーゼの声が震える。


「瘴毒! それは解毒法は知られていないはず、では最早陛下と妃殿下は……」

「コルネリア様、(はや)らず最後までお聞きください。今も申し上げたように、瘴毒によるものと思われますが、その瘴気が今も残っているようには思えません」

「どういうことでしょうか?」

「つまり一度は瘴気を浴びたものの、なぜか瘴気そのものは消え、症状のみが残存している模様です。恐らく、時間が経てば御快復されると思われます」


朗報を聞き、二人の顔に血色が戻る。

侍従長が恐る恐る尋ねた。


「間違いありませんか?」

「恐らく。実は、わが家の医療記録には、二件ほど良く似た症例が残されております」

「それはどのような?」

「家秘ですので何卒、御内分に。建国王陛下と三代前の女王陛下です。いずれも何かを浴びて突然倒れられお命も危ぶまれたのですが、不思議と回復されました。瘴毒を得た後に何らかの力によって払われたらしいと記録されております」

「では今回も?」

「はい。ですが、今回はそのお二方よりも御年齢が高く、影響は大きいと思います。御意識はすぐには戻られないでしょうし、戻られてもしばらくは御政務に当たられることは難しいかもしれません。少なくとも今から相当の間、御床からは離れられないでしょう」

「そうですか。ですがお命に関わられないのであれば、それは良かった」

「ただ、考えるべきは、それをそのまま外部に伝えて良いかどうか。陛下を弑そうとした者は、陛下が回復されると知れば何をしでかすかわかりません」

「再びを試みる恐れがあると……」

「ええ、それを避けるためには、相手の思い通りに動くべきだと思います。すなわち、陛下と妃殿下は原因不明の病に侵され御容態は重く、人事不省の状態にあり予断を許さぬと。そして御看病は限られた者のみで行い、その者には外との接触は一切禁じて実際の御容態が洩れぬように。流行(はや)り病の可能性を仄めかせば、企んだ者以外には不審は招きますまい」

「ではその間は、成り行きに任せよということですか?」

「そうなります。政治は宰相にお任せすべきかと」

「そうすると、もしもこの機に権力を得ようと何者かが動いたとすれば」

「恐らくそれが黒幕。それを取り除けば、陛下の御無事を発表出来ましょう」


テレーゼの推論に頷きながら侍医が言ったが、侍従長が異論を差し挟んだ。


「そうでしょうか。こう申しては何ですが、動いた者が今回の主犯とは限りますまい」

「何と?」

「陛下が御健在であればこそ皆控えておりますが、さもなくば我こそが権を揮うに相応しいと思う者はいくらもいるでしょう。毒を用いた者でなくても陛下が力を失われたと知れば、国権を握ろうと動くかもしれず、すなわち動いたからといって、弑逆(しぎゃく)の大罪人と決めつけは出来ぬということです。実行犯を捕らえ、口を割らせぬ限りは」

「理屈を言えばそうでしょうが」

「証拠も無しに犯人とすれば、その者の周囲が黙っていますまい。極端な話、貴族とは限らず、王族やも知れぬのです。コルネリア様、問題の侍女の行方は?」


侍従長の問いに、侍女取締は浮かない顔をして首を横に振った。


「一向に知れておりません」

「ではやはり、我々のすべきことは、陛下と妃殿下の御容態を秘し、看病に全力を尽くして一刻も早く御本復をいただくということですね。博士、何卒よろしくお願いいたします」

「全力をお尽くしいたします」

「後は侍女の捜索を進めることですが……」

「ええ、もし黒幕がいるならば、手を下した侍女を生かしてはおきますまい。命が危ぶまれます」


侍従長の言葉に侍女取締がまた首を振りながら応える。

さらに何かを口にしようとしたが、徒に話を長引かせて時間を費やしてはいけないと、侍医が口を差し挟んだ。


「いずれにせよ、御看病の手配をお急ぎください。御介抱の方法は今から私が指示いたします」

「博士、承知しました」



侍女取締が侍医達との打ち合わせを終えて、介護の手配のために自室に戻ろうとしたところに、一人の少女が駆け寄った。

マレーネ殿下の邸から馳せ戻ったヴィオラである。


「コルネリア様!」

「ヴィオラ嬢!  何故戻ったのですか?」

「マレーネ殿下から伺いました。お父さま、お母さまの御容態はいかがなのですか」

「それは言えません。ヴィオラ嬢、王城は今、混乱しています。兇徒がどこに潜むやも知れないのです。疾く、マレーネ様の下に戻り、共に安全を図りなさい」

「お言葉ですが、私はお父さま、お母さまの娘です。お傍におり、看病させていただきとうございます」

「なりません。貴女の身にもし何かあれば、陛下もお妃様も悲しまれます。お世話はごく近しい侍従・侍女のみで行います」


そう言ってテレーゼは身を翻そうとしたが、ヴィオラはその腕にひしと取り縋った。


「それならば、御看病を見習わせていただきます! 私は侍女見習でもあります。王族の方々の御病気の看護の仕方も知りとうございます! コルネリア様、何卒!」


決して放すまいというヴィオラの手の力、痛切な声、そしてテレーゼの視線を捕らえて離さない紫瞳の光。

諦めさせるのは無理と悟ったテレーゼは、溜息混じりに確かめた。


「……仕様がありませんね。一度お傍に入ったら、当分外には出られません。それでも良いのですね?」

「はい!」

「ここへ来ることを知っているのは?」

「マレーネ殿下だけです」

「面識のない貴族方に見咎(みとが)められたり、声を掛けられたりはしませんでしたか?」

「いいえ。貴族方も近衛の衛兵方も見知った方ばかりで、御挨拶もそこそこに、早く行きなさいとお通しくださいました」

「そうですか。良いでしょう。貴女が看護に加わったことは秘密にしておきます。ですが、貴女も事が片付くまでは、外の誰にも会えないのですよ?」

「はい、覚悟しております」

「わかりました。お二人は必ずや御快復なさいます。心を込めてお世話するのですよ」

「はい! これまでの御恩返しに、精一杯孝行させていただきます!」


そう答えて、国王の部屋に急ごうとするヴィオラをテレーゼは引き留めた。


「お待ちなさい。ヴィオラ嬢、これは貴女が姐様からいただいたものではありませんか?」


テレーゼは懐から(かんざし)を取り出した。

見ればヴィオラが自分の身代わりにと、王妃に預けた椿の簪である。

心なしか、葉の緑や花の紅が薄らいでいるようにも見える。


「はい、確かに。私がお母さまにお預けしたものです」

「そうですか。王妃様の側に落ちていたそうです」


差し出された簪をヴィオラが受け取ると、頭の中に「大丈夫です。安心して看病してあげなさい」というヴィンディーゼの声が聞こえた。

何事かがあり、きっと風の精(シルフ)が父母を守ってくれたのだろう。

ヴィオラは心中でヴィンディーゼに感謝を捧げると、簪を握り締めて国王の寝室へと急いで去って行った。


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