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風の国のお伽話 第二部  作者: 花時雨
第二章 王都の恋

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第65話 誘い

王国歴223年12月初旬


蔵相ブラウの王都の邸は、閣僚には珍しく、王城から離れた場所にある。

目立ちにくいその邸を、さらに人目を避けるように寒風の日を選んで小型の馬車に乗って訪れた男女がいた。

ブラウ侯爵は応接室へと招き入れられたその姉弟を、まずは作り笑顔で出迎えた。


「これはこれはシェルケン侯爵にグラウスマン伯爵、厳しい日和の中を御訪問有難うございます」

「ブラウ殿、御機嫌麗しゅう」「ブラウ閣下、今日も変わらず素敵なお姿、お慕わしう思います」

「はは、何をおっしゃいますやら。伯爵こそ、お召し物にも負けず相変わらずお美しい。麗しいお顔を拝見できて嬉しく思います。今日は寒い、まずはお身体を温めてお座りください」


暖炉の横に設えられた柔らかい安楽椅子に腰を下ろすと、姉のペトラ・グラウスマンは落ち着き払って深紅の扇を取り出すと閉じたまま口元にあてて微笑んで見せる。

一方で弟のトーシェ・シェルケンは腰を据えるでなく、そわそわと体を揺らしている。

二人とも出された熱い紅茶には少し口を付けただけだ。

どうやらこいつらは面倒な話を持って来たらしい。

ブラウ侯爵は心の中で顔を歪めたが、上級貴族ともなればそれを表に出すようなことはしない。

代わりににこやかに皮肉を言ってみた。


「シェルケン殿、お腰の具合はいかがですかな? 一時は寄子にも会えぬほどの重症と伺いましたが」

「なに、都合の良い時のみ利を求めて(たか)って来る蠅どもを追い払うための方便に過ぎません。お蔭で身の回りはすっきりしましたわい」

「それはそれは。流石はシェルケン殿、相変わらずの策士ぶりですな」

「何、このようなものは策の内には入りません」

「時に、今日は何用ですかな?」

「ほんの野暮用に過ぎませんが。よろしければ我々だけで親しくお話しさせていただけませんかな?」


シェルケンが訳有り顔で人払いを求めて来た。


ブラウは眉を上げて見せた。

この男の下らない策謀好きは有名である。

こいつの派閥は最近弱体化して、あせってあちらこちらに近づこうとしているらしいことはブラウも知っていた。

嫌な予感が走るが、聞いてやるぐらいは良かろう、利用できないとも限らんからな。

そう思い直して、ブラウは後ろにいた従者に合図をした。

従者は客人の従者達も引き連れて部屋を後にした。


静かに扉が閉まるのを確認して、シェルケンは椅子から身を起こして乗り出した。


「蔵相閣下は、最近の為政についてどうみられておりますかな?」

「陛下の御指導の下、特に差し障りなく進んでいると思いますが」

「そう、正しくおっしゃるように陛下の思い通りに。ですが、そこには二つの問題が潜んでいるとはお思いになりませんかな?」

「二つの問題点? どのような?」

「一つには、陛下が貴族の意見をなかなかお取り上げくださらないこと。国民の幸福は結構なことですが、そのために各領で働いている我々領主がないがしろにされがちだとは思われませんか? 本来税率など、全て領主の裁量でその場その場で定めても構わないはずです。開拓地だから、特産物だから、などと低い税を領民と契約する事自体がおかしい」

「それはまあ、税を下げなければ荒れ地の開拓や新産物の開発に取り組む意欲も出ぬでしょうから、止むを得ないのでは?」

「ですが開拓が進めばそれに応じて税率も変えるべきでしょう。それは領主が見極めて定めるべきもので、契約などと固定観念を持っては却って領政が進みませんぞ」

「まあ、程度問題ではありますが、それも一理はありますな。領民が極度に困窮するのでなければ、税を多く取り、それをまた領政に用いて経済を活発化させれば結局は領民もまた潤う。領主の政の自由度を増やすためには税はある程度高くなければなりませんな」


毎度毎度、貴族の間では語り合われて、やや食傷気味の話ではある。


「そう、そうですわ。ブラウ閣下のおっしゃる通り、陛下は庶民をお気になさいますが、実際に各領の領民の面倒を見ているのは我々領主ですもの。ねえ、トーシェ?」

「左様左様。ピオニル領の出来事一つとっても、本来ならば領主の裁量をもっとお認めいただいても良いところ、陛下はお考えにやや偏りが出て来ておられはせんかと思うのです」

「難しいところではありますが、これ以上の偏りは困りますな」

「蔵相閣下は国の財政全般を御覧でしょう? ここのところ、各領、各領主の懐に今年の冬の北風が厳しく吹きつけてはおりませんでしょうか。私、心配しておりますの」

「そうですな。確かに王都に富が偏っているかもしれんと、私も心配はしております」

「まあ、やはり。でもブラウ閣下がお目配りをしておられるのであれば、少し安心いたしました。流石は天下の蔵相閣下ですわ」

「いえいえ、それは仕事ですから。ですが、これ以上の偏りは確かに避けたいところではあります」

「左様。これ以上に進むことがあっては、領主が苦しむことになり、貴族の心が陛下や王族の方々から離れるのではないかと心配です」

「ごもっともですな」


ブラウ侯爵が軽く頷いて見せると、シェルケンはしかりしかりと何度も頷き返してきた。


「そう、我々としては、これ以上領主を困らせるような施策が取り上げられるのは国のためにも止めていただきたい。いかがですかな?」

「仰せのごとく」

「そうそう、そうですわ」


ブラウの同意を得て、シェルケンは力を得たとばかりに笑顔になる。

グラウスマンは扇を大きく拡げて追従の言葉を吐く口元を隠す。

シェルケンはふっと一呼吸の間を空けて、ぐぐっと身を乗り出して来た。


「そしてより重大なのは、もう一つ」

「それは?」

「もう一つの問題は、そのような陛下をお諫めすべき宰相が、その役割を果たすどころか、唯々諾々と従うばかりであること。陛下を喜ばさんとその意に従うばかりです。これは忠義とは言えますまい」

「それもまた、我が意を得る部分はありますな。意見をもっと取り入れていただきたい、領政には領主の自主性を重んじていただきたい。それらの思いに力添えして陛下に伝えるどころか、陛下の御意志をわれらに押し付けるところが目立ちますな。なるほど」


ブラウは(さわ)りのない程度の同意の言葉を口にしながら考えていた。

この男が言ったことは当たっていないわけではない。

国王陛下と宰相の政は一般には人気が高いが、貴族の中でも権力欲の強い者は多かれ少なかれ不満を抱いてはいる。

もちろん、今やっているように、本人のいない所で文句を言いケチをつけることは誰にでも簡単にできる。

だが、それでは一時のうっぷん晴らしにはなっても、何の実りももたらさない。

問題は、現実に何ができるかである。

宰相をどうにかできる見込みがあるのかないのか。

無ければこの話はそれまでだが、安物の策謀でも何かあるなら別だ。

ブラウはさり気なく尋ねることにした。


「で、閣下はそれをどうされようと」


するとシェルケンはいったん身を引いて、軽口の続きの様な調子で答えた。


「宰相が我々の意を汲んで陛下にきちんと伝えるように翻意されるか」

「それはありますまい」

「あるいは、宰相がそのような人物と交代されるか、ですかな」


バカバカしい。そんなことが可能なら、今のような事にはなっていない。

陛下や宰相には既に何度か不満は伝えているが、結局のところは叱言を受けて終わっているのだ。


「ほう、どなたと? そのような傑物にお心当たりでも?」


ブラウ侯爵は、結局はただの雑談で終わりかと、軽い調子で相手をした。

ところが目の前の男はぎらぎらと眼を光らせて身を乗り出してきて、荒い息を吐いている。

何のつもりかと思った時、身を引いてしばらく沈黙していたグラウスマンが扇を閉じてトーシェの脇を突きながら、目を吊り上げた。


「ええ、閣下。我々のごく身近に。むしろ閣下の眼前に。トーシェ、ここはしっかりとお話をすべきところよ」


シェルケンは姉に促されて生唾を飲み込むと、しわがれた声を出した。


「いや、これは失敬。第一候補とするべきは宰相府の次官でしょうな」

「つまり、シェルケン侯、貴殿が適任と?」

「そうは申しませんが、仮に私が皆様から推されたならば、それに見合うものはお返しできると存じます。少なくとも領政に陛下が口出しされることは無くなりましょう」


シェルケンの眼は光を増し、額に汗を(にじ)ませながらブラウの瞳を見詰めている。

いつのまにかグラウスマンも同じ様に身を乗り出し、扇を握り締めている。

こやつら、本気か。


「興味深いお話ですな」

「ここだけの話ですが、ローテ閣下も、反対はなさらぬと言われておられますわ」

「ほう、農相が」

「キールス外相もです。ただ、外相はこれ以上は聞かぬ、話してくれるなと」

「外相閣下はお仕事柄、本心をお出しになりませんわ。ですが、流れに自然に乗るを良しとされるのがいつものこと。あの方はいくら乗り気でも表向きは賛成も反対もなされませんですわ。閣下も御存じでしょう?」


他の閣僚の名前が出て、ブラウは驚いた。

思わず身震いをしてしまう。


「失敬、少し暖が足りぬようですな」


席を立ち、暖炉に向くと火ばさみで木炭をつまみ上げ、火にくべながら考えた。


このきょうだい、本気で工作を進めているのか。

それならば話は違う。

いざという時に馬車に乗り遅れる事が無い様にしておかねば。

それにこの程度の男なら、上手く行った時には実権を奪うのも容易かろう。

とりあえずは、断る理由はない。


ブラウは席に戻ると、暖が足りないどころか額に汗を(にじ)ませて返事を待ち侘びる二人に向いた。


「……ふむ、キールス侯は面倒事で手を煩わせるのを嫌いますからな。貴族らしからぬ男です」

「あら、では、蔵相閣下は御手を動かすこともお厭いにならない、と?」

「ことによりますがな。内相と法相は?」

「内相はユークリウス殿下を高く買っておる。ウルブール法相はユークリウス殿下の身内、いずれも国王と宰相に近くこちらには靡かぬだろうと、声も掛けておりません」

「それは賢明な御判断。流石は策士シェルケン殿ですな」

「お褒めの言葉と受け取っておきましょう」

「是非、そのように。では、主要閣僚は過半をお味方につけられたも同然ですか」

「ええ、閣下を含めればの話ですが。いかがですか」

「お話は承った、とだけ申しておきましょう」

「それは重畳、また何かあれば御意見を伺いたく思います」


ブラウの答えを聞いてシェルケンはほっと体の力を抜いて背もたれに身を戻した。

だがグラウスマンは、まだ物足りぬとさらに言葉に力を込める。


「蔵相閣下の御意見がいただければ、鬼に金棒ですわよ、トーシェ。是非、お願いいたしたいわよね」


そう言うと、扇を閉じて弟の肩を軽く叩いた。

姉の無言の叱咤を受けて、シェルケンは下げた体を慌ててまたブラウ侯爵の方に出した。


「ええ、姉さん。いかがですかな? 閣下」

「しかるべく」


ブラウの短い返事に、グラウスマンはもう弟を差し置いて喰い付くように笑顔で返した。


「まあ、嬉しい。これで国家安泰の道が拓かれましたわね」

「御両所にとっても、栄光栄達の道ですな」

「閣下にとっても、でしょう? いえ、私達皆で手に手を取って歩む道ですわ。いかがかしら、閣下。国王陛下の御健康、そして閣下と私達の明るい未来を祝って乾杯というのは?」

「それも悪くはありませんな」

「では、是非に。閣下と杯を交わすことができるなんて、嬉しうございます」

「……わかりました。家の者を呼びましょう」

「お願いいたします」


グラウスマンは再び扇を拡げて会心の笑みを浮かべた口元を隠した。

その横でシェルケンは、ひきつった笑いを呈している。

似通った二つの太った笑顔を見ながら、ブラウは自分の決断をどうだったかを考えていた。


暖炉にくべた炭が爆ぜる音がする。

まだ乾燥が不十分だったのだろう、従僕に注意をしておかなければ。

自分の決断も、あるいは早過ぎたのかも知れない。

だが、いずれ時代は変わる。今よりも次を考えねばならない。

ミンストレル宰相はスタイリス王子を推しているはずで、スタイリス王子もそれに満足している。

クレベール王子は兄のスタイリス王子に(へりくだ)り、ユークリウス王子は地方での修行を始めたばかりで中央復帰はいつになるかもわからない。

このままでは次の時代もミンストレルの宰相位は変わらず、自分の影響力は強くならない。

状況を変えるなら体調快復の兆しを見せるメリエンネ姫を押し出すべきだが、我々の中で姫との縁が一番太いのは目の前のこの太った男だ。

あるいはこの姉弟の言うようにあらかじめ宰相を取り除いてしまうか。

いずれにせよ、この選択は悪くない。大丈夫、早まってはいない、大丈夫だ。


乾杯の杯を高々と掲げると、シェルケン侯爵とグラウスマン伯爵は美味そうに飲み干した。

ブラウ蔵相には味のしなかったその酒を。


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