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風の国のお伽話 第二部  作者: 花時雨
第一章 ピオニル領新政

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第47話 差し金

王国歴223年9月末


スタイリス王子はここのところずっと機嫌が悪かった。


最近、パーティーに出ると以前と様子が違う。

令嬢達に取り巻かれるのは変わりないのだが、先を争って話し掛けて来るのではなく、自分が側近の若い男の貴族と話をするのを少し離れたところから見て喜んでいるように見える。

最側近のブルフは、なぜかパーティーでは俺の近くに来るのを避けている。

クレベールの奴も、最近は公務が忙しいとか言って、同席しないことが多い。

政治やら経済やらの難しい話は全てあいつらに答えさせていたのに、それが出来なくなって大臣・局長や高級役人を務める高位貴族達との会話がうまく進まない。

それを察してか、相手が政治の話をしてくること自体が減ったのでそれほど困るわけでもないが。


その上に会場での話題も自分のことより他の王族、特にユークリウスの噂話が多い。

最初の内はピオニル領の監察の正使としてのこちらの成功を祝ったり褒め称えたりする言葉が多いのだが、話が進むうちに、やれ、ユークリウスが領主として着任してからピオニル領の復興が著しいだの、やれ、物流が良くなって近隣の領にも好影響を及ぼしているだのと五月蠅い。

庶民の間でユークリウスの姿絵の人気が上がっているとか言う奴もいる。

どうやら、無法代官の隠し部屋を暴いたり御裁断の場でペルシュウィンの奴を庇い立てしたりした場面を絵師が想像で描いた絵が売れているらしいのだ。

あの監察の結果は全て俺の手柄の筈なのに、それを横取りするとはとんでもない奴だ。

ユークリウス本人からは一度手紙が送られてきて、監察の指導の礼を言ってきた。

当然のこととそのまま返事もせずに放っておいたが、油断ならん奴だ。

気に入らん。


その上に体調も気になる。

しばらく前に、妙に体から精気が抜けて気が塞ぐことが二度ほどあった。

翌日には回復したのだが、それ以来自慢の美顔に皺が増えた気がしてならず、むしゃくしゃする。



ある日、スタイリス王子は王城の自分の控室で、周囲に侍る者達に尋ねた。


「今日はクレベールはどうした」

「外相の所へ行かれております。フルローズ国との外交の件で、相談を受けられたとか」

「俺に黙ってか? 最近、どうもあいつは忙しさにかまけて俺を(ないがし)ろにしているな」

「そういうおつもりは無いと思いますが、例の監察の件以降、あちらこちらの役方に顔を出されているようです」

「ふーん、それならばまあよかろう。いずれは俺の片腕として働くことになるのだからな」


スタイリス王子は少し不満げにしたが、いない者は仕方が無いと、本題に移ることにした。


「ところで、最近ユークリウスの評判が良いようだが、どうなってるんだ?」

「ああ、それは補佐に付けられたフェリックス・ヴァイツの力だという噂ですね」

「フェリックス・ヴァイツ? 誰だそれは」

「ヴァイツ伯爵の息子ですね。私は詳しくは知りませんが」

「誰か、詳しい奴はいないのか」


スタイリス王子は側近たちを見回した。大概は首を捻っているが、一人だけ目を伏せている者がいる。


「イザーク、お前は何か知らないのか?」

「……殿下、ヴァイツ伯爵の三男です。内政が得意だと評判が高い男です。恐らくユークリウス殿下は領政をヴァイツと相談して進めておられるのでは」


以前の監察の際にも付き従ったイザーク・アルホフという男爵家の者が静かに答えると、スタイリス王子は鼻先で笑った。


「ははあ、人任せにしていると言うことか」

「いえ、聞いた話では、最後の決断は御自身でなされているそうです。普通、権力を持つと自分自身で思うように揮いたくなるものなのですが、そうせずに相談されているのは、ユークリウス殿下の謙虚さでは」


それを聞くとスタイリス王子は不愉快そうにした。


「おいイザーク、お前、近頃は随分とユークリウスを持ち上げるじゃないか」

「いえ、そう言うつもりではありません。お気に障り、申し訳ありません。謙虚は自信の無さの裏返しと申し上げるところでした」

「ふん、ならば良い。俺は別に気になんぞしておらんがな」


そう言うと、スタイリス王子は部屋にいた全員を見渡した。


「お前達の中であいつの方が良いと思う奴は、構わん、あいつの所へ行け。但し、俺の所へはもう戻れんぞ。子爵で終わる男と運命を共にしたければ、勝手にするが良い」


その言葉に場の雰囲気はうすら寒くなったが、王子の近くにいたブルフ伯爵が取り成した。


「殿下、誰とて先細りの者の側にはおりたくありません。今、この部屋に我々多くの者が詰め掛けているということが、その何よりの証明では?」

「そうか? 田舎は人がいなくて広々して、混みあったここより住みやすいかもしれんぞ?」


大して面白くも無いスタイリス王子の冗談に、一同がどっと追従笑いをした。

その中でイザークは笑顔が強張っていたが、それには気付かれずに済んだようだ。

スタイリス王子は機嫌を直して、話題を戻した。


「それはそうとして、そのフェリックス・ヴァイツという奴がそれほど有能なら、こちらに引き抜くか」


それを聞いてブルフ伯爵が顔を曇らせた。


「殿下には私やここの者達がいるではありませんか。今更、余人を求められる必要は無いのでは?」

「ふ、なんだ? ブルフよ、自分の座を盗られることを心配しているのか? 安心しろ、俺が着くべき所に着けば、お前達はちゃんと取り立ててやる。大臣・局長もここから何人も出るだろう」

「有難うございます。殿下の御世を楽しみにしております」


ブルフ伯爵はほっとして顔を緩めた。

だが、スタイリス王子はいかがわしげな話を楽しそうに持ち掛けた。


「それより、そいつだ。別に俺の所に欲しいとは思わんが、ユークリウスの奴はそいつに頼りきりなんだろう? そいつがいなくなればどうなる? 面白かろう?」

「殿下、『面白い』はいささか語弊があるのでは……」

「ああ、そうか。『折角陛下が下された成長の機会を活かさずに人任せにしているのは傍目にも怪しからん。ユークリウスが陛下の御叱りを受ける前に、身を正せるようにしてやるのが親切と言うものだ』でどうだ?」

「流石、殿下はお優しい」

「それが上に立つべき者の務めだからな。いいか、こうするんだ」


ー-------------------------------ー---


ピオニル領の領主補佐フェリックス・ヴァイツは領主邸の自分の執務室の机で、今日の王都からの便で届いた手紙を読んでいた。

表向きはブルフ伯爵の名義で届けられたが、封を開けてみると中身の文末の派手派手しい署名はスタイリス王子のものだった。

ざっと目を通し終えると眉を(ひそ)めて机の上に放り出してしまったが、思い直してもう一度最初からじっくりと読み返してみた。

その中身は『内政について、貴公の講義と指導を受けたいので王都に来られたし』という要請だった。


意図するところは、ユークリウス殿下を捨てて自分に仕えよということだろう。

今の勤めを捨てて自分の命に従えば、側近く取り立てて重用してやる、と言わんばかりだ。

何を聞いたのかは知らないが、ユークリウス殿下の評判が上がっていることを気にして、その力を奪い自分のものとしたいのだろうか。

だとすれば、スタイリス王子はこちらを高く評価していると言うことになる。


善悪を言えば、ユークリウス殿下を今更見捨てて王都に戻るのは義の無い行為であり悪だろう。

だが、貴族は善悪で動けば良いと言うものではない。

我が家にとって得になるならば、仕える先を乗り換えるのは当たり前だ。

我が家を栄えさせ、あるいは守るためにはどちらを選ぶべきか。


ユークリウス殿下の器の大きさは近くに仕えて良くわかった。

自分としても殿下に愛着や恩義も感じており、できれば長くお傍にありたいという思いが育っている。

だが不安もある。

殿下はこちらをどの程度評価してくださっているのだろうか。

自分としてはできるだけのことはしているつもりだが、御膝下にお留めいただけるほどにお役に立てているという自信はまだない。

今のままでは、いずれこのピオニル領でのお互いの臨時の役割が終わった時にどうなるかはわからない。


一方でこの手紙の主であるスタイリス王子は人間としてはいかがかと思うが、王家の血統を考えれば次代の王位に近いことは間違いない。

例え頭脳や人間性が芳しくない小さな器でも、いや、むしろその方がこちらの手腕に政の全てを丸投げして任せてくるかもしれない。

それならそれで自由に腕を揮える機会となるだろう。


結局、私の事を王子がどう考えているかを知る必要があるだろう。

ここは返事を書いて様子を見ながら、機会は機会として父に知らせて相談するとしよう。


ー-------------------------------ー---


数日後、ブルフ伯爵宛てにフェリックス・ヴァイツ卿からの返事が届いた。

伯爵は急いでスタイリス王子の所に向かった。

今日はクレベール王子も同席している。

伯爵はスタイリス王子に恭しく手紙を差し出した。


「殿下、例の件、ヴァイツから返事が参りました」


スタイリス王子は身を乗り出して受け取ると、嬉しそうに封を開いた。

友達に質の悪いいたずらを仕掛けた子供が、物陰からニヤニヤしながら覗いているような顔付きである。

その様子を見て、クレベール王子が兄に不審げに尋ねた。


「スタイリス殿下、ヴァイツ伯爵が何か?」

「いや、息子のフェリックスだ。そうか、お前はあの時にいなかったからな。役方の用も良いが、あまり俺の傍を離れると、折角の趣向を見逃すぞ」

「失礼しました。最近は何かと呼ばれることが多いもので」


スタイリス王子はクレベール王子の返事を半ば聞き流しながら手紙に見入っていたが、最後まで目を通すと嬉しそうに笑った。


「ふふふ、これは良い」

「どうされました?」

「クレベール、面白いものを見せてやる」

「これは何でしょうか?」


スタイリス王子は指先に手紙を挟み、隣の椅子に腰かけたクレベール王子の方へひらひらと振った。

クレベール王子は立ち上がってそれを受け取り、椅子に座り直して読み始めた。


「王都に出て来て内政の講義と指導をしろと俺がフェリックスに手紙を送った、その返事だ」

「ユークリウス殿下からフェリックスを奪うおつもりですか?」

「人聞きが悪いな。講師を頼んでいるだけだろう」

「同じ事でしょう。ですが、この返事は……」

「父親にどうすべきかと尋ねている、だそうだ。当主の許可さえ得られれば、ということだろう。来る気満々じゃないか。ユークリウスめ、折角の補佐を手懐けることはできなかったようだな。まあ、所詮小物には難しいか」


スタイリス王子は愉快そうに言うが、クレベール王子には、そのようには読めない。

この返書と同様に曖昧に応えるほかはない。


「はあ」

「それは良いとして、『講義の主題は何が希望か』『ピオニル領の領政についてどう思うか』と尋ねて来た。どう返事すべきだと思う?」

「殿下が御自分でお考えになったことを率直に答えられれば良いのでは」

「おいおい、そんなことでどうするんだ。俺には今更講義を受ける必要などない。折角の機会だからお前を鍛えてやろうと思って尋ねているんだ。どう答えればこいつをこちらに引き寄せられるか、お前なりに考えてみろ」


クレベールは頭を捻った。


この男は一体何を考えているのか。

フェリックス・ヴァイツは国王陛下の御指示でユークリウス殿下の所に行っているのだ。

それにちょっかいを出しては反って陛下の御勘気を蒙って我が身が危ないと言うのに、この男はどういうつもりで火遊びをしているのだろうか。


「父親の伯爵に働きかけてはおられないでしょうね」

「ああ、そっちか。考えていなかったが、やはり何か言ってやったほうが良いか?」

「いえ、あまり大事にしては、陛下のお耳に入った時に良くないと思います。ヴァイツのピオニル領への下向は陛下の御命令ですから。殿下はあくまで軽い気持ちで本人に一時の講義を頼んだだけだという体裁を守っておけば、陛下が御勘気を起こされてもそれが殿下の方に向くことはないでしょうから」

「なるほどな。お前はそういうことには気が回るな」


クレベールはほっと一息ついて、フェリックス・ヴァイツのことを考えた。


彼のことは知っている。

導師の内政の講義を受けた時に父親の伯爵から依頼を受けて、ここに居並ぶ連中と共に陪席を許した男だ。

この連中は大概が居眠りをしていたが、ヴァイツはきちんと聞くのみならず、時として導師が思わず身を引くような鋭い質問を発していた。

頭は良いが、理と利に走りがちな男だ。

迂闊に陛下の命に背くようなことはしないだろうが、もしも大きな利を示されたらうっかり乗ってしまうかもしれない。

そうなっては、ユークリウス殿下のためにもヴァイツのためにも良くない。

今、自分の隣にいる、この愚かな男のためにもだ。

だが、この浅薄(せんぱく)男は一度始めた下らぬ企てを途中でやめることはしないだろう。

あの黒く深き魔の森での馬鹿騒ぎの様に。


ユークリウス殿下からは、餞別にと渡した書物の礼と称して二度ほど手紙をもらっている。

一度目は礼状の範囲を大きく出たものではなかったが、こちらから答礼を送ると二度目には領政の状況も知らせてきた。

それによると、ヴァイツはユークリウス殿下が出した創案に手を加えて形を整えて実際の政策とし、配下が忠実に実行するように指導しているらしい。

ヴァイツの企画力と実行力を高く評価して賞賛し、政策が進んでいることを感謝していた。

貴族達の噂でも、ピオニル領は一時の不振を脱してむしろ栄えに向かって突き進んでいるようだ。

ユークリウス殿下とヴァイツが、車の両輪、あるいは二頭輓きの頸木に繋がる両馬であるならば、どちらが欠けるような事になってもあの領が転覆してしまいかねない。

それは国のためにならない。何とかして防がねば。


こちらからユークリウス殿下に事態を知らせるか。

いや、私がユークリウス殿下とこれ以上に書簡を通じて、それが万が一にもスタイリスに知られては大事だ。

それはヴァイツ伯爵やフェリックス本人に断るように言っても同じことだ。

この男は、自分に背いた男には容赦はしない。自分を振った女にはいつまでも未練がましくしているのとは大違いだ。

私が動いたとは絶対に覚られないようにする必要がある。

我が身は別に構わないが、母に何かをされては取り返しがつかない。


これはどうにかして、それとはわからぬようにヴァイツが断るように仕向けて失敗させる他は無かろう。

どうすべきか。


クレベール王子はそう長く考えていたわけでもなかったが、スタイリス王子が焦れて答えを急かせてきた。


「どうだ?」

「……ヴァイツは内政が趣味のようなものと聞いています。ですから、彼が今携わっている政策について褒め称えた上で、経験を踏まえて語ってもらってはいかがでしょうか。最新の情報が得られるでしょうし、彼の自尊心もくすぐるでしょう。人は貴賤に関わらず、自慢話を聞いて褒めてくれる者には好意を抱くものです」

「なるほどな」

「小さい田舎の領のことですから、殿下にとってはあまり役に立たず、退屈なものになるかも知れませんが」

「ああ、それは構わん。目を瞑って聞いている振りをして、睡眠不足を解消すれば良いのだからな」


さも良い思案のように言うスタイリスに、クレベールは皮肉を我慢できなくなった。


「殿下は幼い頃から導師の講義もいつも瞑目して聞き過ごしておられましたね」

「何だと? また人聞きの悪いことを言うな。馬鹿にすると承知せんぞ。あんな講義、役にも立たぬ屁理屈ばかりだったからな。俺は独自の思索を深く巡らせていただけだ」

「失礼しました」

「まあいい。今の案で良いから、手紙の体裁で書いてみろ。俺が手直ししてやる」

「承知いたしました。よろしくお願いいたします」


次話に続きます。

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