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風の国のお伽話 第二部  作者: 花時雨
第一章 ピオニル領新政

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第31話 槍と剣

前話翌日


ユーキはドワーフのボーレとの対面を終えて、クリーゲブルグ辺境伯の館に戻って来た。

無事目的を果たしたことだけを辺境伯に告げ、相手がドワーフであったことはもちろん秘密である。

その後に自分達が留守にしている間のケンの様子を尋ねると、辺境伯の顔が綻んだ。


「殿下、ケンはやはり指揮官の素養がありますな。ニードとの戦いの話を聞きましたが、細かいことまで良く憶えている。戦いの間も冷静だった証です」

「閣下もそうお考えですか」


それはユーキも同感だった。

ケンが書いた戦闘報告は書式などの形式は整っていなかったが、内容は要点を得て理路整然とまとまっており、戦の渦中にあっても落ち着いて周りを観察し、良く考えて策を立てて、冷静に指揮を執っていたことを窺わせた。

一点を除いては。


「ただ、偽降伏を行った衛兵伍長を倒したところは、やや曖昧になっているようですね」

「殿下、それは無理もありません。初めて人を手に掛けたのですから。誰でもそういうものです。むしろ、それも冷静に憶えているようでは危うい。指揮する時に、兵にも同じことを求めかねません」

「それは、指揮官と兵との間で、感情の齟齬が生じかねないということですか?」

「ええ。人を指揮する者が人の心がわからねば、無理な命令を下しかねませんからな。恐らく、代官ニードはその(たぐい)だったのでしょう」

「ケンにはその心配は無いと?」

「私はそう見ます。殿下、殿下は大した掘り出し物を手に入れられましたぞ」

「そうだと良いなと思います。実は、ケンが近衛の訓練を受けられるよう、国王陛下にお願いしようと考えているのです」

「それは良いお考えです。片田舎の領の……これは失敬、一領の一介の衛兵として埋もれて終わらせるべき玉ではない。よろしければ、私からも推薦状を添えさせていただきますが」

「いえ、それは私の母に頼もうと思っておりますので」

「そうですか。確かにあまりに鳴り物入りの上都では、(かえ)って本人のためになりませんな。ですが、何かの時には是非、お声掛けください」


辺境伯は心の中で「(貴方様御自身も、国王陛下にとられては思いも掛けず現れた麒麟の児でしょうがな)」と続けて、微笑んだ。

ユーキはもの言いたげな辺境伯のその顔を見返して言った。


「有難うございます。ところで、そのケンは今どうしていますか?」

「ああ、失敬、今はアンヌが訓練場に連れ出しているようですな。よろしければ、様子を見に参りましょう」



辺境伯に誘われ、その案内を受けて館の中を歩いていると、辺境伯が打ち明け話をしてきた。


「殿下、実はペルシュウィンも一緒にアンヌの手解きを受けております。文武共に厳しく、というのが国王陛下からペルシュウィンをお預かりした時のお達しでしたので」

「陛下はそうおっしゃるでしょうね」


ユーキは、自分もクーツに武術を厳しく仕込まれたことを思い出しながら答えた。

剣術も体術も大して上達していないが、少なくとも武術に関して国王陛下からお叱りを受けたことは無い。

菫さんを破落戸(ごろつき)から守ることぐらいはできたし。

それを思えば、クーツや、相手をし続けてくれたクルティスには、いくら感謝してもし切れない。


ユーキの想いを他所に、辺境伯は話し続けた。


「ただペルシュウィンはどうも剣は握りたくないようでして。アンヌはもっぱら槍を仕込んでおります。今日もケンにも槍の用い方を教えている筈です」

「槍ですか」

「御存じのようにアンヌは薙刀を得手としております」

「はい、この身をもって、はは、つくづくと思い知りました。」


ユーキが笑いを交えながら応えると、辺境伯も苦笑いをした。


「いや、これは失礼いたしました」

「いえいえ」

「それで、アンヌは長物の利点を広めたいようなのです。確かにもっともなので、以前から我が領の兵には剣と槍の両方を仕込んでおります」

「わかる気がします。私もアンヌ嬢の薙刀に向き合った時、こちらからではどうにも剣が届きそうもない間合いで薙刀の切っ先が動いているのを見ると、それだけで腰が引けてしまいましたから」

「いやいや、殿下、御自分でどうお感じかはともかく、あの時の殿下のお姿は堂々と胸を張られておられました。流石は王家の剣と、感じ入りました。お見事でしたぞ」

「有難うございます。閣下も流石に貴族らしく、弁が立たれるのですね」

「何をおっしゃいますか。こと武術に限っては、この領では世辞はありません」

「失礼しました」

「アンヌのあの初手は、来るとわかっていても受け切れない者が多いのです。それを初見で受け躱されたというそれだけでも、殿下の剣術は水準を超えておられますぞ」

「そうなのですか。かろうじて跳び下がれただけですが」

「殿下、謙遜も過ぎると嫌味になりかねませんなあ」

「謙遜しているつもりは無いのですが」

「普段の鍛錬のお相手がダンナー殿では御無理もありませんが、御自身の剣術にもう少し自信を持たれても良いように思います。ああ、着きました」


辺境伯に導かれるままに館を出ると、訓練場では稽古着と防具に身を固めたアンヌが模造剣を構えて、二人のこれまた模造の槍を持った男の相手をしていた。

同じく稽古着と防具を着けた、ケンとペルシュウィンである。


辺境伯と並んで三人の稽古を見ていると、驚いたことにアンヌは得手ではないはずの剣で、同時に向かってくるケンとペルシュウィンの槍を払っては易々と近間に入り、次々に打突を決めている。

ユーキの頭には、『「長物の利点を広める」とは?』という疑問がぐるぐると渦巻いた。

辺境伯は愛娘の姿を目を細めて眺めていたが、ユーキの様子に気付くと「殿下、御自身で確かめられては?」と言い、「アンヌ、暫し待て」と娘に声を掛けて稽古を止めさせた。


アンヌが剣を下ろすとケン達もこちらに気付き、それぞれ得物を片手に近づいて来た。


「ケン、どう?」


ユーキが声を掛けると、ケンは顔から大粒の汗をぽたぽたと地面に落としながら答えた。


「殿下、恥ずかしいですけど、全く手も足も出ません。こちらが槍なら遠くから届いて絶対有利だと思ったんですが、払われて近間に入られると取り回しが悪くてどうにも出来ません。一度そう思ってしまうと、今度は突いていくのも怖くなってしまって思い切れず、どうしようもありません」

「ケンは槍の稽古は村である程度したんだよね?」

「はい、マーシーに習って少しは自信があったんですが、お嬢様相手ではまるで歯が立ちませんでした」


ケンの後ろにいたペルシュウィンの方を見ると、この前と同じ暗い顔をして大汗を拭きながら頷いている。

二対一で敵わないのであれば、暗い気持ちにもなるだろう。

だが大量に汗をかいているということは、真剣に取り組んではいるようだ。


すると笑顔でこちらを見ていたアンヌがユーキに声を掛けて来た。


「よろしければ、殿下もいかがでしょうか? 様々な得物を手に取って見られるのは、有意義なことと思います」

「アンヌの申す通り。殿下、是非に」


辺境伯も娘の後から勧めて来る。

ユーキがどうしようかとクルティスの方をちらっと見ると、何も言わずに笑顔を返してきた後にその顔のままでアンヌ嬢に右手の親指を立てて見せている。

……もうお前、勝手にやっていろ。

何か、味方がいないような気もするが、折角の機会でもあるのでユーキは受けることにした。


辺境伯の従僕の案内で稽古着を借りて着替え、防具を着け稽古用の槍を持って訓練場に戻ると、ケンとペルシュウィンは並んで槍の型を繰り返して稽古している。

二人ともそれなりに槍が扱えているように見えるのは、横で指導に当たっているアンヌの賜物だろうか。


ユーキの姿に気が付くと、アンヌは二人に「止め」と声を掛けた。

途端に二人は槍を杖代わりにもたれかかり、ぜえぜえはあはあと息をついている。


ひょっとすると僕が着替えている間は、ずっと型稽古を続けていたのだろうか。

ユーキは二人が気の毒になると共に、体力十分の筈のケンにペルシュウィンが付いて行けているのがちょっと意外だった。

だが、辺境伯に預けられて以来、毎日この稽古を繰り返しているのに違いないと思い当たると、納得がいくのと同時にペルシュウィンを少し気の毒に思えた。


ユーキが訓練場の中に進むとケンとペルシュウィンは場をユーキに譲って端に寄った。

アンヌが進み出てきてユーキの前に立つ。


「殿下、御準備はよろしいですか?」

「はい」

「では、いざ」


アンヌの声に合わせて、ユーキは見よう見まねで槍を中段に構え、穂先を真っ直ぐにアンヌの顔に向けた。


「いいですわね」


アンヌは模造剣を中段に構えて微笑みながらそう言うと、無造作に前に出て来た。

間合いが詰まり、槍と剣の刃が交わる。

余裕を見せるアンヌの科白にユーキは負けん気を起こして、少し槍を突き出してみた。

途端にアンヌは剣で槍の穂先を軽く押さえて来る。


このままではそのまま近間に入られる。

ユーキは慌てて槍を振って剣を跳ね返そうと力を込めたが、驚いたことにアンヌの剣はびくともしない。

アンヌは押さえ込んだその剣を槍の柄に沿って滑らせながらするするすると近寄って来ると、間合いに入ったところでユーキの面をいとも容易く打って見せた。


ユーキが困惑していると、アンヌはその場で立ち止まって微笑んだまま、「殿下、槍を握る両手の間をもう少しお広げください」と声を掛けて来た。

言われたようにユーキが握りを大きく開けると、確かに振る力が入りやすい。

なるほど、梃子の原理か。

後ろの手でしっかり支えて前の手で(あやつ)る、その間が広いほど力は入れやすい。

そういうことか。

ユーキが頷いて構えを取ると、アンヌは元の間に戻って「ではもう一度」と剣を構え直した。


またアンヌが前に出て来て刃が交わる。

ユーキがまた突こうとすると、今度はアンヌは半歩右に回って剣で槍の柄を大きく押し下げた。

ユーキは慌てて槍を持ち上げようとしたが、穂先を深く押さえ込まれると支点の左手と力を入れる右手の距離が遠い分だけ右手が大きく下がり、ユーキの体勢が前のめりに崩れていて踏ん張れない。

アンヌはそれを逃さず踏み込んでくると、またユーキのがら空きの頭を軽く打った。


そうか、遠間から届くから有利と考えていたが、そんなに簡単なことじゃないんだ。

ユーキが考えていると、元の場所に戻ったアンヌが声を掛けた。


「殿下、いかがですか?」

「驚きました。先日貴女の薙刀の前に立った時はその切っ先が突き出されるのが恐く、長物の怖ろしさを知りました。ですが、逆の立場に立つと、突きを外して抑え込まれ、近間に入られるともう手も足も出ず餌食にされる。恐くて突きを出せません」


それを聞いて、アンヌはにっこりと笑った。元から美人だが、笑うとさらに魅力が上がる。

クルティスの奴、戦いながらこれを見て惚れたのだろうか。

そんなことがちらっとユーキの頭をかすめたが、今はそれどころではないと切り替えた。

アンヌはそれを知ってか知らずか、笑みを絶やさずに答えた。


「はい、長物は剣より有利と言われますが、それは扱いに慣れてこそ。上達して、棒や杖のように振る、払う、叩くなどが自在にできるようになれば、少々近間に入られても対処できるようになります。そうなれば、間合いの短い剣とは断然有利に戦えます」

「そうですか。でもそれまではやはり、槍を持っても剣の上手には勝てないのですね」

「いえ、そうとは限りません」


ユーキの問いにアンヌが真顔に戻った。


「上手に達さずとも、槍で剣の達人に勝つ方法はございます」


次話に続きます。

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