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がらすのさいく






鴻舞月 終二十日



ビリー。




近道なのか遠回りなのか分からなくなりました。


続きはまた書ける時にね。












広場には設置された卓とベンチがいくつかあって、自由に食事をしたり休憩を取ることができるようになっていた。


そこを陣取って四人は買い込んだものを分け合って食べる。

焼かれた肉や、揚げ野菜や煮込み、甘そうなお菓子や果物。

収穫祭は美味しいもので溢れている。

マリオンはにこにことしながら、卓の上のたくさんの食べ物と、町を行く楽しそうな人々の様子を見ていた。


「ほらマリオン」

「はい?」


こっちも食べろと差し出されたカイルのスプーンを間近に見下ろして、マリオンは素直に口を開けた。


餌を運んでくる親鳥と、それを食べる雛鳥のようだと、どちらとも同じことを想像する。


卓に髪が付きそうだと声をかけたり、これを使えと手拭きを差し出したりと、カイルはこれでもかとマリオンの世話を焼く。


その隙にこれもあれもと餌付けもしていた。


リックとリディアはそれを無言で見守っている。


何か思い付いたようにリックはにやりと笑うと、自分の目の前にある大きな肉を突き刺す。


「ほらリディア」

「やめろ、気色悪い」

「っえーー? じゃあ、マリオン」


マリオンは口の中がいっぱいだと身振りで示し、カイルは無言でリックのフォークの先をリック自身に向けさせた。


うふふと笑いながら口の中に放り込む。

各人が思った通りの反応だったので、気分良く口を動かして中身を飲み込んでいく。


四人でも多いだろうと思った量だったが、いつもより賑やかに、少し行儀悪く、広場の催しを眺めたり、おしゃべりをしながら全部を食べきった。


腹ごなしに通りを歩いて、今度は食べ物以外の露店を見て回ることにする。




もちろんマリオンの隣にはカイル。手は繋がれて、はぐれないようにと貼り付いている。


思い付いたまま自由に動けない代わりに、リディアがふわふわとあちこちに足を向ける。


「マリオン、こっちこっち!」

「なんですか?」

「見てほら!」


小さな硝子細工をひとつ手に取って、リディアはマリオンに掲げて見せた。


「わぁ! かわいい!」

「だよね!」

「かわいいのはリディアですけどね!」


息をぴたりと止めた後に、徐々に顔が赤くなっていく。マリオンとリックはにやにやしながらそれを見ていた。


女の子らしい部分を自分以外から知らされて、リディアは顔をくしゃくしゃにした。

持っていた細工を静かに元の場所に戻す。


「私、この小鳥が好きです」


リディアの隣に並んでひとつを手に取る。


丸っこくうずくまるようにしている形は、寒い日に羽毛を膨らませて日向ぼっこしている鳥に見えた。

ころころした雰囲気でとても可愛らしい。


「お前は猫が好きなんだからこれにすれば?」

「…………うう」


リックも反対側に並んで、リディアが置き直した細工を手に取って渡す。


すまして座っている姿は、硝子のつるりとした丸みが生かされていて、優雅にも見える。


ひと目見て気に入ったのだから、リディアも意地を張っていらないとは言わなかった。

でも素直に欲しいとも言えない気持ちと戦っているうちに、カイルが代金を店の人に渡している。


「あ! 自分で買いますよ」

「いい……今日の……記念に」

「悪いですよ、そんな」

「こう言う時は余計なこと言わずに、ありがとうって貰っとけば良いの!」

「……お前が言うな」

「お前からは逆立ちしたってこんな言葉出てこないだろうから、俺が代わりに言ってんの。お前、今の台詞言えたか?」

「…………無理だな」

「ほらみろ」

「……ありがとうございます、カイル」

「……うん」

「だいじにします」

「うん」

「ほら、リディア・ベル」

「……ありがとうカイル。私も大事にする」

「ああ」


うっかり割ってしまってはいけないので、柔らかな布を手元に呼び出して、小鳥とリディアの猫も一緒に包んで自分の部屋に飛ばした。

特に猫のひょろりと立ち上がった尻尾は、少しの衝撃でぽきりと折れてしまいそうに見える。


今度は感情に任せて走り出したりしないように、リディアは静々とマリオンの隣を離れない。


それでも可愛らしいものに気を取られたり反応しているのはリディアの方で、もうあえて口には出さないようにしていたが、本人以外、みんながリディア可愛いとにこにこしていた。



少し買い物をしたり、広場に戻って旅芸人の軽技を見たり、子どもたちの合唱を聞いたりした。


夏の頃と比べて短くなった陽が落ちかけている。


涼しい風が肌の表面を撫でて冷たくしていく。



もうそろそろ帰らないと、そんな雰囲気が誰からともなく漂い始める。

夕暮れ時の、言葉にし辛い寂しさをふり切るようにみんなで笑い合う。


「帰りは一緒に!」

「えぇぇ……馬は疲れるから嫌です」

「……言うと思ったけど」

「先に帰って待ってますから」

「……わかったよ」

「みんな気を付けて帰ってきて下さい」


ふふと笑ったマリオンは昼間は明るくて見えにくい光の門を開いて、その中をくぐって消えた。


「移動の楽しみ……」

「まだ言うか。なら、今度までに説得しろよ。馬車ならマリオンも嫌がらないかもよ」

「私が馬車苦手って知ってて言うあたり」

「お互い様だな……」

「うう……」

「俺はマリオンに転移で移動できるようにしてもらおうかな」

「楽をしようとするな」

「お前に言われたくないわ……あーあー。俺にもう少し魔力があったらなぁ……涼しい夏も、移動もらくちんなのになぁ」

「限界まで使い果たしたら魔力量が増えると聞いたぞ」

「やだよ、疲れるじゃん。……動けなくなるし。そんなのやだね」

「…………もうお前しゃべるな」

「俺が静かだと気持ち悪くない?」

「うるさい」

「どこか悪いのかなぁとか気になるでしょ?」

「黙れ」

「それくらいで黙る俺ではないのだよ」


もうリックは無視することにして、カイルは馬に跨った。

リディアも呆れた顔をリックに向けて、さもあらんとカイルに続く。


日が暮れてしまえば怒られるので、三人も早駆けで馬を走らせて学院へ戻る。






リディアは寮に帰り着いて、痛むお尻をさすりながらマリオンの部屋の扉を叩いた。

返事がないことを不思議に思いながら扉を開ける。


窓辺、マリオンの机の上には、硝子細工の猫と小鳥が仲良くリディアを出迎えるように並んでいた。


その足元には紙きれ。


同じようにカイルが贈った銀の小花の髪飾りも置かれている。



机に近付いて、紙きれの文字を読む。

リディアは手に取ってそのまま部屋を飛び出した。


走れば男子寮に戻る途中のふたりに追いつけるはずだと、そちらを睨むようにして足を早める。




「リック・ウィリアム!」

「どしたー、慌てて……リディア、お前!」

「……これ!」


息を切らして今にも倒れそうなリディアから紙きれを渡されて、さっとそれに目を通す。

元より短い文章だったので、内容はすぐに読めた。


「……なんで……どうして」

「…………泣くな、リディア・ベル。ちょっと聞いてきてやる。待ってろ」


紙きれをカイルに押し付けると、リックは来た道を引き返して本校舎の方に向かった。


カイルも紙きれに目を通して、短く息を吸い込む。


自分の顔をしきりに袖で拭っているリディアの背を支えて、近くにあるベンチに座らせた。


声を堪えて嗚咽を漏らすリディアをひとりにはできなくて、カイルもその横に座り、なだめるように背中をさする。


何も言えないことも、どうすれば良いか分からないことも、もどかしくてどうしようもない。


周りに当たり散らして暴れたいのを何とか堪えることに神経を注ぐ。

リディアもカイルも、同じような気持ちを内に抑え込んでいた。



すっかり陽は落ちて、星明かりの中、虫の声が高くあちこちで歌い始める。

黙ってそれを聞いていると、リックが早足で戻ってきた。


「……遅くなったから寮に戻るぞ。立て、リディア・ベル。送ってやる」

「…………マリオンは?」

「手紙にある通りだ……詳しいことは明日出直せと追い出された」


リックは全てを把握しているであろう学院長の元へ行っていた。


訪れた時には学院長はおらず、他に事情を知っていそうな上の立場にいる教員を捕まえて、話を聞き出そうとした。


置き手紙があったこと、内容を伝えると、その通りだと認めた上で、これ以上は無いと教員室を出された。


明日の朝改めると宣言すると、そうしなさいと何とも言えない顔で頷く。

誰にとってもあまりにも突然で、複雑な想いなのは変わらないらしい。

リックは自分の気持ちを飲み込んで、悄然と本校舎を後にした。


リディアを寮まで送りながら、何も聞き出せなかったことを説明する。


ぎりと歯を食いしばったカイルを横目に、深く息を吸って吐き出した。




その晩は、三人それぞれが眠れない夜を過ごした。


嫌な考えばかりが浮かび、否定を繰り返すが、その予測は間違いではなかったと、翌朝、学院長との話で明らかになった。



昼時に訪れた大食堂で、機嫌良く勝ち誇ったようなオリビア嬢の姿を見る。

小さく抑えたような笑い声も、頭に響いて、神経を逆撫られる思いがした。


マリオンと、同期のビクター。

それからもうひとり上級生が学院を巣立った。

三人を推した人物が現王に近い高官。オリビア嬢の父親だった。


ビクターと上級生は、マリオンひとりが目立たないように巻き添えを喰らった格好だ。




(はらわた)は煮えくり返るようだが、オリビア嬢を相手にしないことこそが対抗だと話し合った。

ここで揉めては、こちらが損をする一方だ。


「…………俺、この春で卒業することに決めた。王城に出仕する。リディア・ベル、待っててやるからお前も後から追いかけてこい」

「…………私たちが騎士団に入ったからって」

「そりゃ確かに何年かかるか分かんねぇよ……もういい……お前を当てにするのはやめるわ」

「うるさい! 私が敬語で話さないといけないとこまで行って待ってろ!」

「うんもぅ……素直じゃないんだから。……カイルはどうする?」

「俺も騎士団だ……今年度のうちに卒業してやる」

「頼もしいこと……俺が迎えに行かせてやるよ」

「…………ああ」


自分の力も実家の力も、使えるだけ使う。

しなくてはならないことに全力を注ぎ、辛さや腹立たしさを紛らわせた。

前向きな八つ当たりだとリックは笑う。


宣言通りカイルとリックは飛び級をしてその年の内で学院を卒業した。

一足先に騎士団への入団を果たす。


リディアも飛び級し、これが最後の年と一年をひとり、己を磨いて研ぎ澄ませる。その翌年に希望の通り学院の卒業と、王城への出仕とを叶えた。


奇しくもオリビア嬢と同じ年に学院を巣立つ。






マリオンはあの日、五年間の期限付きで、海を挟んだ隣国との戦へ。


最前線に送られた。









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