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番外編:そして魔王は西より来る-13

【どうすんねん】ジャパンカップ part24【どうすんねん】


『どうすんねん』

『ここは見ニキまた見送るんか?』

『どの馬かは勝つんだからなんか買え』


 匿名掲示板ではジャパンカップの動向について日夜盛んな議論? が交わされていた。


『だからもう一万回言ってるけど府中はトニービンから買っとけでFA』

『このスレpart24つまりこれまでのスレの大半はトニービンニキで出来てる』

『今更トニービンと申されましても』

『戦績だけならサンデーのほうが圧倒的定期』

『絶対数が違う定期』

『トニービンと申されましてもね、もう孫世代なんですよお爺ちゃん』


 スレの傾向は大きく5種類。実のところ同じ話題がひたすらループしていた。


『やっぱここはサタンだろ。7枠だけど問題なし。アルカセットだって⑭番でレコード勝利だっただろ?』

『S氏の府中適性ぱねーから。ダービー1着JC2着。しかも負けたクエスは今年いないんだから何ももんだいねーよ。こんな簡単なレース他に無いね。今から全力で金借りて来い』

『負かした奴しかいないレースで何を弱気になっているんだか』


 まずサタンマルッコ楽勝論。

 世界の大舞台で勝利した実力は最早疑う余地が無い、さらには出走全馬と勝負付けして勝っている上にコース適性も高い、死角が無いという意見。実績については感情論以外で反論しようがないため、直近の調教のだらしなさを槍玉に上げて指摘が入る。


『いやいや鉄剣だろ。国内春の王者だぞ』

『凱旋門がなんだよ。どうせチンタラ走る歴史だけのレースだろ?』

『はー(くそでか溜息)外国厨はなんでもかんでも外国の方が上にしないと気がすまないんですね』

『日本の馬場で走り続けた馬のほうが日本の競馬で強いにきまってんだろ』


 次にスティールソード勝利論。

 春競馬の王者であるのだし、元より距離が長いほど実力を発揮するタイプと期待されていた。父系はトニービンであり、オカルトめいているが府中適性が高いためここでは勝つに違いないという理論。

 しかしこれには多くの反論が付く。

 スティールソードの実績には時計の裏付けが無い。時計とは走破タイムの事を指し、勝ちタイムが遅い馬にはスローペースを切れ味勝負で勝っただけという印象が付きまとう。

 国内二度のレコード走破を記録しているサタンマルッコやストームライダーと比較すると、展開に恵まれた超スローペースの春の天皇賞や、開催最終週で馬場の荒れた宝塚記念での勝利が実力どおりであったのかに疑問を投げかける余地がある、とするもの。

 とはいえ現国内王者筆頭であることは疑いようが無く、馬券の筆頭には上がるだろう、といった意見が大半を占めていた。


『ついこの間の事をもう忘れたのか? 嵐が勝つよ。天皇賞秋から有馬まで全部』

『ライダーに決まってんだろ。潜在能力で圧倒的だよ』

『なんか迷う必要ある? ライダーで決まりだろうに』

『ここでライダーに従えない奴はセンスない。競馬辞めたほうがいい』


 そしてストームライダー勝利論。

 直近の古馬GⅠの勝者であり、今年に入って唯一サタンマルッコに迫った国内馬だ。3度の2000mGⅠの勝利で中距離での実力は折り紙つき。仮にサタンマルッコが直近の天皇賞秋にいたとしてもその勝利は揺るがないとして、そこから400mの距離延長は十分に射程圏内である、という理屈。

 反論は当然3歳のダービーについて触れる。直線残り200mでの失速はあまりに印象的な出来事であり、それ故ストームライダーの限界は2000mまでなのではないかとするもの。

 論者側はそれも前年度の出来事であり現在は心身ともに成長していると主張を伸ばすと、反論側も宝塚記念での敗戦に触れ、そこで勝利したスティールソードでは何故ダメなのかと言い返す。最も議論(けんか)が長かった話題だ。


『オマイラ落ち着け。小物同士がなにしようがセヴンスターズ様が勝つから』

『ジャップのポニーがドバイのスーパーホースに勝てるわけねーだろwwww』

『単純に絶対能力で七星だろ。お前らあいつのレースの動画みたことあんのか?』


 声が大きいのはセヴンスターズ絶対王者論者。

 凱旋門賞での敗北は厳しいマークによるものであり、絶対能力の勝負ではサタンマルッコが遠く及ばない。その敗北にしても半馬身差であり能力に疑問符をつけるほどではない。そもそも積み上げてきた実績があまりにも高く、この馬の敗北は即ち世界の敗北であり、日本の競馬はまだその域に達していないとする説。

 最早レースの予想ではなく競馬界そのものを巻き込んだ謎の論法となりつつあるが、当然これにも様々な物言いが付いた。

 まず世界の舞台で戦いその尽くで勝利したとはいえ日本の競馬では走っていないという点。海外とは異なり競馬場での調教を殆ど行えない日本の競馬は招待馬に対して著しく不利である。これはそれほど珍しい格差ではないが、芝状態が特殊と言われる日本においてはかなり目立つ点ではある。

 次に過去の凱旋門賞馬はジャパンカップで成績が奮わなかったという点。この法則に則るならばセヴンスターズは実力を発揮できないのではないかという物。

 どちらも馬の能力次第で効力の揺らぐ反論なのは間違いない。故に明確に否定できず、かといって馬の能力という見る人間によって変化するものさしでは明確な肯定も出来ず、折に触れてぶり返す話題となった。


『日本のクラシックはマイルの馬で勝てるからリスリグ』

『今度こそラストラプソディーが勝つ。俺は信じているぞ』

『去年三着のキャリオンナイト様を忘れていないかね?』


 最後にその他諸々。

 数はそれほど多く無いものの、自分が応援する馬の肯定的要素や希望的観測を挙げ、何かが起こって勝利してくれるといった論法。

 上位陣の論理武装に比較すればあまりに脆弱であり、それらの話題はすぐ上記のどれかに塗り変わる。


『まあじゃあ本命はいいよ勝手にしろよ。んで二着と三着はどうすんの?』

『5頭ボックス(小声』

『馬柱みながら消してったら11頭残ったんだが』

『ほら、買えよ11頭BOX』

『トリガミ待ったなし』

『サタン、セヴン、ライダーみたいな誰でも買えるような馬券がちっとも当たる気しないのすげーな』

『正直上位に何が来てもおかしくない空気はある』

『俺一着付けS氏固定だけど紐が7頭だわ』


 まずもって本命の存在があやふやであり、展開の予想が立てられず、実力の優劣が不明で、馬場への適性をどこまで期待してよいのかも不明。

 何も分からない。


 結局のところ。

 誰も結末が分からないから話題が尽きないのだ。


 そしてそんな混沌とした情勢の中でも時は進み、前日発売の最終オッズが発表される。あくまでも指標的な意味合いが強い前日オッズだが、大口の投票は当日より前日に行われる事が多いため、それだけ大金をかけるに値する信頼をおいた奴がいるというひとつの目安にはなる。


 一番人気サタンマルッコ2.4倍。


 まるで1レースの未勝利戦のようなオッズは、悩めるファンの心理を投影したかのように揺れ動いていた。


----


 誰かに見られているという訳でもないがどこか落ち着かない。

 サタンマルッコオーナー中川にとって貴賓席だとか特別席のような選ばれた場所はケツの座りが悪い場所だった。自らに品が無いのは重々承知であり、そんな己がハイソで高貴でお上品な場所に居ると、どこからともなく現れた屈強な体格の黒服に連行されるのではないかと心配になるのだ。


「ねえあなた。何をそんなにキョロキョロしているの?」


 傍らの妻、ケイコはむしろ貴婦人然とした堂々とした佇まい。身に纏うのはフランスで買わされた一着数十万の洋服だ。それにしたっていい品というだけで、会員制の店でしか買えない限定品だとかそういった代物ではない。しかし同じく数十万したスーツを身にまとう己との差は何なのか。やはり持って産まれた資質が違うのだろうと卑屈な事を考えながら、中川はぼそぼそと小声で喋った。


「いやよぉ、何回か来たけどここは慣れねぇなぁって」

「別に普通にしていればいいじゃない。ロンシャンの時はそんなキョロキョロしてなかったわよ?」

「あのときは宇宙人に取り囲まれたみたいで一周回って落ち着いてたんだよ」

「ならじゃがいもにでも囲まれてるとでも思ったらいいんじゃないですか」


 呆れた様子でケイコは言い、いっそ颯爽と東京競馬場メインスタンド関係者室へ闊歩した。中川もそれに続く。さながら女社長とお引きのそれである。


「ダービーの時と、去年のジャパンカップの時だってきたでしょう?」

「ダービーの時はもう訳分かんなかったんだよ。ジャパンカップは……訳わかんなかったんだよ」

「結局いつも分かってなかったんじゃない。まあでも、周りが見れるようになったって事はそれだけ余裕が出てきたんじゃないですか」

「そうなのかねぇ」

「そうですよ。何しろ去年のあなた、賞金がいくらだって目をぎらつかせていたもの」

「ばかやろう俺は競馬はロマン派だ」

「現金なロマンもあったものね。あとね、通帳眺めてニヤニヤするのも結構ですけど、手は綺麗にしてくださいね。手垢で汚すと窓口に行った時みっともないんですから」


 夜中に銀行通帳の0を数えて悦に浸る夫の悪癖をケイコは勿論知っていた。

 口の中でもごもご何か言っていた中川だったが、ふいに上げた視線の先に既視感のある人相を認めた。


「あれってジェイク殿下か?」

「日本の競馬場でターバンの人って言ったら連想するわね。私からは顔が見えなかったから分からないけれど、私達の部屋の隣に入ったみたいね。むしろよく顔を覚えてたわね」

「凱旋門賞の時、すげー顔で握手されたからな」


 血の涙でも流していそうな笑顔だったと中川は述懐する。


「……まあ色々因縁あるみたいだものね」

「そうなのか?」

「そうなのよ」


 覚えはねーなと首を傾げる夫の背を押し、ケイコ達は個室へ入った。


ちょっと短いです&予定が出来たのではやめの投稿

次回は9/10 12時予定ですたぶんJC完結

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろいです!今までの要所要所で泣いてしまいました。 [気になる点] 細かいことでアレなんですが、アラブの王族の頭のあれはターバンではなくクーフィーヤかな?と思いました。ターバンだと巻き…
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