表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/66

11F:TYPE=BLACK-3

『こんにちは。御機嫌よう。本日はロンシャン競馬場より凱旋門賞の前哨戦、フォワ賞をお送りいたします。例年、言ってしまえば腑抜けたレースになることが多いフォワ賞ですが、今年は違います。当番組が放送枠を確保しているのが何よりの証拠。

 競馬を見るならドーヴィルよりロンシャン。そんな貴方の考えは真実で正しい。どうも。実況のカウマスです。


 さて、今年のフォワ賞は一味違います。まず出走頭数。まさかまさかの14頭。フォワ賞としては異例の出走頭数となっています。どうしてこんな事になっているのかと申しますと、端的に述べるならば外敵への対抗策でしょう。

 敵とは誰か? 日本から来た侍達の事でしょうか? いいえ違います。ドバイの雄、ジェイク殿下率いるダーレー所属馬セヴンスターズこそが我々が迎え撃つべき敵なのです。


 そして今年のフォワ賞は。セヴンスターズ討伐へ名乗りを上げた欧州中の名馬達が、本番へ向けての予行演習として終結しているのです。特に我々フランス勢の熱気といったらかなりのものがあります。自国の看板を二年も預けているのですから、それも当然といった所でしょう。

 解説はお馴染みこの人。シャンティイの怪人アランさんです』

『御機嫌よう。どーぞよろしく』

『アランさん。どうですこのフォワ賞。中々壮観ではありませんか』

『覚えに無いくらいの眺めだね。このレースにGⅠ馬が来ること自体稀なのに、これだけ集まったからねぇ。毎年こうならレースのグレードが変わるくらいだよ』

『集まったGⅠ馬勝利馬は7頭。一昨年のアイリッシュチャンピオンステークス勝ち馬のビート。今年のジャック・ル・マロワ賞馬ダンクスメイ。昨年のムーラン・ド・ロンシャン賞馬ランドチュー。今年はこういったマイルからの参戦が多く見られます。

 恥も外聞も無く言えば、本番のセヴンスターズへの包囲網でしょう。

 さてそんな中でアランさん。注目の馬というとどの辺りになりますか』

『カウマス君は期待していなかったみたいだけどね、僕は日本のサタンマルッコを推すよ』

『ほうサタンマルッコ……あ、分かりましたよ。この馬、シャンティイに滞在してますね?』

『お、よく知ってるじゃない。普段から見る機会があってね。ちゃんと走れば今日のメンバー相手じゃ楽勝だね』

『ほう、強気に出ましたね。これはアランさん特有の逆張りですか? 皆さん要注意です。強気のアランは低めに見積もれ。努々お忘れなきよう』

『へへーん。後でみとけよー?』

『しかしサタンマルッコ。前走サンクルー大賞を大きく出遅れて敗戦。なんとゲートから4、5秒出なかったそうですね。

 私はこの馬は、昨年も渡欧してきたクエスフォールヴのラビットだと見ていたのですが、どうなんでしょう。まあラビットと言っても勝ちに行くタイプのペースメーカーだとは思うのですが』

『ペースメーカーとしての役割は持っていると思うよ。この馬はかなり激しいペースで逃げる馬なんだ。ここ数十年は居なかったタイプだね。恐らくレース自体が高速化したとき、クエスフォールヴに対して有利に働くんだろうね』

『では今日も逃げると』

『恐らくはそうだろうね』

『しかしロンシャンの厳しいコースを逃げ切ることが出来るのでしょうか』

『ふっふっふー。そこはシャンティイが誇る坂で調教を積んだ馬だからね。僕は勝算が高いと見ているよ』

『ほーう。ではその辺りを注目していきたいところです。ちなみに私の発言が日本馬に対するヘイトスピーチであるように聞こえたかもしれませんが、そんなことはありません。何故なら私は彼、サタンマルッコに感謝しているのです。

 気難しい年頃になったウチの娘。ここ最近全く口を利いてくれなかったのですが、サタンマルッコ号の写真を見せたら話をしてくれるようになったのです。恐らく、私は欧州で一番日本の馬を応援しているアナウンサーでしょう』

『そ、そう。大変だね君も』

『ええ。そうですとも』


 この番組の司会者、随分いい加減でブッ込んだ話するなぁ。日本じゃ考えられん。

 厩舎の事務所でくつろぎながら、意外にも語学堪能な須田はウェブラジオのフランス語放送を聴きながらそう思った。


「やっぱ日本のにするか」


 チャンネルを変えると耳に慣れた言語が聞こえてくる。


《競馬放送特別編。本日は世界の競馬、フランスはロンシャンよりフォワ賞をお送りいたします。

 例年にない超ハイレベルの前哨戦となりましたGⅡフォワ賞。

 血統書に黒色太字(ブラックタイプ)の文字を刻む権利を持つ国際GⅠ勝利馬が7頭。

 最早GⅠとなんら遜色のない、或いは時代によってはこれが凱旋門賞と謳っても文句の無い、欧州が誇る名馬達が揃いました。

 そしてその中を、日本が誇る黒色太字(ブラックタイプ)サタンマルッコが戦います。

 まもなくパドックへ出走各馬が姿を現そうかというところでございます――》



----




「お疲れ様です。小箕灘サン」

「おうお疲れ。どうだ調子は」

「私ならいつでも絶好調デス。マルッコは……うん。いつも通りですね」


 爽やかな陽気のロンシャン競馬場。すっかり慣れた挨拶をこなしながら、クリスは相棒の首を撫でた。


「空輸の時も思ったが、ここまで輸送に動じないとそれはそれで心配になるな。野生を失いすぎている」

「期待されていた事でしたガ、帯同馬すら不要でしたからね」


 あくびをしながら宙を舞う蝶の行方を追っているマルッコは自然体……を通り越して若干眠そうだ。もうそろそろパドックに向かう時間だというのに、これでいいのかと小箕灘はヤキモキする。


「中に入ったら変わりますよ」

「そうだといいんだがなぁ」


 また出遅れは勘弁してくれよ? と力なく笑う。

 二度は無いだろう。クリスは思う。韜晦しているが、マルッコはロンシャン競馬場に入ってから少し神経質になっている。緊張の前段階だ。レースに対して意識が向いている証左でもあるだろう。


「確認しておくぞ。マルッコを除けばGⅠ馬は6頭。それぞれにペースメーカーや風除けがついていると思えばいい。恐らく中団に塊を作って本命は後ろで待機だ。やることは分かるな?」

「ぶっちぎりマス」

「そうだ。鈴がついても気にするな。今日のメンバーにダイランドウよりテンのいい馬はいない。出来ても追走くらいだ。そしてにわか仕込みの逃げ馬なんぞ……」

「マルッコの相手じゃないデス」

「よし。見せ付けて来い」

「ハイ」


 ちょうど戻ってきたクニオが時間を告げ、人馬は戦場へ向かう。



-----



 やはり今日は随分と周囲を気にしている。

 パドックを経て馬道を経由。馬場に出たマルッコの背に揺られながら感じた変化だった。

 そういえばミーシャは観に来てくれているだろうか。パドックではそれらしい影を見かけなかったが……と考えて気付く。

 マルッコが周りを気にするのは、背中の自分が落ち着かないからだと。

 馬は背中に跨る人間の気配に敏感だ。そんな基礎的な事にさえ思い至らない辺り、どうやら自分も緊張しているらしい。

 前回の出遅れ。二度は無いミスだが、いざ本番ともなると力みも出よう。


「ひんっ」

「ん?」


 キャンターからギャロップ、準備運動を終えスターティングゲートへ向かうマルッコが小さく吼えた。激励だろうか。首筋を撫でて応える。

 スタンドを見やる。パドックから感じていた事だが、なんとなく日本馬ということでマルッコは軽く見られているように思う。日本の馬がどこまでやれるかお手並み拝見。そんな上から物を見た下卑た空気。


「君は慣れているのかな、こういう視線や空気に」


 羽賀というローカルな競馬から中央の競馬へ。そして日本というローカルな競馬からフランスの競馬へ。挑戦者を迎える立場という優越感。似たところがあるのかもしれない。

 故に。


「風穴を開けてやろうじゃないか。常識はいつだって変化しているのだと」

「ぶるるっ」


 任しておけ。任せたぞ。そんな声が聞こえた気がした。





 ファンファーレのない発走前に違和感を覚える程度には日本競馬に慣れてしまった。

 輪乗りからゲートへ収まる間に考えていたことだ。マルッコも拍子抜けしたように首を傾げた雰囲気がある。

 広い場所から狭い場所へ。馬は本能的に狭所を嫌うがマルッコにそれは無い。今日は⑬番ゲート。かなり外になった。

 ロンシャンの競馬場は構造的にはUの字形の素直な右回りコースだ。故に内枠はコーナー入り口に近く、日本競馬の原則に近い内枠の有利さが存在する。しかしそれとて、絶対のスピード差の前には無力だ。テン(スタート)の――特にスタート直後2ハロンの勝負でこの馬に勝てる馬など存在しない。その事を、この会場にいる他陣営、観衆は知らないのだ。

 偶数番号が収まる。間もなくスタートだ。股下のマルッコが発走体勢に入っている。今日は大丈夫そうだ。ゲートに集中する。

 軋む音。今ッ!



 絶好のスタート。

 日本での走りを見て分かっていた事だが、横田さんはスタート直後にいつもこんな景色を見ていたのか。一頭だけフライングしているようなものだ。横に並ぶ馬がいない。一頭既に突き抜けている。

 400mを通過。コーナー前の上りに差し掛かる。後方を確認。6馬身はある。内へ寄せていく。ここを上れば後は下りだ。上り坂で自然とペースが衰えるが今日は攻める。

 体感でテンの3Fは33秒前半。後ろの馬とは10馬身程差が開いている。この馬に鈴を付けねばならない馬が哀れだな。坂の上りでこの差を埋めに来なくてはならないのだから。


 上りきってまた暫くの直線。コーナーが見えてきている。後ろのラビットは5馬身程に寄せてきている。全く問題にならない。あんなところで力を使って最後まで走りきれる程ロンシャンは甘いコースではないと散々言っていたではないか。


 直線が終わりカーブの入り口。1000mを通過。通過は57秒台半ば。58秒は越えていないだろう。傾いたコースのついでに後方を確認。ラビットまでは5馬身。その後ろ更に20馬身程離れて後方集団。

 ぬるい。

 今までそんなことを考えたことも無かったが、日本の競馬、そしてマルッコという馬に出会って改めて認識したことがある。

 欧州の騎手、並びに競馬関係者はコースに対する信用が高すぎる。高低差が大きく整地された路面でないコースは、なるほど確かに厳しいコースではあるだろう。だがそれは逃げ先行馬に対して絶対的なスタミナ切れを齎す物ではない。見方を変えれば、上った分だけ下るのだ。そこで息を入れたなら、生まれるのはポジションによる優位のみ。先に行った馬が必ず潰れるというのは幻想であるし、妄信したとなれば最早怠慢だ。


 そして今ここに、悪路や激坂を物ともしない、息の入れ方が上手な、図抜けたスタミナを持つサタンマルッコという馬が単騎で逃げている。


 ここからフォルスストレートまでは12秒で刻む。下り坂ゆえに力が要らない。賢いこの馬は息の入れ所だと分かっている。ペースを維持しながら長く呼吸を整えている。


 1600m通過。フォルスストレートに一頭だけ先に入る。差は全く詰まっていない。ぶら下がっていたラビットがずるずる後退している。限界を感じて息を入れ始めたらしいが、全く役目を果たせていない。

 メインストレッチまで続く600m強の直線。ここから先は勾配が緩やかになる。日本でいう京都競馬場に近い。

 まだまだリードはある。この区間でさらに息を入れる。ペースを少し落として12秒2を3つ。

 フォルスストレートの終わり際、馬群の迫る足音。ようやく後ろが上がってきた気配がする。リードは15馬身。カーブを曲がる。直線だ。

 彼方に望むメインスタンド。緑一面の芝。視界が滲む。

 先頭を走っていたはずの俺達の前に存在する馬群。

 鞭を持った自分の姿。


 動悸がする。


 振り上げたそれを、俺はセルクルに……


「ヒンッ!」

「――っ!」


 意識が現実に戻る。

 緑のターフには何者も存在しない。

 俺たちが先頭だ。

 俺は誰だ。サタンマルッコの騎手、クリストフ=ユミルだ!

 マルッコに鞭など要らない!


 まだゴーサインは出さない。引き付ける。

 なるほど後続馬達は名血なのだろう。フォルスストレートからペースを上げ、直線でもまた更に差を縮めてきている。残りは350m程。いよいよ10馬身に迫ろうかというところ。


 意思の伝達。マルッコは待ちかねたと言わんばかりに馬体を弾ませた。

 スタンドから歓声が聞こえる。いや、悲鳴か?

 意地悪な気持ちが湧き上がる。そうだ、もっと喚くといい。この差はもう縮まらない。


 最後の一伸び。後続を更に引き離して、ゴール板を一番で駆け抜けた。


「ぶるヒイイィィンッ!」


 舐めんじゃねぇぞ。怒号を飛ばす観客に対し、そう言わんばかりにマルッコが吼えた。

 左手を高々と上げる。

 俺達の勝ちだ! 凱旋門賞(わすれもの)を俺は獲るッ!




------



《サタンマルッコ先頭! これは大楽勝! 今、日本のサタンマルッコ一着でゴールインッ!

 見たか欧州ッ! 逃げるとはこういう事だッ! これが日本のダービー馬だッ!》


「よぉぉぉしよしよしよし! 勝った! まずは勝った! 大河原(たくや)ぁぁ! 勝ったぞぉぉ! まるいのが勝ったぞぉぉ!」


 同時刻、日本、須田厩舎はサタンマルッコのフォワ賞勝利に降って沸いた。




 小半時、喜びを分かち合い、PCの前まで戻った須田。興奮から未だ顔が赤い。


「お、そろそろインタビューでもやってるかな。フランスの方で聞いてみるか」


 無関係のニュース番組になっていたチャンネルを変える。


『あくまで今日のレースは前哨戦だったと思うのですが、このような走りを見せてしまってよかったのですか? 本番では一層マークが厳しくなると思われますが』


 スピーカーからフランス語の質問が流れる。望みどおり、ちょうどインタビューが始まっていたらしい。

 記者の質問に対して、少し遠いところで日本語の回答が聞こえた。初めから通訳を通した言葉を放送するつもりなのか、話している小箕灘の声は聞き取れない。やがて翻訳者が喋り始める。


『我々は勝利を盗みに来たわけではありません。奪いに来たのです』


 おや? と思った。コミさんにしては随分勇ましげな発言だ、と。


『ところで、お集まりの皆様は勝負が面白くなる鉄則をご存知だろうか。

 それは、相手がどれだけ本気かどうかです。

 我々の本気は既に示した。ラビットでもなんでもつけるがいい。日本の競馬を見せてやる。

 どこからでもかかってきなさい』

「コ、コミさん何言ってんのぉ!?」


 それが誤訳をこえた超訳である事を知るのは、もう少し後の事であったという。




いつもお読みいただきありがとうございます。

本日2回目の更新です。明日は恐らく12時の1回だと思います。

以下エクストリーム超訳の原文です。

ちなみに翻訳にいれてもああはならないのであしからず!

(我々は堂々と勝つためにきました。こそこそと盗むように勝つためではありません。

我々が本気であり、クエスフォールヴのラビットではないことを皆様に知っていただくため、本日はこのような騎乗を指示しました。

我々は本番でも先頭を走るでしょう。そして勝利を目指します。

それが、この馬の走りであるからです。

あとは、本番でどれだけこの馬の実力を見せられるか、そういったところだと思います)

翻訳者:ははーんなるほどね(うんうん。訳知り顔)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ