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7F:夢のはじまり-5

 中山競馬場は大多数が想像する賭場としての競馬場そのものの場所だ。

 他の競馬場と比べて野次が多いし内容も下品であることが多い。そんな彼ら彼女らが障害レースの時だけは飛越の成功に拍手するのだから面白い。

 汚さ、煩さはあるが、同じだけ競馬に熱く本気になる場所。中山はそんな場所だ。


 有馬記念の日の中山競馬場一帯は大変な騒ぎになる。最寄の駅から競馬場までの間に直通通路が無いため、競馬場を目指す客が地域を練り歩くことになる。キャパシティを軽々と越える人数が当然のように訪れるので、まずそれで混乱する。

 次に中山競馬場そのものの施設。これは東京競馬場よりも全体的に狭い。特にスタンド前の広さに大きな差がある。

 ダービーデーの東京競馬場は控えめに言って地獄のような人口密度となるが、それと同等の人数がより狭い中山競馬場へ押しかければどうなるか。想像に難くないだろう。

 それでも生観戦に訪れる人間が毎年10万人以上は現れるあたり、どれだけ混み合おうとも、それらの苦痛を上回るお祭り感、ライブ感が得られるのだろう。馬券を買ってレースを見たいだけならば場外馬券発売所(WINS)での観戦やテレビ観戦した方が良いというのは、現地に行った人間行かなかった人間共通の認識だ。


 そんな中山競馬場のパドックに、日本競馬、並びに世界の競馬を戦い抜いた16頭が集まる。

 儲けたい。今日こそは。頑張ってほしい。可愛い。いい所を見せたい。負かしてほしい。様々な情念渦巻く中、万の視線をその身に受けて優駿達はパドックを周回していた。




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『……――といったところでパドックの紹介を終わります。スタジオにお返しいたします』


「はい。ということでパドックの様子を黄島さんにお伝えいただきましたが、竹中さん。どうでしたかご覧になっていて」

「えぇ。今年の有馬はどの馬も気合が入っていてイイですねぇ。出走各馬ね、十分に勝つ気のある仕上がり方をしていましたよ。回ってくるだけというかねぇ、そういう記念参加めいた馬は見受けられませんでした。熱い戦いになりますよこれは」

「ではそんな出走馬の中から、まぁまだホープフルステークスは御座いますが、年内の竹中さんのパドック解説は今日で最後ということですのでね。今年一年間最後のパドックまとめをお願いいたします」

「はい、じゃあちょっと今日は気合を入れていきましょうかねぇ。

 まずね、これまでも新聞雑誌やテレビ番組なんかでも散々話題にされていましたけどね、有馬記念の大まかな展開。ここからお話しましょうか。

 今年の有馬記念の予想の軸は、サタンマルッコがどこまで逃げるのか、そしてその馬を差すとするならば誰なのか。このね、二点が論点となっていますねぇ。


 サタンマルッコは体調不良の宝塚記念を除けば、ジャパンカップまでは後ろから差しきられた事が無い訳でしてね、これはまぁそれだけで大変凄い事なのですけれども。

 だってつまりこの馬が走るレースはこの馬が作るペースよりも速いタイムでゴールしなくちゃいけない訳ですので。直線勝負だけの馬では絶対に勝てない、ということですねぇ。


 じゃあどんな馬が差し切れるのか、と申しますと、これはまず単純に絶対的なスピードとスタミナの総合力が高い馬。ハイペースの道中でも射程圏内に捉えておいて、そこからしっかり終いの脚を使っていけるクエスフォールヴのような馬ですね。こういった馬。

 或いは切れる足は無いけれども、ハイペースでもいい脚を長く使えるタイプ。これはオリジナルランクなんかがそうですね。いつでもどこでも脚を余して惜敗していますから。逆に言うと今回はハイペース必至ですのでねぇ、チャンスが増えますよ。

 そして最後に挙がるのがサタンマルッコよりも先行できる馬。これは非常に考え難い要素なのですが、今回はダイランドウというスプリンターが居ますのでねぇ、道中で先を譲る展開もあるかもしれません。別距離を走っていた同型のダイランドウのような馬が最後まで持った場合、これもサタンマルッコが敗れるパターンですねぇ。

 それらを踏まえて予想を立てるのですがねぇ、これがまた難しい!」

「竹中さん、そういいつつも嬉しそうですね」

「予想家冥利に尽きますよ本当にねぇ。馬券ファンの皆さんも今年の有馬は予想が楽しかったのではないですかねぇ? やっぱりね、強い逃げ馬がいると競馬は盛り上がりますよ。

 さてそういう中でどう予想を立てるか。

 まずサタンマルッコ。1枠①番の絶好枠でスタートさえ失敗しなければ完璧な枠。望みどおりの展開へ持ち込む事が出来ると思われますが、懸念点はやはり隣の②番ダイランドウとの先頭争いでしょうねぇ。しかし私はね、これに関しては問題ないと判断していますよ」

「ほう、それはまたどういった理由ででしょうか」

「サタンマルッコのね、ここまでの中間。時計も出さずになんとも不気味でしょう。怪我してるんじゃないかなんて噂になったくらいですので。こういう時のねぇこの馬は怖いですよ。ダービーの前なんかも似たような感じだったのでね。我々の懸念や不安材料なんか吹き飛ばしてくれるんじゃないかと。具体的要素は無いのですが、そういう期待感からですね」

「私の愛馬はやれるんだ! というご主張ですね」

「ははは、まあ贔屓が入ってしまいますがそういう事ですね。有馬記念だし許してくださいよ。

 それじゃあ次にいって……。

 次に⑦番クエスフォールヴ。枠順は可も無く不可も無くでしょうねぇ。

 前二頭が後続を引き離す形での道中となるでしょうから。枠順的にも前目の競馬で進めればいつもの流れに持ち込めるのではないでしょうか。

 危険な流れは外から被せられる場合ですが、その場合は一端下げて外から抜きなおすくらいしそうですねぇ。それをやっても十分足りる実力であるので、軸や本命にするならこの馬、という評価に落ち着きそうです。

 それから今日のパドックで一際輝いていたのが⑭番のコトブキツカサですかねぇ。

 このお馬さん、秋華賞を勝った後は有馬記念を目標に仕上げてきているのでね。時間があった分ピカピカの凄い身体つきしていますよ。海老名騎手も念願の8枠以外を手に入れたってことでね、縁起もよろしいこの馬にも注目しておきたいですねぇ」

「はい、ありがとうございました。

 現在のところ単勝一番人気はクエスフォールヴ2.3倍。二番人気サタンマルッコ4.3倍。三番人気モデラート7.1倍。こうした中で竹中さんのコメントはどうなるのか。

 そういったところも含めて有馬記念、間もなく本馬場入場。実況はラジオNK河本哲也さんです」



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《今年はクリスマスと重なりました有馬記念。

 中山競馬場には既に13万人のお客さんが詰め掛け、今年一年の競馬を締めくくる戦いを今か今かと待ち望んでおります。

 春。世代を制したクエスフォールヴ。そしてクエスフォールヴが海外遠征へ旅立つ中、国内で存在感を発揮したモデラート。羽賀競馬出身でありながら日本ダービーを征した稀代の怪馬サタンマルッコ。樫の女王を退け、二冠に輝いたコトブキツカサ。二年連続の戴冠となった女王スピーシーハイ。誰もが驚く短距離路線からの有馬参戦ダイランドウ。

 魅力的な各馬が集まりました今年の有馬記念。

 それでは、出走16頭、本馬場入場とご紹介に移ってまいります。






 強敵を打ち倒したダービー。

 実力を示した菊花賞。

 もはや疑う余地は無し。実力十分。気炎万丈。

 栗毛の馬体が怪しく揺らめく。

 額の星に情念乗せて。

 なるか逆襲。西から来た(アイツ)


 1枠①番サタンマルッコ、横田友則(よこた とものり)




 まさかまさかの有馬参戦。

 皐月で見せた大暴走。

 見せたスケール誰より大きく。

 距離を征した大乱童。


 1枠②番ダイランドウ、国分寺恭介(こくぶんじ きょうすけ)





 雌伏の時は長くとも、咲かせた花は誰より大きく。

 アッといわせたアルゼンチン共和国杯。

 二度目が無いとは言わせない。


 2枠③番グリムガムジョー、本田義弘(ほんだ よしひろ)





 コース巧者と言えばやはりこの馬。

 勝ち鞍4戦全て中山。ついに手に入れたるは有馬の好枠。

 やり直しは必要ない。今年がラストラン!


 2枠④番ラスリテイク、海馬英俊(かいば ひでとし)





 守り抜いた女王の座。

 楽な戦いは一つもなかった。

 流した汗が頭上の冠を輝かせる。

 女王のティアラは輝きを増して。


 3枠⑤番スピーシーハイ、川澄翼(かわすみ つばさ)






 惜敗惜敗また惜敗。

 迫りはすれども勝てはせず。

 流した冷や汗数知れず。

 誰よりも自由に。


 3枠⑥番オリジナルランク、アンドリュー・クワセント!






 日本の悲願を背に載せ駆けた凱旋門。

 開けた視界に夢を見た、夢幻に消えた戴冠の道筋。

 消えずに残った実力携え、違いを見せたジャパンカップ。

 国内最強文句なし。日本が誇る世界の翼。


 4枠⑦番クエスフォールヴ、ダミアン・ロペス!






 世代王者を奪取され、苦渋を飲んだ春一番。

 不在の間の存在証明。その結晶はこの日のために。

 嵐を呼ぶ男を背に乗せて、暮れの中山一本勝負。

 中庸と呼ぶには速すぎる。


 4枠⑧番モデラート、竹田豊(たけだ ゆたか)






 今年もこの日がやってきた。

 今年もお前に会いに来た。

 三年連続出場。三年お馴染み。


 5枠⑨番マネルハネルミノル、熊田敏也(くまだ としや)






 鞍上福岡祐一は誕生日。

 スペシャルバースデーを自ら祝えるか。

 今日は勝利を奪いに来た。


 5枠⑩番ボーンバンガード、福岡祐一(ふくおか ゆういち)







 逆襲の元女王。

 並み居る男を掻き分けて、狙うは栄冠唯一つ。

 女帝未だ健在。


 6枠⑪番ヴェルトーチカ、後藤正輝(ごとう まさき)







 男勝りの勇み足。

 年上相手も一歩も引かず。

 捩れた根性一本通して、咲かせて見せるは女道。


 6枠⑫番ワンダースピン、池園勇美(いけぞの いさみ)







 名優の仔もまた名優。

 長距離の覇者が有馬記念に初参戦。

 いぶし銀の名手をその背に乗せて。


 7枠⑬番ロバーツ、イデラート・ホックマン!






 さあ拍手と笑いに迎えられて!

 今年は橙色の帽子を被って!

 ついに引き当てた念願の7枠!

 二冠の少女をエスコート。

 お前の帽子は何色だ!


 7枠⑭番コトブキツカサ、海老名外志男(えびな としお)






 中山巧者と呼ぶのなら、この馬、この人もまたそうなのでしょう。

 馬混み急カーブもなんのその。

 華麗なステップは6歳になっても衰えず。

 今年も有馬にやってきた!


 8枠⑮番グレーターミューズ、大平健一(おおだいら けんいち)






 さあこちらも拍手と笑いに迎えられて。

 一生物の思い出となりそうだった抽選会。

 有馬記念初騎乗の俊英、八源太騎手。

 夜を切り裂く僚馬と友に、ジャパンカップの再来なるか。


 8枠⑯番キャリオンナイト、八源太(はち げんた)






 以上、第NN回有馬記念出走16頭のご紹介でした》



ご感想・ブックマーク・評価ありがとうございます。

次話で7F完結予定です。

明日の更新は少し遅れるかもしれません(2時か3時)

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