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37 皇帝の花嫁



 六礼と呼ばれる決まりがある。

 納采。男性が仲人を介して女性に礼物を贈り、求婚をすること

 聞名。礼物と招待状を届け、吉凶を占うために女性の姓名と生辰(うまれ)を尋ねること。

 納吉。男性側が自邸の先祖位牌の前で占いをし、結果を女性側に伝える。

 納徴。占いの卦が良ければ、女性に貴重品の礼物を贈り、正式に婚約する。

 請期。男性側が結婚式の期日を選び、礼物とともに女性に伝え、承諾を待つ。

 親迎。新郎と仲人が礼物を持って女性の家に出向き、花嫁の親と先祖祠堂に排謁し、花嫁を花車に乗せて自宅へ迎え入れる。

 さて、これがとりあえず春麗から聞かされた、榮での華燭の儀の手順だ。

 華燭の儀っていうのは―――つまり結婚式のこと。

 でも私にそんな日がくるなんて、日本から来たばかりの頃は想像もできなかった。



  ***



 反乱の後始末が終わって、夏を前にした朝議の席。

 いつものように身なりを整え現れた皇帝を、百官は口頭で以て出迎えた。


「皇帝陛下、万歳! 万歳! 万歳!」


 毎朝のこととはいえ、どこまでも続く人の波がひれ伏すさまは壮観である。

 子供の頃から見慣れたその光景を、当の皇帝は感慨深く見渡した。

 雨露が死に、皇太后が死んだ。

 幼い頃から彼を押さえつけてきた見えない力は、もうどこにもない。

 国の命運を握っているという責任は増したが、同時にどうしようもない爽快感が龍宝を酔わせる。

 彼は今日この時を、ずっと前から待ちわびていた。


「内乱以来不幸な出来事が続き、人心は乱れ人々には都には閉塞感が漂っている。そこで余は、慶事を迎え大赦を行い、これから国は変わるのだと臣民に広く知らしめたいと思う。どうか?」


 戦を終え逞しさの増した皇帝の言葉は、今までのように容易く受け流されたりはしなかった。

 内乱によって反皇帝派の官吏が一掃されたことも、大きな要因だっただろう。

 主犯である雨露は戦死。

 またそれに従った者達も、(ことごと)く罪に問われた。

 一方で皇太后に反発し宮廷を辞した者達も、次々官吏として復帰した。広く人事の見直しが行われ、閣僚は刷新。

 久しぶりの朝儀での皇帝の申し出は、だから決して見当はずれなものではなかったのだ。


「では、その慶事とは?」


 反乱を鎮圧した功績により、大将軍に出世した趙仁貴が問う。

 百官は固唾を飲んで、若き皇帝の言葉を待った。


「諸君らの申し入れを聞き入れ、皇后を迎え入れることにする」


 前々から、妃の中から皇后を立てるように言われていたのに、先延ばしにしていたのは龍宝の方だ。

 だからその言葉に、官吏達は大いに喜んだ。


「それはそれは、お慶び申し上げます」


 百官が口々にお祝いの言葉を述べえる。

 外廷は華やかな歓声に包まれた。

 女嫌いの皇帝がついに皇后を娶るというのである。皇后とはいずれ国母と呼ばれる大事な存在。榮が存続していく上でなくてはならない存在だ。

 官吏の中には、感極まって涙を流す者もいる。

 遂にご決断なされたかと、我がことのように嬉しげだ。


「それで、そのお相手とは? 華充儀で? それとも賈昭儀で?」


 前列にいた古参の家臣が、待ちきれず質問を口にした。

 孫のような皇帝の慶事を、本気で喜ぶ気のいい老人だ。

 しかし彼の笑顔は、皇帝の次の言葉によってすぐに固まった。


「うむ。後宮で働く女官を皇后とする。名は鈴音。皇太后の喪が明けるのを待って、華燭の儀を執り行う」


 その発言は、百官の度肝を抜くのに十分だった。

 妃ですらない女官を、妃の最高位である皇后に据えるなど滅多にないことだ。

 誰もが唖然とし、先ほど質問した老人などは衝撃のあまり気を失ってしまったほどだ。

 そしてそのめでたい知らせは、光の速さで竜原中に広まった。


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