27 再会
「ちょっと、偉い人を呼んで! 早く!」
酔っ払いの死屍累々をかき分けて、やけに古臭い服装の女が一人、大声で騒いでいる。
「女の酔っ払いかぁ?」
近くの村から来たらしい酔っ払いが、己を棚に上げ指さして笑う。
「しかしやけにめんこい女だ。埃をかぶった服ではもったいない」
兵士は内々に総攻撃に向けた準備を進めているが、寄り集まってきた市民についてはいつも通り宴をしていてもらわねばならない。
反乱軍は、こちらの様子を固唾を呑んで注視しているに違いない。兵力で圧倒的差があるとはいえ、追い詰められた耗子に決死の抵抗をされれば厄介だ。
できることなら直前まで、ふざけた宴をしていると思わせておきたい。
(しかしこの騒ぎで兵士の指揮が落ちはしないだろうか)
鍛えられた禁軍とは言え、人である。
そんな心配をしていた龍宝の耳にも、風に乗ってその騒ぎが届いた。
「ちょっと空けてったら! 黒曜! 黒曜はいないの!!」
兵士に拘束されながら、己の偽名を叫ぶ女がいる。
何事かとそちらを見ると、そこにいたのはやけに質素ななりの芙蓉だった。
これには流石の龍宝も慌てる。
反乱軍の立て籠もった玄冥宮にいるはずの女が、なぜかすぐそこで兵士を振り切ろうともがいているのだから。
「離してやれ!」
龍宝は慌てて駆け寄ると、髪の乱れた女の顔を確かめた。
間違いない。
少し汚れてはいるが、その美貌は隠しようがないのだから。
「なぜここに? いや、無事でよかったというべきか」
龍宝の戸惑いは当然だ。
しかしそんなものは全くお構いなしで、芙蓉は叫んだ。
「あの女、よくもアタシを騙しやがって! ただで済ましゃしないよ」
北方人ばかりの酒宴場に、中央訛りの声が響く。
これはとんでもない鞭炮が飛び込んできたものだと、龍宝は頭を抱えたくなった。
***
「大変な目にあったなあ。まあこれでも飲んで、一息つきなされ」
春麗の知り合いの宦官は、年のいった小柄な老人だった。
雨でずぶぬれになった私達は、布で襦裙に染み込んだ雨水を拭い、出されたお茶をありがたくいただく。
賈妃は先ほどの恐怖からか、ずっと黙り込んだままだ。
彼女の恐怖を想像するとひどく胸が痛んだ。
とにかく風邪をひいては大変だと、老人に出してもらった火鉢を全員で取り囲む。
「老師。宦官は全て雨露の陣営に下ったのですか?」
春麗が強い口調で言うので、私は老人が怒り出さないか心配になった
しかし彼はどこ吹く風で、鷹揚に頷く。長く伸びた白い眉毛と髭のせいで、老人がどういう表情をしているのか読み取ることはできない。
「ふざけたことを言うな春麗。全ての宦官を巻き込むなどできようものか。この後宮にどれだけの宦官がいると思っておる」
老人の言う通り、宦官と一言で言っても彼等には多種多様な役割がある。
女官の帳簿を扱う掖庭局。宮門の戸締り及び出入りの管理は宮闈局。女官の疾病、死亡を扱うのは奚官局。輿の先導を担う内僕局。他にも、テント張りや点燈を行うのは内府局の仕事だ。
きちんと数を数えたことはないけれど、多分百人二百人ではないはずだ。
そう考えると、老人の言うことはもとっともに思えた。
「とはいえ内侍監は確か、宮闈局の出身。今頃全ての宮門は閉ざされていることだろう」
白く長いひげを撫でながら、老人は何でもないことのように言う。
しかし宮闈局が敵に回ったとなれば、もう誰も後宮を自由に出入りできないということだ。
その事実に思い当り、自然、私達の顔は険しいものになった。
後宮の中には妃と女官、それに宦官しかいない。
宦官とはいえ力は男。刀を持って脅されれば、女官達は大人しく従うしかないだ。
後宮は紫微城の一部ではあるが、それでもその敷地は広大で、中には果樹園も茶畑もある。簡単に言うと一つの村ぐらいある。
一刻は悲鳴で騒がしかったとはいえ、それは尚紅のある後宮の中心部でのこと。
果樹園の奥、後宮の外れにある物置めいた小屋からでは、雨の音しか聞こえなかった。
他の女官達はどうしているのだろう。
賈妃の侍女達も、彼女を心配しているはずだ。
帰してあげたいとは思うが、今戻っては今度こそ危ないような気もする。
宦官達の―――雨露の目的は何なのか。
それが分かるまでは、迂闊に動くべきはないということで意見がまとまった。
老人は嫌がることもなく滞在を許可してくれる。
(それにしても、これから一体どうすればいいの?)
果たして、外にいる官吏や兵士達が異変に気付くのはいつになるのだろう。
宮闈局の宦官が本気で隠そうとすれば、外から隔絶された後宮はいつまでもこのままなんじゃないか。
ふと、そんな恐怖が襲ってくる。
渡された布にしっかりくるまっているというのに、私の背筋はぞっと冷たくなった。




