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23 駆け引きの糸


 時は少し巻き戻り、蛮族と国境を接する城塞都市、虎柵県でのこと。

 蜂起した反乱軍は禁軍の早すぎる到着に驚き、住民共々塀で囲まれた都市の中に立てこもってしまった。

 龍宝が親征を急いだのは、周囲の鎮戍にいる兵が反乱に合流するのを恐れたから。

 その意味で、彼の奇襲はある意味で成功だったと言える。

 しかし外敵に対して堅牢に造られた都市の城壁は、実際の持ち主である龍宝すらも拒んでいた。

 太古の戦略家は、攻城戦を最も避けるべきと説いている。

 とかく時間がかかり、忍耐を持ってことに臨むしかないからだ。また籠城戦は攻め手が圧倒的に不利であり、指揮官が短気をおこせば(いたずら)に兵士を失うことにもなりかねない。


「―――と、まあそれはあくまで(プロ)を相手にした場合の話ですが」


 今回龍宝の補佐として任命されている趙仁貴は、実質的な指揮官である。

 虎柵県の城壁から矢の届かない距離に張られた天幕は、鎧で固めた将兵が軍議を行っていた。

 最も上座、戦場に似つかわしくない紫檀の椅子に座るのは龍宝だ。椅子の背凭れには冷えぬよう禁色の毛織物が掛けられている。

 龍宝は不服だった。

 自分は立ったままでいいと言ったのだが、それでは将校が落ち着かないからと説き伏せられ、渋々椅子に座らされる羽目になったからだ。

 しかしそこは仁貴の持ち前の人徳でもって押し切られ、今は彼の主導で今後の方針が決められようとしているところだった。


「斥候の報告、また近隣の農民によれば、城内は物資に乏しく長期的に全ての住民を養えるだけの食料はないようです。冬が終わったばかりで蓄えもないく、籠城戦を始めるには最悪の季節ですな」


 居並ぶ将校もうんうんと頷いている。


「足の速い軽騎兵を用いたことで相手の虚を突くことができました。あとは勢いで以て攻め込み、あちらが浮足立っている内に開城させてしまうのが吉でしょう」


「まったくだ。平民の軍など恐れるに足らぬ。陛下、ここはどうか臣に先鋒をお任せくだされ」


 急戦派が次々に名乗りを上げるが、龍宝は諸兵に対して静まるよう手を挙げた。


「待て。確かに諸君にかかれば今の虎柵県は容易く落ちるだろう。しかしそれは城壁を破壊し、関係のない市民を傷つける行為。虎柵県は蛮族に抵抗する北方鎮戍の要。可能な限りそのままの形で残したい。不用意に攻めて軍備を損なえば、今年の冬には蛮族を榮に招き入れることにもなりかねん」


 龍宝の言葉に、居並ぶ将校達は不満げな顔をした。

 その顔にはありありと、ではどうするのだと書かれている。

 あらかじめ龍宝の考えを聞き及んでいた仁貴だけが、涼しげな顔で髭を撫でていた。


「城内には既に細作を放ってある。諸君らに行ってもらいたいのは、宴である」


 龍宝の予想外の言葉に、天幕の中は静まり返った。

 誰もが、今聞いた言葉を信じられないという顔である。

 駄目押しのように、皇帝は言葉を重ねた。


「酒や食料を近隣の街から調達し、今から炊き出しを行う。貴兄らには大いに呑んで騒いで、進軍の疲れを癒してもらいたい。また、それに惹かれてやって来た者には子細かまわず食事を振る舞え。戦を嫌い甘い水を好むのは城内の民も同じ。理不尽に閉じ込められ目の前で贅沢なさまを見せつけられれば、反乱軍は人心を失い自滅するであろう」


 龍宝が立てた策は、城壁の外で宴を行い城壁の内側にいる庶民の離反を誘うというものだった。

 造反を起こした鎮戍の兵というのは、庶民は庶民でもそのほとんどは近隣から集められた農民だ。

 一方この地方では有数の都市である虎柵県の住民は、基本的に裕福な商人などである。

 彼らの多くは世事に通じ、また利に敏くしたたかである。

 恭順すれば罰しないということを示し、また近隣からの応援も期待できないとなれば、早々に皇帝側に寝返るのは目に見えていた。

 また、それとは別に感情問題として、食糧事情の厳しい城の目の前で宴を開かれたとなれば、理不尽に反乱に巻き込まれた恨みを反乱軍に対して抱くはずである。

 一方ひもじさを恨み挙兵した反乱軍の憎しみが募る可能性も大いにあったが、龍宝は虎柵県の被害を最小限の抑えるためこの策を取ったのだった。


 (煽られた反乱軍が人質を殺す可能性は勿論ある。しかしそれはやむなし、だ)


 龍宝は統率者としての決断をした。

 全てを欲しがれば、何もかもを失うこともある。

 それは幼い内から様々なものを奪われてきた龍宝にとって、ある種当然の結論だった。

 彼が優先させたのは、できるだけ迅速な事態の打開と講和だ。

 王都を空けていられる時間はそう長くない。

 己が留守の隙に、|事を起こしてもらうために《・・・・・・・・・・・・》わざわざ無理をして親征などしたのだから。


 (深潭と翠月には悪いが、存分に働いてもらおう)


 龍宝はまだざわつく将官達に対して、不敵な笑みを見せた。

 心からの味方は少なく、皇帝とはいえ綱渡りの策であると自覚しながらも、あえて彼はその先に踏み込もうとしていた。


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