15 私たちなりの答え
「子美、一体どうして、華充儀の房室に忍び込むようなことを?」
尚紅に着くと、まず尋ねたのはそれだった。
今回はどうにか許されたからいいが、相手がもし華妃でなければその場で切り殺されることすらあったはずだ。
子美がしたことは、後宮ではそれほどまでに重大な罪になる。
「鈴音様」
しかし、口を開いたのは子美ではなく春麗の方だった。
「子美のしたことは確かに許されることではありませんが、あまりお責めになりませぬよう。この者も十分反省しております」
子美と仲が悪いはずの春麗の執り成しを、私は意外に思った。
普段なら私を差し置いて春麗が真っ先に、彼女を尚紅どころか後宮から追い出そうとしたはずだ。
「責めているわけじゃなくて、ただどうしてそんなことをしたのか、知りたかったの」
「それは―――」
訳を説明しようとする春麗の言葉を、子美が掌で遮った。
「いい。自分で話す」
まだ青ざめたままの子美の顔は、こわばり悲壮な色を宿している。
「……賈昭儀の房室に忍び込んだのは、あの言葉があったからよ」
ぽつりぽつりと、彼女は語り始めた。
「つい先日まで皇帝に寵愛れていた華妃様のところなら、もっと色々な話が聞けるんじゃないかと思ったの……」
「もっと色々な話って……」
私は戸惑った。子美がどうしてそれで華妃の房に忍び込む必要があったのか、まだ事情を飲み込むことができなかったからだ。
「それで、あの『賤露』って言葉の意味が分かれば、あなたが喜ぶかと思ったのよ。私だって役に立つんだってこと、二人に分からせたくて……」
切なく言う子美の言葉に、思わぬ衝撃を受ける。
「二人は私が尚紅に来てからいつもこそこそと、何か内緒で話をしてた。後宮は、どんな場所より言葉に気をつけなければいけない場所って私だって分かってるわ。信用した相手にしか、大切な話はしちゃいけないって。でもその光景を見るたびに、私はまだ鈴音に信用されてないだって思い知らされてるみたいで悔しかった!」
「子美……」
私の何気ない態度が、そんなに子美を傷つけていたなんて知らなかった。
確かに、黒曜に関することを子美に話していいのかまだ分からなくて、春麗と二人で内緒話をしているような状況になっていたこともある。
そして子美が事情を知ってその話を外に漏らしたら―――そう恐れたことも事実だ。
それに私は、子美が不必要な秘密を知って、誰かに狙われるのが恐かった。
春麗に―――皇太后に身を囚われた時の恐怖は、今も鮮明に残っている。私は子美に、そんな思いはしてほしくなかった。
春麗は自分で自分の身を守れるけれど、子美はそうじゃない。
私には覚悟が足りなかったのだ。
子美を信頼し、ちゃんと胸を張って仲間にするということの覚悟が。
「ごめんね……」
私より小柄な子美に、そっと手を伸ばした。
いつも強気で意地っ張りな子美の目に、うっすらと涙が浮かんでいる。
「寂しかったよね。その気持ちに、気付いてあげられなくてごめん……」
そのままそっと、小柄な子美の体を抱きしめた。
「うっ、うわぁぁぁ」
その途端、子美が大声で泣きだす。
布越しに、おしあてられた顔が熱い。
「ごめんね、子美」
私は子美の小さな肩を、子供をあやすようにぽんぽんと撫でた。
春麗は相変わらずの無表情だったけれど、よく見ればどうしていいか分からず戸惑っているのが分かる。
冷たいように見えて、彼女はとても優しい人だ。
私は自分でも気づかない間に本当に得難い仲間を得ていたのだと、そのありがたみを改めて嚙みしめたのだった。
その日の夜遅くまでかかって、私は自分がどうして後宮に来ることになったのかということを子美に話して聞かせた。
彼女が特に驚いたのはやはり、ただの貴族だと思っていた黒曜が実は皇帝だという件だった。
「あ、あの男が皇帝陛下ですって!?」
子美はしばらく、その事実を受け入れられないとでもいうように視線を宙に彷徨わせていた。
「大家をあの男呼ばわりですか」
春麗が冷たく指摘する。
彼女が子美を許してくれるよう取り成してくれたそうだが、やっぱりすぐに仲良しという訳にはいかないらしい。
「だって私、あ、あの方の前で好き勝手、言って……」
両手を頬に当てて、彼女は顔を青ざめさせる。
「心配しなくても、あの方は鈴音様以外割とどうでもいいお方ですわよ」
「ちょっ、なにそれどういうこと!?」
すっかり調子を取り戻した子美に詰め寄られて、私は苦笑するより他なかった。
子美が元気になってくれたのはいいけれど、自分ですらよく分からない関係を説明することは難しい。
(春麗さん。その言い方って、色々問題ある気がします)
私の動揺など素知らぬ顔で、春麗は珍しくちょっと笑っていた。




