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13 華の企み



 子美が出て行ってから、数日が経った。

 あの日以来、彼女は尚紅に姿を見せていない。

 春麗は任せてほしいと言うばかりで、どんなに尋ねても具体的にどうなっているのかは教えてくれなかった。

 不安だけれど、今は二人を信じるしかない。

 その間に私は一人で賈妃の許に通っているけれど、こちらもかなり警戒されている様子で、あれ以降賈妃に会わせてもらえていなかった。

 行くと対応する侍女たちに、何かと理由をつけて対面を断られてしまうのだ。

 その過剰な反応がまた、私の不安を煽る。

 雨露は一体、皇太后に何をさせるつもりなのだろう。

 彼女のいる虎柵県で反乱が起きていることも相まって、私はいても立ってもいられない気持ちになった。


 

 その日、私は一人で華妃の許を訪れていた。

 何日も前から、彼女に化粧をするという約束があったからだ。

 仕事はしっかりとしなくてはと思うのに、考え事をしていたせいで通いなれた道を間違えてしまった。


 (こんなことじゃダメって分かってるけど、とても普通じゃいられないなあ)


 とにかく、遅刻ギリギリで華妃の房室に転がり込み、あらかじめ予定していた美容マッサージを終わらせた。

 素肌がきめ細やかで美しい華妃は、化粧など何もしなくても気高くて近寄りがたい美人さんだ。

 でもだからと言って何もしないのは化粧師失格なので、今日は彼女の希望する明るい色での化粧を施した。

 馬のしっぽの毛で作った大きめのブラシで、ピンク色の頬紅(チーク)を楕円状に入れる。

 すると大人びた彼女の顔に、年相応の娘めいた華やぎが加わった。

 焦りや不安を感じていても、化粧筆を持つと少し落ち着くことができる。

 それは日本にいた時と同じだ。

 化粧を終え、誘われるがままにお茶をいただいた。

 華妃とのお茶の時間はいつも楽しいものなのに、今日はちっとも集中することができない。


「ふふ、心ここにあらずですね。鈴音」


 ほほ笑みながらずばりと見抜かれて、心臓が飛び出すかと思った。


「―――陛下のことが、心配なのでしょう?」


「え!? ああ、あの……ええと」


 思わぬ指摘に、あたふたしてしまう。

 本当はいなくなった子美と雨露の企みについて心配しているんですなんて、いくら相手が華妃でも話すことはできない。

 ただ考えてみれば、時期的に華妃が黒曜の心配をしているのだろうと思うのは最もで、逆に違うことで心を占められている自分が申し訳ない気持ちになった。

 いや、確かに黒曜のことは心配なのだけれど、今はとにかく春麗が子美をどうするつもりなのか。雨露が何をしているのか。それが気になって仕方がないのだ。

 私の反応を奇妙に感じたのか、華妃が眉を上げた。


「おや、化粧師様には何か、他に心を煩わせることがあるご様子。わたくしで良ければ、話を聞かせてくださいな」


 ゆったりと菖蒲をあしらった団扇を仰ぎながら、華妃が言う。

 若々しい化粧も相まって、その顔には子供めいた好奇心がのぞいていた。

 いつも大人びている華妃が、こんな風に感情を露わにするのは珍しいことだ。

 予想外の反応に、私の方はただでさえ動転していたものが更にまごついてしまった。

 私の方が年上のはずなのに、隠し事ができなくて情けない。


「いえ、華充儀を煩わすようなことでは……」


「いいからお話になって。わたくしもなにかお手伝いができるかもしれませんもの」


 春先あたりまでは思い悩んだり沈んでいることが多かった彼女が、こんな風に明るく接してくれることは嬉しいことだ。


「うー……」


 私は悩みに悩んだ末、子美のことだけ彼女に相談することにした。

 賈妃の零した言葉には触れず、子美と春麗の折り合いがよくないことと、ふとしたことで子美が尚紅を飛び出してしまったのだということのみを伝える。

 子美は元々華妃専属の化粧師だったので、彼女のことを華妃に相談するのは真っ当といえば真っ当かもしれない。

 むしろもっと早く相談して、私が子美に対して何か違う言葉をかけてあげられていれば、彼女が尚紅を飛び出すこともなかったのかもしれないのだ。

 そう思うと、子美の傷ついた顔がありありと思い出されて胸が痛む。


「まあ、そんなことが……」


 子美についての一通りの事情を説明すると、華妃は整った柳眉をそっと顰めた。


「こんなこと言いたくはないけれど、やはり子美を後宮に残しておくのは、あなたにとってよろしくないのではないかしら? 今まで口出しせずにいたけれど、陛下の勅命を破った罪は、本来なら死に値するものなのよ。その子美を心から信頼できないというのは、当然といえば当然のこと。あなたが思い悩む必要はないわ」


 その柔らかい口調に反して、華妃は子美のことをばっさりと切り捨てる。

 確かに子美は以前、華妃の化粧に勅命で禁じられている鉛白を使った。

 それは本来なら死罪という重い罪だったが、華妃の計らいによってどうにか後宮からの追放処分で済んだのだ。

 子美を連れて後宮へ戻った時私が最初にしたことは、華妃に対する謝罪と子美が尚紅で働くことについて許しを貰うことだった。

 華妃は寛大な態度で許しをくれたけれど、早速こんな弱音を吐いているなんて自分が情けない。


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