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11 疑惑


 悲しかろうがつらかろうが、今の私が黒曜にしてあげられることは何もない。

 私は不安を振り切るように、尚紅の仕事に熱中した。

 今日は朝一番に賈妃との約束があったので、彼女の房室にお邪魔する。

 尚紅にあった特製の椅子が彼女はお気に召したようで、早速翌日には己の房にそっくり似たものを設置させていた。

 生まれつきのお嬢様は流石にやることが違う。


「よくきたわね」


 緑茶美容法を余程気に入ってくださったようで、あの日以来彼女の対応は少しずつ柔らかいものになってきている。

 おかげで仕事もかなりやり易くなった。

 早速、先日教えたのとは別のマッサージを、侍女に教えながら彼女に施していく。すると賈妃は夢うつつになりながら、ぽそりと思わぬことを呟いた。


「そういえば……聖母神皇様はどうおなりあそばされたかしら……」


 寝言のような小声だったが、それを耳にした侍女や私には緊張が走った。

 国を好き放題にしたということで、今や聖母神皇という呼び名は後宮内では禁句扱いになっていたからだ。

 房内にいた最も年かさの侍女(おそらく賈妃が実家から連れてきた古参の侍女だろう)が、このことを外で漏らしたら承知しないとでもいうように私を睨みつけていた。

 気まずい思いをしつつ、聞かなかったふりでマッサージに集中する。

 けれど、逆にそれがよくなかったのかもしれない。より深いリラックス状態になった賈妃は、更なる爆弾発言を口にした。


「玄冥宮が反乱軍に侵されれば、あのお方も無事ではすまないでしょうに……」


 物騒な言葉とは裏腹に、彼女の顔はうっとりと薄い笑みを浮かべている。

 その顔にぞっとしつつ、私の鼓動は高鳴っていた。

 反乱軍というのは今この時に、黒曜が戦っている相手のはずだからだ。


 (賈妃は、反乱について何か知っているの?)


 皇太后が虎柵県玄冥宮にいるという事実は、九嬪が一人の彼女ですら、知らないはずのことだったからだ。

 それを知っているということは即ち、彼女が裏に特別な情報源を持っているということになる。


「ご心配ですか?」


 敢えて“何が”とは明言せず、私はやんわりと問いかけた。

 侍女の私を見る目が更に尖るが、気にしない。

 後宮の妃嬪であれば親征に出ている陛下がという意味にとらえるはずだ。

 しかし、彼女の答えは違っていた。


「心配? どうかしら……分からないわ」


 憂鬱そうに、賈妃は大きなため息をつく。

 私は腹部をほぐしていた手を、そっと肩に滑らせた。鎖骨のリンパを意識しながら肩の凝りをほぐしていくと、昭儀は心地よさそうに表情を和らげる。


「みなが手のひらを返したように口を噤んでいるけれど、妾は聖母神皇様が嫌いではなかったのよ。私が入宮した時、陛下はまだ小さな子供であらせられた。両親から引き離された妾は頼る人もなく、寂しい思いをしたものよ……」


 じりじりと、いつ止めに入ろうか侍女が身構えているのが分かった。

 私はもっと賈妃の話が聞きたいと、急いで質問を投げる。


「それを聖母神皇様が、お慰めになったのですね?」


「いいえ」


 笑みを浮かべ、彼女はきっぱりと否定した。

 見れば、先ほどまで眠りかけていた顔が、今はぱっちりと目が開いている。


「あのお方はね、後宮の主は己であるから逆らわぬようにと、妾に徹底的に冷たくあたられたわ。いくら名門出身と言っても彼女には誰も逆らえなかったから、娘時分は必死でそれに堪えたものよ」


「そ、そうなのですか……」


 語気の強くなった賈妃の言葉に気圧されながら、私は肩のマッサージを続けた。


「でもね、おかげで強くなれた。衣食住に不自由がなくとも妃は籠の鳥よ。弱ければ自滅するしかない。妾がこの年まで生き抜けたのも、もしかしたらあのお方のお陰かもしれないわね」


 淡々と語る彼女に、私はその壮絶な過去を想像せずにはいられなかった。

 後宮は特殊な場所だ。

 一度入ってしまえば、皇帝が死ぬまで出ることはできない。

 まだ若かった賈妃が、自分より一回り以上年下の皇帝に嫁ぐと決まった時、一体彼女は何を思ったのだろうか。


「だから尚更残念だわ。賤露ごとき、にあのお方がいつまでも縛られているなんて」


 賈妃の何気ない一言に、虚を突かれた。

 賤露というのは、今は権力から引き離されている雨露内侍監を蔑んで言う呼び名だ。


 (皇太后が雨露に縛られている?)


 どういう意味かと追求しようとしたら、先ほどの侍女が慌てて叫んだ。


「昭儀!」


 これ以上話を続けられては、まずいと思ったのだろう。

 侍女は無理矢理賈妃から私を引きはがすと、後始末すらさせず私達を房の外に追い出した。

 ひまし油を使っていたのに、手を洗うことすら許されなかったくらいだ。

 けれど今は、それどころではない。


 ―――賈妃は最後に何と言った?


「今……」


 一緒にいた春麗や子美に確認しようとすると、それをここで言うなとばかりに言葉を遮られた。


「鈴音様。とにかく一旦尚紅に戻りましょう」


 その言葉には、ほんの少しの緊張感が混じり込んでいた。

 私は黙って、彼女の言葉に従った。


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