【短編小説】スキップを100歩
結論、夏は暑い。
いい歳をして繁殖はおろか結婚や恋愛すらままならない反社会的生物が他人の足を引っ張るので腹が立ってスパナで殴り殺した。
すべて太陽のせいだ。
おれは間もなく逮捕されるだろう。
そこで質問だ。
「生きていたいか」
ガムテープだらけの寝袋で眠るガード下のホームレスを起こして訊く。
会話そのものが久しぶりのホームレスは言語野が溶けているか舌筋が著しく衰退しているからなにを言ってるか分からない。
絶望や希望、過去の恨みだとか後悔、それとも今日の不安。
ホームレスが訊き返す。たぶんこう言ってるはずだ。
「お前の婆さんに訊かなかったことを俺に訊くなよ」
婆さんは呆けて死んだから、訊きたいことは何一つ訊けなかったよ。
でもおれは愛想良く答える。
「それもそうだな」
ホームレスは続けてこう言ったと想像してる。
「お前の親に訊けば済むだろ」
「そう言うものか」
ホームレスは寝袋に戻る。
おれはホームレスの枕元に置かれた皿に小銭と煙草を入れてから立ち上がり、ゆっくりと辺りを見回す。
すえた臭い。
僻みっぽいホームレスの視線が刺さる。
スウェーするかわりに煙草を配って歩く。
礼の言葉なんか無い。
おれは余所者。異邦人だ。
ホームレスは背中を向けたまま、たぶんこう言った。
「俺が未来のお前か、数年後のお前の親父かは知らない。お前が俺たちに何を見ようが知ったことじゃないし関係無いし興味も無い。もっと言えば価値が無い。そこにある一本の煙草の方がまだ価値がある」
「それはその通りだ」
おれは煙草を置く。
ホームレスは鼻を鳴らす。
ジョビジョビジョビジョバ。
おれはジプシーの王に挨拶をして薄暗いガードを這い出る。
そこに境界線なんてものは無いが異邦人である事を辞められる。
辞めさせられる。
おれは呪詛を取り戻し何かを失う。
世界はクソだ。あと何だっけ?
暇な空白。徒歩。杜甫。夢破れてFANZAあり。
トボトボ歩く亀頭の先端からボトボト落ちる孤独と倦怠。
親の顔よりみた女優。
すり込み。マイハニー、マイガール。
走馬灯に無理やり捩じ込む捏造された記憶。
対面しても目元にブラーがかかったままのソープ嬢がホームレスの声でおれに訊く。
「それは幸福か」
「死ぬ間際に愚問だろ」
勃起と不勃起の間で笑う。
「それは幸福か」
「せめて死が救いでありますように」
射精と中折れの間で笑う。
「それは幸福か」
「死が脳を支配する前に」
疑似恋愛と本番の間で笑う。
「その陰茎は我が友、李白」
全て夢だ。
おれたちはパンダを借りて青い空をトレード放出した。
チャイナブルー。
それはとても金曜日だったし中華街だ。
仮に今日がまだ木曜日だったとしても。
数回のタップで俺の歩行速度が上がるから人生はYouTubeだ。
好きなことで生きる時代があったらしい。
「お父さんな、仕事を辞めてYouTubeで食っていこうと思うんだ」
風俗系YouTuberになった父親はソープランドで生配信をして捕まった。
「嘘みたいだろ、射精してるんだぜ、それで」
デジタル信号はいまだに0と1なのか、それならば射精は1なのか。
だとしたら歩いているおれ0なのか?
おれの言う存在の耐え難い希薄さや軽さこそがおれの見ているホームレスたちと言う存在の希薄さや軽さであり、だがおれ以外の奴らにはホームレスが見えていないのだとしたらおれとホームレスは社会にとって等価であり、つまり0な訳だ。
「納得したか?」
「いや、全く」
ソープ嬢がホームレスの声で答える。
お湯に溶かれたローションが流れ出ていく排水溝からおれの1が嗤う。
「生きていたいか」
「わからない」
おれは頷いて死ぬ。




