朝食室にて
ダヴィネス領主夫妻の、何気ない日常のひとコマです。
執事のモリス目線入ります。
お楽しみいただけますように……
「ジェラルド様、お髪が…」
「ん?…ああ」
執事のモリスは顔をしかめた。
ある日のゆったりとした朝食の時。
早めにテーブルに着いたジェラルドは、カレンを待つ間、ティーカップを片手に新聞に目を通していた。
王都で発行された新聞は、1週間分まとめてダヴィネス城へ到着する。
とびきり生きの良い情報という訳ではないが、王都の様子を知るには十分だ。
新聞を読むことに集中するジェラルドは、伸びた前髪の先がティーカップに浸かりそうなことに気づかない。
モリスは思わず声を掛けたが、ジェラルドはほぼ無視だ。
ジェラルドの身の回りの世話を担うモリスは、主の伸びた髪が気になって仕方ない。
今朝の身支度の折りにも、「お髪を少し整えましょうか」と提案したが、「今はいい」とすげなく断られた。
幼い頃から身を整えることに関しては、余程忙しい時を除けば、モリスの言うことを素直に受け入れるジェラルドだ。
モリスははて、と考えを巡らせるが心当たりがない。
と、カレンが侍女のニコルを伴って朝食室に現れた。
ジェラルドはすかさず新聞を置き、いつものようにエスコートに立つ。
「お早うございます。お待たせしてごめんなさい、ジェラルド」
「いや…お早う、カレン」
二人は軽めのキスを交わす。
唇を離すと、微笑みながら互いに見つめ合う。
ジェラルドはカレンの腰に両手を回し、カレンはその腕の中にすっぽりと収まっている。
互いに忙しい二人は、1日のうち、主に朝食とディナー、夜の寝室で共に時を過ごす。
それすら互いのスケジュールによってはままならないことも多々ある。
ゆえに、顔を合わせれば常に互いの様子から目を離さない。
「あら?」
カレンは顔を少し傾け、目線をジェラルドの髪へ移した。
「…ジェラルド、今気づきましたが…お髪が伸びましたね」
言いながら、片手でジェラルドの伸びた前髪に指を通して後ろへと流し、そのまま頭を撫でた。
「そうか…?」
「ええ。お時間があるならば、少しお手入れをされては?」
カレンは少しクセのあるジェラルドの髪を触るのを好む。
言葉とはうらはらに、その細い指はジェラルドのダークブロンドを愛おしそうに何度も撫でた。
ジェラルドはと言えば、カレンのもたらす心地よい感触にうっとりと目を細めてる。
この、一見いつもと変わらない領主夫妻の仲睦まじい光景を目にして、モリスはお茶の準備をしながら、あっと声を上げそうになった。
我が主にも困ったものだ…
モリスは人知れず笑みを浮かべた。
鬼神と恐れられるダヴィネス領主も、愛しい妻からの愛撫には従順だ。
恐らくジェラルドは、明るい朝食室で自身の伸びた髪にカレンが気づき、加えてカレンに撫でられることを予想…いや、期待していたのだ。
しかし、それを見込んで今朝のモリスの提案を断ったのであれば、やはりジェラルドは油断ならない策士と言える。
まあ、しかし…
モリスは気を取り直して、ティーポットを手にした。
このように他愛ない出来事も、二人を頂点とするダヴィネスの平安を保つ要素のひとつと思えば…
「モリス、今夜入浴の際に髪を切ってくれ」
ジェラルドは席につくと、まるで当たり前のようにモリスに告げた。
「はっ、かしこまりました」
モリスは笑顔で答えると、いつもの通り、カレンとジェラルドのカップに熱いお茶を注いだのだった。




