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《ミニシリーズ・領主の娘 1》アンジェリーナが生まれた時のこと

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

本日より、ダヴィネス領主ファミリーに焦点をあてた数話(時系列です)を投稿いたします。

お楽しみいただけますように……

よろしくお願いいたします。

「こちらは、よく知られた切り傷や擦り傷に効く薬草です」


 ダヴィネス城の薬草園にカレンは居た。



 ダヴィネス城には薬房があり、広大な薬草園を有している。

 薬房には数名の薬師がおり、侍医や軍医と連携し、領主から兵士に至る者の健康を預かる機関だ。


 薬房に代々伝わる処方の軟膏などはとても薬効が高く、品質が優れていることは国中によく知られている。


 長い戦いの歴史の中で着実に積み上げられた功績として、薬房の製品は認められていた。


 それは薬だけでなく、クリームや虫除け、におい消し等にも至り、カレンもハーブの香るハンドクリームを愛用している。(カレンのブランド『レディD』にも入っている)


 薬房の出張所は城塞街にもあり、ダヴィネスの住人は薬や軟膏をタダ同然でいつでも手に入れることができる仕組みだ。

 対して観光客には正規の価格で販売しており、ちょっとしたお土産としてとても人気があった。


 からりと良く晴れた今日、カレンは朝からダヴィネス城の薬草園で収穫の手伝いに勤しんでいる。

 気温が上がる前に一斉に収穫するとのことで、薬師達はもちろん、手の空いているメイドや兵士達も収穫を手伝う。

 カレンから少し離れて、アンジェリーナもせっせと薬草摘みに精を出していた。


「レディ、日が高くなりましたので、そろそろお戻りください」


 薬師長がカレンに声を掛けた。


「ありがとう。でもまだ大丈夫よ、もう少し…」

 と、カレンは立ち上がったと同時に立ちくらみを覚え、とっさにしゃがみこんだ。


「! レディ!」

 慌てた薬師長と、次いでニコル、ハーパーが飛んできた。


「奥様?」

 ニコルがカレンの俯いた顔を覗き込む。

 カレンは真っ青な顔色だ。


「……」


 少し頭痛がする。


 幸い、アンジェリーナはカレンから離れた場所で薬草を摘んでいたので、カレンの様子には気づいていない。

 ティムが一緒なので心配ないだろう。


「少し休まれてからお戻りになった方がいい。さ、あちらへ。ハーパー卿は侍医に連絡を」

 薬師長は的確に指示した。


 あ、待って、侍医は呼ばないで…


 とカレンは言いたかったが声にはならず、走るハーパーの後ろ姿を見て一層のめまいを感じた。


「奥様、歩けますか?」


 ニコルの問いに、カレンは無言でコクコクとだけ首肯した。


 ニコルの手を借りて、ゆっくりと立ち上がったカレンは薬房へと案内された。


 長椅子に腰掛けると、薬師長がミントの葉を浮かべた水をニコルに手渡した。


「お忙しくされているのでしょう。睡眠はちゃんと取られていますか?」


 薬師長はカレンの顔色を伺いながら、ニコルに問う。


「最近、書類仕事に根を詰めていらして…」


 カレンは、ニコルに渡された爽やかな香りのする水を少し飲んだ。


「奥様…?」

「……」

 カレンは無言で俯いたままだ。

 嫌な汗が額に滲む。


「!」

 突然吐き気がこみ上げ、とっさに口を手で覆った。


「奥様!」

 ニコルが手拭きをあてがう。


 薬師長が素早く桶を持ってきた。

「我慢なさらないでください」


「!!」

 カレンは水分だけを戻した。


 実は、今朝は食欲が無く、お茶だけ飲んだのだ。


「…!」

 何度か吐き気がこみ上げるが、胃には何もないので苦しさだけがカレンを襲う。

 ニコルがカレンの背中をさする。


 カレンは少し落ち着くと、ニコルから手拭きを受け取り口を拭った。


「ふぅ……ごめんなさい」


 真っ青な顔には汗が滲んでいる。

 見かねた薬師長は、長椅子に布を広げ、カレンに横になるよう勧めた。


 カレンは言われるがまま横になった。


 駆け付けた侍医は薬師長から話を聞くと、跪いてカレンの脈を取り、ニコルへ小声で2.3質問をした。

 ニコルの答えに、侍医は頷く。


「レディ、」


「……待って」


 カレンは横になって目を閉じたまま、侍医の言葉を遮った。


「レディ?」


「……わかってるの。わかってるけど…。お願い、まだ答えを出さないで欲しいの」


「しかし…」


 侍医と薬師長は困ったように顔を見合わせた。


「お願いだから…まだジェラルドには言わないで…」


「…カレン?」


 皆は一斉にハッとする。


 薬房の入口には、息を切らせたジェラルドが立っていた。

 ハーパーから報告を受け、執務室から要塞の端にある薬房まで全速力で駆け付けたのだ。


 カレンの言葉を聞いて、眉を曇らせている。


「ジェラルド…」

 カレンはジェラルドを見たが、気分の悪さが勝り眉根を寄せたまますぐに目を閉じた。


 ……ああ、もう隠せないわ……


 ・


 ジェラルドは「とにかくベッドで休ませる」と言うと、さっさとカレンを横抱きで、そのまま寝室まで運んだ。


 その間二人は一言も言葉を交わさず、後ろを歩く侍医やニコル、ハーパー達も、その気まずさに否応なしに従った。


 事情を聞いたエマも加わり、カレンがベッドへ落ち着くと、ジェラルドは

「二人にしてもらいたい」

 と皆に告げた。


 皆が寝室から出ると、ジェラルドはベッドの側へ椅子を持ってきた。


 幾分気分の良くなったカレンは、ジェラルドの動きを横になったまま目で追うが、この後のことを考えると、消えてしまいたい気持ちになる。


 ジェラルドはカレンの顔を見つめると、いつものように優しく頭を撫で、形の良い額にゆっくりひとつキスを落とし椅子に腰掛けた。


「……」


 二人は無言で見つめ合う。


 沈黙の後、口火を切ったのはジェラルドだった。

「…カレン、さっき侍医から聞いた……妊娠していると」


「……」

 カレンは、ジェラルドの瞳を見つめた。



「…ジェラルド、大丈夫ですか?」


 カレンの言葉に、ジェラルドは一瞬目を瞠き、次いで少し悲しそうな笑顔を浮かべると、立ち上がって窓辺へ歩いた。


 片手はトラウザーのポケットに手を突っ込み、片手は顎に充てたまま、窓から外を見る。


 …やっぱり、戸惑われている…?


 ジェラルドの横顔からは細かな表情はわからない。

 しかしカレンは、アンジェリーナの出産時の、ジェラルドの悲愴な顔を思い出していた。


 ・


 カレンは大変な難産の末、アンジェリーナを産んだ。


 気力も体力も限界の中、ジェラルドも取り上げたという経験豊富な産婆は侍医と相談の上、もしもの際の決断をジェラルドに申し出たのだ。


「そんなことがあってたまるか!!」


 聞いたジェラルドはみるみる怒りを露にした。


 しかしそんなジェラルドにも臆せず、産婆は冷静に言った。

「このままの状態が続くと、レディも赤子も危ないんだ。難しいことは百も承知で頼んでるんだよ、ご領主」


 ジェラルドは髪をかき上げると、側の壁をドンッと力一杯拳で叩いた。


 …パラパラと壁の欠片が落ちる。


「…ジェラルド…」

 もはやフリードやアイザックもかける言葉がなかった。


「…カレンに会う」


 絞り出すように呟くと、ジェラルドはカレンの部屋へ向かった。


 通常、夫は妻の出産時は別室で控えるものだが、そんな常識はジェラルドの前では意味を成さなかった。

 自身も疲労の色の濃いジェラルドを誰も止めようもなく、ジェラルドはカレンの部屋へ入った。


「…! ジェラルド様!」


 ジェラルドの登場にニコルやエマ、他のメイド達も驚いたが、皆事情を察し、ジェラルドの通る道を開ける。


「…カレンッ」


 カレンの枕元に跪いたジェラルドは、その色の無い小さな顔に、そっと手を充てた。


 意識も朦朧としたカレンだが、この世で最も愛する人の声でハッキリと目を開けた。


「…ジェラルド、さま…」


 こんな顔をしたジェラルドを初めて見る。

 深緑の瞳は悲しそうで、今にも泣き出しそうだ。


 カレンはやっとのことで重い手を上げると、ジェラルドの頬へ手を添えた。

 ジェラルドはすぐにその手を大きな手で包むと、掌へキスをした。


「ご心配を…お掛けして」

「いいんだカレン…負担を掛けて、すまない」


 本当に優しい人…


 カレンは一旦目を閉じると、心を決めて再び目を開け、まっすぐにジェラルドを見た。


「ジェラルド様…お願いがあります」


 ジェラルドはカレンの手を持ったまま、小さく頷いた。


「…もしもの時は、」

「! カレン!」


「聞いてください…お願い、どうか聞いて…」


「私かこの子、どちらかしか生きられない時は…迷わずこの子を助けてください」


「何を言う…!…カレン…ダメだ」


「お願い、ジェラルド」


「……」


「約束して」


「……」


「ジェラルド…!」


 ジェラルドは俯いたまま、カレンにしか聞こえない声で「…わかった」と小さく呟いた。


 直後、カレンの陣痛が再び始まり、ジェラルドは追い出されるように部屋から去った。


 そこから数時間後、夜明けと同時にアンジェリーナは生まれた。


 二人ともの無事の知らせは、ダヴィネス城の者達を安心させた。


 カレンは産婆の叱咤激励の末アンジェリーナを産み落とし、精も根も尽き果てた…と思ったが、取り上げられた我が子を見て、疲れが吹き飛ぶ様な気持ちが沸き上がるのを実感した。

 しかし、やはり体力の消耗は激しく、その後数週間はベッドから離れることができなかった。


 駆け付けたストラトフォードの母や、城の皆の手厚い看護のお陰で、少しずつ回復したのだ。



 ジェラルドは最悪の決断を免れたことに安堵はしたものの、カレンを失うかもしれないという底知れぬ恐怖を味わったせいか、カレンの無事の出産の声を聞いた直後は、一歩も動けなかったという。


 しかし、レディ ストラトフォードをはじめ、フリードやアイザックにまでも尻を叩かれ(!)、カレンの部屋へ促された。


「本当に、綺麗な赤ちゃんですこと…!」

「レディによく似てらっしゃるわ」

「でも、もしかすると瞳はジェラルド様かしら??」

「楽しみですわね…ふふふふ」


 カレンと枕を並べる赤子を囲んで、出産に立ち合った侍女やメイド達が明るくおしゃべりをする。

 皆、疲労困憊に違いないのに、部屋は和やかで温かな雰囲気に包まれていた。


「さあさ、あなた達、そろそろカレン様を休ませて差しあげないと……あら?」


「おやおや、やっとお父上のご登場だ」


 エマと産婆の目線の先には、幾分緊張した面持ちのジェラルドがいた。


 侍女やメイド達はジェラルドに気づくと、そそくさと部屋を辞した。


 部屋には、エマとニコル、産婆に加えジェラルドの後から入ってきたレディ ストラトフォードが残った。


 帰り支度を整えた産婆は、

「ご領主、レディはよーーく頑張られた。しっかりと労っておあげな」と言うと、一休みの休憩へと行った。


 ジェラルドはゆっくりと一歩ずつベッドに近づく。


 冬の朝の、柔らかな光に包まれた、カレンと初めて対面する我が子……


 ジェラルドは枕元に跪く。


「カレン…!」


「…ジェラルド様」


 ぐったりと横たわるカレンだが、その薄碧の瞳はキラキラと輝いている。


 ジェラルドはカレンの額にキスを落とした。

「カレン、よく頑張った。ありがとう」


 カレンはううん、と微笑む。


「ジェラルド様……」

「ああ…」


 カレンの隣には、生まれたばかりの小さな命がある。


「…正直、あなたをこんな目に合わせた我が子にどういう感情が湧くか、全くわからなかった…しかし、自分でも信じられないが……なんて可愛いんだ……」

 感極まった声だ。

 その大きな手で、そっと赤子の頭に触れる。


 カレンはジェラルドの表情を見て、やっと心からの安堵を感じた。


「さあ閣下、抱っこをしてあげてくださいな」


 レディ ストラトフォードに促され、エマから我が子を受け取る。


「それにしても綺麗な子だ…あなたに似ている。美人確定だな…」


「いやだジェラルド様、生まれたばかりです。明日にはもうお顔が変わりますよ?」


「それでも、綺麗な子に変わりはない」


「ふふ…ジェラルド様、その子に名前を付けてください」


 ジェラルドは腕の中の小さな我が子を見つめる。

 柔らかく、小さく、真っ赤な顔で眠っている。


 鬼神に抱かれた天使…


「…アンジェリーナ」


 ・


「ビックリしました。母様、大丈夫ですか?」


 アンジェリーナは母の枕元で、深緑の瞳を心配そうに曇らせた。


 薬草摘みを終えたタイミングで、母が倒れたことを聞かされたのだ。


「ええ。大丈夫よ、アンジェリーナ。心配かけてごめんなさいね」

 カレンはアンジェリーナの艶やかな髪を撫でる。


 カレンの顔はまだ青い。

 アンジェリーナは、ホントに?と疑り深くカレンの顔を覗く。

 こういう表情はジェラルドによく似ている。


 カレンは思わずクスリと微笑んだ。


「父様、本当に?」

 アンジェリーナは振り返り、尚も父に確認する。


「ああ。本当だ」


「ご病気ではないのですか?」


「…いや、違う」


「では、なぜ?」


 カレンとジェラルドは微笑んで顔を見合わせた。


 ∴


 アンジェリーナが来る少し前、カレンの部屋。


「私の我が儘と言われようが…あんな思いは二度としたくない」


 ジェラルドはカレンのベッドの側の椅子に腰掛け、両の手を合わせて固く握り締め、頭を垂れた。


 “あんな思い”とは、アンジェリーナが生まれた時のことに他ならない。

 ─妻か我が子か─…ジェラルドにとっては、忘れようにも忘れられない苦しい決断であり出来事だった。


 カレンは、ジェラルドのこの言葉に深く納得した。というのも、アンジェリーナの出産以降、ジェラルドは恐らく、カレンの体調に合わせて体を重ねていた節があるのだ。

 しかしそれ程までに、あの時の決断はジェラルドに底知れない恐怖を植え付けてしまった。


 愛されていると言えばそれまでだが、カレンにとってもジェラルドにとっても、既にカレンに宿った小さな命にとっても、先の見えない不安に他ならない。


「…よいしょっと…あのね、ジェラルド?」

 カレンはベッドから半身を起こした。


 ジェラルドは慌ててカレンの背中に枕をいくつかあてがう。

「まだ起きない方が…」

「いいの。大丈夫だから…」


「ジェラルド、ここへ座ってください」

 カレンは空いたベッドのスペースへ手を置く。


 ジェラルドは黙って、向かい合う形でベッドへ座ると、カレンは両手を差し出した。

 ジェラルドはカレンの両手を肘からするりと滑らせて握る。


「ジェラルド、今さらですが…アンジェリーナの時はあなたに大変な思いをさせてしまったこと、本当に申し訳なく思っています」


「…カレン」

 ジェラルドは眉根を寄せた。


「でもジェラルド…私、今はこんなですが、これでもあの時よりはかなり強くなったと思います。心も身体も。体質改善の薬湯も欠かさず飲んでいましたし」


 ジェラルドは「本当に?」という眼差しだ。


 カレンは微笑んだ。

「ええ…」


「侍医から、2ヶ月程だと聞いたが…」


「アンジェリーナの時とは違って、妊娠がわかった時は体調も良かったのです。…もう少ししたら、ジェラルドにも言おうって思ってて…でも、前のことを……あの時のあなたのことを思い出すと言うのも怖くて…そうこうしていたら、悪阻が始まって…」

 カレンは申し訳なくジェラルドに打ち明けた。


「カレン……」


 ジェラルドはカレンの頬を手で包むと、額へ頬へ鼻の先へと次々にキスを落とし、カレンを抱き締めた。


「すまないカレン。本来なら喜ぶべきことなのに、私のせいであなたに要らぬ心配をかけてしまった…私もまだまだだ」


「いいんです、ジェラルド…あの時は、本当に大変だったもの」


「乗り越えられるかな、一緒に」


 カレンは顔を上げた。


「きっと乗り越えられます、私達ならば。…乗り越えてみせます」


 カレンの薄碧の瞳…その輝きの強さに、ジェラルドはハッとし、次には感嘆のため息をついた。


「…すごいな、あなたは」


「ふふ、ジェラルドがそうさせるの…」


 二人は熱く、しっかりと見つめ合った。


 ∴


「アンジェリーナ、お前の妹か弟ができる」


 アンジェリーナは父の言葉にキョトンとしている。


「え?」


 今度は振り向いて母を見ると、微笑んで頷いている。


「ほんとに…?」


「ええそうよ。来年には、あなたはお姉様になるの」


 アンジェリーナは目を見開くと、視線をカレンのお腹へ移した。


「母様のお腹に、いるの?」

 少し興奮しているのか、顔を紅潮させている。


「いるわ…触ってみる?」


「うん!」


 カレンは「いらっしゃい」と言い、アンジェリーナをベッドへ上げ、上掛けを捲った。


 アンジェリーナは母のアイボリーのナイトドレスの上から、恐る恐るお腹に触れる。


「…母様、痛くない?」

「くすぐったいわ、アンジェ」


「私も触りたい」

 ジェラルドはアンジェリーナの頭を撫でると、自らもベッドへ腰掛け、アンジェリーナの手の上から、大きな手を充てた。


「母様…お腹、まだひらたいね」

「そうね」

「ほんとに、いるの?生きてるの?」

「ちっちゃいけど、生きてて…アンジェやジェラルドを見てるの」


「「!」」

 深緑の二組の瞳が同時に見開かれる。


 その様がおかしくて、カレンはたまらずクスクスと笑う。


「…カレン、面白がってるだろう」

 ジェラルドは呆れながら、カレンのこめかみにキスをした。


「ふふ、だって二人とも可愛いんだもの」


 ジェラルドはやれやれと眉を上げた。


「…母様、わたしもここにいたの?」


 アンジェリーナが真剣な眼差しで聞く。


「そうよ、アンジェもおここにいたわよ」


「わたし、どこから来たの……?」


 カレンとジェラルドは、おっと、と顔を見合わせた。

 子どもならではの素朴な疑問だ。


「ねぇ父様、どこから?」


 アンジェリーナの強い好奇心に、ジェラルドはどう答えるのだろう?


 カレンは口許に笑みを浮かべて見守る。


「そうだな…カレンのここと」

 と、カレンの胸の中心あたりを指差す。

「私のここが嬉しいからお前が生まれたんだ」

 ジェラルドはシャツの上から自らの胸を押さえた。


 なるほど…!


 カレンはジェラルドの答えに感心した。

 あまりファンタジックな言い方で誤魔化したくなかったが、これなら大きくは外れていない。


「母様、そうなのですか?」


「ええ、そうよ。ジェラルドのおっしゃる通りです」

 カレンは含み笑いだ。


 アンジェリーナは「ふうん?」と、半分ほどは納得した様子だ。


「あとでフリードにも聞いてみる」


「「!」」


 カレンとジェラルドはギョッとした。

 現実的なフリードのことだ。図解して説明するやも知れない。


「ダメだアンジェリーナ」「アンジェおよしなさい」


「じぁあ、ザックは? ティムでもいいかな、やっぱりベアトリスおばちゃまに聞いてもいい?」

「なんで? ねぇ、なんで? 父様、母様~」


 食い下がる娘を前に、領主夫妻はタジタジとなった。

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