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ムアヘッド~呪いの花と幸せのリース~・番外編・

「なんて立派なリース!」


 ムアヘッドから、アイザックがダヴィネス城へと持ち帰ったライラックの巨大なリースを目にしたフローラ・シモンズは、驚きの声を上げた。


 フローラはフローリストを職とする以前から、数限りなく様々なリースと出会い作ってきたが、ここまで本来の姿を残したダイナミックなリースは初めてだった。

 しかも、ライラックの花のすべてがラッキーと言われる5枚の花弁だ。


「すごいなぁ…」


 これを作ったのは、例の呪いのフラワーボックスを作った張本人ということにも驚くが、何より花の特性を生かした出来栄えに、フローラはかえすがえす感心した。


 リースは、花嫁となるミス ジョアン・グレイの家にはすぐに飾れる場所がなく、結婚式まで預かってもらいたい、とのことで、ダヴィネス城の地下にある、フローラの作業部屋へといったん運んでもらった。


「ムアヘッドか…」


 フローラは霧吹きでリースへ水を吹き掛けながら、黒百合の生息地としてレディ カレンに示した森を思い出した。


 まだ駆け出しの花屋の端くれだった頃に、花材を求めて通ったことがある。

 運がよければ行商人の荷馬車にタダで乗せてもらって行ったが、歩いて行ったこともあった。


 その時にも、ラッキーライラックの木にはついぞお目にかからなかった。


 偶然にも、アイザック卿とミス ジョアンの結婚式のテーマは「ライラック」だ。


 目の前のリースの本体は、いったいどんな姿なんだろう…


「行ってみようかな、久しぶりに」


 フローラは、仕事とも趣味とも言える興味の矛先をムアヘッドの森へと向けた。


 ・


「俺が乗せてってやるよ」


「え?」


 ダヴィネス城の庭、アイザック卿とミス ジョアンの披露宴会場である、ライラックの木が絡まるガゼボあたりで庭師に混じって作業している時、騎士になったばかりのケネスが提案してきた。


 ケネスとは、フローラがダヴィネス城の専任になる前からの顔見知りで、その時彼はまだ従騎士だった。

 何かと気にかけてくれ、今日も夜から夜警の仕事にも関わらず、フローラの作業を手伝ってくれている。


「あ、ケネス、ご苦労様~」

「おうっ」


 側を通った、友達のメイド(兼フローラの助手)のケイトも、もはやフローラとケネスを冷やかすことはなく、二人で居ることは使用人達の間でもごく自然に受け入れられていた。



「でも…仕事は?」


「フローラの仕事に付き添うって、先輩に言うよ」


 ケネスは生け垣の枯れた葉っぱを取る作業をしながら、当たり前という風に言った。


「……」

 フローラは手元を動かしながら、心内で「うーん」と考える。


 ムアヘッドへ一緒に行ってくれるのはありがたいが、ケネスの馬へ二人で乗るのは…何だか違う気がする。

 しかし、ケネスの厚意を無下にするのは、もっと違うような気もする。


 あれこれ思案するも、ケネスが「じゃ、ムアヘッドへ行く日が決まったらまた教えてくれよな」と、兵舎へ帰るまで、他愛ない話をしながらやり過ごしたのだった。


 ・


「フローラさぁ」


「うん?」


「あんまり気を持たせると、離れてっちゃうよ?」


「誰が?」


「誰って…ケネス!」

 決まってんでしょ?とケイトは半ば怒りながら呆れた。



 フローラとケイトは、地下のキッチンの隣の使用人用の食堂で、共に夕食を取っていた。

 他の使用人の姿はまばらで、二人の話に聞き耳を立てる者もいない。


 フローラは、今日のケネスとのやり取りをそのままケイトに伝えると、ケイトは食事の手を止めた。



「フローラは知らないかもだけどさ…」と、向かい側から顔を近づける。


「ケネスって案外モテるんだよ? 背も伸びたしガタイも良くなったじゃん? さっぱりしてるけど意外と面倒見もいいみたいだし…城塞街にも詰めてるからさ、街の女どもも目を光らせててさ」


「うん…」


 それ食べないならちようだい、と、ケイトはフローラの皿から、フローラの食べ残したポテトパイをさらえた。


「まぁさ、フローラ、忙しいじゃん? 隣国に出張行ったり、レディのご実家行ったり…今度、王都の貴族のお邸にも行くんでしょ?」


「うん…」


「そうこうしてるうちに、誰かに取られない、とも言えないワケだし」

 ケイトはモグモグと口を動かす。


「…」


「まぁでもそりゃないか、ケネスはあんたしか目に入ってないもんね」


「…」


「って、あれ? フローラ?!」


「ごちそうさま」


 フローラは立ち上がると、ケイトを残してさっさと食器を片して食堂を去った。


 …そんなこと、わかってるわよ…!


 フローラは泣きたいような気分だ。


 ケイトの言葉はことごとくフローラの胸を突いてくる。…ただし、フローラしか目に入っていない、は違うだろうと思った。


 食堂を後にした勢いのまま、一階の勝手口から庭へと出た。


 本来ならば、夜に庭をウロウロすることは警備上NGだが、アイザック卿達の披露宴の準備と言えば、フローラならば許されるだろう。…夜なので多少不審がられはするが。


 ザクザクと庭を進む。


 春の夜の庭…柔らかな夜風が心地よい。


 ライラック・ガゼボまで来ると、中に入ってみる。


 甘く、優しい香りがフローラを包む。


 備え付けののベンチに腰掛けてみる。


 ダヴィネス城専任のフローリストになってから数年が経った。

 仕事は順調そのもので、毎日の花生けに加えて、隣国や王都にまで呼ばれる機会にも恵まれた。

 引き立ててくださるレディ カレンには感謝しかない。


 日々忙しく過ごす中で、ケネスの存在はほっと心を緩めてくれる。

 それは間違いない。

 だからと言って、それが恋と呼ばれるものなのか…フローラはいまいちピンとこない。


 でも、ケイトの言った「誰かに取られる」ことを思うと、胸のあたりがキューっと絞られるような感覚に襲われる。


 夜露に濡れるライラックに囲まれ、フローラは考えあぐねていた。


「あれ…? フローラ?」


 暗闇から声を掛けたのは、夜警番のケネス、その人だった。


「なにしてんだ? こんな時間に…まさかまだ仕事してんのか?」


 フローラはあっと驚く。

 それはケネスであることの驚きと、夜警番に見つかってしまったことへの驚きだ。


 ケネスはその間にも、相方の夜警番の騎士へ、フローラが居たことを素早く説明した。


 フローラはひとまず安心する。


「じゃ任せたぞ、ケネス」

「はっ」


 先輩騎士へ返事をしたケネスは、フローラの元へ取って返した。


「いくらよく知った庭でも、夜は危ないぜ」

 言いつつ、ケネスはライラック・ガゼボの中へ入ると、当たり前のように向かいに座った。


「…」

 フローラは幾分闇に慣れてきた目で、目の前に座るケネスを不躾なほど観察する。


 ケネスはフローラの視線は気にせず「いい匂いするな」と、あたりを見回す。


 ケイトの言ったとおり、数年で背が伸びたし、心なしか顔の輪郭が精悍になったような気がする。肩幅や胸の厚みも、随分逞しくなった。


 フローラの胸が、ドクンと波打つ。


 …私、なんで気づかなかったんだろう……


 目の前に座るのは、どこから見ても立派な騎士だ。


「? フローラどした? お前、大丈夫か?」

 ケネスが、ぼーっとしたフローラの目の前で手を振る。


 剣を振るう、大きな手だ。


「…ねえ、ケネス」


「ん?なに?」


 恐らく、互いに目は合わせているだろうが、ほとんど闇に紛れている。

 闇とライラックの甘い香りが、いつになくフローラを大胆にした。


「…きなの?」


「え?」


「私のこと、好きなの…?」


「!」


 ケネスが短く息を吸い、固まったのがわかった。

 暗闇に紛れていながらも、ハッキリとわかった。


「……………好きだよ」

 少しの間の後、ケネスはボソリ、と呟いた。


 今度はフローラが固まる。


「……」「……」


「ってか、なんで今聞くんだよ?」

 ケネスは髪をくしゃくしゃと乱す。暗闇でも、決まりが悪そうなケネスの顔が想像つく。


「ごめん!」

 フローラはしまったと思い、とっさに謝った。


「いや、いいけどさぁ…なんかあったか?」


「あったって言うか、なかったったいうか…ケイトが…」


 フローラは食堂でケイトに言われたことを、バカ正直に話した。


「ったくアイツは余計なことばっか言いやがって…」

 ケネスはぶつぶつと悪態をつくと、またもや髪をくしゃくしゃと乱した。


 さすがのフローラも決まりが悪い。

 どうしたものか…と考えていると、ケネスは静かに話し始めた。


「そんな心配、ぜんぜんしなくていいよ、フローラ」


「え?」


「俺はずっとフローラの側に居る。ってか、居たいから、頑張ってる」


「?」

 フローラは意味がよくわからない。


「フローラはさ、自分の足でちゃんと立ってるだろ?レディの信頼も篤いし、隣国や王都まで行って仕事してる。でも俺はまだまだだ」


「騎士になったじゃない」


「そうだけど、まだこれからだよ。フローラの隣に立つには、まだまだだ」


「…私、そんなに御大層じゃないよ」


 ケネスは、フローラの言葉にクスリと笑った。


「お前のそういうとこ、全っ然変わらないよな」

 楽しそうな声だ。


「え?」


「すごいことを一人でやってみせるのに、ちっとも偉ぶらないだろ?」


「……」


 好きなことだけをやっている自覚はある。

 幸運だしありがたいとも思うが、偉くなったとは全く思わない。


 ケネスは続ける。

「城に生けてあるお前の花さ、あれを見てると、キレイでしゃんとしてて…なんか『ここに居る!』って感じでさ、あぁ、フローラ頑張ってるなって、元気づけられるんだ」


「!」


「そしたら、俺も頑張ろうって思える」


「…そうなの?…」


「うん」


 フローラは驚いた。

 まさか自分の生けた花が、そんな風にケネスに思われていたとは、予想だにしていなかったのだ。

 とても嬉しい。


「ありがと、ケネス」


 ケネスは、いや…と小さく答えた。


 互いに微笑んでいるのが、暗闇でもハッキリとわかった。


「私も、頑張るね」


「おう」


 互いにダヴィネスに仕える者同志、まるで同期生のような連帯感だが、それだけにはとどまらない安心感がある。


 フローラの胸に、温かさが広がる。


 先のことは誰にもわからない。

 でも…!


 フローラは気持ちも新たにまた一歩踏み出せそうだ。


 少しずつ、進んで行こう。


「ムアヘッドに行く時はよろしくね」


「わかった。おやすみ、フローラ。あんま無理すんなよ」

「うん。おやすみ、ケネス」


 ラッキーライラック、二人で見れたらいいな。


 フローラは足取りも軽く、城へと戻ったのだった。

前途洋々の若い二人。見守っていきたいです。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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