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郷愁・番外編・

「ねえニコル、あの『ハーパー』って騎士はあんたのイイ人かい?」


 カレンの里帰り中のストラトフォード邸。


 カレンの里帰りは、すなわちニコルの里帰り、ということになる。


 ニコルは、かつて一緒に仕事をしていた使用人仲間達と和気あいあいと過ごしていた。

 手が空いたので、キッチンを手伝っていると、古参のキッチンメイドがニコルとハーパーの仲に探りを入れてきたのだ。


 キッチンに立つ使用人達の視線が、一斉にジャガイモの皮を剥くニコルへと注がれた。


「ええっと…うん、まぁ…そうなるかな」

 ニコルはジャガイモから視線を外さずに答えた。


 女性陣から「キャーッ」と歓声が上がる。


「やっぱりねぇ。何だか距離が近いと思ったんだよ」

 先程の古参のメイドは勘が当たってしたり顔だ。


「ねぇねぇ、どうやって知り合ったの?」

「結婚するんでしょ?」

「デートとかしてるの?」

「いいなぁ…あんな素敵な人…」


 先輩達の、明るく軽い嫉妬を含んだ追及にニコルはタジタジになった。


「奥様にご報告しなよ、ニコル」

  ここで言う“奥様”はレディ ストラトフォードのことだ。

 古参のメイドはニッコリ笑った。


 ∴


 ニコルはキッチンでの出来事をカレンに告げた。


「やられたわね、ニコル」

 カレンはクスクス笑う。


「はい…」

 ニコルは照れくさそうだ。


「そうね…お母様には直接ご報告すべきかしらね」


 ニコルは元はストラトフォード家の侍女だ。この機会に報告するのは最もだと言えた。


 しかし、これを聞いて焦りまくったのは、ハーパーだった。



「えっ、レディ ストラトフォードに!?」

「そう。私は元はここ(ストラトフォード家)の所属だし」

「な、なんて言えばいいのさ?」

 ハーパーは騎士の威厳はそっちのけでダラダラと冷や汗を垂らす。


 ハーパーの反応に、ニコルはおやおやと苦笑する。

「そんなの、自分で考えてよ」


 力関係のはっきりしたカップルだ。

 ハーパーは頭を悩ませた。


 ∴


「お母様、ニコルからご報告があるの」


 ある日のお茶の時間に、ニコルとハーパーはレディ ストラトフォードに報告をすることとなった。


「あら、そうなの?」

 レディは微笑むと、ティーカップをソーサーに戻した。


 ニコルとハーパーは並んでレディの前に立った。


「レディ、カレン奥様のもとダヴィネスで良いご縁に恵まれまして、こちらのハーパーと結婚を前提にお付き合いをさせていただいており…」


 ニコルの話が終わらぬうちに、隣のハーパーが素早く騎士の礼を取った。

 ニコルが目を瞬く。


 その様を見たレディ ストラトフォードとカレンは、顔を見合せて互いに口元を隠して笑う。


「レディ ストラトフォード、ダヴィネス軍第一騎士団のハーパーと申します。ニコルとお付き合いをさせていただいております。まだまだ若輩者ではありますが、誠心誠意、ニコルを幸せにする所存です!」


 レディ ストラトフォードは「ふふ」と、若い二人を眺める。


 ニコルのことは、カレンからの手紙ですべて知っている。

 元はこの家からお嫁に出すはずだったニコルが、今や娘の婚家から嫁ぐ。しかもお相手はどこを取っても文句のつけようのない、前途洋々とした騎士職の立派な若者だ。

 レディ ストラトフォードは、カレンとニコルに「よくやった」と言いたいところだった。


「わざわざ報告してくれてありがとう、ニコル…ハーパー卿も。さぁ、お顔を上げなさいな」


「はっ」「ありがとうございます」


 二人はホッとしている。


「お似合いの二人だわね…」

「ええ、本当に」


 二人は恥ずかしそうに微笑み合う。


「ほんの気持ちだけど、私からニコルへこれを…」

 レディ ストラトフォードは傍らの小箱を侍女に渡した。


 侍女から小箱を受け取ったニコルは、恐縮しながらも嬉しそうだ。

 そっと蓋を開けると…


「!!」


 そこには、金の台座にニコルの誕生石であるトパーズを花びら型に施したブローチがあった。

 とても可愛らしく、使いやすそうなジュエリーだ。


「レ、レディ、こんな高価なもの…!」

 ニコルは慌てる。


「いいのよニコル。花嫁衣装やら何やらはカレンが準備するでしょうから、私からはせめてものお祝いよ」


「でも…」

 ニコルはカレンを見る。


「もらっておきなさい、ニコル。お母様はあなたのことをとても心配していたのよ」


 遠い地に嫁ぐ娘に、一人付いて行ってくれた侍女は、もう一人の娘も同然だ。娘を支え、遣えてくれるニコルに、レディ ストラトフォードは深く感謝していた。


「レディ…すみません、ありがとうございます」

 ニコルは涙目になる。


 ハーパーが優しくニコルの肩を抱いている。


「これからもカレンをよろしくね、ニコル、ハーパー卿も。二人とも変わりなく閣下と娘…ダヴィネスのために尽くしてくれることを願いますよ」


 もちろん、あなた達も幸せにおなりなさい、とレディ ストラトフォードはさすがの威厳と品格を持って、二人に祝辞を贈ったのだった。

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